【三章第二十二話】 曖昧 me mine
もう引き返すことは出来ない。
ここまで来たら進み続けることしか、流れに流され続けることしか叶わない。
抗って、足掻いて、姥貝て、必死に溺れるように。必ず彼奴を川の底へ突き落とし殺せるようにと。
復讐の日は近い。
全てが終わる日まであとほんの僅か。
一瞬で閃光の如く、煌きの中瞬き一つで終わることになるだろう。
二〇一八年 一月 二十七日 土曜日
昔の俺はこんな貴族様たちが集まるパーティに参加できるなんて考えた事があっただろうか。
隣にはお嬢様って感じの上品な装飾が施された福を着た何時にもなく真剣な顔の莉乃が歩いている。
そー言えばだが此奴こーゆ外に出る時の服は毎回違うな、一体何着持ってんだろう。
「何です?」
こっちの顔を見るなり莉乃はふっふっと顔を緩めた。
「あー私に見とれちゃいましたか」
スカートの裾を掴みクルリと周り自分の衣装を披露する彼女を尻目にどうでも良さげに俺は足を進める。
「良かったという事ですね」
いやいや、俺は良いなんて思ってないぞ。ん? なんかこれ俺がツンデレキャラみたいじゃん。
「ほらほら、大和君の好きな感じの衣装を着て来たんですよ~。特にこのロングスカートなんて」
一体誰がその服を好みだと言った。それにお前俺が知る中では学校以外では基本的に短い丈のスカート履いてないよね?
「フッ」
「いま笑いましたね。今鼻で笑いましたね」
どれだけこの莉乃が着飾ったところで所詮は紛い物でしかない。それに俺は彼女を取っては駄目なのだ。
こんな俺では割にもつり合いもしない。
そんな言い訳を浮かべたところで、そんな莉乃を庇うような言い訳を列記したところで所詮本質は変わっていない。
きっと残酷な言葉だ。
それでもこれは変わらない。
俺は莉乃の愛情を利用している。
彼女の情に答える気も無いのに、駄目だと言う答えすらも表示することを躊躇ってしまっている。
どうして莉乃を手放したく無いのか?
過去の自分の衣を借りて心の中の自分は問いかけてくる。
それは勿論。
それは、それは。
それは彼女が俺のようになって欲しくないから。
―――どうして、どうしてお前は莉乃にそんな事をするんだい? 今のお前なら意図も容易く突き放すだろう
うるさい。
心の中の自分に幾度となくナイフを突き立てた。何度も何度も何度も。
ああ、過去の俺を殺したい。
お前がちゃんと護っていれば、お前がちゃんと正直だったなら、お前が誤魔化さずに美優と向き合っていたならば俺はこんな風にはなっていなかったというのに。
ああ、そうだ、そうだよ。莉乃は美優ではない。
この一言で全てが事足りてしまう。彼女はどう足掻いても美優にはなれない。
あの時、あの小学生の時、皆が俺を捨てていく中手を差し伸べてくれた美優に彼女は勝つことは出来ない。
例え一度突き放したくらいでお前を嫌いになるほど俺はお前への気持ちは浅くない。
美優の為なら莉乃を捨てられる。
―――ふっふっふっ、よおおく分かった、揺らいでいる自分がいるんだろ。だからそんな事を。
つっ……。
心は刺しても焼いても叩いても決して倒れることは無い。そればかりか声の数は一体、また一体と増殖し皆一様に同じ事を言うのだ。
違う。
この声をある漫画は神様と言った。
この声を消すためには、こんな自分を黙らせるためにはあの漫画通りなら俺は左目を潰さねばならない。
俺はもう迷わないと、俺の望む方に進むと決めたんだ。
例外はある、けれど例外はもう手に入ることは無い。
うるせーんだよ。俺はただ突き進むだけだ、それでいい、それしかない。
今なら左目を潰したって構わない。俺はお前とは違う。
自殺できなくてうじうじと、引き籠れずビクビクと外の世界で暮らしていた俺とは全く違う。もう誰からも愛されなくても、誰の特別じゃなくても構わない。
もう二年前の俺とは違う。
それにお前は昔殺せと言ったよな莉乃の事を。
どうしてお前はこれの真逆の事ばかり、対極の事ばかりを訴えるのだ。
ツンデレか? 天邪鬼か? ちゃんと反動で能力値を下がる技を撃ったら逆に上がるんだよな?
―――守りたくても守らなかった、守ろうとすらもしなかった。あの時から、今も尚お前の心は正にチグハグ、ペテンの塊だ。
お前だけにはそれを言われたくない。あの弱いガキだけには、その姿のお前だけには言われてたまるものか。
消してやろうか、そんな考えを。
いいだろう証明してやろう。
固まった拳から人差し指と薬指が伸びる。
吹き抜ける寒々しい風は嫌に耳元で雑音を、過去の俺の声を借りて騒々しく音を上げる。
「大和君? 行きましょうか」
底抜けない明るさの、そして底が見えないほど深い彼女が俺の袖を掴み知ってか知らずか全てを振り払った。
隣にいた莉乃が不思議そうに此方の顔を覗きこんで来るのだ。
その声を聴いた瞬間に自分の中の声が、そしてその声に向かって証明しようとする感情がぷつりと消え果た。
愛知県清須市。元々は最前線であった場所だ、ただもう最前線などではなく立派な内地へと進化している。
清須市を治める家こそが瀬戸家、そして目の前に立ちはだかるとても大きな大きな屋敷こそが瀬戸家の館にして、愛知家清須市を司り、清須市を治める者たちが住まわう城だ。
門番に手紙を渡すとその手紙を門番は中に持っていきほんの一二分待った後に何事もなかったかのように鉄格子の門が開くのであった。
隅々まで手入れされているであろう、この家の財力を垣間見ることが出来きそして道中に眺める事の出来る庭園。
ただよく見てみると蔦や蔓に隠されているが石壁や石垣、人の行き来を容易く妨げられそうな竹垣や垣根など籠城でもするのか、という設計になっているような気がする。
奥へ行けば行くほどというか道は細くなり、道に沿ったような庭へと切り替わり、最初の庭園を覗いては全くもって観賞用以外の用途があるような気もする。
俺の考えすぎか?
「天道様と草薙様ですね、お待ちしておりました」
背広の執事らしき初老のただ服の下に妙に鍛え上げられた筋肉が見受けられる男が此方に深々と頭を下げる。
「私は瀬戸家に仕える、執事長の窯神というものです。今宵は何か御用がある場合は私をお呼びください」
さあ此方へどうぞと言わんばかりに執事長は手を伸ばして本館への道を示すために歩き始めた。
ただ、道は思っていた以上に長くくねり、時よりこれ進んでいるのかと思う位に屋敷から遠ざかっている道もあった。
茶室や道場別館へ続く道を覗いて基本的には一本道。小牧山城とかに使われているあれか?
道が開けやっとのことで本館の入り口まで足を進ることが出来た。
瀬戸家の邸宅はやけに敷地を隅々と利用した道であった。
屋敷の周りには堀それに所々で門があったりと……。もうどんな人が見ても此処に籠って戦う気満々なつくりをしていた。
「では此方へどうぞ」
執事長の言葉と共に瀬戸家の者たちによって入り口の扉は開かれた。
入り口だけでもとても広い屋敷、ああ、多分この入り口の部屋だけで俺の家の半分はあるんだろうな。
敷き詰められた赤色のカーペット、所々に飾られた前衛的な小物、空に吊り下げられたとても大きなシャンデリアが優しく上品な光で入り口を照らしていた。
「響、何でここに?」
入口の中心あたりで姿形はよく見慣れた、ただ服装は見慣れぬ黒のゴスロリぽい衣装で着飾ったソ連の崩壊辺りで生まれたらしい年上の女性が黄昏ておられた。
「あっ、ろりばばが何でここに?」
「おいちょっとその呼び方は止めて貰おうか隊長。忠誠心に亀裂が入るぞ」
むきーと怒ったように手を振るこの幼女擬き。
「しょうがないなぁ、ろりおばさん」
「そこに御を付けるな、よけい惨めになる。それよりもいっそのこと妹扱いしてくれた方が私としては嬉しいかな?」
「と仰っておりますが莉乃様、響を妹にしてあげて下さい」
右から左へと莉乃に適当に話題を振っておく。
莉乃は顎に手を当て考えるような姿勢を取ると……。
「私は末っ子でしたから、下の子は欲しかったですよ。でもですねぇ、これを妹にするとなると……。それに私の欲しかったのは弟です」
「すいません、前言撤回させてください。莉乃様の妹になるなんて恐れ多いことこの上ないです」
何時になく真剣な口調で地に頭が付かんばかりに限界まで頭を下げる響。
普段とは違う態度の響に莉乃は困ったような顔を浮かべた。
「ええっと、まず何で貴方がここにいるの響」
響は項垂れるようにそのまま地面に座り込んだ。もはや座ると言うよりは伏せるに近かった。
神々しい一筋の光が世界に走った後には一振りの剣が彼女の掌に載せられていた。
其処に居たのは女でも、幼女でも紛れもない一人の騎士であり忠臣であった。
「私は細川響、先代天童正信様の代から影ながら天童家を支えてきました。私の心は今でも天童家の臣の心算です、ですのでこの命、この剣を莉乃様に捧げます」
莉乃は静かに細川の剣を手に掛けた。
うんともすんとも言わない無言が空間を軋ませる。
ただ一瞬だがほんの一時だが莉乃が別人のように憎しみや怒りを浮かべ、燃やした。
そして何か踏みとどまるように何かから逃れるようにはっと悟られないように元の自分に戻っている。
「莉乃様がお独りになってしまわれたときに御傍でお支え出来なくて申し訳ありませんでした。そうですよね、そうですよね。今更自分が家臣だとのこのこと出て来られても、無視のいい話ですよね」
悲しそうな眼をして響は正座した。
「未だに御怒りであられるなら、私に微塵でも疑いを持つのならばこの首をここで御刎ね下さい。幸い瀬戸家の当主の許可は取ってありますので」
莉乃と響の間で目と目で、悲しい眼とあの黒々と深い深い莉乃の眼との間で何かのやり取りが行われる。
お互い眼を反らすことも、瞬きすることも無い。
ただただ時計は彼女たちを取り残して進み続ける。
しばらくして莉乃がふっと笑みを溢すと、響の神剣を握り一度空を斬って見せた。
目の前の幼女は自分の死を受け入れるように静かに安らかに、朗らかな顔をして眼を閉じるのであった。
莉乃の操る剣の切っ先が響に向かって吸い込まれていく。
切先が肌に触れ血が鋼を伝う。
「次はない、次はもうないと思え。もう私を捨てるなよ。その命、その体、全てを私の為に捨てろ、いいな」
莉乃の剣は響の皮の軽く掠め停止していた剣を戻し、元の持ち主に剣を持たせた。
「では会場にご案内させて頂きます」
何事も無かったかのように自分は何も見てないですよと言わんばかりにこの執事長はさらりと用件を切り出し、会場への案内を始めた。
案内通りに後ろについて行き、俺たちが扉の前に立つと周りの瀬戸家の人間の手によって重そうな扉は開かれた。
「ではごゆっくりお楽しみください。私は近くにいますので困ったときにはひと声お掛けください」
会場に入るなりこの老人は一礼するなり足早に部屋の隅へと去っていった。
「申し訳ありませんでした」
数歩と歩かないうちに二人の男が見事な土下座をして待ち構えていた。
ああ、なんだか今日莉乃が短い丈のスカートを余り穿かない理由が分かったかもしれない。
「北野、丹羽……」
まるで親の仇でも見るように、酷く莉乃は憎しみを顔に出し、歯をぎりっと鳴らしこの二人を睨みつけた。
大の大人の土下座を何度も見ることになるって? ナニソレ、織田家は一体どんな教育してんの?
どんな古くからの将でもミスしたら佐久間さんコースなの。
「何だこの脳筋集団は……。お前んちやっぱおかしいよ」
後ろでギラリと輝く視線。何だかヤバい視線を感じるのだが、大丈夫だよな、俺刺されないよな?
ただその視線には慌ても怯えも含まれている。
「たいちょー、殺されたいの?」
「るせー、お前らだいたいご先祖様の時からおかしいじゃねぇかよ」
親の位牌に焼香はドバーや茶坊主殺したり、鋸引きしたり、敵の髑髏の前でカンパーイや、割腹腸投げ的なのも。うん君たちやっぱおかしいよ。
「なんだかすっごく馬鹿にされている気がします、滝川様」
莉乃はジトッーとした眼を此方に向けて来た。そして後ろからは「何の家柄もない奴に莉乃様のご先祖様の事は言われたくはない」という声が聞こえたような。
いやいや、まだ分からんぞ。草薙家は名前からしてなんか凄そうな響きがあるだろ?
多分凄い家柄だよ草薙家は、こーゆのは後々に分かって来るんだと思うよジャンプ漫画なら。
「てか、滝川ゆうなし、お前ら頭の可笑しい放火魔、皆殺し連中と同類に扱われたくないぞ」
「じゃあアスタルテたん?」
首を傾けニコッと笑うのだ、この名実ともに本物のお嬢様に返り咲いた此奴は。
「籠城戦になって水源が断たれたら残った甕を叩き割ってやるぞ」
あれ? おかしいなここはハッハッハと和むところだったのにねぇ。マジで誰か笑って下さいよ、ほんとに。
皆さんそんな眼をして俺を睨まないで下さい。
それにねぇ……。
「なぁ莉乃、お前は天性の鬼畜なのか? せめてそいつ等をどうにかしてやれよ」
いい歳したおっさん二人が身動きもせずに高級そうな絨毯に顔をこすり続けたまま全く動こうとしない。
ただ莉乃は顔を膨らませて……。
「知らない」
お嬢様はどうやらご機嫌斜めなようでぷいっとそっぽを向いた。
おいおい、当主が子供だぞ。右府様が天国で悲しんでるぞ。
ああ、異世界でもか、現代の高校生の可能性も大いにあり得る。
「おい何とかいってやれよ、周りの視線が痛いんだが」
織田家に帰順した響に耳打ちするも軽く流されてしまった。
「どうして莉乃はこんなに怒ってるんだ?」
そんな事も知らなかったのですかと言いたげであったが、取り敢えず早く言えと顎をしゃくり指示を出した。
「それはですね、土岐家が天童家に反旗を翻したときにこの二人は真っ先に天童家を棄て土岐家に付いたたからですよ」
俺は気付くのが遅かった、さっきまでの話は、さっきまでのいつもの莉乃は、本当はいつもの莉乃なんかじゃなかった。
この男たちを見た瞬間に莉乃は戦っていた、自分でない自分と。何かに飲まれまいと必死に日常に縋り自分という精神の拮抗を保っていた。
急に響が俺を話題にして話を変えようとしたのもそれに気が付いていたからだろうか。
ただ此処に莉乃はいない。
狂気を孕んだ顔で莉乃は二人の前に立ちふさがっている。時々ある莉乃ではあるけど莉乃でないそんな瞬間。
目の前にいるのは莉乃ではない、全く別の誰かが莉乃の姿を借り怒気を放っている。
あーこれ莉乃は悪くないし、莉乃の怒りの理由も分からんでもない。此処から先の事は全て莉乃に任せることとしようか、御家の事は御家で解決してください。
俺もめんどくさくなってきた、取り敢えずこの場から離れて飯でも食いに行こうかな。
鼻孔を擽る香しい匂、まるで一つの劇を上演するかのように皆の前で食材を品へと変えていくシェフ達、聴くだけで空腹が満たされそうなリズミカルな油の弾ける音や様々な楽器という料理から上がる音達。
「申し訳ありませんでした、莉乃様」
「大和ッ」
莉乃ではない曖昧な誰かの一言が会場に響き渡った。
開場の者共も入り口の状況が尋常ではないことを知りみな口を結び体を強張らせて此方を注視しているようだ。
「殺せ、お前らの顔など見たくもない。どうして私を棄てた、どうして莉乃を棄てた、裏切り者に慈悲などない。二度と私の前に顔を見せるな、二度とその面を世に晒すな。死ね藁のように、消えろ星屑の如く」
「それがお前の命令か、それがお前の選ぶ道なんだな」
殺意や怒りを込めて絶対的な首肯を慈愛も慈しみも無い無慈悲なまでの肯定が行われた。
「是非も無し。ただ死ね」
刀を出そうとしたところを莉乃は手を掲げ遮り、光を刀に変えた。
「死ね、逆臣ども我が家の刀で、我が家の力で殺してやる、土岐の先兵」
莉乃の手元に乱れ刃を焼いた豪壮な刀が光を断ち斬り顕現した。
やれと言わんばかりに莉乃は俺に刃を押し付ける。
「光忠……。そうですか、あのお方が大いに気に入っていた刀」
「実休光忠、我々如きを殺すのに使って下さるとはとても莉乃様はお優しいのですね」
待て待て待て、これ実休光忠なん。本能寺で焼失したんじゃないの
お前んちの刀じゃないじゃん、三好家のもんじゃん、銘的に。
俺の関の長井さんが使ってた刀より全然いい刀じゃん。
神を宿した剣を使うのは初めてなんだけど……。
自然と強くなる握り、心の泉にポトリと水は落ち波紋が広がる。破門と同様に刀はより明るさを増し、光は、神の怒りは荒ぶる。
くる、遂に来てしまう。このような事に耐性のない人間はきっと眼を閉じるのであろうな……。
ただ誰一人として目を背けずに天童家の意志を確かめ、見定めようとしている。
光の荒ぶりは収まり静けさを呼ぶ、あるべき場所に輝きが定まると共に刀は首を落さんと放たれる。
眼を閉じ死を受け入れた男たちは幸せそうに、あの響と同じ顔を浮かべるのだ。
「暫し待たれよ、暫しこの者達への裁定をお引き延ばし下さい」
此方を注視していた囲みの中から声が上がった。
「平手政、お前はこの者たちの味方か?」
「それが当主としての貴方の姿なのですね、儚くとても恐ろしい」
隣にいた莉乃がぐっと怯んだ。
そしてとても悲し気に怒りを放って彼女の指導役であった平手の爺やを睨みつけていた。
ただ目の前に立ちふさがった老人は臆することなく口を開いた。
「この者達は確かに裏切り者です。ただしこの者達は心は今も昔も変わらぬ天童家の一員です」
「どうゆう事だ、私は確かに……」
「此奴らに裏切られたですか? いいや貴方は裏切られてはいません、この者達は天童という家ではなく貴方の命一つを選択した貴方の忠臣です」
老人は諭すようにそして宥めを要り交ぜつつ、口を開いた。どこかこの老人からは二人の男に敬意のようなものが感じられた。
「お嬢様も御味方を沢山殺したことでしょう、しかし彼らもかれらで貴方以上に殺しました。貴方の為に、もう天童家は再興できない、天童家は無害だと、貴方は無力だとあの不忠義者に刷り込ませる為に彼らは全てを突き放したのです、彼らは土岐家に付き従ってまでも貴方を守ったのです」
莉乃は疑いの疑惑しかない眼で地に伏せた者共を見下した。
本当なのかと眼は言っている。
「いいえ、言い訳は致しませぬ、私達は確かに天童家を裏切りました。そしてお嬢様のこともも……」
言い訳はしない殺せと訴えるこの大人たち、それを止めるかつての莉乃の師、揺れ動き乱れる莉乃。
そして一つの大きな疑問が確信へと変わる俺。
そんな莉乃の肩を軽く二度叩いた。
「どうする、お前が決めろ。どちらでも俺は尊重する」
世間的には莉乃の天童の家臣になっているが俺はそんなつもりはない。俺は俺の考えで莉乃に従う。
だから俺は莉乃に剣を返す。
侍に命と見立てられた、命で命を狩る道具があるべき主の手の内に返った。
迷ったようなそぶりを見せつつも、莉乃は剣を消した。
そして彼女はいつもの顔に戻り困ったように笑うのだ。裏では何かに絶望しつつ。
「いいでしょう、信じてあげます。剣も捧げなくていいです、貴方たち二人が私の家臣だと言うのなら」
必死に作った渇いた笑顔を浮かべるのだ。今前の全てを消そうとそんなことに必死になっているような気がする。
「ハハッー、身命を賭して働く所存に御座います」
「この身をかけてでも土岐家から奪われたもの全てを取り返して見せます」
地面を突き破る勢いで北野と丹羽は平伏し涙をボロボロとこぼした。
周囲の者たちは声の一つも上げずにただこの光景を見守っていた。そう見守っていると思っていた。
「私達もその臣従に加えさせては頂けないだろうか」
扉は開かれ莉乃の後ろからスッと清和の四大派閥の二家の当主が莉乃の眼前に現れた。
「清和軍中将瀬戸暮人」
「清和軍中将額田正義」
急な主催者の登場に会場は騒めき立った。
騒々しさの中二人の武人は共に武器を地に置いた。
それと同時に瀬戸家の家の者全てが音を立てて莉乃に平伏するのである。
二人の男が平伏すると共に徐々にだが会場の人間達が次々と地に手を付けた。
「天童莉乃様、いいや織田莉乃様。貴方には我々の剣ではなくもっと大切な物を受け取ってもらいたい」
その一言と共にお盆の上に王冠を載せられた王冠を持つものが現れた。
「独裁的な権力を手に入れようとする土岐九十九のやり方は気に喰わないですが確かに一理あります。外敵と戦うには共和制の軍隊ではなくある程度頭になり統率する者が必要です。莉乃様、それを成せるのは貴方しか居ません。貴方こそがこの清和の王になるべき存在です」
瀬戸暮人は立ち上がり王であるが為の印を手に取り莉乃に向かって歩き出した。
宝石や黄金、ハーフ・アーチや帽子部が付けられた王冠はキラリと輝くのであった。
「莉乃様受け取って頂けますよね」
断らせまいと怒涛の勢いで莉乃に迫る瀬戸家当主。
清和の剣と織田家の主が同等になって向き合いお互いを査定しあう。戦意の無い、戦意の見えない無意識上での攻防が目の前で行われていた。
王冠を頭にのせて貰う為にかふっと諦めたように莉乃は黙って足を曲げるのであった。
莉乃の選択を俺は傍観することしか出来ない、立ちっぱなしの木偶のぼうとなっていた。




