【三章第二十話】 go to Romance>>>>>
「草薙男爵ですね」
「るせーその名で呼ぶな。はぁどうせなら草薙伯爵が良かったなカッコいいし」
「分からんでもないですよ」
式典が終わってもお偉いさんたちはなかなか帰らない、何故なら今このタイミングこそが新たなるコネクションを作るチャンスなのだから。
だが軍人は違う。
式典に参加した軍人皆々は周辺の警備に当たっていた。
で、俺は那智と警備という名のサボリ中だ。なんか本当は中で色々とお偉いさんたちと会話をしなきゃいけないんだけどね。
「隊長は考えたことあります? 鬼が襲ってくる前に自分がこんな特権階級になれるだなんて」
「ないな」
「隊長って一体何を目指していたんです? 鬼が襲来する前の将来の夢」
此奴らは生まれた瞬間から将来就く職業が決まっていたんだったな、それだからなのか京極は興味津々に質問を投げかけてくる。
「たしか歴史の研究者目指していたな」
確かに歴史の研究者を目指していた時期もあった、でも鬼の襲来前俺は……。
親友を突き放したあの日から俺は何になろうとも思ってはいなかった。ただただ機械的に日々を消費していただけ、見る人にとっては意味のない日々を送り続けていた。
無機質で特定の人物に有害でそして処分すらも容易くできない。
「隊長は軍人辞めないですよね?」
「どうしてだ?」
「いやーあれですよあれ。俺は実は歴史の研究資金を稼ぐためだけに軍に入っているだけで、十年もしたら軍を辞めて歴史家目指します的なあれですよ」
そうかあれか。
ただ俺は宇宙で戦う気はないんだよな、それに例え法律でも制度でも養子を育てるなんて真っ平御免だし。
「ハハッ、面白い冗談だ、で? 本当は何を言いたい」
中々那智は答えることは無い。
彼は歩みを止め下を向いてしまったのだ。
「俺は本当は軍を辞めたいってことですよ。俺は人殺しなんて向いていない、でも殺さなければならない。殺し合いの螺旋から降りたいんですよ本当は」
酷く辛そうなそして苦し気な顔して那智は言うのであった。
ただ俺に言うなよ。伊勢に話を通して村木の大将や瀬戸の中将に辞表を叩きつけて来いよ。
「だから俺が貴族になったからそのまま軍人辞めるとでも? その辞めるときにどさくさに紛れて俺と一緒に辞めようってか、一人では止めることが出来ないから」
自嘲気にこの兵士は首を縦に振るだけであった。
「なぁ那智よ、お前はどうする?」
「どうするとは?」
ああ、此奴は分かっていない方の人間か。
ただこんな無知な人間でもここから先ははい分りませんでしたじゃ通じないのだ。分からないまま、訳も意味も理由も分からないままにこの名古屋で野垂れ死んでしまうかもしれない。
「コードエデンという作戦があったな」
鬼の襲来時に軍隊が考えていた最初の防衛構想、薄く広げた盾では脆く重い一撃は逃れられない。
しかし盾全面を強化できるほどに資材に余裕などはない。
バイタルパートと言った所かな。
重要な拠点や区域に兵力を結集させて一気にそこを守るようにする。即ち愛知が重要防衛区域で、三重や岐阜は最初から捨てる心算であったのだ、軍は。
現実はそう簡単に事は運ばなかった。
――この作戦は土岐九十九一人の手によって破綻へと追いやられた。
一人の男の野心のせいで避けられたかもしれない戦火が盾を燃やしてしまった、この男のせいで、一宮に鬼が現れた、この男のせいで俺の親友は殺された。
あの男のお陰で俺は……。
「あの事件は天童家の当主が急死した事によ失敗に終り、お前らの父母は戦場に消えていったと言ったな」
周りにはほわほわふわふわと正直言って浮かれた感じの人間がなーんにも考えていないんじゃないかと思ってしまうような面をして歩き回っている、軍人、商人、御曹司問わず。
暖かな世界に風が吹いた、冷たい冷たい伊吹おろし、あの時と同じ一月の風だ。
「それは強ち間違っていないがいわば本当の事ではない。あの日天童家の当主は土岐九十九によって殺された。土岐九十九が天童家の家を奪うそれだけの為に愛知で多くの血が流れた」
「そんな事は薄々察しはついていますよ」
吐き捨てるように言葉を発し、まるで自分に関係ない事の様に那智は俺の話を聞いている。
まぁ確かに俺があってきた名古屋の奴は、あの日に鬼を見ていない者は皆土岐家は天童家の当主の遺言に従って家督を継いだなんて言う話を心から信じている者はいなかった。
「しかし、それについて責めようが無駄ですよ。あの三大派閥ですらその証拠がないのでこの件に手を出せていない。こんな葉武者の俺たちの言う事なんて絶対に認めては貰えないでしょうね」
だがこの部分はあまりにも皆から受け入れられていた。いいや、皆知らないのだ。
「天童家の当主天童正信は確かに死んだ、殺されたのか本当に事故死だったのか今や知るものは少ないだろう。でもなぁ、土岐九十九さんと、その当時その場に居合わせた莉乃なら知っているだろうな」
周囲からはいつの間にか人は消えていた。
池に出来た波紋はどんどんと広がっていき、そして力ある限り増殖を続ける。
「莉乃はあの時父親と共に死んだと言われているがそんなことは無い。彼奴は、地位も居場所も自らが自らであるその証拠も全てが全てを奪われ此処にいた、そしてここまで来た」
本日天気晴朗なれど波高し。
池の表面はほんの一瞬の力により脈打った。
「今日明智梨奈は天童莉乃として爵位を受け取った。つまりだ、これは眼に見える反乱を掲げたという事だ。土岐家の主張を、お前が天童の跡を継ぐのは天童の人間としては認めていないと真っ向から言い放ったわけだ」
この男もなんとなくだが察したようだ。猫のようにブルブルッと体を震わせた。
「で? お前はどう生きる。父母の復讐の為にともに土岐家と戦うのか、勝ち馬に乗る為に行動するのか、それとも軍人を辞めるのか」
これが最後の辞める点だ。
ゲームなら絶対にセーブしてここに挑むであろう、俺なら絶対にセーブしていたそんな分岐点だ。
「どうする? こっから絶対に酷い事になる。戦いたくなくても攻めてくるし、攻めねば逆にやられるかもしれない」
未だに那智からの返事が返ってくることはない。
これが最後のそして本当に知りたかったことについての質問だ。この質問次第で俺は此奴の扱いを変える。
「お前はどっちだ? 俺達と共に戦い、狂乱を得るか? 俺達を土岐家に売って安寧を手に入れるか? 瀬戸家について忠誠を得るか? それとも全てから下りるか、お前は何処だ」
「俺は……」
言葉を詰まらせた。あと一歩のところでどうやら答えに辿り着けていない。
この迷いが戦場で自分や大切な物を失いこととなる。この迷いが、友を売り殆ど関わりのない薄っぺらな縁の人間に足を向けてしまう。
この迷いが、人を思わぬ方向に変えてしまうのだ。
「俺は分かりません、俺は何処だか分かりません。でもこれだけは言えます、これだけは確かです。俺は隊長の、草薙大和の友達です」
トオレハオモッテイルツモリデス、そう小声で一言付け加えられた。
予想外の答え……。
というか動揺している、こんな言葉に抑え込めないような喜びを覚えてしまっている自分が存在して居る。
友、友、友。
ともだち、ともだち。
イフリートこと和泉幸作が自殺した以来初めて俺は他人を友だと思った、本当は思ってはいけないのに、友だと此方も認識してしまった。
俺はこの那智の言葉を素直に受け入れてしまったいたのだ。
まるで当たり前だのような対応を取ってしまったいた。
「ああ、居た。何サボってるんだよ京極」
振り返って、声の主を確かめてみる。
「ごめんごめん、まぁ許せってはるる」
一人の少女によってここに強張るように出来ていた緊張は取り除かれた。
たださぁ、なーんか前から思ってたんだけど……。
「ばかぁ、はるるゆーな」
おお、見事なまでのアッパーが那智の顎を捉えた。
しかし那智も軍人である、直撃は免れた、直撃は。那智は倒れ込むようにして丸くなった。まぁ攻撃は当たっていたからな。
そしてはっとなったように眼鏡の畠山さんは那智の元に駆け寄った。
分かりやすいような分かりにくいような。ただ傍から見たら丸わかりだ。此奴、畠山榛名は那智の事が好きだな。
ふーん。
ではあとは御若いもん同士、同い年だけど。
ふっふっふっ、莉乃への夜這い事件の借りを返させてもらうぞ。乙女思考なのはわかるけど分かったけどあれほんとなんもしてないんで。
全くの部外者の銀雪までもが知る位に情報を彼方此方に流すの止めてくれません? てかまだあの話を引きずるのは止めてくれませんかねぇ。
まぁだからだ、ささやかな復讐を貴方に隊の奴に会ったら絶対に広めといてやるからな。
畠山が盛ってたよー、庭で那智を押し倒してたよーってな。
莉乃が暴力系じゃなくてよかったな。
ただまだ隊の奴の所に自ら望んで足を向けるほどの気分でもない少しここから離れようか。
気の向くまま、風の向くままにそして人のいない所に向かって歩いた。
いいや、俺は気が付いたのだ。
この感覚は知っている。
この視線には覚えがある。
だから人が居ない所へ向かった。人混みを避けたのはこれとは違う目的もあったのだが。
「で? どうして後ろから来ないんだ?」
前とは違う。
あの時の嫌悪と憎悪を迸らせていた彼女では無いが、紛う事無き佐々木桔梗が刀を鞘から取り出して刃を向けた。
白刃は影に照らされ……。自分の身体に命ずるがままに鞘から白刃を抜き取った。
綺羅星のような一瞬の光のような一撃。
難なくそれを受け止め、彼女は後方に数歩引いた。
「悠長プレイだな、何故鎌を使わない。起点にするぞ」
片手は柄を握り、もう片手は空を握り締めた。
手に広がる暗黒、渦巻くように憑りつくように手の周りを闇が漂っている。
「タイムタイム、今のはちょっとした挨拶ですよ。英雄さん」
刃を鞘に納めて大げさなまでの身振り手振りを使って桔梗は自分に敵意が無いということを証明しているようだ。
挨拶代わりに斬りかかって来るって君はどこの蛮族出身の方かな? アマゾネスの末裔か何か、三河武士や島津人なの、スパルタで戦士としての教育を受けたのか?
「おおっと、そんな危ない物をか弱い乙女に向けたままそれ以上動くと私も正当防衛をせざるを得なくなりますよ?」
首を傾けた彼女の顔はあざとさに溢れていた。
敵の手には黒い光が渦巻き脈打っている。
しかし何で俺が悪いみたいになってるの、斬りかかって来たのお前だよな。
「あ~、はいはい。分かった分かった」
何の抵抗もなくあっさりと敵を敵として認識するのを辞めた。
つまらん、今の桔梗にはあの時のような憎しみや恨みが感じられないのだから。
「それでいいのです」
勝ち誇ったような顔で身体を少し後ろに反らして胸を張るような動作をする。誰にでも与えられるし誰にでもやってしまうだろう大安売りの笑顔と動作。
「それで、何の用だ? 俺を殺しに来たと思ったんだが、違うみたいだな」
「もーいきなり本題を切り出しますか? もっとムードというモノが……」
桔梗は数歩身を引いた、無意識なままにそれは体を動かした様だった。どうやら奥底は戦闘という言葉で敷き詰められているらしいな、お互いに。
「あのー、謝りますんでその手の影を引っ込めてくれません」
取り敢えず緊張状態は解除されたのかな?
「言葉には気を付けろよ。状況次第ではお前にまた刃を向けるぞ」
「はぁぁぁぁい、ごめんなさーい」
うざっ……。
悪い事をして親に叱られたのに叱られた意味を知らずにただ仕方なく謝っている子供の真似をするかのように心にもない謝罪をされてしまった。
「とまぁ、茶番はこのあたりにしといて、これが本題です」
じゃじゃじゃじゃーんという謎な効果音の元桔梗から宛先も何も書いていない厳重に密封された一枚の手紙が取り出された。
そして彼女は謎に頬を少々赤らめて、さっきまでの言動もさっきまでとは一変し、少々体を震わせながら手紙を握っている。
「あの……。あのですねぇ……。わた、私、本当は大和君の事が好きなんです。あの時の戦いから恋をしてしまいました。寝ても覚めても貴方の事ばかりそんな私の気持ちを此処に書き綴ってきました、ですから受け取ってください」
大事そうに手紙を胸の辺りに握り締め、不安げな顔を頑張って隠そうとしきりに明るい顔を浮かべ此方の返事を待っているようだ。
「帰っていいか?」
ため息交じりに彼女を侮蔑の眼で見つめ俺は呟いた。
ただちょっと上手いなぁと感心している自分もいる。
「ナッ、おい英雄。お前ヘタレか? りな……。莉乃と一夜を過ごしたんだろう、ならもうちょっとさぁ大人の対応をしてくれても」
何故お前が知っているんだよ。
「ハイハイ演技乙乙、うまかったうまかった、ききょうちゃんはえらいねー、すごーいー」
完全なまでの棒読みだった。
ただし目の前の俺に告白を行った奴は……。
「うぁきもドン引き、近寄らないで、死ね、梨奈を返せ、もう一回死ね、私を桔梗ちゃんって呼ぶなよ、幾ら私が可愛いからっていきなり馴れ馴れし過ぎなんだけど」
「お前も俺の事大和君とか呼んだだろ、いきなり下の名前で馴れ馴れしく呼ぶなや」
「あーあー、大和君は莉乃しか読んではダメ的なあれですか。あーあれですね、めんどくさい、男の子は嫌われますよ」
此奴毎回話を脱線させようとするよな、此奴真面な話が出来ない子か?
うんうん、この娘はそーゆこなんだうんうん。
「なんか馬鹿にされた気がします。そんな虚ろな諦められたような眼で見られても……。あっ、眼は元々でしたね」
今の発言を右から左へ聞き流しっと。もう昨日の銀雪と今日の響と桔梗、どうして最近こうも面倒な娘ばっかり目の前に現れる訳?
あっ、響はこのカテゴリーには入れては駄目な年だったな。
「無視ですかぁ、酷いですねぇ。ああ待って、帰ろうとしないでください」
もう敵から敵意も何も感じられないので正直言ってこれ以上は付き合いきれないので帰らせてもらおうと……。
桔梗が此方の腕を掴み必死に止めるのだ、正直邪魔だ。
「これなんか帰ろうとする彼氏を止める甘えたがりやな彼女っぽくて可愛くないですか? イイカラトマレ」
諦めたように足を前に進めるのを止めて腕の力を抜き彼女の方に向き直った。
「えへへッ」
ナッ……。
身体が前に傾いた。首の後ろに手を回され重みを一気にかけられそのまま摂理に従い前に体が倒れていく。
桔梗との距離がどんどん縮まっていっている。
そうして彼女と俺の距離は重なり合ってしまうほどに近くなりそのまま顔と顔が……。
「おい英雄、これが九十九様からの手紙だ。決して人前で開くんじゃない、いいな。それと私はお前に今抱き付いただけで何も渡していない、いいな、何も渡していないから周りに感づかれないようにしろよ」
壁の壁を背に周囲の人に見られぬように悟られぬように最大限の警戒を行い、この桔梗は何のためらいもなく手紙を此方のポケットに突っ込んできた。
酷く冷たく屈辱的な事でもしているかのような口調だった。
「誰もいない所で開けて下さいね」
桔梗の暖かい吐息が耳を擽る。
歪みも歪もある歪なまでの可笑しな感覚が体中から込み上げて来る。
ハッと気づいた時には俺は彼女を拒絶していた。桔梗も桔梗で俺の拒絶にホッとしたように安堵の息をついた。
「こんなことしなくても他にもっといい方法があっただろ」
桔梗は人差し指と立てて何度か振るった。
「ちっちっち、それじゃぁ莉乃から奪えないでしょう。でもやり過ぎると私が梨奈にぶっ殺されちゃうから、ほどほどにモヤモヤさせる程度に奪ってあげたの」
いやいや、莉乃よりあんたさんの方が強いと思うんだが。
「お前一体莉乃とどんな関係なんだ?」
思ったと同時にそれは言葉という形になっていた。
ただこの質問の答えは中々帰ってくることは無かった。考え込むように、時より腕を組んだりして目の前の桔梗は中々答えにただりつけていなかった。
「そうですねぇ、梨奈は私の大好きな友達です。でも今の莉乃は友達ではありません、ただの敵です」
「そうか」
「そーですよ」
僅かにそして確実に今までとは違う本物の微笑みを溢した彼女は一言俺に向かって言葉を呟いた。
クルリと方向転換した彼女は空を仰ぎ見るようにして前へと歩みを進めた。そして何故だが崩壊に向かって後ろに歩みを進めている気もした。
「今日の所は見逃してあげます、か……」
ただどうやら俺は見逃してはもらえないらしい。
まだまだ今日という日からは逃げられそうにない。
「草薙少佐」
桔梗と別れた後も未だ其処ら中を徘徊している俺に向かって声がかかった。
「お前はどこの所属だ、と聞いておこうか」
さっきの予想外の襲撃者と違い今回の事は想定内だ。
「瀬戸家旗下吉良家の人間だ」
村木家所属のシンボルを付けている男がそう答えた。
「それで、何の用だ」
男は何を言わずに此方に手紙を差し出した。
おいおいさっきの桔梗とは違い随分と無警戒に渡して来るんだなぁ。
「確実に誰もいない所でクラウンと一緒に見てくれ。ああ、家は駄目だぞ盗聴監視されている恐れがある。それに外でも敵の監視員が終始中身を覗くために貴方たちを監視していると思っておいた方がいい。それでは良い返事を待っている」
まるでこの中身を知っているかのような口ぶりで男は去っていった。
風が服を揺らす中手には二つの手紙が存在して居た。
ポケットには土岐家の、そして手には多分瀬戸家のではあと一つの手紙は誰から俺に向けられた手紙なのか……。
そのまま、手紙を反対側のポケットに突っ込んでこの大きな庭から式場のメイン会場の方に向かって歩き始めた。
長い長い今日という一日は未だに終わることは無さそうだった。
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どうやら家は燃やされていなかった、ただし外は夕焼けに照らされて薄紅色に包まれ燃えている。
隊の人間に今日の事を有耶無耶にして俺たちは自らの家に帰って来た、莉乃と梨奈についての詳しい説明などは待ってくしていない。
「あー、御貴族様に成れたっていうのに屋敷の一つにも住めないのかよ」
「殿、落ち込まないでください。必ずや殿なら京一番の屋敷を構えられると信じておりますよ」
「その例え全くもって分り辛いですよハリマ」
このお嬢様に返り咲けれた莉乃はハリマに胡乱気な視線を向けた。
そんな視線を気にすることなくハリマが玄関の鍵を開けようとしたとき……。
「あら、お帰りなさい」
そー言えば此奴家に置きっぱなしだったなぁ。
銀雪がガチャリと玄関のドアを開けた。
「お前どうして帰らなかったんだ?」
銀雪が半ば目を潤ませたような状態でぷくーっと頬を膨らませた。
「そんなもの鍵がないから帰れるわけないじゃない。此処の鍵を閉めずにウチに帰る訳にはいかないわ」
靴を脱ぎながら銀雪の話に耳を傾けた。
「どうして私を起こしてくれなかったの、皆酷いわ。昼過ぎに誰もいない部屋で一人起きた私の気持ちと心細さを分かってもらいたいわ」
あー、なんだか長くなりそうだからコーヒーが飲みたいな。
「なあなあ」
「何かしら?」
冷たいそして研ぎ澄まされたその声音。
どうやら銀雪様はご乱心のご様子であった。
「お前昨日の事覚えているか」
リビングに移動して電気ケトルに水道水をぶち込みながら銀雪に昨日の事を聞いてみる。
「いいや、なんだが凄くいい気分だったことは覚えてはいるのだけれども。そもそも私は直ぐに寝ちゃったでしょう?」
カップに粉末状のコーヒーの下を入れている俺の傍に莉乃が駆け寄って来た。
そして俺の肩をポンポンと叩き小声で……。
「こーゆ時は思わせぶりな態度を取るのです、決して真実を言ってはいけません」
その言葉と同時に莉乃は銀雪に向かって微笑ましい笑顔を向け、うんうんと頷いた。
しかし、あんたさん昨日寝ていて銀雪の豹変っぷりを見ていなかったよな?
「まぁそれはそれこれはこれとしてだなぁ、俺は只今思った事がある」
「何かしら?」
パチン。
電気ケトルがお湯が沸き上がったことを音で示した。
そうして無造作にカップにお湯を注いで……。
「俺は無性に銀雪の手料理が食べたくなった。今から銀雪の家に行くぞ、勿論拒否権はない。何せ俺は昨日一晩中お前に付き合ってやったんだからな、今度は銀雪お前の番だ」
多分紅茶を作る為に水を入れていたんであろうか、莉乃の手から電気ケトルがシンクの洗い場に向かって滑り落ちた。
熱と口の中に広がるコーヒーの苦みと共にガーンという音が虚しく部屋に響いた。




