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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第一章】終わりの始まり
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【一章第五話】 今を駆け抜けて

 白い空間に俺は倒れていた……。

 どこを見ても等しく虚ろな訳の分からない空間。

 まるで何もない、空っぽな俺みたいな所。


 無味、無臭、無価値と三拍子揃った虚無によって作り上げられた世界だ。


 ここは何処だ?

 ああ、やはり俺は死んだのか?

 

 目が覚めても、頭が冴え始めても、現実離れした空間に自分自身が存在している事に困惑している。確かあの時頭を強く打ち付け、見た事もない厨二臭い闇が俺を包み込み、奴の手が伸びてきたとこまでは覚えている……。

 

 その後が全然思い出せない。

 頭を幾ら捻った捻ったところで意識を失っていた俺にそこで何が起きたか知る由すらないだろう。

 もしかしたら、四肢を捥がれた上で五臓を滅茶苦茶にされ奴の胃の中に俺の片割れが消えていったのかもしれない。



 何もない空間のなのに寒気を覚えている自分がいる。

 急に前進がガタガタと音を上げるように震え始めた。

 慌てて服を捲り傷跡が無いか確認するがそんなものは何処にも残っていない。

 体を刺す感覚が消えていくと共に今度は何か鼻孔を刺激するなんとも言い難い香りが体に伝わってきたような気がした……。


 この白い空間のとある方向から何だか懐かしい匂いがする。

 何だかとてもゆったりとした懐かしい香り。


 ただそれと同時に俺はあの鬼が最後に言った言葉を思い出した。

 思い出したくないのだがそれは川に沈んでいった木のようにぷかりと自然に浮き上がってきてしまう。


「奴はもう俺を殺し喰らってているのかなぁ?」

 だとしたら此処は死後の世界か。 

 人間五十年、十六で死ぬとは……。 


 意外と死ぬのが早かったな、人間こうもアッサリさぱっと死ぬものなんだな。


 俺は俺の愛した物を守れたのだろうか?

 そんな事も思いながらも頭の片隅ではもうすでに、いや最初から答えなど出ていた。


――否。


 結局は俺は守れんかった。

 最終的に俺は何もかもをも守れていない。

 いつも変わらず守れていない。俺は奪われるばかりだ。


 それはそうとして死んでしまったのだからもう何をしようとしても後の祭り、それに死後の世界もなんか予想してたのと違うなぁ。

 いや俺これでも仏教を信仰してんだから救えよ神。

 確かに二次元ばかり信仰してたけど、結構な頻度でお寺とかにだってお参りに行ってたぞ(主に歴史観光で)。


 地獄でも天国でもいいから連れてけよ神。

 あっ膿血地獄だけはやめてくれよ……。すいません、あそこだけは止めて下さい……。

 

 そいやー仏教の考えだと罪の償えない魂は無へと消えていくんだった。

 もう俺はもう何処にも存在して居ないのかな? やはり俺は罪を負っていたので救いというものは無かったのか……。

 まぁ確かに俺は救われないゴミ屑だ。救い難き、救う価値すら見いだせないただの肉塊だ。


 そうだな。裏切り者に救いなんてある訳が無いよね? ねっ、足利尊氏さん?

 兎に角このままではらちが開かないので俺は無乾燥な辺り一面光で包まれた白い一帯をなにか懐かしい匂のするほうに向かって探索することにした。


 少し足を進めるとこ幾数分くらい。

 時計も何もこの世界に無いので全ては自分の感覚だけだ。もしかしたらこの空間に時間という概念すら無いのかもしれない。

 俺はただただ無限を動き回る何かなだけなのかもしれない。


 無為な世界に突如無意味な光が射した。

 光は一種の靄となりそこで何やら蠢くものが光の中に現れ、俺を中心にして空間一帯に見覚えのある映像が浮かび上がってくる。


 「これが走馬灯ってやか」

 そう。

 そこに映し出されているのは正しく俺の過去だ。


「噂に聞くより嫌な思い出ばかりが映し出されるんだな走馬灯ってやつは」


 ゲームを売られた過去、理不尽な理由で親に殴られた過去、漫画を捨てられた過去、頑張って作ったパズルを親に壊された過去などなど。


 小さい頃から最近までちぐはぐでバラバラにだが、一つ一つ的確に俺のトラウマを映し出している。

 特に親関連は酷い。

 殴られた過去、何もしていないのに殴られた過去、テストの点数が親の望むものじゃなかったため殴られた過去、テレビのチャンネル件を譲らなかったため殴られた過去……。


 俺が言われた暴言の数々を山彦みたいに大音量で心を刺すようにリピートされているのだ。

 人間のゴミと言われたこと、普通の人間じゃないと罵られたこと、妹の前で兄の愚鈍さを散々語り尽くしていたこと、産む子供を間違えたと幼い俺に怒り交じりに吐き捨てた事……。

 俺のただの歩みが段々と速足になり、この場から離れようとすることでいっぱいになる。


 俺の心に勝手に種が撒かれ、その芽が勝手に生えてきてしまった。


――恐怖、絶望、トラウマ、後悔……。


 だがいくら走っても周りの映像が消えない。

 何処に進んでも、どこに逃げ出しても、何処に目を向けても映像が映し出されている。

 過去からは逃れられぬと、自らからは永久に目を反らすことは出来ぬと。


 映し出された映像が終わろうが、また次が始まる。そして段々と内容が過激になっており、俺の本当に見たくない過去に近づいてきている。


「嫌だ……。嫌だ……。止めろ……。止めろ……」


 前が見えなくなる位に涙が目いっぱいに溢れている。

傷口を抉られたかのような痛みが内側から込み上げて来る。ただ俺は、自分の過去から目を反らす為に走り続けた。もうこれ以上は見たくないのだ。

「止めて下さい……」


 目を閉じてこの場から掛け逃げ出した。

 転ぼうが、足がもつれようが俺は闇の中で、光を避けて駆けずり回った。

 酷く無様に醜態を晒しながら大声を上げ狂人のように前へと進んだ。


『皆バカみたい、ちょっと唆しただけであんなことするなんて』


『私好きな人が居たんだよ……。勿論貴方もそれなりに友達としては好きだった。でもどうして貴方は最後まで彼の味方になってあげなかったの。貴方のせいで私は彼への好きという気持ちが哀れみとかそんな感情に変わってしまったのだけど。私の好きだった気持ちを、私の大切な日々を返して』


『どうしてお前はこういつも無能なの。』


『彼奴ゲーム辞めてから一気に詰まんない人間に変わったよな。ふっふっ、彼奴と遊ぶのヤメヨーゼ……』


『コイツハジブンノイバジョヲブリョクデカチトッタンダ、ソレデコソオレタチノナカマトシテカンゲイスルカチガアル』

 

 目を閉じようが、耳を塞ごうが嫌な音は直接脳内に響いてくる。

 雑音が頭の中で入り乱れ、物理的には絶対に殴れない所をどんどん、傷つけ抉り取って行っている。


 正直おかしくなりそうだ。狂えるならもう狂っていたい。

 頭が痛む、心が痛む。後ろめにも似たとても惨い後悔の痛み、蔑みにも似た選択できなかった自分への罰。

 もう止めてくれ、どうかどうか。


 どうか俺を殺してくれ。


 周囲から声が消える。

 何もかもが一瞬で搔き消され、何も聞こえない。

 希望に縋った、とてもとても身勝手な希望。俺は音が消えたのを良い事に周りを警戒しながら耳を押さえていた手を放し、そろりそろりと目を開け……。


「あっ……」

 思わず足を止めてしまった。

 いや正確に言うと己の内の何か強い力によって止められたのだ。

 

 目の前にはまだ何も映し出されていない白いスクリーンが四方八方に漂っている。ただ俺にはこれが何を映し出そうとしているかが容易に予想できた。

 全身に、いや空間中に何かが走り回りそして俺の心の臓を貫くような錯覚を覚えた。


 そう……。これは俺が最も見たくない過去。

 このビジョンはトラウマを通り越して心の奥深くに封印した過去を映そううとしているのだろう。

 

 俺はこれを見たくなくても見なきゃいけない義務があるような気がする。

 あの時俺は……。

 あの時の俺に向き合わねばならない。


「違う」

 

 なんだか自分の思っていることと逆のことをしてしまう足を止めたことも、こんなことを思ってしまったことも、まるで催眠術に掛かったようだ。

 うんそうだ、あの時は催眠術に掛かってていたんだ。

 そうこれを見る必要も義務もねえ。

 無理やり頭に浮かんでいることを無理やり掻き消し後ずさりした。


 踵を返すように後ろを向いたが後ろにもスクリーンがある。これから映るであろう映像が、頭の中でコマ送り再生される。


 見渡す限りの、黒い砂嵐に包まれたスクリーンばかり。

 上にも下にも横にも、左右にも……。


 恐怖と狂気が全身をを走り回り外へと突き抜けていく。

 最早自分は自分では無かった。


 叫びたいけど、正気が、負い目がそれを止める、でも。


「怖い……」

 頭を抱え目を抑え込み地面に項垂れた。 

 

 涙が手の内側を湿らせる。

 体の震えが止まらない……。頭が真っ白になっていく。


「もう何も聞きたくない。もう何も見たくない。止めてくれ」

 頭に思い浮かんでくる言葉を次から次へと生産し外に放出していく。

 これが俺が出来る最後の抗いだ。

 とにかく何でもいいから言葉をただただ垂れ流した。


 これをしてないと不安と恐怖が抑えきれなくなってしまう。

 一体どれだけの時が流れただろうか……。数時間、否。一日以上こうしている気がした……。

 喉が枯れても、口から血を吐いても俺は叫び倒した。


 ……もう言葉すら発することが出来ないが、それでも喉を今も使い潰している。


 ただいつまで経ってもスクリーンからは俺の過去を映し出している様子はない。


 もしかしてここからは何も……。


 恐る恐る目を開き立ち上がった瞬間、四方のスクリーンが強い光で光りだした。

 

 冷汗が涙に濡れた俺の頬を伝ってゆく。

 全てが入り混じる、恐怖の感情を呼び起こしてきた全てが。

 

 俺の中で数多くの罵倒、苦言が捉えきれないスピードで流され吐き出されていく。


 体が痙攣して力すらも入りやしない……。 ぱたりと俺は地に膝を付けた。

 光はスクリーンだけに収まり切らず世界を照らし出し、涙ごと俺ごとこの空間を飲み込んだ。

 苦しみと恐怖と負い目と絶望のセカイに。

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