【三章第十五話】 反逆のマーチ
纏わり付くように攻め立ててくる分銅。
ただし分銅自体は積極的に体を狙ってくている訳では無いようだ。
掠める様にあわよくば当たれば儲けもの、そんな操りようだ。
今再び鎖付きの分銅が宙に放たれ蛇のようにうねった。
それを躱して……。
そのまま、刀の間合いのまで宍戸に接近する。
「まだだ」
眼が宍戸の腕が鎖を引き戻したのを捉え、耳が軌道を無理に変えられて擦れ合う鎖の音を感じ取った。
刀を振るうのを中断してそのまま地に転がった。
体勢を整えながら、足への一撃。
鬼は構わずに鎌で斬撃を防いだ。
数秒後、コントロールを失った分銅が男の体を撃った。
しかし男からは血も涙も反応すらも見せない。それどころか何事もなかったかのように再び鎖を掴み上げ分銅を加速させて此方に放った。
鎌との対峙を止めて後方にジャンプをして分銅による一撃を躱す。
攻撃しようにもすぐさま分銅が敵の手元に戻ってくるために中々その隙というものが生まれない。
刀を仕掛けようとも鎌で容易く防がれて分銅を投げられるまでの十分な間合いを取られてしまう。
「ここでお主は笑うのか。まるであの男の様だ。あと闘争を手段としてしか考えていないあの男の様だな」
「お前も十分嬉しそうに笑っているではないか」
男は手で口を拭い始めて自身の笑みに気が付いたようだ。
「ああ、同じだな。同じ狂人だな」
「いや違う。お前に人を名乗る資格などない。勝利に固執し、敗北を認めきれずに人外となったお前に狂人を名乗ることなど許されない。お前はただのイカレだ」
まるで矢のような分銅の一撃が放たれた。
「それでもだ。それでもなおだ。某は殺し合いの螺旋から降りることなど出来なかった。いや、あの日某の心に鬼を入れちまった時点で俺の心積もりは決めていた」
鬼だからこそできる新たなる鎖鎌の操術。分銅が自らに当たる事前提で鎖を引き、自らの体に当てることによって勢いを止め、再装填までの時間を極力短くしているのだ。
そして今回も、たとえこの一撃を躱したところで……。
「某は死ぬまで、死んでなお、某という存在が膨大な殺し合いの螺旋の中に埋もれるまで戦い抜くつもりだったのだ」
分銅が体に接触して弾けた。
その勢いを利用し、宙で数度振り回しただけでそのまま此方に向かって鉄の塊を投擲した。
「この宍戸は武に生き、武に死に、武に生かされ、ただ戦い続けるそれのみぞ」
回避。
「だが奴もお前も違う。武を闘争をただの道筋としてしか捉えていない。某が必死で食らいついて来た生き死にの螺旋などさぞかしどうでもよさそうに、生き死にの恐怖なんてとっくに捨て去って笑っているのだ、いつも、いつも。楽しそうに、最期のその時まで」
中段からの切り返し。
「某はお前らを憎む。某はあの男を決して許すことは無い。某はそれ故鬼となったのだ。奴の苦しみを見抜けていた故に」
鎌と刀の一対一の決戦。
リーチの差であろう、僅からがらに切先は敵の体を捉えた。
だが……。
「柿色の忍び装束の下には差し詰め楔帷子でも着ているのか? この感触」
戦場の辻風はうんともすんとも答えずに鎌による尖った連続攻撃を繰り出してきた。
「大っ嫌いだ。生きる為の武術を死ぬためだけに学ぶ奴など」
此処は戦場だがどうやら助太刀・加勢などは全くないようだ。
彼奴らが上手くやってくれているということだ、有り難い事に。
ならばあとはこの辻風を殺すのみだな。
鎖帷子を討ち破る算段ならもう出来ている。
「大っ嫌いだ。名のある剣豪に討ち取られたその瞬間から初めて自分の武に価値が生まれるなどと豪語する剣鬼など」
地面すれすれの足目掛けた分銅での一撃。
これなら躱せ……。
「大っ嫌いだ。始めからどのように死のうかとばかり考えているあの剣豪と同じ眼を持った奴が」
分銅が地に付き飛び上がった。
それは執念の塊だ。逃げることなど許されない、逃げることなど敵わないそんな思いが分銅を突き動かしていた。
「だいっきらいだ。曇りも不安も淀みもなく、終始笑っていられるお前らの顔が、笑って幸せそうに死ねるお前らのその面がだいっきらいだ、ほんとうに」
山城を闇に消し、【約束された勝利の剣】で……。
鎖を思いっきりに叩いた。
鎖はその力に反応して刀を締めあげんと、これ以上の動きをさせんと刀身に頑丈に巻き付いた。
「うらぁぁぁぁぁぁ」
声を上げ全身の力という力を結集して刀を巻き取られるのを防いだ。
だが刀は段々とこの手から、この鳥かごから外に羽ばたかんとしている。
とっ、とどけぇぇぇっ……。
全身の感覚が極端に鈍る、そして雷鳴……。
刀は地面に突き立った、深く、重く。
「これが俺の二天一流よ」
引っ張ったところで刀は抜けやしない、それにお前も気が付いていたからこそ刀が突き立つ前に攻勢に出ていたのだろう?
「大っ嫌いだよ……。だいっきらいだ」
鎖を利用し宍戸は宵に飛び立っていた。
「ああそうだな。分るよ、多分その男もそうだったんじゃないのか?」
暗黒の淵に存在する刀を握りしめ、闇を纏った刀はそのまま大将の体目掛けて突き進んだ。
敵も体を捻って鎌による迎撃態勢を万全に整えていた。
『某(俺)は俺(某)が大っ嫌いだ』
明るき闇夜に刃は入り乱れた。文字通り入り乱れたのだ。
闇は空に溶けてしまったのだ。影は世界と、空と同化した。
だから敵も宙を斬った。そして刃は空を斬った。
刹那、本命の一撃を吸い込むように受けてしまったのだ。ノーガードで、そして望みはせずとも御大将は自ら重力に手を取られ貫かれに行ってしまったのだ。
「まだ。だぁ。まだ某は終われない。この様な500年前と同じ死に方など……。で、で、ででぎるがぁ」
巨石でも持ち上げているかのよう重厚で濃密な重みが手の中に走った。
やばい。
それを理解する前に敵の体から刃を抜いていた。
「天下無双。某はそれを欲す。天下無双、お前の見ていた景色を某も見てみたい。ミヤモト、ミヤモト。ツギコソハ、コタビコソハカクジツニ」
男の全てを闇が取り込んだ。
逃れられぬ闇が、抗えぬ影が、男自信を飲み込んだ。
ただ一角だけが禍々しく存在感を放っていた。
「コロス」
源頼光によって討たれた土蜘蛛、藤原秀郷によって殺された大百足、源頼政によって退治された鵺、源為朝によって滅された大蛇。
古来より人の形を持たず獣の姿を借り現れる鬼など幾らでもいた。
時として人外の鬼は姿形までもが人外に成り果ててしまう。
目の前の宍戸の大将だってもはやそれだ。
姿形がもう完全に人間ではなかった。彼は人間である事も捨て、人間であろうとする心も捨ててしまったのだ。
天下無双というただの言葉を手に入れる為に。
黒い大きな翼にカラスと人を足して二で割ったような姿。
「宮本武蔵を襲った妖怪の正体はお前だったのか」
剣を正眼の位置で構えた。
「さぁて、草薙大和の信州の大烏退治だ」
烏天狗は翼を広げ宙に飛び立った。
地には彼の愛用していたただの暗器が虚しく散らばっていた。
そして……。
流星の如き一撃。
一帯を飲み込むような大きな翼による羽ばたき。
地に足がつく前に敵は空中で一回転を果たした。
剣の影による追撃をかわして……。
姿勢を低く保っての地面擦れ擦れの滑空からの体当たり。
それでも例え人外の姿になった程度で強度は今までと変わりないはずだ。
山城を翼目掛けて振るい落とした。
しかし……。
刀と刀の反発。
いつの間にかこの化け物は刀を拾っていたのだ。
グッ……。
人の力とでは確実に出せない、剛力と勢いからなる一撃。
体は簡単に後方に吹き飛ばされていた。
「ミヤモト、ミヤモト」
続けざまに振るってくる刀を躱した。
「図体の割には刀は随分と小さくてお粗末だなぁ」
【約束された勝利の剣】の柄に触ってこの地からそれを消した。
「テンガムソウ、てんか、テンカ」
地に下りた烏の一撃……。
体中を擦り削るように強く繊細な一撃を加えてくる。
強い、おかしい。
だがそんな状況を楽しんだいる自分がいる。
連撃、防御、カウンター、回避。
シンプルかつ原始的な力と力でのものの言い合い。
それでも、それでも。こいつは先程の方が何倍も強かった。
敵の攻撃の勢いを利用して後方に後退した。
「さぁこれで終わらせよう」
鞘を取り出し、山城を鞘に納めた。
挑発だ、奴が根っからの武人ならばきっと乗って来るだろう。未だに武というモノを根底に行動しているというなら。
兵法ではなく、武で天下無双を目指したいというのならだが。
柄のギリギリで手が止まる。
抜刀術の構えだ。
右足に全体重を乗せて敵の動きを待った。
敵は翼を広げ刀を構えた。
そして地を蹴り……。
感覚が直感が敵が間合いに入り込んだと告げた瞬間に……。
分る、今からここを斬ると……。光の筋のようなものが剣の軌道を示している。
―――思わせるのさ、次に敵はこれをしてくるだろうと敵に思い込ませる。それが対戦ゲームで勝てるようにする一番の方法だ。出来るか? 紫水(大和)
ああ多分、出来るさ大和(紫水)
かつての誰かさんの記憶が心の中で蘇る。ああ、何時だったっけな? どうしてこんな事言っていたんだっけ俺は?
足の力が緩む。
あと少しだ。あと少しでお前のいた街を取り返してやれる。
刃が体に迫る。
あと少しだ。あと少しであの忌まわしき街が戻ってくる。
白刃は眼前に……。
「ふっふっふ」
寸でのところで、あと少しでも遅かったら、あと少しでも刃が体に寄っていたなら俺は斬られていた。
敵の一撃と自分の抜刀の速度との戦いを誘っておいてそれを躱した。
そして鞘を闇に飛ばすことによって裸となった刀が烏天狗の指を断ち切った。
極め付けに翼に向かって影を飛ばす。
片翼が落ちると共に敵の姿も段々と崩れ朧げなものへと変わっていっている。
膝をついたところに心臓に向かって……。
「グァァッ」
渾身の力を込めて刀ごと地に敵を押し倒した。
地に倒れきったところでもう一本の刀を体に突刺した。
「ふう、俺の勝ちだ」
宍戸は血を吹き出しながら静かに自分の敗北を首肯した。
「そうか……。そうか……。俺は負けたのか……」
満足げに宍戸はそう呟いているように感じた。
「そうだ、お前の負けだ。あとは俺の手柄となるのみ」




