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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第三章】新世界より From the New World
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【三章外伝】 聖者たち

少女は一つ溜息を吐き出した。

 乾ききった冷たい眼はただ一点だけを見つめていた。

 憂鬱で虚ろでもはや空っぽで。

 それでも彼女は歩みを止めることは無かった。


 いっその事他人のフリをしてしまえば良かったのに。


 彼とはもはや他人。もう出会わない方が、永久に過去でいる事の方がお互いに幸せだと思ってしまっているのに。


 ――彼を壊したのは私。


 かもしれない。


 ただそれを思うだけで他人だと言ってはいけないような気がしてしまう。

 少女は決して足を止めることは無い。


 ただ一つの夢に向かって。ただ一つの望みに向かって……。

 彼女の心臓はそこに近づきにつれていつもよりもずっと速いテンポで脈打っていた。それでも彼女はいかねばならない。

 真実を伝えに。


 皆が勝手に良いように解釈している英雄の全てを破壊するために。

 

 きっとこんな世界なんて鬼が攻めて来なくても壊れてしまってただろう、貴方も私も。

 だからね、だからこそね。

 

 私は貴方を救ってあげる、そして私は貴方を生かして殺してあげる、私は貴方を肯定してあげる、私は貴方を否定してあげる。

 私は過去の貴方を受け容れてあげるわ、やっと。

 私は今の貴方を突き放してあげる。


 貴方の求めている救いなんてもので救ってあげるつもりはないわ、今のところ。

 だって私は貴方を憎んでいるんだもの、だって私は貴方を可愛そうだと思うんだもの。

 私は貴方を殺す資格はあるわ、貴方も私を殺す資格を持っている。

 

 高級そううな絨毯を一歩一歩と確実に踏みしめていっている、ただ彼女にはそんな実感すらなかった。体を動かしている感覚すらも彼女にかなかった。

 

 冷たい海の中で彼女は一人前に進んでいた。


 私は私の願いの為に。 

 私は私の祈りの為に。

 

 もう絶対に一人になんてさせないから、待ってて……。


-----------------------


 眼光の鋭い男たちは一所に集って一人の若者の言葉を聞いていた。

 一人の男は溜息を洩らした。


 飽きてしまっていたのだ。


 いいや訂正しよう、一人ではない。二人の男が同時に溜息を大気に放っていた。

「もうよい、下がれ」

 歴戦の猛者である清和の剣はまるで興味を無くして話途中である男の話を遮りただ無慈悲にも退出を命じたのであった。

 額田・村木家は流石にそれはないと反論の言葉を漏らしたのだが、とある男の一言によって口を噤んでしまった。

「瀬戸家を支持する」

 詰まらなさそうに、遠い目をした土岐家の主がそう一言呟いたのであった。

「初めてかもしれませんな」

「ああ全く」

 いつも対立ばかりしている瀬戸家と土岐家の意見があったことに額田家と村木家はただならぬ感動を覚えていた。

 村木の大将は若者に軽く詫びの言葉を入れて退出させた。


「ああ、いけ好かないがどうやら意見は同じようだ。そろそろ終わりにしようではないか、もう根まで掘り返している。時間の無駄だ」

 呆れかえってもう土岐家の当主は感情が飛んでしまっているようだ。


「我々とて暇ではないのだ。特に戦勝ムードの今こそ勢力を拡大せにゃならん、こんなどーでもいいことやっている暇なんてないんだよ」

 瀬戸家の当主は背もたれにもたれ、手元の紅茶に手を付けながらそう呟いた。


「確かに我々は彼の事を知らねばならない。だが誰を呼んでも皆口をそろえて彼は落ち着いた子だったとか、こんな風になるなんて微塵も思わなかったとか。彼は別に一色のようにリーダー性があったわけでもなし、彼は本当に昔はただの凡人だったんだよ」

 もう完全にやる気をなくしてしまっている瀬戸の当主はそう語った。

 それもその筈だ。その彼自身が瀬戸家の所属、これ以上仮にでも自分の部下についてとやかく探りを入れられるのを好いていなかったからである。


「しかしなぁ」

 クラウンを持っているのは彼だぞ。彼の思想次第では我々の誰かの席を乗っ取られかねん……。そう呟きたかったのだがあの家の事は今は出すべきではないと判断した大将はぐっと口を噤んだ。


「まぁだ何の不安要素がある。監視というか抑止力を付けるのだろう。あの英雄一色を付けるんだろ。二人の英雄が同じ班とはまぁ豪勢な事を」

 背もたれにもたれ掛かり腕を組んで中将は踏ん反り替えった。


「分かった分かった。じゃあ次で最後にしようか。英雄の身辺調査も」

 大将としてはまだ続けたい気持ちであったが周りは正直言って誰も彼についてきてはいないのだ、彼も調査を打ち切らざる得ない状況まで迫っていた。

 これも最後の足掻きであった。


 ――彼は世間が思っているような英雄なんかではない。


 あの目は違う。彼奴は違う。もし仮に彼が英雄だとしてもそれはとことん狡猾な英雄であろう。

 彼が本当の英雄だとするならばあそこで激怒していた筈だ。


 幼気な少女たちが犯された残骸を見ても彼は何も行動は起こさなかった。一色は、一色祐樹はの式典の最中で貴重なスポンサーを殴り飛ばしたというのに。

 その一件を仕込んだのは完全に大将自身だ。彼らをわざと権力にモノを言わせて幼子を買い取り奴隷のように扱う趣味の悪い野郎どもと控えを同じにさせたのだ。

 長年人を見て来た自らの勘が正しいかどうかを判断するために。


 彼は世間が思うような英雄のような英雄ではない、村木大将は確信していた。

 だからこの彼について知りたかったのだ。

 織田家の力を悪用するのか如何なのか。

 彼自身はどんな目的で動いているのか。


 どうして彼は今のようになったのか。


 知らねばならないことが多すぎたのだ。彼が全くもって自分というモノを公開していなかったために自分たちが知らな過ぎたのだ。

 

 ただこの気持ちはどうやら彼らには伝わってないらしい。この不安な気持ちは私だけなのか、村木大将は心の中で自問自答を繰り返していた。


 村木大将は事務員に視線を送った。


「次」

 機械的な声を事務員は上げると共に上質で重厚な木の扉は開かれた。

 兎のように体全体を強張らせて小さくなっている少女が一人、この名古屋で一番怖いであろうおじさんたちの視線を一斉に浴びせられた。


「名前現在の階級・所属 そして一宮奪還作戦では貴方は何処に居たのか述べよ」

 そうさらりと事務員は言い放った。


「金剛美優。清和軍一等兵第七十三番隊所属。一宮奪還作戦では同じく七十三番隊の一員として右翼で主に支援活動をしておりました」


「第七十三番隊というと村木家幕下の隊ですな」

 緊張した少女を解し、そしてちょっとでも場を和ませようと額田はそんなほんわかとした声を出した。


「能書きは言い。お前は草薙大和のなんだ。何を知っている。また同級生という名の他人か? 今までの奴らのように草薙大和は落ち着いた子だった、こんな風になるような人じゃなかったなんて言うのなら、言わんでいいから即刻立ち去れ」

 眼鏡越しに土岐大将は必死にその場にとどまっている少女を睨みつけた。この男特有の剣幕を発しながら。


「私は……」

 声が喉を通らなかった。

 彼女は緊張に緊張を重ね掛けしたような状態なのだ。というか普通の人間なら名古屋の最有力が勢揃いの中に放り込まれたら、それなりに心の準備があったとしてもこうなっていただろう。

 それに目の前にいるのは場数を踏んだ本当の恐ろしい軍人だ、それに対して彼女は吹けば消えてしまいそうな蝋燭の灯であった。


 それでも彼女は覚悟を決めた。

 彼女は恐ろしかったのだ、この軍人たちが本当に自分の事を聞いてくれるかどうかが。

 この軍人たちも、あの大和を英雄として宣伝し神輿に担ぎ上げた彼らは聞く耳を持ってくれるかどうかが。

 しかし彼女には願いがあるのだ。

 

「私は草薙大和の幼馴染。私は大和の過去のほぼ全てを知っています。それをふまえて敢えて言わせて頂きます。彼は化け物でした、そうして今の彼はそんな化け物が壊れてしまった姿。十分に今のようになり得る可能性はありました」


 彼女は遂に言い切ってしまった。

 たが彼女の発言は彼女の予想とは全くもって別の方向へ進んでいた。

「済まなかった。詳しく聞こうではないか」

 あの四大財閥の新興の土岐家の主が素直に頭を下げた。

 明らかにやる気のなさそうだった瀬戸家の暮人中将もいつの間にかきっちりと椅子に座り真剣そうな眼つきで彼女を見ていた。

 

 彼女の一言によって明らかに場の雰囲気が変わったのだ。


「君は草薙君の事を化け物と称したがどうしてか説明できるかい?」

 額田家の主がにっこりと笑いながら彼女に尋ねた。


「皆に認められたい、誰かの特別な存在になりたい、なにか自分に存在意義が欲しい彼はそれだけの為にそんな事の為に何もかもをも投げ捨て行動する化け物でした」

 

「君は何故そんな風に思ったんだい?」


「彼は幼い頃から親に冷遇され続けてきました。そして保育園の時に彼の理解者であった、彼が心を開いていた周りの人間が立て続けにいなくなってしまいました。それが彼のそうなってしまった始まりです」


 ――ひとってかんたんにいなくなっちゃうもんなんだ……。たいせつにしないとな。


 酷く声を枯らせて俯いていた保育園児である大和の姿が彼女の瞳の奥底に映った。

 

「そしてそのまま小学生に上がりました。そこで彼は人に必要とされるということを知ってしまったのです。彼は彼自身に愛情が注がれていないということを知ってしまい、別の方法でそんな情が注がれることを望んだのです」

 褒められたいが為に、頼りにされたいが為に、愛されたいが為に、いつの間にか空いてしまった……。 いや心がぽっかりと空いてしまっていることに気付いてしまったから彼は必死になって、それはもう化け物のような執着で何かそんないい感情が向けられるために彼は行動していた。

 ただ彼女は幼かったそんな大和を見てを微塵もそんな事に気が付いていなかった。

 

「それだけでは化け物染みたという例えにしては乏しい気もするんだが……。草薙君がただの褒められたがり屋だったという可能性も」

 知ってか知らずか村木大将の口からそんな言葉がポロリと零れてしまった。

 

「彼は歴史好きです。しかし彼は最初は歴史が好きではありませんでした。歴史好きのフリをしていただけです」


「というと」


「彼のお爺さんは高名な歴史の研究家でした。それで彼は彼のお爺さんに影響されて、お爺さんに各地の遺跡に連れて貰ったり、お爺さんに歴史の話を聞かせて貰ったりして歴史を好きになりました。というのが大和が歴史好きになった一般的な表向きの捉え方です」

 ほんの少し間を作った。

 彼女は四大派閥の当主たち相手に裏向きの捉え方を考えさせる時間を与えたのだ。


「少なくとも彼は彼のお爺さんがご存命であった頃は歴史が好きではありませんでした。ただ好きなフリをしていただけです。好きなフリをしていると、お爺さんが遺跡巡りや旅行、お泊り会などに誘ってくれるからでです。彼は彼の親から逃げる為だけに最初は歴史好きのフリをしていました」

 静かに瞼を下した。

 思いを馳せるように、自分の気持ちが変わりな事を確認する為に。

 同情なんてしないためにも……。


「そして保育園最後の年に彼のお爺さんは亡くなりました。亡くなってから初めて彼はお爺さんを騙していたことに後悔して本当の歴史の勉強を始めました、好きでもないのに」


 あの時大和は泣いていた。

 あれはお爺さんを騙していたことに泣いていた。

 そして彼は悟ってしまった、悟らなくてもいい事を。

 人は簡単にいなくなってしまうモノだと。こんな後ろめたい事ばかりしている最中に簡単に消えてしまうということを。


 もしやIFは虚しいだけだ。それでも彼女は幾度も考えてしまった、今まで何度も何度も。

 お爺さんがもう少し長く生きていたのなら彼が本物の化け物になることは無かっただろうと、あの引き金を引くことは無かっただろうと。


「彼が歴史を好きになったのは小学生の頃からです。理由は至極簡単で、歴史に詳しいと皆から褒められるからです。褒められるということに悦に浸っていた彼は今までの事が嘘のように本当に直ぐに好きになっていました」


 大和君凄いねー。


 大和君詳しいねー。


 大和君物知りだねー。


 そんな言葉にしか愛情を見出せない位にはもう彼は愛情に飢えていた。


「彼は褒められるということに、称賛されるということに喜びを見出してしまっていた。そしてそれはどんどんひどくなって。褒められたいという気持ちが、皆の特別な何かでありたいというモノに変わり、皆の都合よい存在になろうと個人個人に都合の良い行動していました」

 彼女は、金剛はゆっくりと瞼を上に押し上げた。

 自分の気持ちが変わっていないことが分かったのだ、迷いも憂いも悲しみも苦しみも無く心の中で彼女はただひたすらに彼のこれまでを否定していた。

 これまでの自分を否定したのだ。


 周りの人間は真剣な顔で時より彼女と同様に瞼を閉じたり頷いたりして入室時の態度など微塵も残さず話を聞いていた。


「彼のそんな感情はどんどん膨れ上がってどんどん貪欲になって行きました。先程述べた皆というのもまさに皆です。相容れない人でも、彼の事を嫌っている人でも、彼に危害を加える人でも、親でも彼は分かり合えると信じて都合のいい存在になろうとしました。今思えばまさに狂気を帯び化け物染みていました」


 人を大切にし過ぎた結果だ。誰しもを大切な人にしてしまった結果だ。

 自分に目を向けることなど決してなかった。

 自分の気持ちさえも、自分の損得さえも全て搔き消し割り切って褒められるということを彼は選択してしまっていた。


 これまでに彼が視野を広げずに本当に大切な付き合いだけを見ていたとするならば、彼はきっとのちに望むことになるだろうとある願いが叶っていたかもしれない。

 ただ彼は気が付くことが出来なかった。

 彼が求めていた本当の感情を向けている人が居るってことを。


 このころから薄々彼女は彼の奥底に気が付き始めて来ていたのだ。


 それ故に彼女は紫水に少しだけ彼への感情を向けたのだ。あくまでほんの一掬いのホンモノとは呼べない妥協からくる思いだ。

 最初は妥協から始まった感情だった。


 ただしそれが彼女の視野を広げてしまったのだ。



 冷めるのは本当に一瞬であった。


 そして彼女も知ってしまったのだ。

 彼は誰でもいいから特別な存在になりたくて見境なく行動しているのだと、出来るだけ多くの特別の為にその身を動かしているのだと。

 彼の特別な存在になりたかった一人の恋する乙女からしてみればそれはあまりにも残酷な真実であったのだ。


 恋というほんわかとした夢の国から目が覚めるのは一瞬であった。


「彼はゲームが好きでゲームの腕は学年トップクラスえした。ゲームには通信対戦があるから、ゲームには協力プレイがあるから、それはまさに彼の欲している頼りにされるも、特別な存在でいられるも、認められ讃えられるも簡単に手に入っていました」

 ゲームが彼を肥やしてしまった。

 日々絶える事の無いゲームのお誘いが彼をどんどんと我慢できなく、止められなくさせていた。


 そして彼の周りに集まった人を見て、よりいっそと彼から離れていっている家族を見て……。

 彼は恐れていたんだろう、保育園の頃のようにまた自分から大切な人が居なくなってしまうということを。

 大切でもないのに、彼女から見ても彼にとって必要のない、いらないモノであった親までをも大切というカテゴリーにいれてしまったために、彼は化け物へと変わり始めたのだ。


 人はいとも簡単にいなくなってしまうことを知っていたから。

 称賛されたいという欲望の鬼と化していた彼は欲望のままに絶対に称賛しない連中からの称賛を望み手を出してしまったのだ。


「発端は彼の大切にしていた携帯ゲーム機が彼の親によって売り飛ばされたことです。それから彼は変わってしまいました、彼は自らの努力で親を認めさせようとしてしまったのです。絶対に認めることなんてないのに」

 彼は必死にそんな変わってしまったことを抑えていつも通りに接しようとしていた。ただ美優には手に取るように違いが分かってしまっていたのだ。

 しかしどれほどいつも通りに接しようが彼は皆の他愛もない話についていけなかったのだ。

 

「変わってしまった彼を見て次第に周りは彼から距離を取り始めました。いいや周りも周りで彼にどう接していいか分からなかったのです。ただ彼は小学では最後の最後まで周りから見放されることはありませんでした」

 

「それで彼をそう君の言う化け物に変えてしまった者とは」


「彼自身です。彼は自分から皆が離れていっている。自分は必要のない存在だったんだ、自分は変えの利く存在なんだよとそんな風に思い始めてしまったことです。そして彼は最後に唯一残ったと思い込んでいる親というモノに縋ったのです」

 彼が周りにもう少し自分の事を話すことが出来る人だったら。

 彼が素直に周りに助けを求めることが出来たのなら……。


 ただ、彼女も紫水も彼のSOSには気が付いていた、気が付いていただけで何もすることが出来なかった。狂気を纏い化け物染みていた彼を本物の化け物に変えてしまったのには自分も責任はあると思うほんの些細な気持ちだが彼女には一応の責任感は感じていた。


「それが今の彼なのかね? その讃えられたい、称賛されたいの塊が彼だと?」

 村木大将が身を乗り出しながら食い気味に質問を投げかけた。


「ここまでが化け物だった彼の話です。ここから彼は一気に壊れてしまいます。それは正しく徹底的に破壊され朧げに霞んでしまった残骸みたくなってしまいます。ただそれを行ったのは彼自身、滅びを取捨選択したのも彼自身」


 少女は軽く息を吸った。

 そして四大派閥の、清和の頂をその双眸に収めた。


「彼は自らの友を自ずから捨ててしまいました。大和はその当時イジメの対象であった親友をイジメの波にのまれて、周りの空気に流されて友を手に掛けたのです。恐怖に突き動かされてかもしれません、恐ろしさのあまりやった事かもしれません」

 

 それでもただ私は彼を見下す。

 貴方にとって大切だった人間を、貴方自身の最後の理解者であった人間をそんな一時の情に流されて、そんな自分の身可愛さに売り飛ばしてしまったのだから。

 

 だから彼女は彼を捨てた完全にだ。

 だからこそ美優はひび割れて崩れ落ちてしまいそうな大和を言葉という名の拳で粉砕したのだ。



「彼自身本当に大切であったものは彼の手から失われてしまいました。そうして彼は気が付くのです、自分が本当に大切であったものは何か。そうして彼は知るのです、彼は彼自身が求めていた特別を手にしていたと、少なくとも2人は彼の事を特別だと想っていてくれていたと」


 化け物であった彼を壊したのは私自身だ、今はそう美優自身も思っている。

 ただし当時はそんなことは全くもって思ってもいなかったのだ。

 変わり果てた、もはや別人の大和を見て彼女は初めてそれを自覚した。


「そうして大和は今までの全てを否定しました。彼大和の求めていたホンモノの皆々が分かり合える理解しあえる、そう彼にとっては特別というそんな名の関係などないということを知ったからです。あれだけ求めていたものも彼の中でも価値観が反転し、彼は人と関わるのこと自体を断ち切り遠ざけていってしまいます」


 彼女は静かに唇を固く結んだ。

 周りもそうして理解した。

 話はこれで終わりなのだと、草薙大和という過去は。人と付き合っていた、他人が知れる限界点が此処までなのだと。

 

「私の話はここで終わりです。残念ながら私は彼が人と関係を断ったてからの2年は全くもって知り得ていません。こんな彼がいつ楠木ハリマという友を持つことになったのかも知り得ることが出来ていません。勿論あの日もそうです。あの鬼の襲来の日に何があったのかも」


 皆々が草薙大和という未知の存在を、彼の尻尾を掴む話を聞いて各々の感情が、各々の思う所があった。

 ただ一人からは思わぬ疑問というモノが浮かび上がっていた。


「有難う、金剛さん。君の話は十分に彼を判断するうえで参考になったよ」

 村木大将が彼女の眼を見覗きこむようにしてそう答えた。


「いいえ、私の話は肝心なところが抜け落ちております、本当に大切ないまに繋がる過去といまの狭間の部分を。ただ私には彼に何があったかくらいはおおよその予想・予測は出来ます。ただしそこのところはあくまで未知の事なので割愛させて頂き……。」


「その予想・予測というモノは今の草薙少佐にも通用するか? 今彼が何を選び何も基準に行動を起こしているか知り得ることは出来るのか?」

 彼女の話を遮ってまでも清和の剣は自分の中の瞬間的に生まれた疑問に手を付けた。


 金剛美優は静かにこくりと頷いた。


「彼女にしょう、彼女が適任だ。草薙大和の監視には彼女がいい」

 剣は力を込めて周囲に言い放った。


「しかし戦力的に考えて……」

 部屋が静まり返る中、額田中将が一応の反論意見を言ってみた。


「その監視者とは、草薙大和を監視する役目とは一体?」


「草薙少佐と同じ隊になって彼の動きを細かく私達に伝える役目だ」


 どうして英雄と呼ばれる草薙大和にそんな監視を付ける必要があるのかと美優は疑問に思ったがそれ以上の強い疑問に掻き消されていた。


「もしやその監視者、一色祐樹にやらせようとしていたんじゃないでしょうね」

 彼女は初めて声を荒らげた。今まで冷静に話をしようと務めて来た彼女が無礼にも怒鳴ってしまっていたのだ。


「うむそうだが、それがどうかしたのか。彼らは同級生なのであろう。いろいろと彼にも仕事が立て込んでいるようなので彼に聴取はまだ出来ておらんが」

 村木大将の言葉に皆が頷いていた。

 

「英雄は、一色祐樹は死にますよ」


「んん?」


「だからそんな事をしたのならば次の戦いで必ず一色祐樹は英雄は敵に討たれて死んでしまいますよ」


「どうゆう事なのだ」

 土岐大将は頭を押さえながら質問した。

 

「彼の親友を虐めていたのが一色で、彼に親友を殴れと命じたのも一色です」

 彼女は覚悟を決めた。


 もしかしたら自分も一色と同様に彼に恨まれているかもしれない。

 もしかしたら自分も次の戦いで戦死という名の彼に殺されるかもしれない。


 でも失うのなら自分の命の方が数段軽い。

 

「私は志願させて頂きます。熱望させて頂きます。どうか私を草薙大和の同じ隊の監視者に」

 金剛美優は力強く、武人の如き目をして何の物怖じもせずに言い放った。


 あらすじ通りだ……。

 頭を下げながら彼女はニヤリと笑ったのであった。


-----------------------


「無事、草薙大和との接触の糸口を掴むことが出来ました」

 陰に塗れた男は何の表情の変化もなくそんな報告を受け取った。


「そうか、我が兄者に私が報告しておこう」

 そう一言だけ影は呟いた。

「ええそうね。草薙大和がapocalypseに入ってくれるよう裏から手を回してみるわ」

 そんなことできる訳もないのに。

 確かに英雄二人が所属する組織になればapocalypseがそれなりの権限は得るだろう。


 ただ暢気すぎるのだ。

 彼女が一応主と仰いでいる一色もその義弟も。

 主は主で紫水に罪悪感を覚えているだけで大和自身にはそんな感情を抱いている訳では無い。

 弟に関してはとにかく無知だ。


 そんな事出来る筈がないのに、出来る分けもないのに分かっていても一応この組織に所属している彼女はうんと言わなければならない。


 草薙大和とその部隊にapocalypseに同調して貰うようにすると。


 報告を終えると彼女はすぐさまそんな居たくもない場所を立ち去った。

 居たくなくとも、二度と会わない方が幸せだと思っている彼とも接触しなければならない。


 望んだ戦場に、戦場を選ぶためにはこうするのが一番早いのだ。


 自らの願いを叶える為にはこうしなければならいのだ。


 ・・・・・・・・・・・・・

 荒く木霊する自らの息。

 逃げる逃げる逃げる。

 押し倒し押し倒されて逃げる人。

 彼女の避難した場所は運悪くあの訳の分からない化け物に襲撃されたのだ。

 逃げる、逃げる、逃げる。

 混乱の中、混乱する頭の中生きたいという衝動だけが体を、彼女を突き動かしていた。


 それはもう彼女の統制の下で動くことは無かった。

 一日中逃げ回っていたこともあり体は限界を超えていた、それでも自らの体に鞭打って逃げ延びねばならない。


 ただ思い通りに動いてくれない足は遂に縺れ動きが止まってしまった。


 薄々分かってしまった、もう自分は逃げられないと。

 迫り来る未知の恐怖、忍び寄る死への誘い。


 血に濡れた刀は……。

 血を浴びた刀は……。


 自分を殺すであろう化け物はニタニタと笑って少しづつ距離を縮めてきている。

 這いずるように必死に、少しでも長く生きようと彼女はもがいてみせた。


 ただしそれは何の意味のなかった。


 遂には彼女に向かって狂気が振り下ろされんと。

「たすけて……。シスイ。タスケ……」

 無意識に彼女は声を上げていた。無意識にも自分の想いの男に縋っていた。意味もなく、意味もない事は分かっているのに。


「宍戸、やれ」

 この一言により運命の歯車が回り始めてしまった。

 この一言がなければ……。


 刀を構えた化け者の後方でローブのようなものに身を包んだモノの一声で一角の化け物が動いた。

 彼女は目を閉じた、刀が迫っていたので。そして自らの死を覚悟した。


 ただローブの男の指示に従った化け物は容易く回りを切り刻んでいった。人鬼問わず。

 目を開けた時には目の前で一匹の化け物が血の池を作っていた。


 それでもこの化け物は止まることは無い。


 彼女と同様に逃げ遅れていた幼げな少女にその凶刃は迫った。

 少女を庇うようにして刀を受けた父親らしき人は絶命。そうして母親らしき人は言葉にならない甲高い叫び声をあげた。


「五月蝿いわ」

 化け物から放たれた棒手裏剣は母親らしき女の喉元に突き立った。

 いとも簡単に人は死んでしまう……。

「ヒッ」

 此処までに口を押さえていたのに声が掌のつつみを決壊させた。

 涙に塗れた彼女と乾ききった眼の化け物とがお互いを見合ってしまった。


 鬼は刃を彼女の首に突き付けた。


 そうしていったん首から刃を外し、刀を構えた。


 次こそ本当に死んだ。

 彼女の中で色々な思い出が暴れ出し生きることを望ませようとしていた。

 刀が……。


「止めよ、人に手を出すなと言っただろううが。お前には責任を取ってもらおう、責任を取ってお前には3回分の死を味わってもらおう」

 ローブの男が一角の鬼に触れた瞬間に鬼は生気を失った眼をして機械のように動かなくなった。


 ああ、随分と聞き覚え御ある声だ。こんな所まで彼に縋ってしまうなんて……。

 心の中でそんな言葉が生まれた。


 男は化け物を少し隣に除け彼女の眼前に立った。

 闇に、陰に包まれてた男から突如としてローブが消え去った。


「逃げろ、ここから逃げろ美優」

 そこにいたのは……。


「えっ……」

 彼女は驚きのあまり立ち上がることすら出来ぬ状態であった。

 彼なのか……。

 ただ額からはあの化け物たちと同じく鋭く尖った角が突き出ていた。


「構うないいから逃げろ‼」

 そんな彼の言葉を聞いた彼女は瞬間的に立ち上がって走り出してしまっていた。

 頭がごちゃごちゃで全くもって考えることが出来ないでいた、それ故に最後の彼らしき化け物の指示に従ってしまっていた。


「お前も去れ」

 化け物一言と共に自分と同じ年くらいの一人の少年も涙と怒りに眼を燃やしながら逃げ出していた。


「頼んだぞ美優。大和の事を頼んだぞ」

 後ろからそんな声が聞こえたような気がした。

 

 apocalypseの本拠を背に彼女の頭にはその時の光景が浮かび上がっていた。

 明日大和と接触する。

 ただ貴方の頼みを聞いてそうする訳では無い。

 ただ私は英雄たちを利用するの、貴方に出会う為に。

 貴方の噂を聞いたらすぐに戦場に出れるようにする為に。


 ――私はもう絶対に貴方を一人になんてさせない。次こそは私は貴方について行く。もう一人になんてさせない、待ってて……。



 


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