【三章第二十八話】 Magia
とてつもない胸騒ぎがする。
理由は分からない、分かりたくもないし、これがただの予感であって欲しい。
女性は男たちに囲まれ泣きに泣いている。
死んでいた目が、失っていた感情が戻って爆発しているのだ。
彼女はこれから普通の人間にやっと戻れるのだ。彼女一人を救うために幾らか仲間を失った……。
男たちは皆優しい目で、彼女をこれ以上傷付けないようにと振る舞っている。彼らだってきっと仲間を失って悲しんでいるだろうに。
ただそんな男たちを見て余計に怯えたように涙を浮かべ始めた。
男たちを蹴り飛ばし響や女性が彼女のケアを行っている。
「終わったな……」
「ええ、終りましたね」
ただお互いがお互い終わったなんて言う目はしていないだろう。
「法師……」
「何か気になる事でも……」
「お前もな、同じだろ」
お互いがお互い黙りこくった。
「あのですねぇ、何故だか胸騒ぎが……。尋常じゃないほどの胸騒ぎを覚えているんですよ、これは都で百鬼夜行が起こる前と同じ匂いがします」
たどたどしく法師は自らの気持ちを言葉に表そうとする。
此奴もどうやら俺と同じようだ。
「莉乃、お前はどうだ?」
莉乃もどうやら言葉にできない靄を感じている。
心理の海は濁っている、このまま考えても迷うばかり、このまま動かないでいるのは、ここに長居するのはよくない気がする。
感情を爆発させて泣く女性の様子をこれからすぐさま本陣に移動できそうかどうかを女性を手当てしている看護の人に聞いた。
どうやら看護師も看護師でこんな平野よりは幾分も設備の整った本部で彼女を手当てした方が良いらしくこの考えに賛同してくれた。
彼女の心理状態が比較的に安定してきたらいいと言う許可も降りた。
俺は一刻でも早く移動したい気分だ。
「あの、あのですねぇ」
少し離れたところで莉乃が声を上げる。
「私の疑問はどうして敵は攻め込みもしないのにこんなところに砦を築いたかという事なんですよね。もし犬山からの攻めていく方が採用されてたらと……」
皆急に大声でたどたどしく声を上げ意見を言った莉乃を注目した。
風が一側強く吹き抜ける、まるで戦場の笑い声のように。
「敵は攻め込むつもりであったんだろ、遅かれ早かれ此処まで大規模な軍団を揃えるのだから」
莉乃は半ば震えるように声を上げた。
「私は不安です。何故だかというと上手く言えませんが、何故だか敵のシナリオ通りに進んでいるような気がして」
莉乃の言葉を半ば妄言と捉えるか、それとも本当に起こってもいい事だと捉えるか、皆々静かに考え込んだ。
即答できるほどの情報がない。
そもそもだ。
そもそも。
此処まで此処に兵を集めて犬山方面から攻め込まれたらどう対処する気だったんだ?
此方が絶対に挑発に乗ってくる確証なんてあったのか?
敵はここを攻めさせたがっていたという事なのか?
此方に威嚇さえ加えず、人類の領土を襲いすらせずどうして敵は俺達が此処に攻めてくると分かっていた?
こんな砦力攻めは避けたいはずだ、普通なら、理由が無ければこんな砦は攻め込まない。
――何故だか敵のシナリオ通りに進んでいるような気がして……。
この戦は一人の少女が逃げ帰って来たところから始まった。
鬼たちはあえて少女を逃がし、此方に人がそれなりに囚われていると少女越しに伝えさせ、此方に攻めさせるよう仕向けたという事か?
そもそもだ、そもそも少女は何故逃げようと思った。
先程の女性は完全に逃げる気も生きる気もなくしていた。
少女はあの女性より生きることに執着していたんであろう……。
それなのに?
それなのに?
少女はそれほどまでも生きることに執着していたのに何故自殺した?
頭に引っかかっている物がもう少しで何だか分かりそうな気がする。
あの女性を見れば、俺がこの違和感を覚えたのはあの女性を見てからだ。
クルリと女性の方を……。
「我が信仰を偉大なる鬼神に、我が忠誠を我らが主に」
――大和君ッ。
グハッ?
俺は吹き飛ばされていた、俺は地に打ち付けられていた。
体中の悪寒が警告音へと変わる。
ただ最早今更だ、性能の悪いセンサーだ、糞、くそがっ。
城の脇の平地から狼煙が上がる、我此処に居たり、我は此処にいるぞ。まるでそう主張しているみたいに彼らは登場した。
各々の御旗を靡かせて。
突如として側面から軍隊が現れた、んん?
いや? 俺は何故吹き飛ばされた?
何かにとりつかれた様な女性は確実に俺の命を捉えていた。
悲壮気な、まるで無残な死体でも見る様な眼で皆何かを見つめている。
唖然、怒り、悲しみ、無念、焦燥。
そこには色々な感覚が入り混じっている。
「ふぁっっ」
それを知った俺は情けない声を上げている。
それを見てしまった俺は、全てを理解した俺は、全てが繋がった俺は後悔した、それをした時点で俺は気
が付いた。
何故だ、どうしてだ、何故なんだ。
振り子のように揺れ動く心。
ウデガ、腕の震えがおお、収まらない。
「殿、殿」
「大和君」
眼が反らせない。
理解したはずなのに理解できていない。
ううう、うそだろ。
「なぁ、なぁ、嘘だと……。嘘だと言ってくれよ」
最早誰が体を動かしているかなんて分かったもんじゃない。
「馬鹿野郎、大馬鹿者、どうして、どうしてお前は……」
俺はそれに駆け寄った。
俺はそれを震える手でしっかりと受け入れた。
俺は現実を受け容れ切れていない。
俺は怒った、悲しい癖に怒っている。
もはやあやふや、自分の、自分の気持ちスラ、分からない。
「那智、しっかりしろ那智」
それは俺の声なのか、誰か別の人の声なのか。
ただ俺の声よりは随分と高いそんな気がした。
「那智好きだ、死ぬな。生きて、お願い死なないで」
彼女を好いていた、畠山榛名は男の手を握り血に濡れながらも必死に生きろと叫んだ。
看護師が必死に手当てしている……。
でも……。
でももう駄目だ、大勢見て来たから分かる。
こんなところで冷静に諦めてしまっている自分がいる。
「どうして俺なんて庇った、俺なんて……」
彼は背中で刃を受けた、そしてその刃は背中から外へと横に走った。
傷口から広がる命の源。
朱に染まる一人の人間。
いいや……。周りを見渡せば数人の人間が斬られ深手を負っている。
「好きって今更言われてもなぁ、どうやら俺は……。もう駄目だ、ほかの人の手当てに回ってくれ」
「馬鹿、諦めるな、諦めるなよ那智。生きろ、貴方が常々言ってたように生きて帰ったら養ってやるよ私が」
那智は笑うのだ、血を吐きながら。
看護師はすぐさま最上級の謝罪をし一糸乱れぬ敬礼と共に静かに那智を切り捨てその他の人類を取るのであった。
止めろ、止めろ、止めるな、死ぬな。
だがそんな言葉が出てこない。
俺ですらも何処かで合理的に那智を見捨てていた。
「隊長、そりゃ助けますよ、貴方は英雄何だから」
「そんな理由で助けるなよ」
怒鳴りつける様に俺は叫んでいる。
穏やかに那智は微笑んだ。
「英雄以外にも隊長は俺の親友なんだから。隊長ならこんなことせずとも対処できてたでしょうね、でも俺落ちこぼれだから……。これしか……。気が付いたら勝手に体が……」
震える手が那智を掴んでははは、離さない。
息が荒い、周囲の音が入ってこない。
頭がグルグルと回り続けている。
「はるる、ごめんな。本当にごめんな……。気持ちに答えられなくて……。次はもっといい男を好きになれよ」
榛名の声さえ入ってこない、榛名は何か言っている。
そして涙を流して強く首を振っている。
「大河、色々あったけど俺はお前の事兄のように思っていたよ」
大河は項垂れ、那智に触れた。こいつも泣いていた。
「ババ、あの言い合いですら懐かしい、行き遅れんなよ」
「おい、死ぬな。私に言い返させろ」
「まひる、俺は正直お前に嫉妬していた俺はお前みたいになりたかった」
まひるがどんな表情をしてるか分からない、ただ彼女は何も発することは無かった。
「吹雪、またお前とFPSがやりたい」
この場にはいない吹雪の名を上げる。
声はどんどんと掠れ眼は開いているのか閉じているのか分からない有様であった。
「ハリマ、莉乃ちゃん。俺の親友の事頼んだよ」
「おい死ぬな、おい…… まて、お前は生きれるぞ、そうだお前おにに……」
それ以上は行っちゃだめだと言わんばかりに口に冷たく小刻みに痙攣する手が当てられる。
流れでる血、消えかかる眼の奥の光、放出される熱。
此方の声は届いていない。
「隊長……。楽しかった… 一緒に馬鹿やって、徹夜で鑑賞会して…… げーむ… して……
隊長といた、隊長と馬鹿やった時間が一番人生で楽しかったな……」
手の力が緩み血の池に落下する。
「俺は… 友として… 貴方を救うことが出来な…… かったのが心残り……。ああ、人殺しなんて…… ロクなしに… かたしない… な」
段々と何かがか細く弱く、消えそうになっている。
やめろ、止めろ、やめろ、YAMERO。
ここえに出てるかすらも分からない。
「まだまだ生きたかったなぁ~ 皆と居たかったなぁ~」
くっ、糞が。
馬鹿野郎、大馬鹿者……。 --お前なんてもう友達じゃない。
死んでんじゃねぇよ。
吹き出すように、生命の全てを懸けて本心を言い切った……。
かつての友はとても穏やかな辞世の言葉を残し、とても死に際の男が言ったようには思えないほどに流暢に最後の言葉を言い切った。
親友、京極那智は絶命した。
京極那智は俺を庇って死んだ。
全てが全てのパーツがハマる。急に頭は冷静になるのである、静かに火に友がくべられる。
ーーあるところに一人の少年がいた、少年には何よりも大切な友達がいた。ある時その友達が寄って集って皆に虐められていた。そしてそんな友の姿を見て少年はどうしたと思う?
何処からだがそんな声が耳の奥底に響く。
「どうしたんだろうな」
――その少年は恐怖に怯え何も出来なかった訳では無い。その少年は怯えたふりをした。
大河はそう語る。
――その少年は親友に裏切られるのを恐れた。常々お前は恐れていた、紫水に使い捨てられるのを。
ハリマは責めた。
「違う」
――まぁいいよ、でもお前また守れなかったな。
莉乃が嗤った。
――また守れなかったな、残念残念、折角変わったのにな。
守れない、守れるはずが無い、弱い、雑魚、弱者、要らない、要らない、要らない、必要な、い。
貴方はまた守れない。
お兄ちゃんまた守れなかったね。
君はまた守れない。
大和、また守れなかったな。
英雄の癖して守れないなんて。
――隊長、守ってくれよ、生きたかった。
かつての親友が、親が、妹が、莉乃が、隊の皆々が、那智が、見知らぬ人が、大地が、戦場が、自らが、全てが俺を守れなかったと嘲笑う。
全てが俺を要らない人間だと嘲笑う。
歯ぎしりが響く、嫌味が身体を伝う。
要らない、要らない、要らない、要らない、要らない、要らない、要らない、要らない、要らない。
『能のない人間なんていらないわ。どうして貴方はそこまで無能なの。貴方なんて生まれて来なければ、いや生まなければ良かったわ』
いこーる =
またステラレル。
俺の価値。
俺はそれを自ら見出した筈だ、俺は次こそ失わないために。
――次こそ自らが捨ててやれるくらいに。
俺はそのために力を欲した、俺はそのために恐怖を淘汰した。
なのに、なのに、なのに、なのに。
また俺は、俺の為に、俺が関係したからに人が消えた。
全てが俺を嘲笑う、全てが俺を嘲笑する。
――だれか、だれか、だれか、いいから俺を殺してくれ、何時まで俺は罪を背負い歩き続けねばならない。
一色の全てと俺の贄で我慢してくれよ。
なぁ、どうして、どうして俺を守る。
どうしてどうして俺は生き長らえる。
『謝りたいと思っているよ、その少年は』
でもその少年は許されないと知っている、皆が許しても自らは決して許しはしない。
その少年は償えぬことを知っている、だから自らを含めた元凶全てを消して問題を有耶無耶にしようと考えている。
最初から少年は真摯に受け入れようなんて考えなかった。
少年は知っている、知っているからこそ卑怯な自分を殺そうとしている。
――なぁ、本当は那智を恨んでいるんだろ。あのまま死んでいれば、お前の望む通りにお前は可哀相な人として死ねたもんな。紫水みたいにただの被害者でいれたもんな。
『お前が考えている死に方よりずっと綺麗な死に方じゃないか、お前の憧れの死に方じゃないか。それなのに、それなのに、その死に方を盗られちまったもんな』
「違う、違う、違う」
自分の中の何かがぷつりと音を立ててキレた。口は堅く、柄の握りは強く。
体が氷と一体化するような錯覚に囚われる。
体を雷が蹂躙する。
少なくとも俺は、間違いなく俺は
那智には死んで欲しくなかった。
そして俺は微塵も那智を恨んでいない。
俺が恨んでいるのは、一色であり、そしてオマエヲコロシタアイツダ。
「大和君、駄目です、其方に行ってはいけません、復讐に身を委ねてはいけません、お願い戻ってきて。大和君、お願い、聞こえて」
止めるモノを振り払った。
「全隊、莉乃を守れ……」
全ては鬼によって仕組まれていた、あの少女も多分鬼の回し者。
あいつは殺す、生かしてはおけない、確実に殺す、あの人間の癖に鬼に寝返った奴はただじゃ澄まさない。
音もなく、声もなく、冷ややかに駆ける。
……。
降り積もる仲間の死体。
あの逆賊を、那智の仇を討とうと即座に追撃に回っつた仲間たちが血を吹き出し惨殺されている。
許さない、コロス。
「全隊とまれぇぇ」
やけに透き通った声が戦場に木霊する。
「鬼神様、討ち漏らしてしまい申し訳ございません、あの男こそが敵の隊の長であり、隊の者の話曰く尾張の英雄だと」
仇が目の前に、後方に守られている訳でもなく目の前で悠長に会話してやがる。
許さん、許さん、許さん。
「良くぞやってくれた」
ポンポンと女性の頭を撫でる少女。
何もかもが、あの者が憎い。
これは八つ当たりだ、八つ当たりでもいい。ただしね、売国奴許すまじ。
「英雄、英雄だとお前が、はっはっはっはっは。どうやら我は因果の外に居るらしい、大物が釣れたぞ」
自信ありげにそして何かを嘲るように笑う鬼などどうでもいい、俺はあいつを殺さねば……。
少女の皮を被った鬼があの仇を庇うように前に出た。
「ああ随分と変わったみたいだな、でも一目見ただけで分かる。散々見せられてきた、嫌というほど見せられた、悲しい事だ、紫水お前らが分かり合うのはもう無理だ、お前の望み通りとは行かんみたいだ」
おい……。
おい……。
今なんて……。
今お前は、誰の名を……。
足が自然と止まってしまう。
「どうやらあの黙示は正しいらしい、紫水の為にも我はお前をここで殺す」
即座に俺は妄言を吐く鬼に向かって刀を振り下ろした。
「英雄如何した? そんな憎悪に塗れた眼で此方を見て」
ひらりと剣を躱す鬼。
「鬼神様っ」
憎き彼奴が自ら剣を持ち此方に向かってくる。
「下がれ、我の命令だ。助太刀などいらん」
死ね。
もういい、死ね。
力一杯に少女の皮を着た化け物に向かって山城を薙いだ。
「お兄ちゃん……。どうしてそんなことするの?」
いいから死ねよ。
妹の姿形に成って変わった鬼はギリギリで刀を出して攻撃を防いだ。
慈悲などない。
すぐさま斬り返しを放つ。
「大和、止めて」
その面二度と晒すんじゃねぇよ。
その瞬間に刀は血を浴び周囲が赤く染まった。
「ハッハッハ、どうやらお前の知っている家族に愛されたがっていた草薙大和はもう何処にもいないらしいな」
化け物の周りを漂う血。
鬼は血によって守られた。
そしてこの鬼は俺の過去を知っていた。
妹顔をしてまでも、母親の姿になってまでも。
「なぁ英雄よ、我と戦うつもりか? 舐められては困るぞ、我はやろうと思えばお前らが必死になって探している鬼の王さえも瞬殺できる力を持った者だ。それでも我とやるのか?」
鬼は刀に血を集め鬼は戦士となった。
いいや違う、この顔は、こいつの眼を知っている。
莉乃と同じだ、桔梗も同じ目をした、認めたくはないが美優でさえも。
何者かの為に。
愛とかいう物の為に戦う者と同じ目をしている。
「ほう、久ぶりだな姫君、維新ぶりだな。で? ああそうかやっとお前は自らの能力を自らの制御下に置けるようになったのだな、レイ」
周囲の、俺と此奴の戦いに水を差そうとするものを次々に斬り倒していた法師はそう言うのだ。
そしてほんの一瞬だけ目の前の鬼は驚いた顔をした。
だがお前らの関係など知らん。
刀を影に染め上げ敵に向かってそれを薙ぎ払った。
音も無く衝突する影と影。
「おっと、よそ見しないで下さいよ。貴方まで死んだら紫水様これ以上に無いほどに悲しみますよ、それでいいんですか姫君」
男は槍をぶんぶんと振り回し俺の前に立ちはだかった。
「英雄草薙大和とお見受けいたす。我が名は森武蔵守長可。葛城紫水が臣下、これより我らの勝手な都合故に主の知らない所でお前に死んで貰う」




