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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第三章】新世界より From the New World
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【三章第二十四話】 未来へのスパイラル

「よく来てくれた、正直来ないと思っていたよ英雄」

 目の前の一人の男は呟いた。

 確かに目の前には一人、目の前には人は一人しかいない。


 詰めた緊張感が重苦しさと共に広がっていく。

此処は自国の唯一の完全なる敵地と言ったところ。

「フォアグラテリリーヌのミルフィーユ仕立てで御座います」

 執事服の似合った初老の男の手によって皆の前に前菜が丁寧に載せられた。

 細部まで刻印の施された輝くアンティークの皿の上にそれは見事な芸術の域にも達するであろう絢爛豪華な料理が踊っている。


「空間、皿、盛り付け、配膳、素材、どれを取っても最高級だと見た、ただなぁ」

 一人の男がポツリと感想を漏らした。

 言葉はそこで終わってしまった、それ以上の言葉が発せられることは無かった。

 ただその代わり、ただ言葉の代わりと言っては難だけれども。


 しかしこれは事実だ。



 隣に鎮座する俺の従者が皿を空に飛ばした。

 徐に、強引に、唐突に、考え尽くして、我が家臣は怒りを露わにし皿を宙に舞わせた。

 ちゃぶ台返し、番狂わせ、大判返し、掌返し。


 それはそれは相手にとっては予想されたことなのだろうか、はたまたそうでは無い唐突な出来ごとなのであろうか。


 空で皿と食物は完全に切り離される、宙で皿は完全に二つとなる。

 それでも動かない、相対する敵。

 驚きも、呆れも、喚きも全くもって何の反応すらも示さない。


 ガシャーン


 一瞬だ、閃光の落雷の如く瞬き一つの間で全てが起きてしまう。皿が地に叩き付けられ割れるのも、交渉が決裂するのもほんの一瞬の事だ。

 何が何やら分かったもんではない、でも奴らは何か此方に敵対行動を取ったのであろう。


「台無しだ」


「ああ、台無しだな」


 一人の忠臣は大きな大きな卓の上に立ち敵の当主に切先を向けた。

 ただ目の前の男も依然として机に肘を立て腕を組む姿勢を辞めず、平然とサラリと怒れる男の言葉に対応した。


「全て水準以上だな、全くもってすべて。ただお前らのそれがこの料理を最低の、底辺以下の物へと変えてしまった」

 一人の男は力のまま間に机を踏み付ける。

 男を中心に衝撃と衝動が机を走り音を上げた。


「痺れ薬、眠り薬と言った所かな。確かにこれも特上の物を使っているな、それは認めよう。だが私の鼻はこんなものでは騙されはせんぞ」

 刃先の鋭い光に照らされながらも男は何事も無さげに組んでいた手を解き拍手を一人のモノに浴びせた。

 ただどこかで、確かに確実に何の躊躇なく当主は自らを殺さんとしている者に向かって最上級の称賛を飛ばしていた。


「交渉は決裂した、俺達は交渉席に座っただけ。それ以上でもそれ以下でもなくここで決裂、そう捉えていいんだな」

 椅子から立ち上がろうとした時……。


「そうか、そう捉えるのだな。ならば此方も、それならば仕方ない。聞く耳を持たぬと言うのなら此方も拮抗状態を作ろうではないか」

 言葉が先か、行動が先か。

 鋭い鋼の羽音。


 剣と剣が擦れ合い音を奏でた。


「くっ、やりますね」

 静かな緊張感がひしめき合う部屋はいとも簡単に死の緊張感がひしめき合う部屋へと変貌する。

 敵の刀は中ほどからポキリと折れ手元の物は最早刀と呼べない鉄の延べ棒に変化している。

 ああ、そうか。敵の狙いはそれか。


 部屋に続々と入ってくる集団。

 もう完全に後ろは取られ取り囲まれている。

 あの執事はこれを狙い敗北覚悟で我が家臣の剣の的を反らしたのか?。


 形勢は、状況は一瞬で逆転してしまう。

 今度は此方が王手を喰らってしまったという所。

 それに敵の武器を見るにどうも此方には分が悪い。


「投降なら受け入れますよ英雄」

 折れた剣を明後日の方向に投げ執事はいやらしい笑みと共に投降を促してくる。

 あーあ、想った通り、思い通りの状況最悪。


 ただ何故だかご当主様はだんまりを込め込んだままだ。


「どうする隊長、戦うのか? 戦うなら命じろ私に」

 一人の少女が無機質に機械の如く整い過ぎた声を発した。

 薄花色の髪の毛の、瑠璃色の眼をした少女はまるで日常と大差なさ気に淡々と此方の指示を仰いでくる。


「なぁ一つ聞いていいか? 大将」


「何だ?」


「どうしてお前が銃を使うのだ。銃は一番に侵してはならない軍の禁忌な筈だ。所持が発覚した時点で問答無用で朝敵とみなされる筈なのだが」

 僅か週百年前、まだ鬼と人間が協力関係に会った頃に鬼の暴走を恐れた明治政府が秘密裏に全国の対鬼のエキスパートを一所に集め結成されたのが神帝軍だ。


 鬼だけで組織された鬼帝軍とは対を成す、鬼帝軍を討ち果たすが為だけの存在。

 その軍に銃など必要ない。鬼に向かって銃などまるで豆鉄砲、鬼を倒すだけの彼らにはまるでそんなものは不必要であった。


 だから、いいや。

 軍は彼らの事も恐れていたのだ。


 彼らの持つ古より受け継がれてきたこの世の理論では説明が付かない伝統とこの世の理論そのものである技術が混ざり合うことを恐れたのだ。

 神の祝福を持つ武器を腰に、人類の英知の結集である銃火器を肩に担いだ者が切先と銃口を同時に体制に向けるのを最も警戒した。


 我々は鬼ではない、人だ。銃口を向けられ、それが火を噴いた瞬間に老いも病も無い国へ行けてしまう。

 例え解明しがたい伝統を持っていようが等しく人だ。

 我々など簡単に銃で制圧できてしまう。


 軍は我々の手綱をしっかりと握っていられるように我々に銃の一つも与えず、それを持つことを一番の禁忌とした。


 俺達を囲んだ集団の中に何人かハンドガンを構え此方に狙いを合わせる者が居る。

 銃なんて一度も相手取った事無い、何処まで対処できるか分かったもんじゃない。


「これが世にバレたら貴方はただではすみますまい。貴方がどれ程力を持っていようが、例え部下の暴走だと言い訳しようが一瞬で全冠位の剝奪からの土岐家狩りの始まりでしょう。ねぇ、土岐九十九大将」


「ハッハッハそれはどうかな英雄。何故なら彼らは私の部下ではないのだから、軍の関係者ですらない。そう彼らは傭兵、ただの銃を持った傭兵だ」

 まあこれはこれは軍規のギリギリ擦れ擦れの所を飛んでいるようで。

 遂には法師も敵の大将を捉えていた間合いから抜け、此方の後ろに庇うように剣を抜く者たちの前へに聳え立った。


「我々を撃っていいのか? 本当に俺を撃てば全てが良い方向に進むと思っているのか?」

 法師に背中を預けクルリと銃に背を向ける。

 そして机の上に見てみろと言わんばかりに徐に一束の書類を投げた。


「それがお前らの明確な確実に敵となる有力者の名だ。一人の少女がやれと言った時点で何のためらいもなく動くもの達のリストだ」

 一人の少女の血で色付けた指紋の跡に合わせるように有力者たちがクルリと丸く血の誓いの跡を並べている。


「私が十二時までに帰らねば私の部下たちが此処に殺到する、必ず奴らは皆殺しになるまで暴れる。よくご存じでしょ大将。うちらがどんな隊かくらい。それに多分瀬戸家も止める為にを名目に加わってきますよこの戦いに」


「だとよ、バトラー」


「はは、それは怖い、怖い。でもあなたを人質にした場合はどうなるのでしょうか? 特に明智のご当主様なんかはそんな事を知っていてやれと言えますかね」


「さぁな明智さんは乙女の前に当主だからな、俺なんて簡単に切られるかもしれない。そして自らの手で見捨てたにもかかわらず、のちにこう思うんだ」


「見捨てさせるような状況を作った奴が悪い、決して自分は悪くない。そうさせた奴が憎い、そうせねばならなかった社会が憎い。それでもその自分の憎みは自分には向かないと」

 ああ、そうだな。

 静かに大将の言葉を肯定した。

 俺は痛いほどにそれを分かっている。


「それでもやるか? 銃を下せ」

 男は背広の胸ポケットから短刀を取り出した。

 ただ分かる、この男俺に向かって撃つ気はない。部下を無力化すれば、部下さえ殺せば投降するとでも思ったか?


「何を狼狽えている。構え……」

 執事の号令が隊の隅々まで行き渡る。


「あーあ折角人が帯刀せずそっちの要望に応えて来てやったのに予想通りの罠かよ」

 闇が手を包み込み、陰から刀を取り出した。

 いいだろう、ならば戦ってやろうではないか。


「桔梗、義央」

 刀を構えた2人は主君である土岐九十九を守るように此方に立ちはだかった。


「隊長命じろ、命じれば私は一番にあそこに突撃する。早く命じろ」

 さっきの恨みであろうか、此方を無視して執事は法師に向かって短刀を投げ付け……。


「撃て早く打て」

 その言葉に一人の人間が反応し、即座に引き金を引いた。

 一帯にそれはそれはけたたましい銃撃音が響いた。

 

 カーン。

 

 発砲後の静寂に包まれる所にとても甲高い音と共に威力も狙いも共に揃って投擲された短刀が地に落された。

 そんな法師に銃弾が襲い掛かった。


 刃も銃弾も等しく鬼に効くことなど無かった。

 それらは法師に吸い込まれほんの一瞬の瞬きの間で地に転がった。


「ば化け物……」

 銃弾を受けた法師の身体を闇が包み込み、法師をあるべき姿にあるべき鎧武者の鬼の姿へと変えた。

 二本角の鬼は絨毯という名の地を踏み付け飛翔すると……。


「桔梗やれ」

 指によって弾かれたかの如く桔梗は一瞬で武器を持たない執事を捉えた。

「よくも米原さんのご飯に毒を塗ってくれましたね、よくも我々の一流のシェフの料理に、我々土岐家の顔に泥を塗ってくれましたね」

 その一言と共に執事の首が切って落とされた。


「お前も十分な禁忌破りをしているではないか、英雄。そしてやはり貴様は鬼であったか楠木ハリマ」

 土岐九十九は先程のように椅子にどかりと腰を下ろした。


「やはりそうか、やはり我々と考えることは同じか」

 納得したように、まるでそれが最初から分かっていたようにうんうんと大将は頭を縦に振った。


「下がれ」

 一人の指揮官は一言声を上げた。

「奴の雇い主は私だ。お前らの雇い主は奴だな。だが奴が死んだ今、お前らの指揮権は私の下に来たと思ってもらいたい、いいや思え。もう一度命ずるぞ、銃を下せ、そして下がれ」

 其処に居たのは正しく将の器を持つものであった。

 一人の男の僅かな言葉だけで、傭兵とやらは皆々銃や刀をを下しそそくさと足早に外に逃げ込むように出ていった。 


「少々問題が起きたが障害は排除した。暴発した部下は始末しておいた。お前らが望むのであればもう一度やり直そうではないか、話し合いを」

 土岐九十九は何の問題も無さげに声を上げるのであった。


「我々はどうしましょうか」

 土岐家の当主をみっちりと張り付き守るものはそう一言だけ簡潔に呟いた。


「お前らは残れ。いいよな英雄、勿論ダメとは言わせん、お前らも護衛二人を付けているのだからな」

 まだ席にもついていないのに最早相手は此方が了承したかのような対応を取ってきている。

 なんだこいつ等……。


---------------

 

 俺は俺の為に、俺自身の復讐の為に生きている。

 これだけは何が起きようが変わることは無い。


 辿り着く先、それは最も残酷で冷徹な答えだ。

 俺は強制している、あの新人たちに狂人になることを。

 俺は強いっている、俺自身が凶刃でいられるようにと。

 人間真実を見たら心の奥底を覗いてしまったらもう二度と力を取り戻すことが出来ない。人間……。いや俺はそれを恐れているのだ。


 分る、俺は理由を捜している。

 知ってる、この行動に大した意味なんて持っていないことも。


 莉乃の為なのか、莉乃を棄てる為なのか。


 覚悟して莉乃に棄てられる為なのか、覚悟して美優を選ぶためなのか。


 これは裏切りなのか、策謀なのか、威力偵察なのか、見定めなのか、寝返りなのか、俺には分からない。

 分からない、過程なんてどうでもいい。重要なのは結果だ。

 結局俺は一人の男を討てさえすればいいのだ、仇討ちを成せればいいのだ。


「殿何方へ行くおつもりなのですか?」

 相まみえる臣と主。


「どうしてお前がここにいる?」ともはやそんな愚問は問わない。

 俺は本日隊の皆々に一所に集まるようにと招集をかけたのだ。

 自らの隊の皆に変な動きをさせないように、莉乃を守らせるために、莉乃に邪魔されないために。

 大河に十二時になったら開けるように機密文書も渡してある。俺が帰らなかったときについての指示対応を事細かに書いておいた紙が中に封入しておいた。


 憂いはあるがこれでもう憂いはない筈だ。

 それに俺の考え通りなら。


「お供いたします」

 まるで此方のやろうとしていることを知っているかのように一人の忠臣はそう呟く。


「お前俺がこれからどこへ行くのか知っているのか?」


「土岐家当主の所でしょうか」 


「ああ、そうだ」


「何のためになどとは聞きませぬし殿の選択に口は出しませぬ。ただ私を護衛としてでもいいからお連れ下さい」

 必死に訴えかけてくるこの部下。もう俺も慣れて来た、この場合何を言っても無駄だ。


「勝手にしろ」

 法師を追い越し、そのまま歩みを進めた。


「じゃぁ私も付いて行きます」

 ふと全身に走る寒気と悪寒。

 それは我々軍人の求め鍛える技術の集結地点。

 この声の主は、どこまで聞いていたか、何処から聞いていたか知らないがこの者は明らかに、意図的に気配を消して俺たちの元まで来ていた。


 法師に至っては腰に下げた神の残り香が混じった武器である刀に柄に手を当てている有様だった。


「誰だ貴様は」 

 常人が見たら気を何処かに持ってかれてしまいそうなくらいの恐ろしい顔と剣幕を放った法師が質問を投げた。


 俺たちの眼の前に現れた水色の髪の毛を持つ少女は依然として動かず動じず答えずである。


 俺は確か……。この少女どこかで……。

 無垢を極めた無機の瞳が俺を覗く。

「お前莉乃の天童の差し金か?」


「いいや違う」

 機械的に彼女はただ一言だけ返事を返した。


「じゃあお前は何処の差し金の何者だ」

 少女は相も変わらず石のように固まり全くもって動かないでいた。

 こいつさっきの俺の問いかけには答えたよな?


 あー、分かったかもしれん。


「此奴の質問にも答えてやれ」


「了解した。私は瀬戸家に仕える人間。名は加藤まひる、二月からは零番隊の所属となった」

 あー、なんか思い出してきたかもしれない。

 そう言えば此奴新しく入って来た新人の達の中に居たなぁ。

 青髪、蒼眼のボッチの子だ。


 作戦以外で何を話し掛けても思うように意思の疎通ができない、趣味や好みなんてものさえも全くと言っていいほど聞き出せたものはいない。


 ただそれでも彼女は与えられた仕事は命じられた仕事だけは完璧にこなしてくる。

 作戦時なら、何か上の者から仕事を与えられた時のみ彼女は常人並みに人とそれにかかわる事を話すのだ。


 それ故に皆から距離を置かれている。


「瀬戸家……」

 これからやろうとしていることを分かっているのか。法師は白刃を露わに少女の喉元に向けた。


「去れ、去ね」

 冷たい視線と冷たい視線が混じり合い急速に冷え込んでいく。


「私は何も言わないし言わなくていい。隊長たちの言動についての報告は逆に口止めを喰らっている。私は貴方の味方だ。そう言えと言われている」

 多分だが、瀬戸家にも俺のしようとしていることがバレているみたいだな。だから報告は要らないと、なら何のために此奴は。


「で加藤まひるお前は殿に何の用だ?」

 これまた彼女は俺を見るだけで法師の質問には答えないのだ。例え刀を突き付けられても。

「あーめんどくせぇ。いいから、次から聞かれた質問はちゃんと答えろ。例え此奴の質問でもな。それにお前も刀を下せ」


「了解した」

 表情一つ変えないで彼女は今までの自分を否定したのだ。


「私は隊長を守るために此処に来た」


「どうして?」


「それは言えない」


「どうしてだ? 俺が命じたら言えるのか?」


「指揮系統を遵守しているだけ、隊長の命令でもこれを開示させることは不可能」

 微動だにせず眉一つさえも動かさずに彼女は俺たちの陣営でないということを表明するのだ。


「私はただ草薙大和を一部下として守れと言われた。私は一部下としてならば、それ相応の隊長の命令は聞く」


「じゃぁもっと普通に話せと言ったら?」


「隊長が言うのであれば善処する。ただ普通の定義を教えては頂けないだろうか、どのように振る舞えば普通になるのか」


「表情に変化を持たせろ、もうちょっと感情を表に出せよ」


「殿がそれ言います……」 

 そんな事を言っている法師はほっておいて……。


「分からない……」

 著しく、いいや急激に顔に表情が現れたまひるは困ったような顔をして俺に質問を投げかけて来た。


「感じ取れる感情が少なすぎて、あまり表に出せない」


「んなもん適当に笑っとけば大抵は何とかなるんだよ」


「了解した」

 表情設定、微笑みにチェックが付いたのか急にまひるの顔から微笑みが浮かび上がってくる。


「これでいいのでしょうか?」


「おお、ちゃんと出来るじゃないか」


「それは良かったです」

 まるで何の抑揚も無かった。まひるはただただ言われたとおりに一律の笑みを浮かべているだけであった。


 俺は知っている。

 今知った。多分彼女こそが零番隊の面々が受けていた教育の到達地点なのだと。


 彼女は全くもって自らに頓着も拘りも無いのだ。

 己というものを完全に排除しきってただの機械になってしまっているのだ。


「お前が言う事を聞くと言うことは大体は分かったよ。ただお前俺の言う事どこまで聞くの?」


「実例が無いと答えるのは難しいです」

 さっきの無表情は笑顔に変わっているだけだ。

 彼女は全くもって笑顔から表情が動かない。


「ああ、それ止めていいぞ。さっきの事も全部忘れろ」

 笑顔から元の表情筋の死滅したかのような顔に戻った。


「付いてくるなと言ったら?」


「その命令は聞き入れることが出来ません」


「じゃぁ、今から買い物して来いと言ったら?」


「その程度ならいくらでもしましょう」


「その間に俺達が逃げたなら?」


「その場合は行く先が分かっているのならその場に向かいます。分っていなかったら、私はそこで命を絶ちます」

 は? どうしてそうなるんだよ。


「道摩、お前この行動について解説できるか?」

 法師は軽く一礼すると……。


「つまり私達の居場所が分からなくなる、それが彼女にとってその命じられたことの失敗と等しい。ただ与えられていたことだけをしていれば、それに意味を見出してしまっている人間に失敗とは命よりも重いモノなのです、だから責任を取る為に彼女は命を断とうとする」


 一体どんな教育したらこんな奴が生まれてくるんだよ。

 確かに彼奴らは、零番隊の面々は自らをフロッピーだと言っていた、たがこれほどまでを目指しているとは思わんかった。


「じゃぁ隊の面々と仲良くしろと言ったら聞くのか?」


「善処します」


「俺の代わりに莉乃を守れと言ったら?」


「無理です。私は隊長しか守るつもりはありません」

 ねぇねぇ神様よ。美優と再会するっていう幸運をくれた後にはこんな訳の分からん移動地雷をよこされても困るんだがねぇ。


 そもそも俺の周りの女で真面な奴の方が少ないぞ。

 畠山と銀雪くらいしか真面な奴がおらんぞ。

 もうこの手の女は付き合うのに飽きた、というめんどい。あの瀬戸家の野郎もうちょっとまともな奴を寄越せよ。


「よし法師逃げるぞ、此奴の命なんて知ったもんか」


「はっ、仰せのままに」

 大和君、くるっとターンを決めて全力ダッシュだよ。

 もうウチに変人系女子は要らん、飽きた、たまにはもっと普通な子連れて来い、というかこれ以上人増やすの止めて下さい。

 彼女は何かに気が付いたように、何処か狙った場所に付いたかのように周りをきょろりと見渡すと……。 


「中々、話が思うように進みませんね。ならば暮人様の最終手段を使わせていただくことにします」

 俺達を追ってくるまひるは今まで通りの無表情で何かやるぞという脅しをかけて来た。


 知らん。


 すうっと息を吸い込むと……。

 彼女は立ち止まった。


「ごめんなさい英雄さん、草薙大和殿。連れていってください、ちゃんと私脱ぎますから、どんなプレイでも文句言いませんから、どうか私を捨てないでください、なんでもしますから、なんでもさせていただきますから」

 おおい、瀬戸お前どんなこと此奴に教えやがった。

 何故こーゆときだけ急に表情を表に出して来る。

 それに人様の前だしねここ、なんてこと言ってくれてるの……。


「お願いです、草薙様。どうかです大和殿、連れていってください英雄様。お願いします、英雄草薙大和様」

 目に涙を浮かべながら、捨てられた子猫のような眼で此方にではなく周囲に訴えかけるのだ。

 此処まで名前を人の前で連呼されると逃げたら逃げたで余計に社会的地位が……。

 それに莉乃や美優から嫌われるは何としてでも避ければならない。


「ちゃんと毎朝毎晩ご奉仕しますから、お願いです。多少特殊なプレイでも受け入れますからどうか、どうか」 

 周りの人たちの騒めきが酷く痛い。こっちを指さして話さないでよ。

 ほんと止めて下さい。

 いやだよ、明日からジルドレとか呼ばれるの。俺にロリの趣味なんて無いから……。

 てかそもそも俺は……。


「おっ、俺には莉乃という者が居るから……。そんな事は……」


「殿、正気に戻って下さい、一体どんなこと口走ってるんですか」


「もう嫌だよ、変な噂流れるの…… 分かったよ、ああもういいから付いてこいよ」


「あの殿が譲るなんて……。おいたわしや、そこまで殿は莉乃との噂について思い詰めておられたのですね……」

 驚きと、心配に満ちた顔の法師がそう呟くのであった。


「では行きましょうか」

 何事もなかったかのように急に態度も何もかもが豹変し元に戻ったまひるはそう言って歩き始めた。


「お前これからどこ行くのか知っているのか?」


「いいや、知りません」

 まひるはそう一言呟いた。

 全くもって衝撃的な言葉であった。

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