【三章第二十五話】 復讐
「それでどうして俺を殺そうとしてきた土岐家がわざわざこんな場を? まぁあれもお前らの暴走で終わらせる気は無いよな?」
「あははは~ あの時はあの時ですよ。過去の事を引きずる男の子は嫌われるぞ」
桔梗はいつも通りの平常運転パチッと目配せを飛ばして来るのだが、
「お前のそれにも飽きた、ほかに芸が無いのか? 諄い女は飽きられるぞ男に」
「おお、英雄さんも女の子の事を知ったからか、そんな返しも出来るようになったのですねぇ、桔梗ちゃん関心関心」
驚いたような顔を作りパチパチと手を叩く。そしてそんな桔梗の頭をポコリと殴るものがいた。
「其処ら辺にしておけ、彼方は彼方の事情があるんだ、他所の家の事情には深く入り込まない方がいい」
「はーい、わかりましたっ、高君」
あー、はいはい。
前から薄々気付いていたけど此奴あの男の前でだけは素直というか何というか強化外骨格を脱ぎ捨ててありのままを見せてるよな。
あれだよな、桔梗ちゃんはお熱なの~って奴だよな。
まっ、あの男の名前よく知らんけど。
「で俺は何時までこの家族ごっこを見せられればいいんだ? 大将」
「あれはほっといてくれ」
最早完全に何もないモノのように彼らを扱いこの御大将は俺に言葉を返すのだ。
流石に慣れているのかスルースキルはお高いようで。
「それでもな、彼らは我が土岐家自慢の部下たちだ。その恐ろしさ英雄殿なら身をもって体感なされたであろう?」
「鬼仕込みの兵士そりゃ禁忌だ、反則だ、ルール違反だ。そんなものは強いに決まっている」
「ハハ、貴方には言われたくは無いよ。楠木ハリマという鬼を宿した人間を連れ歩いている癖して」
ニヤリと笑う大将。
分かった、分かったよ。此奴は全てが全て俺たちの事を分かっているんじゃないと。
「どうしてそうだと分かった? 莉乃のように鬼かどうかを判別できる鏡は見当たらないのだが。まっ、鬼の兵士を連れているんだ、有ったところでそれを表に出すとは思えんが」
「貴様の過去の発言と周囲の発言とでも言っておこうか。軍は貴様の過去を徹底的に調べ尽くした、ただどれだけ調べても楠木ハリマと草薙大和の関係が見えてこない、誰一人として楠木ハリマを知らなかった。それなのに貴様は彼を幼馴染だと……」
それが鬼ではないかと疑った切っ掛けか。
「だから何だ? それを公の場で訴えて俺を除隊処分にでもする気か、それなら此奴は死ぬぞ、この楠木ハリマは俺が死ねと言ったら死ぬぞ。死人に口なし証拠も残らん、散々お前らも使ってきた手だろ?」
「ハハハ、英雄殿はとても良き忠臣をお持ちで」
「それはそれは貴方も突然鎌持って襲ってくるような良き部下をお持ちの様で、一体全体どうやって鬼に選ばれたか教えて貰いたいところです」
「桔梗には池田恒興を喰わせた」
「喰った?」
「知っておるだろ、鬼の継承くらい」
知ってるも何も鬼って霊体だか何だかの状態の鬼に選ばれなきゃ体に宿せないんじゃないのか? 詳しく知らんが。
仮に誰しもが誰しも各々の望み通りに鬼と同化し力を得られるようになってしまったら、世界はどうなってしまうのだろうか。
そもそも鬼を宿した、鬼と契約を結んだ者は人間と言ってもいいのだろうか。
世界が鬼宿しで溢れてしまったらどうなる?
そこはもう人間の世界と言ってもいいのか? それこそ鬼の目的が完遂されるのではないのだろうか。
「つまり楠木ハリマは純系の彼の者達に選ばれた鬼だと、成るべくしてなった鬼ではないと言うのか」
「そうかのか?」
半ば呆れ気に俺はハリマに回答を投げた。
「否、私は鬼に身を乗っ取られた師を殺し、そして生前の師の遺言に従い切り殺した師の血肉を喰らい鬼となった、私は決して純系の鬼などでは無い」
人は殺した鬼を喰らえばそいつを継承できるという事なのか?
鬼は敗北者たちが死して尚も諦めきれずになって果てると言う。彼らは確実に一度は死んでいるのは確かだ。
この技術を使えば、上手く鬼を死んだ者に宿せたのならば、死体に継承させられたならば人は蘇るのではないか?
俺が紫水の死体さえ探し出せるのならば……。
いいや無理か、最早紫水の肉も骨もどこにあるのかさえも分かったものではないし、一宮市奪還後に見つかった死体は皆燃やされ誰が誰のモノかも分からないただの煤と粕だけになってしまっている。
だがもし、もしかして、本当に一筋でも、紫水を甦らせれる可能性があるのではないか?
幻想に浸るのは止めよう、こんな事に希望を持つなんて馬鹿馬鹿しい。
そうまでしても俺は過去を欲しているのか。
「鬼を臣従させ、クラウンを掌に納め、瀬戸の使い魔を連れ歩き、明治以来の原点にして頂点の部隊を揃えて貴様は何を望む、我々のように玉座を望むのか?」
静かながらも色もないけれど、燻っていた火はまた立ち昇った。これは避けては通れない、目前に居るのは人では無く土岐家という多数の命を繋いでできた生命体の脊椎なのだから。
敵は一人の人として此処に座ってはいないのだから。
「玉座と言ったら?」
無理にでも口角を上げ高々と殺気立つ土岐家の連中を笑い飛ばした。桔梗も義央もお互いがお互いに眼を細くして殺気を研いで威嚇をしてくる。
「ならば此方も全力で止めるしかあるまい、鬼を宿した我が直属のモノ達を総動員してまでも」
「それはどうかな、殿が城を目指すと言うならこの蘆屋道満全力で露も火の粉も払う所存。なぁ小童、たかが心に鬼を宿しただけのモノに私が倒せるとでもお思いか? それは大きな勘違いだ、彼らは貴様の思うよりも幾分も未熟で不安定で戦力にならん」
一人の武人は学生という偽りの姿を剥がし鬼として彼らの眼の前に立ち塞がった。
「では君はどうなのだね?」
さっきから話を聞いているのか聞いていないのかよく分からないまひるに当主の言葉が投げられた。
主たるものと臣たるもの、視線と視線が鋭く衝突する。
「私は暮人様の命令に従うのみ、暮人様が天童の味方をすると言ったら天童に、隊長の味方をすると言ったら草薙に、土岐の味方をすると言ったら土岐家に付く、ただそれだけ」
私はどうするではない、瀬戸家がどうするかで私は行動すると淡々と自らの行動理念を述べるだけであった。
「英雄も鬼も怖いが君も十分に怖い。瀬戸家は規律を守り倫理を道徳を棄て最強の兵士を造ったのだな」
一同を見返した後にあの裏切り者はもう一度俺に向き直った。
「玉座を欲している者はそんな眼はしない。貴様の眼はまるでそんなことなどどうでもよいようではないか……。 そんなに報復が大事か親友への、そんなに復讐が大事か自分への」
「そうだなそれが俺の全てだ。邪魔する奴は、前に立ち塞がる奴は、彼奴に関係した奴は、俺と関わってしまった人間は皆どうなろうと関係ない、どうなっても知ったこっちゃない」
「瀬戸家では駄目だったようだな、それで私に土岐家に協力しろという事か。だから君は私の誘いに応じた。勿論私達の欲しいものは契約条件はお分かりで」
「俺に大将の座の確約、これが貴様と組む為に此方が望むものだ」
「いいだろう」
即決かよ、これは予想外だ。
最初に絶対に断られる条件を付きつけといて次の条件を飲ませやすくするための案だったがこうも簡単に頷かれるとは……。
「待て……」
「なんだ、これでもまだ不満か?」
「すまん、悪かった。本当はそんな物さえも望んではいない。俺がお前らに望むものはただ二つだ」
人差し指と中指を天に突き立てた。
「土岐家がアポカリプスapocalypseと敵対すること。土岐家は草薙大和のアポカリプスapocalypseに対する行動を全て支持しろ」
「莉乃の首を対価として要求すると言っても貴様は話に乗るか?」
「お前らの欲しいものは首ではないだろ。首が欲しければもう莉乃はこの世になんて居なかった。お前らは莉乃の身体が、莉乃の織田家の血が欲しいのだろ?」
目の前の当主は静かに頷くだけであった。
「ならば俺を信じろ、ならば俺に好きにやらせろ。最後にはお前の思い通りにさせてやる、最終的には莉乃を引き渡してやる。その後は煮るなり焼くなり凌辱するなり殺すなり無理に結婚するなり好きにしろ」
「あーあー。莉乃ちゃんも可哀相にこんな男を好きになってしまったのが運の尽きですね」
一人の男は溜まりに溜まった息を吐き出した。
思いと共に、疑いを吐き捨てた。
「お前はそんな事が出来るのか? 共に暮らしてきた身内をこうも簡単に売れるのか? 私達に嘘を付いているだけなのではないのか、なぁ英雄、裏切り者の言葉を俺はどう信用すればいい?」
そう高は俺を睨みつけながら怒るのだ。
「俺は復讐の為にだけ生きている、莉乃一人の代償で復讐が為せるのならば俺は捧げよう」
「一緒に暮らしてきた奴だぞ、そうも簡単にお前は家族を売るのか?」
「それはそれは高君はお優しい事で。貴方の信ずる主だって長年仕えて来たお家を簡単に乗っ取ったであろう? 貴方はそんな主の事を信用できぬと申すか?」
高義央、お前が瀬戸家の重臣の一人が言っていた人物か……。
此奴も真実を知ったら何方に付くことになるんだろうな、ただ此奴は最早真面ではいられないだろうな。
お前の良まれた時からの定めがそう言っている。
「まぁ別に俺が信用ならんならそれでいい、商談は不成立。此処で交渉も決裂、俺は瀬戸の方に付くだけだ」
「蝙蝠が、奸物が……」
情報によると同い年の男は唇をぐっと噛み締め、恨めし気に此方を睨みつけた。
「蝙蝠? 大いに結構。俺は鳥なき島の蝙蝠の事が好きなのだからな」
無理にでも笑顔を作り嫌らし気に笑って見せた。
天下の大奸物集団の土岐家にもこんな真っすぐな奴もいるんだなぁ、ただそれが家風に合わず身を亡ぼすかもな。
「どうする、大将。まぁ俺が信じられぬと言うなら俺は瀬戸家に行くだけだが、別にこのご時世雇先なんてもんは幾らでもある」
「そこまで選べるほどの雇先がある中で貴様は何故此処を選んだ、きっと他に行けば他者が望む名誉など思うがままに手に入るぞ……。いや違うか」
この裏切り者はやはり裏切り者らしく如何やら俺の考えが分かったようだ。一人で疑問を投げかけ一人で納得した。
そして眼鏡をクイっと上げて高々に晴れやかに笑い飛ばすのだ。
「英雄本当は復讐なんてどうでもいいのだろう? 復讐を仮の理由にして生きているがもはやそれにさえもぼろが出始めて来た。英雄、貴様盛大に死にたいんであろう」
莉乃も土岐家も瀬戸家も鬼も人類も関係ない。
俺は死にたいのだ。
俺は殺してほしいのだ。
ここ最近の平和な日々を送ってきて分かった、平和とは大層つまらなく酷く呆れるものであった。
俺が望んでいるのはあの過去のみ。
でもそれはもうどれだけ望もうが手の中に戻ってくることなどない。
「少し違う。復讐はどうでもいいもんではない。俺は俺を滅茶苦茶にした奴ら皆の人生を滅茶苦茶にした後、いいや俺と同じにした後に死ぬんだ」
「貴様……。英雄、いいや草薙大和。復讐を終えた後に私の下で働く気は無いか? 大和、私はきっと生きる理由を与えられる、お前に生きる理由を与えてやる」
静かに俺は首を横に振った。
「もう疲れたんだよ。もう……。このまま生きてしまうときっと俺は情に流されてしまう。またあの時のように生きたいと思ってしまう。これではまた同じだ」
また同じだ。
次こそは上手くやる、何処かの誰かは常々そう言っていた。
環境が変わりさえすれば、世が変わりさえすれば、きっと上手くやれる。
でも、違った。でも違った。
だから俺は……。
「分かった、手を組もうではないか英雄」
「俺はアポカリプスapocalypseを壊滅させること」
「私は織田家を掌握し、この愛知の支配者となる事」
お互いがお互いの目標を表明し、共有しあった。
そこに同志は居た。
此処で俺達は同志となった。
「いつやる?」
「次の戦いの後だ。次こそ確実に瀬戸家の抵抗力を無くす」
裏切るなよ、大将はそんな眼で此方を見た。
邪魔するなよ、俺はそんな言葉を瞳の中に宿して大将を見た。
疑心暗鬼の同志達が此処に集ったのであった。
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結局のところ俺はあの場から生きて帰ることが出来た。銃を向けられたり色々とあったが生きて戻れた。
ただこれも残念なことに全てはあの瀬戸家の嫡男の掌の中。
帰り道、法師もまひるも誰もが一言も声を発することは無かった。
「あっ、大和君どこ行ってたんですか」
いつも通りの莉乃の声が響き渡る。
今日の事なんて露知らずいつもの莉乃は明るい声を上げるのだ。
何故だか寄ってくる莉乃の肩をポンポンと叩いていた。
本当は何事もなかったかのように過ごせばいいのに、これだから俺は。俺が嫌いなんだ。こんな風に流されている俺が嫌なんだ。
そうだ、あれは瀬戸の作戦通りだが俺の本心でもある。
何一つとして違わぬ俺の本心だ。
だから奴らも本の一ミリだけでも俺の事を信用した。
だたあの清州に根城を構える奴らはそんなことなど一つも望んではいない、奴らが信じない前提で俺を遣わした。
「ん、なんですか?」
何気なく声を上げる莉乃。
「これから例え何が起ころうがお前は俺を信じてくれよ」
俺は決めた。
揺らいでしまった自分を納得させるために一つの規則を決めた。
俺は俺の事を信じてくれた奴に付くことにする。
「そんなこと当たり前……。って、大和君、誰ですかその女の子は……」
優しく微笑んだその顔は一瞬で凍り付いて一気に目から光が失われてっている。
「まひる、まひるが何でここに?」
此方を迎える為に寄って来たであろう伊勢は声を上げた。
「知り合いか?」
「まぁ後輩と言えば後輩にあたるんでしょうね」
恐ろし気な顔をした伊勢はぶっきらぼうに返事をするのであった。
「中将から命令された。私は隊長を守る、そのためにこの班の一員となった」
「その言い方。相変わらず、だなまひる」
後ろからおちょくるようにヤジを飛ばす那智をまひるはすんなりと流した。
「私は次の戦いに特例で参加する。これは中将の命令だ、以上」
次の戦い……。
それは多分この愛知を揺るがす大きな戦となるだろう。
陰謀と策謀と敵討ちが渦巻く。
「大河、お前に機密書類を渡していたよな?」
すぐさま大河は机の上の未開封である封筒を此方の手に渡した。
「もうこれは効力を失った。これは見る必要のない」
そう言って俺は伊勢の手から十二時になったら開ける筈であった封筒を取り上げるのであった。
瀬戸家、天童家、土岐家。
俺は三つの家を天秤にかけた。
次の戦、それは確実にこの尾張に変革がもたらされる、その兆しとなる戦。
筋書き通りに進んでいるのは俺か、瀬戸家か、土岐家か?
俺は笑った。
俺は嗤った。
俺は哂った。
俺は……。
本当は俺は劇で良い役がやりたかっただけ、ただただスポットライトに当てられる紫水の姿に憧れていた。
モブではないけどモブに近い役の俺。
常々憧れていた。
でも俺は主役にはなれない。主役は居る、それは紫水であり、はたまた目の前の莉乃であったりする。
俺はどうしたいのかやっと分かった。
誰に復讐したかったのかやっと分かった。俺はその復讐にやっと題名を付けることが出来た。




