【三章外伝・前編】 女の子は泣かない
これは大和と美優が結託するより少し前の話
那智が死んで直ぐ後の莉乃のお話
それはとても悲しく残酷な話。
私は遂に彼の深層であり、真相に触れてしまったような気がする。
彼が渦巻く炎に焼かれ続けるのを私は見なければいけないのか―― 私は彼を、大切な人を身勝手にでも救う手段はないのか。
これはほんとに私の身勝手から出たモノでしかない。
成分表示をするなら私の身勝手100%、以前私は彼の全てを肯定すると言ってしまった。
でも、私は彼を助けたい、どうしても身勝手でも、自分勝手でも何でも構わない
いこーる
=
私は彼を否定することになってしまう。
彼の全てを肯定したい、それが私の間違えもない疑うことすら出来ない本当の気持ち。でも彼のその望みだけは、大和君の祈りに似た願いだけだけは認めることができない。
私は彼を肯定できない。
でも全てを肯定したい。
なんだか目の前で大切なものが消えていくような錯覚に囚われている。私の目の前からお父様が消えていったように、私がお父様の部下をこの手で殺していた時の様に……。
また私は何も出来ないままただ失っていくのを見続けることになってしまうのか。
もう私は失いたくない。
どうすれば、何をすれば、私の中の何を賭ければ大和君を変えれるのか。
大和君の心の闇を、大和君が何故死を望んでいるのか。そしてあの銀髪の鬼との会話の内容も気になるところ。
いろいろ考えた、考えはしたよ。でもね、結局は同じ答えに辿り着く。
――ただ私は全く以て大和君を知らなかった。
大和君は過去の話をしてくれない、なぜ彼はそこまで過去のことを話すのを拒むのか。大和君の昔に一体何があったというのか、見当すらもつかないほどに私は彼の事を知らない。
そもそも大和君がほんのちょっとだけでも私を受け入れた理由だって分かっていない。
大和君の特別は私なんかではない、大和君は別に私を深く知りたいわけでもない。
所詮私は美優の代用品でしかないと思う。
大和君にとって多分は私は美優の代わり
でも、それでもいい。
だから……。
だから私は――
知りたい、知りたい、知りたい。
知りたい、知りたい、知りたい。
美優は大和君の事を知っている、でも私は大和君の事は知れていない。
とても悔しくて、妬ましくて。
大和君が美優に向けている恋愛感情のような、信頼ともいえる、その思いはどうやったら私の方に向くのか?
私が美優だったらと何度思ったことか。
代わりでしかない、似た者でしかない、ニセモノでしかない私がどうやったら美優のように大和君を救える力を持てるのか?
美優なら大和君をきっと救えただろう、美優なら、美優なら、美優なら。
どうして私は美優ではなかったんだろうか。
私が大和君の幼馴染であったら。
好きで、大好きで、大事で、大切で。
彼を受け入れたい、彼を受け止めたい。
知りたい、知りたい、知りたい、知りたい、知りたい、知りたい、知りたい、知りたい、知りたい、知りたい。
大和君の全てを、大和君の負い目を。
初めて心から思える大切だという人、私の中の最も大切な人。
消えて欲しくもない、失いたくもない、何処にもやりたくない。
彼は私に何を求めているというのか、彼は私にどうしてほしいのか?
多分、あのヒトは私に殺されることを望んでいるんだろう。あの戦いでも、今まですべての戦いでも、大和君は死ぬことを理由に戦っていた。
違うと言いたい、でも違わないことがハッキリと分かってしまった。
もし大和君が裏切ったら、大和君が土岐家として私の前に立ちはだかったら。
私の中で作られる最悪のシナリオ、考えるだけで恐ろしくて妙に現実的で、どこかしら否定できないこのストーリー。
最後の最後で大和君が敵側に味方する。滅び行く土岐家に、風前の灯となった、土岐家の最後の一人を追い詰めたところでもし彼が私に背を向けたら。
本当に裏切る気があるなら後ろから襲えばいいモノの、態々私の眼前に立ちその最後の一人の守護者として刀を握る。
大和君を打倒したら家を取り戻せる、逆に大和君を倒せなければ私の家は取り返せない。
そんな状況を作られてしまったら。
そんなことになったら私は如何してしまうだろうか……。私は天童家として、代々続く由緒ある織田家として彼を敵と見なし剣を取ってしまうか、それともはたまたただの莉乃として、いやあの時のただの個人である明智梨奈として大和君の方に靡いてしまうのか?
多分私が明智梨奈に戻ったとしても彼は私を天童莉乃として敵と見なし、無理にでも戦わなければいけない状態を作ってくるであろう。
妄想で、ただの不安であって欲しい。
でも心の何処かで危機感を感じている自分がいる。
私はとっさに口を押える。こんな想像だけでも泣いてしまいそうな、一瞬でも隙を見せてしまえば心の堰が切れて想いが溢れ出てしまいそうだ。
「大丈夫ですか? お嬢様」
声が聞こえる、ああそうだったここは人前であり私は私の部下とお茶をしに来ただけ。
紅茶は落ち着く、ハーブの香りは心を穏やかにしてくれる。落ち着けば何かいい方法が分かると思っていた、何か見落としている事が見えるようになるのではと思っていた。
「莉乃様……。本当に大丈夫ですか?」
心配そうに響は手を止めて一向に紅茶を飲もうとしない私の顔を覗き込んでくる。
気晴らしの御茶会なのに全く以て気が晴れてないよ。
まぁ、部下の前でこんなひどい顔は見せられないね、笑顔笑顔。
「アハハ、久しぶりの御茶会だからちょっと感傷的になってただけですよ」
そう言いながらぬるくなり始めてきている紅茶に口を付ける。
おいしいはおいしいけど、なんだかちょっといい香りのするお湯を飲んでいる気分でもある。
「そうなんですか……」
響は素直に引き下がって自身のカップに手に取った。
周囲の人々は各々に女子トークというモノを繰り広げているみたいだけれども、なんだか今日はあまり話す気になれない。
響から誘われなければ私は家に帰るつもりだった。
まぁ家に帰ったところで最近大和君と上手く話せている気がしないんだけど……。
「莉乃様、もしかしてまだ隊長と仲直りされてないんですか」
飲もうとしていたカップをソーサーの上に大雑把に置きなおし、勢いよく響は私に質問を投げかけてくる。
「まぁ、そうだね」
「なんと……。ビンタぐらいで莉乃様を突き放すなんて案外隊長も器が狭い」
うーん、多分大和君は平常心でいつも通り振舞っているつもりなんだろうな、でもね、でもね。
あんな目を向けられると私も流石に寄っていけなくなるよ、あの奥手なお嬢様が何処からか現れてしまうよ。
こっちが何もしない限り基本的に向こうからは何かしてくる事は無い、だからいつも積極的に行動していたのに。
「なんだか私の事怖がっているみたい……。多分本人はそんなことしている意識はないと思う、でもねあんな怯えた眼を向けられると私もどう接していいか分からなくなっちゃうよ」
「あの基本的に無表情な隊長が怯える? 全然想像出来ない」
響は腕を組んで首を捻った。
「なんだか大和君の触れられたくない部分に私は触れてしまったみたい」
「隊長ってそんなにも鬼の襲来時に酷い目に合ったんでしょうか? アポカリプスの信者にしろあの種の人達って本当に何するか分からないから恐ろしい」
アポカリプスapocalypse、鬼に恨みを持った学生や若者たちが中心となって作り上げられた集団。
確かに彼らもどこか壊れてしまっている、でも何か大和君のとは違う。
そして彼らは死のうとなんてしていない。
「多分それより前に何かが遭ったいです。あの平和で平穏な時代で大和君の心を狂わしてしまうような何かが遭ったんでしょうね」
「うーん。全く見当も想像もつきませんしそれが何故怯えに繋がるかも全然分かりません」
「私もそうだから苦労しているんですよ」
紅茶で口内に潤いを届ける。サンドイッチやお菓子もテーブルの上に乗せられているけど全然食べる気にならない。
別にダイエットしてるわけじゃないよ。
「なら莉乃様、彼の過去を聞いてみるのはどうでしょう。最悪私が調べ上げますよ、彼の一生を」
大和君の過去を知っている人を私は知っている。
でも、でも。
なんだか乙女としてはとても複雑な気分。
美優に私が大和君の過去を尋ねに行く。幼馴染に、そして今でも大和君が好きな相手に、大和君の事が好きな私が大和君を一番知っている幼馴染に助けを乞う。
禁じ手で、やってはいけない事のような、それになにやら敗北を認めてしまった気もする。
私は今一度、自分に問いかけた。
自分のエゴか、大和君のいのち、何方が大切なのか。私はとても私を安売りしてしまっているような気もする。
本当に大切なモノは何か……。私は最重要事項として大和君に生きて貰いたい、私が大和君の隣に居られるのは二の次でいい。
ならば答えは決まった筈、ならばすべきことはもう分っている。
二番で良いなら、代わりで良いなら、お零れを期待している人間ならもうそれでいいじゃないか。
大和君の過去を知る。
あのいけ好かない幼馴染に頭を下げてでも私は彼に一歩近づく。
私は大和君を否定する材料を得る、其れ即ち過去に大和君の全てを肯定するといった私も否定する事になる。
でもいい。
私はどんなに憎まれても、うざがられても、嫌われてもいい。
――私はただ大和君が生きていればそれでいいんだ。
「響、私は決めたよ」
ちびちびと飲んでいた紅茶を一気に飲み干して、殻になったカップをソーサーの上に置いた。
「はぁ、莉乃様一体何を決めたんでしょうか?」
これは戦い、乙女は複雑、でも一旦休戦。
目の前の困惑している従者にもう迷いはないと笑顔を見せる。
私は一度やるといったことは絶対にやり通すから。
私は大和君を私自身の身勝手だけで助ける、大和君の意思も、望みも関係なく私は私が救われたいがために大和君を否定する。
どんなに恨まれようが一向に構わない、それで生きていてくれるなら。
恋する乙女の感情は一度何処かに閉まっておこう。
私は決めた、大和君を一番に知る、大和君の幼馴染である美優話を聞きに行こう。
絶対に貴方から死にたいという感情を奪って見せる、その為なら多少の不利益を被るのもズルをするのも構わない。
私はどうしようもなく、抑えられないくらい、とってもとっても大和君が大切で、大事で、大好きだから。
もう私はあの時のように何も失いたくはない、もう失うのを眺め続けるなんて絶対に嫌だ。
だから美優への嫉妬を全て捨てて私は大和君の弱点を知りに行く。
次回・幼馴染に会いに行こう




