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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第三章】新世界より From the New World
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【三章第十六話】 La Marseillaise

 敵は口から血を吹き出した。

 心臓を貫かれて尚未だ絶命を果たしていない。


 体は段々と崩れていき、流れ出ていた血もただの塵と化して世界と同化していっている。

 宍戸の力となっていた闇は宍戸の先から段々の侵食して宍戸自体を世界と同化させている。

闇と共に宍戸の体からは次々と光の玉が空へと飛び立っている。


「某はもう駄目だ。ああ、これは戦なのに……。武人としての性根が出てしまった。これでは大殿にも鬼神様にも顔向けできんな」

 掠れそうな声で宍戸は呟いた。


真っ黒な闇が少しばかり薄くなってきた明るい空を大将は仰ぎ見ていた。

「わっぱ、お主は強い。だが天下無双には程遠い。某の知っている、某の中の天下無双はただの得物で鬼を狩り倒したと聞いている」

 男の眼から枯れて果ててしまったはずの涙が零れ落ちた。


「彼奴は天下無双は一人で七十人を斬って殺した。儂にもお主にもそんなことは出来んだろう」

 静かに宍戸は目を閉じた。


「お主がどれだけ鍛錬を積んだたところで、某がどれだけ力を手に入れたところで寸分たりともあやつに勝てる気がしないわ、だけれども某はあやつの藤原の……。宮本の見ていた景色を見て見たかった」

 目を閉じながらもゆっくりと濃い青色の空に向かって手を突き出した。


「俺も新免のように吉岡一門七十人を相手に自分の業を試してみたかった。私も二天のように後世に語り継がれるような決闘をしてみたかった。某も玄信のように天下無双の名を手に入れ、大名から百姓までもが讃え語り草とするような人物となってみたかった」

 男は重い重い目を薄っすらと開いた。


「何と美しき明けの空よ、まるで神の光……。ああ、俺も……。絵くらい描ければ……」

 自身の光に照らされて、自身の消滅の闇に彩られて今男は死に逝かんとしている。

 いつの間にか硝煙の匂いを含んでいる白煙も土煙も綺麗さっぱり晴れ、中途半端な夜空がひょっこりと顔を出していた。


 ただし世界は黄色に光り輝いていた。


「おい勝手に死のうとしてるんじゃねぇ。俺はお前に聞きたい事がある」

 ついぞ此奴の最期に見入ってしまっていた。


「おい、お前の仲間に敵に記憶を他者に移し替えられる奴がいるのか? いいや、そんなことはいい。お前の殺した奴に生き返った奴がいるか?」

 男は何をいまさらと言わんばかりに薄ら笑いを浮かべた。

 掲げていた最後の腕はバラバラに崩れ落ちてしまったことにより男の四肢は完全に世に解けてしまった。


「お主名を何と申す」

 男は震え交じりの声で呟いた。



「草薙大和」



「く・さ・な・ぎ・や・ま・と・か……」

 悲しげな眼で、達観するように、そして出来の悪い息子でも見るかのような目をした。



「ああ、とことん報われないのだなお前は……。もうお前らは分かり合いことなど出来ない。お前があの日を、お前の昔話によく出て来た少年を取り戻すことは出来ない」

 意味が分からない。


「ふざけ……」

 分かった……。もう宍戸に俺の声なんて聴こえちゃいない。朧げな、消えかけているこいつは自分の世界に自分しかいない状態になっているのだ。


 一体何だったんだあれは。


 いったい誰の記憶なんだ?


 一体誰の救済宣言なんだ? あの要らん言葉は。


 そいつにあったら言ってやりたい、そんなもんは要らないと。勝手に他人でも救って優越感に浸ってなって。


 お前の何か知らんそれは俺にとって救いになどならん。

 誰かは知らんが。


「最早絡み乱れるのを待つだけの、交わらぬ糸。正しくあろうとして殺されてしまった化け物と、間違いであろうとして生きながらえている人間。ああ、お前達は可哀相だ」


 男の眼から篝火が消えた。

 闇はもはや体全体を飲み込もうとしている。

 鬼は網膜はもう闇に飲み込まれているだろう。


「草薙大和よ。お主に一つ予言を残しておこう。これは忠告などではない、もうそうなってしまったお主にはその因果を討ち破る術など残ってはおらん」

 じわりじわりと男は天へと溶けていっている。


「近い将来お前は確実に己の一番戦いたくない、己の力の源となっている、己を変えた、己が守ると決めた大事な何かが敵となりお前の眼の前に現れるであろう。そして少なからずともお主はそのモノと刃を交える」

 大将の破片が風に乗り宙を舞う。


 男はもうほんの一塊となっていた。


「それは勝つにしても負けるにしてもお前は絶対にお前の望む死に方などは、お前の望む生き方などは出来ない。生きるにしろ、死ぬにしろお前はその果てまで、命尽き果てる時まで後悔だけを抱え込んでその先を進む事になる」

 男の死骸に向かって足を振り下ろした。


 男の体にはひびが入り内から闇が漏れ出して完全に消滅した。

 

 地には虚しく刺さった二ふりの剣が突き立っていた。



 ――その先は俺達と一緒だ。俺達になるにしろならないにしろまるで俺達だ。


 

 風の囁きなのか、男の最後の呻きなのかそんな言葉が耳元に嫌に、粘着するようにへばり付いた。

 大きく息を吸った。


「敵将、敵大将、宍戸を……。敵の御大将を清和軍中尉草薙大和が討ち取ったぞ」

 自身の声を一帯に響き渡らせた。


 これで、これで敵は瓦解する。敵の頭は全て潰した。もう体だけでは何も出来まい。




 これで終わりだ。



 これでぇ?

 


 ?


 背後に感じる謎の違和感。


「やらせない」

「させるか」


 なにか湿っぽい感覚が……。


 後ろを振り返って見ると目と鼻の先で鬼が刀を振りかぶっり立っていた。

 鬼は血を噴き上げ、そして青ざめた顔をして地に崩れ落ちた。


「ほら気を抜かない大和君」

 鬼の向こう側から鬼から光を抜いた。


「ハリマ状況は?」

 そうハリマに向かって問いかけた。


「それが……。あまりよろしくありません」


「どうして敵は引かんのだ。どうして敵は乱れんのだ」

 明るく染め上げられた世界で、光に染め上げられた世界で、確かに周囲に鬼たちは打ち倒され死骸は山を作り、シャボン玉のような光は飛んでは消えを繰り返していた。


 ただ敵の餓鬼たちは仲間の死体を踏み越えてまでもじりじりと距離を詰めてきている。


 仲間の死体を踏み付けてまでも斬り込んできている。

 さっきよりも余計に士気が上がっているようにも感じ取れた。


「敵が思った以上に馬鹿だったんです。あの餓鬼たちは本陣を死守しろと言う命令以外は頭に無いのです。それ故に大将が討たれても、命令主が居なくなっても、最期に与えられた命令を遵守するために今でなお戦っているのです」

 敵は引くと思っていた、思っていたから自分たちは敵の懐の中で戦ったのだ。


 しかし引かないのならば俺たちは敵の中核で戦い過ぎていた。

 正気を取り戻した、命令を守ると言う一種の狂気じみた敵の前ではこのままじりじりと押しつぶされ滅される運命しか見えてこない。


 幸いにもまだ敵は距離を詰めてきているだけで戦闘には至っていない。


「莉乃、お前に命令だ」

 何故だかこの状況で勝手に莉乃の名を口にしていた。


「これよりお前たちはあの守りが薄い所を一点突破し撤退しろ」

 囲みの隙を探し出してそこを指さして莉乃に命を与える。


「やっ、大和君はどうするんですか?」

 恐ろしい顔をした莉乃は、低い声で問いかけて来た。


「俺は殿だ。隊長たるもの常時進むときは最前列を行き、帰るときは最後尾でなければならない」


「出来ません……。大和君を置いていくことなんて」


「俺はただのちょっと階級の高い一兵卒だ。俺は良くても隊長だ。だがお前は何だ? お前は俺と違うであろう? お前はたとえここを捨ててでも帰らなければならないであろう?」

 莉乃を冷徹に、そして恐ろし気に突き放した。


「お前はここで見捨てる義務がある、だからお前は帰投しろ。このまま隊を率いて帰還しろ。なぁに俺も此処で死ぬ気なんてさらさない」

 莉乃の返事も聞かずに間髪入れずに。


「総員、よく聞け」

 兵士皆々に聞こえるように俺は大声を上げた。


「敵は私が倒した。これでミッションコンプリートだ、それ故これより我々は帰投する。殿は私が勤める。これより明智梨奈准尉の命令に従い撤退するように」

 撤退の道を作る為に影を飛ばし鬼を殺した。


 そして俺は莉乃と逆の方向を向いた。


「行け、お前らが早く行かんと俺が引くことが出来ない」


「わっ……。分かりました」

 莉乃と一隊が撤退の為に地を掛けた。


「さぁ、我が家臣よ。最期に鬼に一泡吹かせてやるか」


「いいえ、また鬼に一泡吹かせてやるかですよ」


「ああ、違いないな」


「そうですね、勝者だけが味わえる美酒の御代わりでもさせて頂きますか」

 二人の男が横に並んだ。


「お前らも引け」

 煌く、人の手によって煌かせている世界に向かってそう言い放った。


「隊長一人残して退ける訳ありませんよ。我が同志」

 京極が俺の肩を叩いた。


「京極一人だけでは頼りないので私も加わります。三人の精鋭より、四人の精鋭の方が成功率が上がりそうですから」

 畠山が剣を抜き放ち眼前に立った。


「ならば私たちの助太刀も認めて下さいますよね、隊長」

 後方からぞろぞろと伊勢に感化され、伊勢に連れられたかのように集団が現れた。



 俺を合わせて数にしてざっと三十人強、大して敵は……。


 未だに大勢なり。


「分かった。良いかお前ら? 決して命令があるまでは此方から仕掛けるな、極力敵と戦うな、最低限の場合のみ剣を抜け」

 鬼の集団がじわじわと距離を詰めてくる。


 普通ならここで一気に飛びかかるだろう。


「俺の命令があるまで動くな」

 死体を踏み越え、血の海を渡り、死体の山を踏破し鬼たちは迫る。


 L'étendard sanglant est levé,  (血まみれの旗が 掲げられた)

 L'étendard sanglant est levé,  (血まみれの旗が 掲げられた)



 様々な戦旗を掲げ鬼たちは迫り来る。


「まだだ」

 Entendez-vous dans les campagnes   (聞こえるか 戦場の)

 Mugir ces féroces soldats?   (残忍な敵兵の咆哮を?)




 鬨の声とはもう呼べない獣染みた咆哮を上げ鬼たちは迫り来る。

「まだだ」

 Tremblez, tyrans et vous perfides   (戦慄せよ 暴君ども そして国賊どもよ)

 L'opprobre de tous les partis,   (あらゆる徒党の名折れよ)


 Tremblez! vos projets parricides   (戦慄せよ! 貴様らの親殺しの企ては)

 Vont enfin recevoir leurs prix!   (ついにその報いを受けるのだ!)

 Vont enfin recevoir leurs prix!   (ついにその報いを受けるのだ!)


 Tout est soldat pour vous combattre,   (すべての者が貴様らと戦う兵士)


 S'ils tombent, nos jeunes héros,   (たとえ我らの若き英雄が倒れようとも)

 

「まぁだだ」


 La terre en produit de nouveaux,   (大地が再び英雄を生み出す)


 Contre vous tout prêts à se battre!   (貴様らとの戦いの準備は 整っているぞ!)

 

 

 世界にまた一発の英知の塊が放たれた。

 それは138タワーをも照らし周囲をまばゆいばかりの光で包んだ。

「いまだ、征くぞ」

 集団は鬼の塊へと激突した。


 刀と刀が触れ合う。

 蹴り倒し、蹴り倒され。

 斬り倒し、斬り倒される、そんな光景が脳裏に過った。


 口が釣上る。押さえられないほどに狂気も何も存在しない、あの時の、そしていつもの自然な笑みが零れてしまう。


 人類の武器が鬼たちの刀と交わろうとしたとき……。


「総員突撃‼」

 大地を揺るがす一人男の声が響いた。


「征くぞお前ら、俺達の任務は英雄を生きたままの英雄にすることだ。英雄が英霊になったら人類の恥だと思え」

 聞きなれた声と共に多くの学生たちが側面からの攻撃を加えた。


 急な攻撃だ。想定外の、俺達でさえを知らされていない攻撃だ。


 俺達が敵だと思っていた鬼は随分とまぁ狼狽している。

 二方向から鬼は攻撃を喰らった。


「無事か英雄?」

 槍を紅く染め敵を薙ぎ払った守山は俺に手を差し伸べた。


「お前の家族の仇の命だ」

 地面に転がっていた鎖鎌を、かれらが命と見立てた武器を守山に渡した。


「そうか、お前は討ち取ったのか……。それの家族の仇を取ってくれたのか大和」

 守山の目が潤んだ。


「これは後だ。それより今が好機だ、此奴らは殲滅しない限りは幾たびも向かってくる、だから今のうちに滅ぼさねば」

 刀の手の内を強く締めた。


「ああ、共に戦い、鬼を討ち破ろうぞ」

 そうして鎖鎌を容易く鎌に分銅を巻き付けて持ち運びやすくし、ベルトから下げ槍を構えた守山と共に……。


「草薙中尉今すぐ私の下に帰投せよ、繰り返す草薙中尉は今すぐ私も元に帰投せよ」

 戦場の隅々にまで通る声が響いた。


 声の主は未だに最前線で剣を振るい活躍している老人。

 清和の剣と讃えられている御家の当主、瀬戸暮人その方である。


「だとさ。共闘はお預けだな」


「瀬戸様の所まで護衛いたします」


「ああ、よろしく頼むよ」

 俺と守山は敵に向かって行く仲間を逆行して瀬戸の本営まで向かった。


「おっ、来た来た」

 キングジョージが俺の姿を見るなり眼の色を変えた。


「撃て、矢が尽きるまでどんどん打ちまくれ」

 インカムに向かって自分の隊に命令でもしているのだろうか?


 かなり熱が入った様子だった。

 遥か彼方から一機のヘリが現れた。


 そうしてヘリの扉は開かれ……。

 ヘリから幾本物もの矢が放たれた。


「英雄草薙大和よくやった。ただしお前らは一つ大きなミスを犯した、もし本当に敵を逃がしたいというならば一人出来の悪そうな臆病な頭代行を残さなければならない。そうでないとこうなってしまう」

 経験の差を見せつけるかのように剣は豪快にハッハッハを大声で笑った。


「しかしお主らは命令を完全に遂行した。完全にだ、よくやった。瀬戸家は草薙家に、そして織田家に敬意を称そう」

 瀬戸の周囲の者はこの初老の白髪交じりの男に刀を渡した。


「中尉お主はもうそこで休んでいろ。此処から先は我々清和の管轄だ。瀬戸家の戦とくとその眼に焼き付けるがよい」

 暮人中将は鞘を光に消し去った。


 そうして高々に剣を掲げると……。


「征くぞ諸君ら。これが最後の戦ぞ」


「応」

 瀬戸一人が戦場に出たことによつて部隊は一気に燃え上がった。


「なんじゃぁ、土岐が捨てた部隊でも十分に使えるではないか」

 瀬戸は、この剣は、自らの部隊を剣のように操って敵を駆逐して見せた。

Aux armes, citoyens,   (武器を取れ 市民らよ)


Formez vos bataillons,   (隊列を組め)


Marchons, marchons!   (進もう 進もう!)


Qu'un sang impur   (汚れた血が)


Abreuve nos sillons!   (我らの畑の畝を満たすまで!)


 人々の鬼への狂気は遂に花を咲かせた。

 血という血を肥料にして大きな赤い花が開いた。


 138タワーが本物の日の光に照らされる頃には一宮の殆どから鬼は消え去っていた。


 禍々しく聳え立っていたこのツインアーチのタワーも人類の手に取り返されたことによつて元の光沢を取り戻し、朝日によつて照らされ輝いた。


 戦場には画面を踏まれひびが入ったスマホと、黒い烏の羽がぽつり取り残されたいた

作中の歌詞はフランス国家La Marseillaiseラ・マルセイエーズの一部を使用しています

何か問題があればすぐに取り消させて頂きます

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