【三章第三十二話】 HUMAN
小さい頃から俺は失ってばかり。
何一つ俺は守れたことはない。
保育園の友達、じいちゃん、紫水、イフリート、那智
誰も彼もが俺を置いていく、皆俺が心を開いた奴は何処に行ってしまう。
母親、父親、美優、小学校の友達、そして……。莉乃もそうかもしれない。
皆俺を捨てる、皆俺を見殺す、皆俺を無いモノとして扱う。結局どこかで俺は捨てられる、結局どこかで俺は忘れられる。
今度こそは俺がそんな奴らを好き勝手に捨ててやると思った。
次こそは身勝手を振舞える人間にやってやろうと決意した。
俺は……。
両親の様な力が欲しい、美優の様な身勝手を振舞える人間に成りたい、小学校の友達のように容易く友を切り捨てられる人間に成りたい、保育園の友達の様に、じいちゃんのように何も告げずに去っていける人間になってみたい、イフリートのように行きたくない所に行きたくないとはっきり言えて行動出来て、ちゃんと自殺できる人間に成りたい。
今度こそはちゃんと……。
「やぁやぁ裏切者の諸君、初めまして我々は清和軍、君たちの敵だ」
手を挙げるとともに隊の皆々が抜刀する。
容易い一振りで同族である人間どもは命令に従う兵士たちに捕らえられ、斬られ、殺されていく。
時には逃げるモノや戦う者も出てくるがそれはほんの一部、殆どの人間は虚しく祈りながらただ殺されて行っている。
人類を裏切った誅罰が下されているのだ。
この人を裏切りし人間どもは皆々一様に鬼神の名を叫び教会を床を赤く染め上げている。
岐阜攻略作戦の前哨戦を落としてしまった軍は一気に岐阜市へのルートを確保し電撃的に岐阜城を攻めるという作戦から、多方面に隊を派遣してじわじわと鬼を追い詰め鬼を岐阜市に追い込んでいく作戦へと切り替えた。
小隊で敵地に出るのだが空からは周囲の動向を逐一観察できるので大規模な鬼の部隊と鉢合わせて壊滅なんてことはほどんどなく逆に鬼が守りを疎かにしている地をどんどん切り取っていけるのである。
そして現在鬼の本体は岐阜市への直通路を確保されないために羽島市に本体を展開させている為に広域的に広く部隊を展開することもできない。
鬼の盾では本当に大事な部分しか守ることが出来ないようだ。
それ故犬山方面には細々とした鬼しか残されていない。
だからと言って容易く敵の領土を取れるかといわれるとそうでもないのだ。むしろこの犬山方面の方が一般人上がりの軍人には厄介な敵が存在する。
【鬼神教】
鬼どもを神と同じものとして扱い崇拝する人類であることを捨てし人間たち。鬼どもに飼いならされた従順で狂信的なイヌに成り下がったモノ共。
先の戦いでやられたように彼らは一般人を、同じ種族を装って刃を隠し近づいてくる。
時には鬼の支配から逃げてきた哀れな人間を演じる、人類を罠にかける。
鬼の仲間だと言われたとしても人間、、中々人なんて殺せないもので慈悲や情けを与えてしまったモノはこの連中には散々煮え湯を飲まされてきた。
人の姿をした鬼とただの人ではどうやら彼らには違うものがあるみたいだ、それがたとえ自らに刃を向けるものでも。
彼らに刃を無条件で、無情で向けられるものは限られた数の人間しかいない。一つは鬼の襲来時に鬼に手酷い目に遭わされた者、一つは鬼との戦いで仲間を鬼に殺されその者の無念を晴らそうとする復讐者、最後に一つはあの平和な時代に人を殺すための教育を受けてきた者達。
鬼神教の被害は予想以上に大きくついに本部によって命令されれば人でも鬼でも殺せる俺たちの隊を犬山方面へ派遣したのだ。
こうして手はず通りに何の疑われもなく莉乃を土岐家の領地の中に入れることに成功した。
ただ土岐家の御当主様はいつ爆発するか分からない爆弾みたいなアポカリプスapocalypseと一宮で対立しているために犬山までは出向く余裕がないようだ。
瀬戸家は瀬戸家で先の戦いでの責任を負い波風を立てぬようにひっそりと清州で時が来るのを佇んでいる。
あの瀬戸家の当主は今回の件について何処までこのことを関与しているのか? 莉乃を敵の領土に入れることも彼らは何も問題としなかったようである。
まぁ、それはそれ、あれはあれだ。
我々の隊も、我々の隊で殺された那智の敵討ちを掲げる者や人を殺すことについて躊躇いを無くした者などが、皆人として鬼に寝返ったモノたちを許さず連日の鬼神教の施設である教会や寺を襲い思うがままに狂気で凶器を振るっている。
好き放題、滅茶苦茶にやっている。
主に新人共一体どうしてこうなっちゃったん? もうタガが外れているというか、抑圧から解放されたというか、なんだか戦場を楽しんでいらっしゃるようで。
金目のものは根こそぎ奪うし、好きに殺す、容姿のいい女は別室に連れて行くわ、少女は保護を名目に連れて帰る。
軍ではなくまるで盗賊。
ただそれでいい、敵がそれで怯え逃げるなら、狙い通り一か所に集まるなら多少の悪い噂の流布は必要だ。
俺は鬼神を引き吊り堕とす為にあえて一定数の信徒は自然な形で逃がしている。
この鬼神教の本営は何処にあるかはもう分っている。
信徒どもをそこに向って走らせているのだ。
鬼神様はこの世に確実に存在する、だから信者共が無視できないほどに助けを求め続ければそいつは確実に下りてくるだろう。
銀髪の姫君、鬼神様、紫水の仲間……。
法師と共に江戸幕府の終わりを見物し旅をした法師から名前を与えられたバケモノ、レイ。
俺はそいつをおびき出す為に丁寧に、しっかりと、隅々まで、可能な範囲内にある教会全部を襲っている。
人類の隔離場所な為に岐阜に鬼神教の本営がある訳ではない、だからやろうと思えばいきなり本陣を強襲する事だって可能だ。
でもそれではレイが不在な可能性がある。
だから俺達は態々攻めて来ているとアピールしているのだ、鬼神様を討ち取るために。
今日も今日とていつも通りに人を殺し、女子供、金目の物を奪って漁って攫って満足気な兵士達が多い岐路。
「大和君、これ何時まで続ける気ですか?」
一応上っ面では心配はするものの正直言って莉乃は我関せずの姿勢を見せている。
莉乃も莉乃で結構打算的で、自らの周りのモノ以外はどうでもいいようだ。
――だから俺は莉乃にそんな風にコロッと捨てられるのを恐れている自分が何処かにいる。
これで踏み込んで、捨てられたらと考えると俺は足を前に出すことが出来ない。
あのビンタも失望からのビンタだろう。
まぁあれは和解した、だからもう触れないと決めたのに、出来るだけ莉乃の前で平常心を保っているのに。
時々莉乃が恐ろしく感じる。
そのまま失望が突き進んで俺は捨てられるんじゃないかと。
あの親のように、美優のように、友達だった奴等の様に。
「ああ、もう敵の拠点は粗方襲ったし、そろそろ本拠地攻めが始まるんじゃないかな? まぁ許可が出ない限りは如何とも言えんが」
莉乃は一瞬哀れなモノを見る目をした。
「そうですか大和君……」
何時もなら何かと鬱陶しく構ってくる莉乃だが最近は割と落ち着いててこちらとしてはありがたい限り。
「そうですか、やっと本営攻めが始まるんですね……」
榛名が気味悪げにふふふっと笑って見せた。
「まぁ木曽川方面の敵の本体に動きがない限りはほぼほぼ行われるんじゃんないでしょうか? 鬼神教の総本山攻め」
大河が呟いて見せた。
まなぁっと適当に返事を返したその時だった。
隊の者たちが足を止めた。
道の先に敵が現れたのである。それも単騎、そして少年。
隊の皆が腰の刀の柄に手を掛けようとするのを制止し、一人の家臣が何も言わずに傍からすっと前へと向かっていった。
「オー、隊長の右腕であるハリマさんの戦いが見れるぞぉぉぉ」
「ハリマが戦うぞ」
隊の新人共はまるでスポーツでも観戦するように歓声を浴びせた。
「お前ら、鬼の奴らだな」
目の前の薄汚れた服の少年は背中に背負っている刀を抜き放ち、鞘を投げた。
夕暮れ少し前、荒れた地で敵の白刃が輝く。
「投降しろ少年、俺はお前の事を悪いようにするつもりはないから」
「そういってお前は俺を食べるつもりだろ、俺の家族を食った時のように」
なんだか話が噛み合っていない、というか彼奴は俺たちの事を鬼扱いしている。
「俺は取って喰うつもりなんて全くない」
少年はその言葉を聞いてか聞かずかそのまま刀を持って突進する。
自らに刃が迫る中法師は少しばかりこちらに顔を向けどうしましょうかと目で尋ねてくる。
「好きにしろ」
その言葉を聞いた瞬間法師に刀が振り下ろされた。
しかし刀は何も斬る事は無くただ地面へと落下していくのみ。
ハリマ手刀が手の甲を叩き、刀を叩き落とす。
それと同時に勢いを殺しきれずに前に乗り出している少年の足を払いハリマは容易く少年を無力化して見せた。
少年に背を向けるハリマ。
捕えたり取り押さえたりするのは周りの人間に任せたようだ。
「この野郎、軍服なんて着やがって、鬼の癖に、殺してやる、殺してやる、お前ら皆ぶっ殺してやる」
兵士たちに取り押さえられてもなおもがき暴れ叫び助けを求める少年。
うーんなんだか此奴は勘違いしていないか?
まぁこれが演技でなければだが。
莉乃の服の袖を掴みこっちにこいと手で合図を送る。
「どうしました大和君」
「あれだ、彼奴と話してきてくれないか? 多分彼奴は大きな勘違いをしているぞ」
「鬼神教の手の者でなければの話ですよね」
「ああ、そうだが。それを判断するためにもちょっと話してきてくれ、この中では多分お前が適任だから」
そうそう、那智の復讐に燃えている榛名に、ロリババである響に、感情をほぼ全く表に出さないまひる、そして新人である美優。
そもそもまひるは論外。
榛名も前まではまともだったのに今じゃぁあの少年を無断で鬼神教認定して殺しそうなので除外、美優は子供相手でも本気で潰しに掛かりそうだから除外、まぁあとは響と莉乃だが、響は誤った誤解を与えてしまいそうということで除外。
莉乃しかいなかった、莉乃しかいないのである。
いや、新人や、元々いた人たちの中にも女性は幾らかいるよ、でも大雑把にしか人となりを把握できていないから一番信頼できる莉乃を送ることにするよ。
というか新人は論外です。
あれは見ないうちに本当にやばい子たちと、元々やばかった奴がもっとやばい子になっちゃってるんで。
「ねぇねっ、君。私とお話しましょ?」
拘束されている少年のもとにいつもよりも数倍声を優し気に、そして目線を少年に合わせ駆けよっていく莉乃。
「鬼の癖に、どうせ100歳超えたばばぁだろ、そんな若い子ぶってんじゃねぇよ」
莉乃を噛み殺しそうな勢いで迫る少年。
「君はちょっと勘違いしているよ?」
「あ? 何がだよ、俺はお前らを許さない、俺は鬼神教を許さない、俺を家族を皆鬼の供物に奉げた彼奴らを絶対に許さない」
少年の唇から血が流れ、眼からは滝のように涙が流れ落ちる。
「いやいやー、私たちは人間ですよ。君と同じ」
「じゃぁ鬼神教の奴らか、死ねよ、地獄に落ちろ」
多分その少年を見て隊の皆も確信した、この少年は復讐者になっている。此奴の言っていることは本気、その眼の奥を復讐で埋めている。
莉乃が何か言おうとするのを手を出し止める。
「ああ、許せないよな、分かる、分かるよ。俺には痛いほど分かる、彼奴らは生きているべきじゃない、彼奴らは生きていちゃいけない。なぁ少年、俺はお前たちの仲間だ。俺はお前と同じ人間」
「ひと、生きていたの? 人間は滅びたんじゃないの? もう鬼支配されたんじゃないの?」
少年は動揺を隠し切れてはいなかった。
「いいや違う、俺たちは鬼に勝利し、居場所を守った。一人で頑張ったんだなお前は、連れて帰ってやるよ、鬼が攻めてこない所に」
「いや、いい。俺は家族の仇を討たないと、鬼も鬼神教も皆殺す」
少年は拘束されたまま何処かを睨み付けた。
「いいだろう、じゃぁ一緒に鬼神教の奴らを皆殺しにでもしに行くか」
少年の眼を覗き込むようにしっかりと見た。
これは演技なはずがない、この眼は幾度となく見てきた。
こいつは本気、ほおっておけば単身教会に乗り込んでいくような馬鹿だ。馬鹿だが尊敬に値すると俺は思う。
こいつは逃げていない。
こいつも俺とは違った。
「大河」
「何か」
大河を呼び出して彼に耳打ちした。
「この少年の動向を逐一観察しておけ。怪しい行動を見せたらお前の判断で即刻切り捨てて構わん」
「はっ」
「解いてやれ」
その言葉を聞いた大河が少年の拘束を解いた。
「おい、お前ら俺はまだ信用していないからな、俺はまだお前らの事を信じていないから」
「そうか、俺もお前の事信じていないからお互い様だな」




