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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第一章】終わりの始まり
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【一章第四話】 吹雪

 包丁を両手で握りしめ台所を離れ階段を音も立てずにゆっくりと登った。

 扉を開けるときや階段を登るときなど意味もなくちょっと軍人がよくやる確認作業をした。 ちょっと厨二っぽかったな。


 手に持ってるのは包丁なのに何を馬鹿なことを……。 


 段を重ねるごとに覚悟だけが強くなってゆく。勝利を掴み取るためのへの覚悟……。いやそんなわけないだろう、俺が持っているのは死ぬ覚悟ただそれだけだ……。

 死にたくないなんてもう言わない。

 もういいんだ、もうこれで御終い。 

 全てが全て、自らまでもがご破算でいいんだ。


 我が身を捧げてでも未だ見ぬ敵に一矢報いる、それだけできればいい。


 親の仇討ち? なわけないだろう。俺はただただ俺の為に、弱かった俺を踏み越える為に、嫌いな俺をこの世から葬り去る為に。

 俺は変わったと証明する為だけに。


 俺は戦う、勝ち負け、生き死になんてどうでもいい。


 自分以外の自分になる為に――。


 本屋から逃げてるときは止まらなかった震えも、武者震いも俺には起きてなかった。

 俺は自らの運命から、自らの過去全てに抗う。


 滴る赤い液体。零れ落ちる命の液体。溢れ出る大海。それはワインのような色した底なしの沼。


  眼前に広がる狂気の残り香。


死。


 そこにはもう妹と呼べるものはいない……。それは物に成り下がってしまったのだ。棺に入れて、皆に惜しまれながら煉獄の中に消えていけれるような姿ではない。

 ただの大小さまざまな塊の集まり。


 死体はバラバラに、そしてグチャグチャに見事なまでのスクランブルエッグとなっていた。


 途切れた臓物が体の外飛び出し、片目が目が抉られ、唐竹割になった頭からは見るも無残な軟らかそうな物体と共に透き通った液体が滴れ落ちていた。

 目は見開いたまま絶望でも見たかのような深い深い濁りを覗かせながら放置され。かつての面影も何もかが消えてしまった片割れの顔からは涙がの跡が薄く残っていた。


 可愛さも美しさも何も感じない。ましてや悲しみも寂しさも、これをやった奴への怒りも恐れも、俺は何も感じる事が出来ない。

 この妹を無様だと、憐れだとなじる事さえ叶わない。

 

 血を分けた兄妹が死んでも何も感じないほど俺は冷徹な人間だったようだ。


 遺体の損傷具合から見て妹は鬼の餌に成ったんだろうと推測した。あの青年もそうだったように、どうやら鬼界ではわざわざ人間をバラバラのグチャグチャに解体してから食べるのが流行りらしい。


 ただ妹の四肢がどこにもない事だけが引っ掛かった。

 予想の何倍も頭が回転している。どちらかというといつも以上に冷静でいられる。


 光を失い冷たくなった目を閉じさせるため、妹の片割れの瞼を指で下してやった。


 ――嘘だ……。


 俺はあえて見ない様にしている。自分の心の奥底を……。心の内に蓋をしたこの感情を。それを覗いてしまったら俺はもうただの尊厳のある人間には戻れない。

 突き立った剣を折ってしまうことになるだろう……。


「安らかに眠れ」


 物に背を向け、一歩を踏み出す。

 敵は死体の跡を踏み越え突き進んだ様に血の跡がベタベタと淵に向かって垂れていた。その血の跡は、俺の部屋の扉の前で途絶えている。母親は俺の部屋に逃げたのか……。



 まぁ当たり前といえば当たり前だ。俺の部屋は、二階の一番淵にあるのだから、自分を殺そうとしている敵から少しでも遠くに逃げたいと思い行動するのは当たり前だ……。


 ――ならば敵も俺の部屋ににいるだろう。


 軽く深呼吸をした。

 軽いはずの呼吸から、深い深い吐息が漏れ出た。

 覚悟はもう決まっている筈なのに、覚悟で自らを突き動かしている筈なのに。


 残念極まる位に手が歪な動きしかしないのだ。

それでも右手の包丁を握りしめ、左手でドアノブを握った。


 世界が静寂に包まれ時がただただ流れる……。 まるで激流が堤を押し流すかのように扉を開いた。


 勢いを殺しきれなかった扉が壁にぶつかって鈍い音を上げた。


 そこにはいつもの部屋があった。本棚にはラノベや漫画、歴史小説、雑誌、部屋のいたるところにポスターや模型、城のジオラマが飾られている俺の部屋があった。

 ただ床には血の跡がコベリ付いているし、袈裟懸けに斬られた母親が目を閉じ窓のある壁際にもたれ掛かっている。


 窓は所々血で深紅の赤に染め上げられ、壁には斬り跡が残り、ベットの上には母親の死体を肴に妹らしき肉付きの腕を舐めるように齧っているものがいる。


    鬼だ……。


 角は見当たらない、それに今まで見た鬼より妙に綺麗な格好をしている。


 だが俺は確信した。

 人類に退治させるべき人外の代名詞、古くから読み物語で悪役の座を総なめにして来た化け物……。


    ———鬼―――


 

 荒れ狂った空の雲の様な黒い黒い狩衣に所々に血コベリ付く血跡、所々顔を覗かせる血とは違った炎のような赤、いつかの本でみた陰陽師の衣装に似ている気もする……。

 見ようによっては古事記などでよく見る神々が着ている衣装にも見える。


 無造作に肩の辺りまで垂れ下がった黒髪は歴戦の戦人の様な風格が後姿から滲み出てそれが強い威圧感となり体を強張らせる。

 俺の気配を感じたらしくに、腕を投げ捨てベットから降りてこちらを向く。


「馬鹿な人間だ、逃げれば良かっただろうに。 父親の方は不味かったが、娘の方は頗る美味であった」

眼前にいるこの中年くらいのダンディーな容姿の鬼は口に付いた血を右手で拭き取りながら、この世の全ての闇を凝縮したかの様な眼で俺を睨む。

 そして呆れている。


 初めて鬼の言葉を聞いた……。てか日本後を喋っている。


 奴らには人並みの知識があるようだ。

 敵に負けじと俺も睨み返す。


 敵は動こうともしない。余裕に満ち溢れた態度で俺に立ちはだかる。


「見逃してやる、去……」

 敵が口を開いた瞬間に覚悟を決め、右手に持っていた包丁を殺意を込め両手で固く固く握り締め、大きく足を踏み込み眼前の敵に向かって突撃した。

 敵は武器を持っていない……。


 いけるかも? 


 いける! 


 いけるぞ!



 ——世界から音という音が消え、誰一人として動作するものがいなくなった。


 世界が止まった……。 


 時間が止まった……。 


 いや違う、動いている。


 時間が止まったかのように感じられるがゆっくりと世界が動いている。


 ゆっくりと俺も此奴も動いている。


 世界が遅くしか動けないのに頭だけが妙に冷静で身体よりも数百倍速く動いている状態だ。


 いける。


 腰を捻りながら刺突の姿勢に入る。


 間合いも何も分からないがこの場所から飛び込めば奴に突き刺さる気がする。


 ――勝てる。


 頭が。

 体が。

 本能が。

 友が。

 家族が。

 そう言っている。


 頭の中で微かに声が響く、異論に満ち溢れた切ない声だ。


 眼前の鬼は何も持たない右腕を床と平行に振りつけ、拳は剣を持った時にする手の内の形に変化していく。


 あたかも見えない剣でも持っているかのように……。


 振りつけられた手からは膨らみがあり人差し指は針の様に鋭く突き出されている。その手は軽く手の内を作っているだけで力は入って無いようにも思えた。


 奴の片眼だけが大きく見開かれた。狂気に歪んだ目が此方を覗く。

 鬼の右腕に禍々しい黒い霧が漂いはじめ、手の内からはぼんやりとした長くモヤモヤした物が突如空間に出現した。

 棒の様なものが腕辺りにあった霧を吸収し反りを帯び、薄く長く段々と漆黒の刀の様なものに形を変えてゆく。

 肥大していた片眼が段々と収縮していき、歪んでいた貌が段々と豹変していき武人の様な凛とした出で立ちの戦う者全てに敬意を払っているみたいな貌をしている。

 


 ――同じ顔でもこうも違って見えるんだな。


 足は敵を屠ろうと前に出る事を止めることはない。

 弛んでいた手の内が締められた。


 ——刹那、漂っていた霧が何かを覆っていた霧が瞬く間に晴れ、日光が射したかの様に長物の白刃が俺の顔を照らす。


 重く長い一瞬の出来事だった。


 武器を持って無いと油断していたが特殊な能力か何かで敵は包丁以上の刃渡りの武器をその手に所持してしまつている。


 こんな日用品なんてあれに比べたら玩具だ。

 鉄でも斬れそうな切れ味を持った刃が俺の体と対面する。

 ゆっくりとゆっくりと刀は俺の体からわずかながらに遠ざかっていく。


 柄に左手が添えられた……。

 金属が触れ合った様な高く綺麗な音が鈍く響いた。

 ……間髪入れず、その音を掻き消しながら切っ先が、刃が俺へと迫る。


 止まりたくても、引きたくても退けないのだ。


 俺は死ぬ。

 お前は死ぬ。


 突き出された足は前に進む事しか許さない。

 左から段々と俺を両断しようと刃が迫ってきている。


 心臓の拍動が早く警告音のように体内で鳴り響く。

 時の流れが遅いせいか刀が身体に近づくにつれ恐怖心と生への諦めが増していく……。


 こんなはずじゃなかったのに、生への執着を捨ててこの場所に立ったのに。

 いつもそうだ。こんなはずじゃなかったのに。


 ——それでも尚弱弱しい俺は生への執着を捨てきれてなかった。



 お前は体を真っ二つにされて死ぬ。

 お前は物と成り果てるのだ。 

 お前は自分の定めたことすら守れず無様に死ぬ。

 お前はまたあの時と変わらない。

 お前はいつも通り惨めで矮小な人間のゴミだ、死ぬ直前までな。


 頭が。

 体が。

 本能が。

 友が。

 家族が。

 そう言っている……。


 声だけは憎らしくも頭の中で木霊していく……。

 最期だと言うのに誰の顔も何の思い出も出てこない走馬燈すら見えることはない。

 まるで無様な俺だったよ、最後くらい思ったように死にたかったのに。


 ――頭の中から溢れた、自分への異論に満ちた救いの声が体中を駆け巡る。


 そうか。

 そうか。


 俺はまたお前らに助けられ、救われたのか……。


 それは俺に向かって掛けられた言葉などではない。それは俺への気持ちのこもった囁きなどではない。それは画面の外に存在する俺ではない誰かの提督に向けて投げかけられた台詞だ。


 それなのに……。それなのに……。 それなのに……。 

 幾度もなく俺はその世界の住民の言葉に助けられてきた。生きる事を見いだせて来た。

 


 ありがとう……。ケッコンカッコカリした俺の嫁……。


 ――どうやらこれは俺の最期じゃないみたいだ。


 前にしか進むのを許されなかった足が呪いが解けたかの様に後ろに半歩程だが動いた。あれだけゆっくりと動いて病まなかった時が突然いつもの様に動き始めた。

 迫り来る刀が急に早く動き、腹の服を掠める。


 危なかった……。

 あと少しズレてたら腰と胴が離れていた。

 でも俺は生きている。


 敵はこの一撃で勝負がつくと思っていたらしく、全力で刀を薙いで空を斬ったため少しばかし体勢も崩しているため二太刀目を浴びせて来なかった。


 いけるか!


 無害、無価値、無意味、無味、無臭、無情……。


 無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、無、有。


 そこに意味が無くても、俺に存在意義が無くても、今現在俺自身の価値を見出すのは俺だけだ。

 そこに99%の無があっても1%の何かがあればいい。


 包丁の柄が潰れるくらい強く握り、地面が沈むほど強く踏み込み、すかさず奴の胸元目掛けて飛び込んだ。

 

 俺の意味とは、俺の存在意義とは俺の有とは……。

 なりたかった俺になる事だ。

 今ならきっと、いいや今しかない。

 これが最後のチャンス。


 包丁の切っ先が奴の皮膚に触れ……。 

 甲高い音が部屋を駆け巡り包丁が中ほどから折れ切っ先が宙を待っている。

 奴を突いた瞬間、人では有り得ない硬いものにぶつかり奴を突いた時の衝撃が俺の手の中に戻ってくる。


 折れた刃が宙に落ちた。


 残った包丁の刃のある部分で脇腹辺りを擦切ろうとするが傷一つ突かない。あろうことか包丁が段々と刃毀れを起こしていく。

「俺はやはり変われないのか」


 傷一つ付かない……。なんだよこのチート野郎が……。 

 いや普通の武器が効かないのは二次元では当たり前だがまさかこの次元にもそんなのが出て来るとは。


「曲らずして折れるとは笑止。こんなことで折れるとは脆い鉄だのう。こんな武器で倒せると思われてるとはずいぶん低く見られたものだ」


 目の前の歴戦の戦人は半ば呆れたように言葉を漏らす。


「だがあの一刀を躱せたのは見事なり! 認めてやろう戦無き時代の子でも此処までやるとは思わんかった。だから……」


 少しの間のあった。武人の表情がまた狂気に歪む。

 これまで見た事なの異様な理性を欠いた目だ。


「お前をとことん絶望に堕したくなった。勇気に包まれたお前の顔を、お前自身を、お前の全てを壊した上でお前を喰いたくなった」


 未だに斬りつけている包丁を素手で掴み奪い上げ。

 衝撃と共に世界が反転した。

 俺は宙を舞っていた。


 壁に沿うようにベットを配置している為ベットの上に落ちず壁に後頭部を打ち付けた。


 想像以上の激痛が頭を襲う。

 頭を抱えながらベットに倒れ込んだ。


 …頭がくらくらする。

 ……感覚が段々と遠のいていく。


 奴は何かする気なのか倒れ込んだ俺の肩を掴みわざわざ壁にもたれ掛からせる。世界がぼやぼやしている、ここで目をつむってしまったら、もう俺が目を覚ますことなんてないだろう。

 やはり最後まで。

 

 最後にこの視界に入ってきたものは母親の死体でもなく、反対側の壁に掛かった最近買った『艦これ』のカレンダーでもない。

 奴だ。

 打ち付けた頭が原因なのか何故か奴の手が紫色にひかり、漆黒の闇が俺の周りを漂っている。


 頭が上手く回らない……。


 考えるのを切り捨て朦朧とする意識に身を任せた。

 奴のゴツゴツとした手が俺の顔に覆い被さってく……る……。



 やはり……。俺は……。変わる事が……。出来なかった……。 

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