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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第三章】新世界より From the New World
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【三章第二十三話】 パラノイア

祈るように手を合わせ段々と姿勢を低くしていく莉乃。

 周りは絨毯という名の地面を眺めだただた跪いたままだ。


 これでは……。


 これでは結局は土岐家を倒したところで、土岐家のポジションが瀬戸家になるだけ。


 戦士、兵士、商人までもが忠誠を誓う中でただ俺と中将だけが頭の位置が明らかに皆より高かった。


 莉乃の後ろに立ったまま構えている俺を認識した剣はかっと眼を見開いて此方を恫喝した。

 まるで控えよと言わんばかりに。

 幾つもの戦場を切り抜けて来た者でもその眼二つで簡単に立ち竦み座り込ませてしまう中将の威圧。

 会場の皆々もその異様な気迫に身を震わせている。


 冷汗一つでもほんの少しの身震いでも、あの鋭い剣のような眼に恐れを抱いてしまったら負けだ。

 向き合う瞳と瞳、線ではない、そんな細くて柔いモノとは比べ物にならない熟練の職人が鍛え上げた刀の様な眼が俺を視る。


 ふっ、鬼のような中将の前で口角を上げてみせた。


 お前はさっき莉乃に臣従すると言っただろ? 俺とお前はもはや同格、いいや新入りは古参の家臣を立てて貰わないとねぇ。

 いくら剣がその眼で俺を圧したところで俺はお前よりも凄い眼をした人間を知っている。


 一人は紫水、そしてもう一人は目の前の……。

 お前は莉乃との勝負に負けだのだ、負けたからこそ此方を攻めた。

 嘲るように、仕返しと言わんばかりに老兵は口角を吊り上げ恭順した王の頭に向かって冠を降下させた。

 勝ったのは俺だと言っている様だった。


 さてどうする姫君、お前の行く末、お前のこれから行こうとする道、お前は何を選び何を捨てる。

 偽りの整った王座か、血で穢れたボロボロの当主の椅子か、お前は何方に座するのだ?


 さぁ見せてくれくりゃーよ、お前の選択とやらを。


 戴冠式は、一枚の絵にしたのならば千年は大切に保管されるのが確約されるであろう。

 絵のように止まることも、この場を永久に切り取ることも出来ない、ゆっくりとゆっくりとだが確実に時間は動き進んでいく。


 嫌に時間の進みが遅い。


 ほんのでも、段々とでも確実に莉乃は王にさせられようとしていた。

 ふとした行動から流れは変わり歴史は動く。


 千成瓢箪が大阪城に帰ってしまったように、偽の錦の御旗を本物だと捉え動揺してしまった時も、栗田中将が反転北上を決意したように。


 莉乃は身を引いてみせた。ほんの少しだけ、僅かにだが祈るような姿勢を止め後方にズレた。

 王冠は行き場を失い、中将の手と共に宙を漂う。


 待っていたと言わんばかりに莉乃はさっと身を起こし、動揺する中将の手から鮮やかに王冠を奪いとった。


 勝利を確信し油断していた中将の手の中からクラウンはいとも簡単に消え失せた。


 この一連の流れは全て莉乃の思惑道理なのだろうか?


「控えよ、暮人。私は誰からも王冠を受け取り王になる気など毛頭、毛ほどもない」

 力強い莉乃の、厳格なこの天童家当主一声によって清和の剣は刃を納め他と同様に平伏した。

 満足そうに自身に忠誠を誓う者達を見渡し、莉乃は軽やかに頭に王冠を置いた。


「私は私の手で王となる」

 そしてクルリと反転し皆の王となった莉乃と対面する。


「私は私の手で王にもなり、私は私の手で王を決める」

 そっと自分の頭の上に王冠が載せられた。

 それはほんの一瞬の事だった。

 権力闘争とは無縁の男に印を載せ頭とした。


 驚愕も動揺も、慌てもふためきも全てが巻き起こった。


「大和君有難う、ちょっと巻き込ませてもらいます」

 微笑みと共にそんな囁きが鼓膜を揺らす。


「瀬戸中将、面を上げよ」

 皆の前に向き直った莉乃は一人の男の名を呼んだ。


「ハッ」

 こうべを垂れていた剣がかしらを上げた。

 清和の四大派閥の長の上にも王冠がそっと載せられた。


「これで貴方も王様ですね」


「これは……」


「亡き父はこう言いました。天童家は、織田家は何者かの上に立ってはならないと。天童家は、織田家は何者かの下になってはならないと」


 莉乃はいったん話を止め中将やその他の人々と同じ目線になるまで腰を下ろした。


「貴方が王になろうとするならば私は貴方と同格の冠を被って貴方と戦います。貴方が私の下に付こうとするならば私は貴方に冠を被らせ無理矢理にでも貴方と同格でいます」

 会場の皆々は驚いた顔をしている。ただ目の前の瀬戸中将は驚いた顔をすると思ったのだが存外整然といや、当たり前だと言うような顔をしていた。


 一人の男が立ち上がり、莉乃に向かって拍手を浴びせた。

「これでこんな茶番まだ続けるつもりですかね、瀬戸中将」


「はっはっは、流石は我が友の娘じゃ」

 瀬戸中将は豪快に皆の前で笑って見せた。

 だだねぇこの戴冠式のやり方どっかで見た事あるんだよねぇ……。

 主にベルサイユ宮殿で、なんてね。


「しかしそれも貴方の予想通りでしたね」

 不敵に笑う額田中将。

「私は試されていたのですか?」

 何も言葉を発せず唯々額田中将は頷いた。

 莉乃は俯きそしてやりきれない何かを抱え込んでいた。

「君が天童家の立ち位置をちゃんと理解しているかこのオジさんは試していたんだよ」

「ああ、中々に面白い。そして彼奴の娘らしい答えだったよ。これより瀬戸家は天童家と対等な同盟を結ぶ」

 瀬戸中将は声高々にガガハハと笑いとばした。

 そんな中莉乃は確実に怒っていた、先程とは違うが確実に、天童莉乃として瀬戸中将に怒っていた。

「額田中将、莉乃ちゃん、そして草薙君。少し場所を移そうではないか」

 そして俺たちは天童に臣を誓う者達を残し瀬戸家の当主直々にとある部屋まで連れて来られた。

 てかなんだよ此処忍者屋敷かよ。

 何故扉の絵が飾ってあったり壁に扉があったりするのだ。

 とまぁそんな事は置いといて。


 一組の剣と甲冑。

 そして常在戦場の掛け軸。

 大きな机越しにだが目の前にどっしりと腰かけている二組の中将。

 中将の言葉のままに俺達は席に座した。


「どうして俺まで此処に……」


「さっきの戴冠の儀で莉乃ちゃんは君にの冠を被せた。君は莉乃ちゃんにとってきっと同格に扱われているだろうと思ってな」

「物凄い掌返しを見たぞ。おいおい、俺を天童家の忠臣へと仕立て上げたのは誰だと思ってる?」


「ハハハ、その件については謝らんぞ。それは都合の良いときだけ天童家の臣のように振る舞うお主も悪い」

 とても大きな大きな四角い机に揃う人々。

 それは瀬戸家の主であり、その息子であり、有力な家臣であり、それは額田家の当主であったりもした。


「一先ず先程の非礼は詫びよう」

 深く深く机に頭が付きそうなくらいに剣は腰を折り頭を下げた。


「いいえ、許しません」

 さっきからご機嫌斜めなお嬢様はこの面子の中でも物怖じせずにぷくーっと頬を膨らませた。


「父上嫌われてしまいましたな」

 何処か父の面影を残ししながらも明らかにその父より良いお顔立ちをされている長男の瀬戸深夜は声を上げた。


「せんせー慰めてあげてよ」

 ぶっきらぼうにこの次期当主は弟に向かってそう言い放った。


「面倒なんだが」


「おい元俺らの教師、それでいいのか?」


「えー、だって実際にお前ら俺の授業真剣に受けてなかっただろう」

 深々と、そして気だるげに椅子に腰かけた瀬戸家の次男はやる気の無さそうに呟いた。

 

「はっはっ、久しぶりの恩師との対面募る話もあるじゃろう」

 一人の男は呑気そうに笑って見せた。


「無い」

「無いです、てかそもそも恩師ですら無いです」

 二人して同じような事を同時に答えていた。


「ぷぅ~、百夜ちゃん生徒に嫌われてる~」

 瀬戸深夜は今にも笑い転げそうな様子だった。


「うるせぇぞ、クソ兄貴。親父の命令さえなければ本当はこんな餓鬼どもの面倒なんて見てねぇよ。それより始めるぞ土岐家を倒すための密談を」


「おっ今の厨二っぽいね。ほんとすんませんこの弟クールぶってるただの厨二なんで」

 ぱっぱんと手を叩きながら軽やかに我らの教師の元々無い威信をもっと無くして見せるこの長男。

 約二名から早く始めろというじとーっと視線が向けられたことに気が付くと……。


「まぁまぁ莉乃ちゃん、さっきから人殺そうとしたり、父上に試されたりしててご機嫌が斜めな様だったからお兄さん機嫌を直して貰う為に頑張ったんだよ」

 莉乃から冷ややかな視線が送られる。


「認めない。貴方にお兄さんを自称……」


「すまんかった、これも君を救い出せなかった私達が悪かった」

 明らかに莉乃の言葉を遮り瀬戸家の当主が先程よりも長い時間頭を下げ続けた。


「分ってくれ、どうかそれでも分かってくれ。我々には我々人類には余裕が無かったのだと。土岐家と争いながら鬼から人類を守る術など我々には無かったのだよ」


「それは分かって頂きたい莉乃さん」

 額田中将が援護射撃に入って来た。

 このお嬢様を瀬戸の中将だけでは納得させられないと見たようだ。


「人間世界が変わろうがそう簡単に変わった世界に順応できるわけでもない。だから軍は色々と操作を行っていたのですよ」

 それから額田中将はこれまでを振り返るかの如く語り始めた。


「極端な平和主義を持つ人々にちょっと世界の外を見させてあげたり、あっジャーナリストの方々に外の世界を取材して貰ったこともあったな」

 外の世界を見たものは芯の強い者以外皆揃って軍を推すようになったとか。そして本当に芯の強い者やそのものが率いる集団は外の視察中に偶然鬼に襲撃されて餌食となったそうな。


「とても発言力の強い方の御身内の誘拐が相次いだので助けて回ったり」

 軍に反発していた高名な政治家は家族が誘拐されて以来、急に軍を支持するようになったと聞く。

 しかし俺は知ってるぞ、盛大なマッチポンプだ


「ちょっと皆に本屋さんや出版社さんがあんな人類存亡の危機に本を出すのは不謹慎だなぁと言ってみたり」

 ええ、それかなりの暴動になっていましたよね。お陰でみんな本を焼きまくるし。

 これも暴動を起こしている人々に軍人を混じらせて嵩増しさせてたんですよネ。

 そして騒動が収まりそうになったのを察してしれっーと暴動を鎮圧して皆から称賛を買っているし。


「みんなで仲良くお巡りさんの所に抗議しに行ったり」

 警官は逮捕した人から私欲のままに金品を巻き上げ私益を溜め込んでいるという噂が出回ったこともあったな。

 確か警察署を避難民が襲撃したんですよね。


「我々に敵対的だった組織の銀行の口座が運悪く飛んでしまうこともあったな」

 瀬戸百夜が相槌を打つように呟いた。


「内憂外患、うちにも外にも憂いあり。鬼との戦いはそうも早く決着が付くものでもないとみている。だから我々は早く内を整えねばならない。あの土岐家の力を借りてでもまずは人類の安寧が最優先であった」

 瀬戸家がいうには土岐家と争っている暇など無かったと、逆に今言ったような人々が土岐家に流れられるのが一番恐れるべきことだと。


 世は安定している様で案外安定していない。


 軍を転覆させようとしている結社はそこら中にいるし、未だに平和主義を訴える人々も多く存在する。

 怪しげな宗教団体も、無法地帯を仕切るヤクザも、軍を酷く悪く書く出版社も燻りに燻っている。


「そのために異分子を地獄に突き落としてきたってわけか」

 ただ一言そんな言葉が口から漏れ出た。


 まぁ確かに異分子は排除されるのが世の理、特に政権や支配を確固たるものにするためにはな。

 分かってはいる、理解もしている。

 うんうん、やはり学校あそこは世の縮図だな。


「そうだ英雄。ただ私が見る限り君は怒りに身を震わせている様には見えないのだが」


「ああ、そうだ。俺は別にそいつらがどうなろうと関係ないな。幻滅したか、お前らが仕立て上げた忠臣でも英雄でも無い俺に」


「いいやその方がいい、あのアポカリプスapocalypseの長と違い君の方が対話しやすい。それで分かってくれたかね莉乃ちゃん」


「まぁ事情は大体わかりましたけど……。やっぱり許せません、それになんですかあの最初のあれ、よけいにいらいらします」

 睨みつける様な眼をして莉乃は瀬戸家の人々を見た。

「それはすまんかった、しかし私達は、この深夜と百夜以外は君の事を知らないんだよ。だからそうする必要があったのだ」


「私を見定める為ですか」


「否定はしない。私は村木ほど人を見る目はないからなぁ。ああしてなにか一つの事を起こしその対応の仕方で人の優劣を推し量っている」

 申し訳なさそうに、しかし何か自信ありげにこの剣は答えるのだ。


「じゃぁどうして村木大将を連れてきてくれないんですか……。いつも仲良さげに一緒に土岐家を虐めてるじゃないですか」

 ぷいっと顔を背けながらサラリと一言述べた。


「村木はここには来てはいけない。村木はこんなことに参加しちゃならん。彼奴だけは私達の様であってはならないのだ」

 真剣な、見る人にとってはただただ恐ろし気な顔に豹変した瀬戸中将は力強く訴えるのであった。


「どうしたら私達を許してくれるんだ。お兄ちゃんに言ってみなさい」

 莉乃と中将の一側即発の危機を察したのか気楽気に場のクールダウンを図ろうとする者が居た。

 さっきからなんなんだこいつは。


「土岐家、土岐家の首」

 ぶっきらぼうにそして親に玩具を強請る子供のようにただ一言だけ口にした。


「貴方の活躍次第であのことも考えてあげます、勿論呼び方も」


「任せとけ。お兄ちゃん本気出すよ。あるぜ、土岐家を一瞬で力を残したまま葬り去れる秘策がな」

 目の前の男はおちゃらけた男ではなく、誰しもが疑わぬ瀬戸家の次期当主のお顔になっていた。

「お兄ちゃんに任せなさい、可愛い妹の為に確実に土岐家の息の根を止めてやる」

 一人の男が自分の腕の力こぶを見せつけ叩いてみせた。

  

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 二〇一八年 二月 一日 木曜日



 ウチにいくらか新兵が入った。

 あ~また名前覚えなきゃならんのか、わりかし辛い。

 そして今回は新人が戦力として使えるかどうかを見るテストと言ったところ。

 もし使えないのならば一定レベルにまで引き上げる必要がある。

 彼ら彼女らが我々の隊の真の意義を本当に理解しているかを見るのだ、とても趣味が悪いやり方でな。

 因みにだがあれを考えたのは俺じゃない。数百年前にとある一族によって考案された罪悪感を緩める方法らしいな。

 俺の隊の奴らは皆通ってきた道。


「えー、今日から諸君らの指揮官となる草薙大和だ以後宜しく」

 壇上に立ち新しく入った人を一望する。

 こうして見渡す限りは予想外にも命令無視して突撃していきそうなヤバそうな奴らはいないな。


「では早速上官として諸君らに一つ命じる。なぁに簡単な事さ」

 皆の前で不敵に笑って見せた。

 この笑顔よく莉乃にはぎこちないと言われるが別にやっている本人はそんなことは無いと思っている。


「まぁついて来たまえ」

 歩くことちょっと、新たなる人員をとある施設に誘導した。

 別に皆もなんてことなさそうだ。


 そうだなここは見た目だけは真面で普通にしてあるのだから。

 中に入っているモノを悟られないようにするためにだ。


 行きはよいよい帰りは恐い、ガラスでくるまれたオシャンティーな施設でも本体は地下上部分は見せかけの施設。

 施設の人に予め話は中将名義で話は通してあるのでそのまま案内のままに地下へと向かった。

 近見近付くにつれて聞こえるうめき声と鉄格子を揺する音。

 そうだ、明らかにやばい音が冷えた薄暗闇の中を漂っているのだ。


「隊長まさかここ……」

 一人の者がそう口にしたが無視した。


「付きました、では私はこれで」

 案内の人が一礼すると共に逃げるようにそそくさと来た道を引き返していった。


「以外に広いんだなここ」

 かなり奥まで続く一本道は無駄にだだっ広く何人もの人が横になって並んで見学できる広さであった。


「さてさて、楽しい楽しい虐殺パーティの始まりだ」

 この世の者でない声。

 この世の者ならざる叫び。


 此処は鬼の収容所。

 体を調べ尽くされて要らなくなった者達が行きつく先。

 ただここの鬼たちは少々特殊なモノたちばかりだ。


「俺は人だ、俺は鬼じゃない助けてくれ、なぁ誰でもいいお願いだぁ」


「嫌だぁ、帰りたい、返してくれ」

 とまぁ人の事を言う鬼が紛れ込んでおられる。

 自分が鬼に成ったことも知らないらしい。


「隊長これってまさか」

 一人の兵士が口を押さえ声を上げた。


「みんな鬼だ」

 手足を拘束されている鬼を指さした。

 ただしこの拘束も厳重にではない。


 必死に壁にしがみついている同じ部屋の同胞にギリギリ届かない位まで鎖は伸びるようになっている。


 気が狂ったようによだれを垂らして鬼は終始鎖を最大限まで伸ばして暴れる。


「違う、俺は鬼じゃない」

 泣き叫びながら鬼は叫ぶ。

 鬼たちの共食いの後も、酷く惨めな謎の飛び散った肉片もあるな。

 隊の者たちは口を押さえそこから目を背けるが続出する。


 ごめんね美優、それでもこれが俺たちの仕事なんだ。


「では諸君ら、諸君らに命ず。此処から一匹好きなのを選んで殺せ」

 危険を払って、まぁそれでも拘束されている鬼を殺すか、それとも無抵抗な――を殺すか。

 まずは殺すことへの罪悪感を見る必要がある。


 戦場では一瞬の躊躇が、一瞬の躊躇いが自分の命を左右する。


「それは……」


「命令だ。お前たちはここで一匹殺すまで返すことは無いからな」

 ぽいっと牢獄の鍵を投げ捨てた。ここの牢獄の鍵穴は一律して同じものにしてあるらしい。

 おいそれって大丈夫なのか……。


 と言いたいところだが鬼の錠はちゃんと一つ一つ違うと聞いたのでまぁ関係ないか。


「因みにここから鬼を逃がそうとした奴は此奴らと同じ運命を辿ることになる」

 一人の男がカギを拾い上げた。

 そして震える手のままにカギ穴にカギを差し込み扉を開けると……。


 中にいた一人の男が怒涛の勢いで外に飛び出してきた。


「ああ、逃がす気なくても此奴らが外に逃げた時点でそいつは此処に引っ越しな」

 男は通すまいと腰から刀を抜いた。

 震える手で、涙を浮かべながら。

 そりゃぁ同胞を斬るなんて思ってもみなかったでしょうね、お隣の鬼なら幾百と斬れたかもしれないけど。

 俺達は鬼と戦うだけの部隊ではない。


「おい、嘘だろ。なぁ俺は人だぞ、人に向かってそんなモノを向けるのか?」

 必死に自らは中までと人間ごと喋り訴えかける人間であることを捨てたモノ達。


 カララン。


 男の手の内から剣が滑り落ちた。


「で……。出来ません」

 涙ながらに男は訴える。そんな事は露知らず鬼はこの場所からさっさと離れようと牢を開けた男を突き飛ばして出口に向かって冷たい道を裸足で走った。


 多くの者は咄嗟の出来事で殺すことも剣を構えることすら出来ていない。


「グハッ」


 薄暗闇の中で一人の男は、一人の人間は生涯を、此方に向かって迫り来る男は朱に染まり、地に伏した。


 それはもう鮮やかに首が斬り落とされた。


「ヒッ……」

 一定の恐怖を超えるとどうやら人間というものは叫びすら忘れてしまうらしい。


「俺の出る幕ではなかったか」

 彼女以外にも何人かはこの咄嗟の、そして予想された事態に対応しようとしたものはいたらしい。

 所々で納刀による音が奏でられる。

 ここは表沙汰に出来ない殺人鬼や極端な思想を持った者たち、そしてジャーナリストの方々が送り込まれる地。


 鬼と同室で生涯壁とお友達にならねばならない所。


 少女は刀を振るい、血を払い落した。

 そしてそのままステステと歩いて行き牢屋の中に入って拘束された鬼をまるで何事も無かったかのように断頭してみせた。


「これが初仕事? 随分簡単だね、それでもう私は帰っていいよね?」

 刀を鞘に納めながら一人の少女は、かつての幼馴染はそういうのだ。


 返り血を浴びても、一人の人間の一生を終わらせても他人事だと言わんばかりに興味なさ気に此方に向かった歩いてくる。


 鮮血に彩られた彼女はファーっと欠伸を一つ皆の前で浮かべた。


「ああ、お前はもう帰っていいぞ美優」

 美優……。

 どうやらお前も変わってしまったようだな。

 此処に至るまでお前もいろいろあったんだろうな……。

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