【三章第十一話】 僕らの自分戦争
「いやだ、拒否する」
うっぁぁ、これは絶対に面倒な奴だ。
「えっ……。おい大和、ともに武器を交え合った俺とお前の仲だろ?」
「は? お前と仲良くした試しなんて一度もねーよ。急に友達ずらですり寄って来るなよ、気色悪い」
俺の絶対なるまでの拒否に周りが騒めき立ち始めた。
「隊長もしやアテがあるって言ったのは嘘なのですか」
「黄平駄目だこいつは」
騒めき立つ見慣れぬ顔の兵士と呆れ顔の見慣れた顔の兵士が守山の周りに入り乱れていた。
「それでもだそれでも頼む大和」
あ? お前今まで俺の事貴族狩りの草薙呼ばわりだっただろうが?
「帰ってくれ……。済まんが今はそんな気分じゃない。ついででそこの死体の処理も任せるぞ」
俺はこの集団に背を向けた。
何だか本当に疲れた。あの戦場に居たよりも二人の暗殺者の相手をした時の方が楽しかった。
体を襲うこの冷めた気持ち、熱を籠ったこの体を一気に冷やしていく十一月の乾燥しきった冷たい空気。
「死体ですか……」
そんな一人の男の悲しい囁きが耳に響く。
「やっ、大和君……。かわいそうだから聞いてあげましょうよ。ほらこの人たちも一応命を懸けて加勢して貰ったんだし」
後ろで莉乃の声がするがここは無視を決め込もう。
「おい草薙大和」
何者かかが俺の肩を掴んだ。
その手を一気に払いのけた。
「やんのか? おい英雄とか周りから持て囃されているってだけで調子こいてんじゃねーぞ」
あーあ。なんかもう面倒になって来た。
手に持っていた刀を取り出した鞘に納刀し、闇へと導く。
俺はその男を無視してそのまますたすたと歩みを進める。
「オッ、おいちょっと待てよ」
未だに戦う気のない俺を目の当たりにした男はすこし外れた声を上げた。
それでも無視して歩みを進める。
カチン。
柄に手を掛ける時に鳴る透き通ったいい鋼の響きが耳を掠めた。
「なぁお前。階級は何だ?」
背を向けている男に向かって問いかけた。
あれだけ訳の分からん騒めきに包まれていた一帯は今や騒めきすらも聞こえない。もちろん男の返事さえも。
「なんだ? 答えられんのか? なら質問ではなく命令にでもしようか?」
「ほんの数時間前に成り上がっただけでもう上官気取りか。呆れたもんだ」
「おい止めろ。止めろ」
守山の必死の制止が辺りに響き渡る。
「あ? 隊長。一応言っておくが俺は貴方の部下などではない、部隊だって一緒じゃない。貴方のやろうとしていることに同調させて貰っているだけであって俺がお前の命令を聞く必要なんてものはこれっぽっちもないんだよ」
大きな大きな男の怒号が耳をキンキンと揺さぶってくる。
「おい草薙。お前もそれ以上動いたり馬鹿にしたりしたら俺はこの刀を抜くぞ」
無視して俺は歩みを進めた。
なぁ話があるっていう割にはこいつ等話を切り出さないよな……。もしや大したことじゃないんじゃ。
微かにそしてはっきりと聞こえる抜刀音。
そしてその数秒後に聞こえる何かがガタガタのアスファルトを打ち付けた音。
「お前は俺達を舐めた。何故俺の親友はお前なんかを守るために死なねばならんかった。おい答えろ英雄。お前に守られるほどの価値なんてあるのか?」
俺は歩みを止めた。
「そうだなぁ、無いかもしれない。ただなぁ俺は守ってなんて言っちゃいないんだよ、人の気持ちを無視して勝手に守り始めたのはお前らだ」
興覚めだ興覚め。俺は心底冷め切っていた。
守ってやったから望みを聞いてくれだと? 何を勝手な事をしておって。
「キサマァァ」
身を屈めた。
道路のひび割れ抉られた地面を避けるように転がっている刀に手を掛け……。
そのまま回転を加えて一気に周囲に振り払った。
「グハァッァ」
あれ? おかしいな剣は胴体を捉えた感覚なんて無かったのに。
視界の映像が切り替わり後ろの光景が映し出される。
ヨッと。
いつもなら次の一手に変換していた力を無理に押し止め制止した。
男は血を吐き地べたに膝をつきやがては崩れ落ちた。
男が一人倒れようとも周囲からは何の怯えも悲鳴も上がっては来ない。
「大丈夫でしたか? 大和君」
この貧弱な神器を持ったまま唖然としている俺に莉乃は声を掛けた。
「まぁ見ての通り大丈夫だが。あっちの心配をしてやれよ」
「うふふ~心配してやれだなんて。殺す気だったくせに何言ってんですかね、この英雄さんは」
莉乃はクスリと笑った。
「まてまて今回のは殺す気なかったぞ。ほらほら峰打ち、峰打ち」
手に取っている刀を莉乃に見せて自分が峰で攻撃を行ったと一応主張しておく。
「殿、峰打ちだからと言ってそんな鋼で頭を打ったのならば流石に絶命してしまいますよ」
分かってるって、俺の軌道見てた? 精々腹くらいの高さだよ。それにお前には言われたくないぞ此奴を気絶させた要因その2。
「そうか」
俺はビクビクと痙攣している男の襟首をつかみ上げてずりずりと引っ張った。
目的地は此奴を気絶させた要因その3の男のところ。
「すまんなぁ俺の部下が馬鹿をやってしまって」
「此方こそ斬りかかる前に止めたんで此奴の事は咎めないでくれると嬉しい」
男は手に持っていた刀を闇に消し去り、俺と同じクラスのあの狂った突撃兵の一人から槍を受け取った。
「お前も軍規に違反してのそれの使い手か、一体どこでそれを手にした」
莉乃、ハリマ、黄平によってフルボッコにされた男を俺と守山との境界線上に投げつけた。
「此奴を手にしたのはあの襲来の時だ。江南から名古屋に向かって世界に絶望しながらもちゃっかり逃げている最中、道端に鬼の死体の隣にこれは落ちていた」
「そうか、まぁお互いこの刀の事は言わないでおこう」
「そうだな英雄。だが何故お前があの鬼に襲われていたのかはイマイチ分からない。しかしこれ以上どうしてだ? 何故だとは聞かない」
男は此方の眼を見据えて息を吸った。
「だから、俺達も連れてってくれ大和。どうか俺達もまたあそこで、引付などではなくお前の部隊としてあそこで戦わせてくれ」
男は熱をたぎらせ此方に訴えかけた。
今にも百人、二百人をすんなりと斬ってのけてしまうようなそんな気迫に守山は満ちていた。
「話はそれで終わりか?」
そんな男を、そんな守山を俺は付き返した。
「答えから言っておこう。ノーだ」
少し声を低くしてそう言った。
「俺はあの時言ったよな? 俺と共に来いと、しかしそれを蹴ったのはお前だ。別にお前の選択した道が間違っているとは言わない。ただ非常に見苦しいぞ、俺たちの中で行った賭けの結果が出てからこのようにノコノコと来るなんて」
「見苦しくても結構だ。俺はそれでも行かねばならぬ。俺はそれでも倒さねばならぬ」
守山が力強く訴えかけた。
復讐と執念が入り乱れた眼にはもう鬼委が無いの何者も移ってはいないような気がした。
「別に今回じゃなくても次だってあるんだし」
莉乃が何気なく呟いた。
「此奴らはそうかもしれない。しかし俺は今回だけだ」
「何故ですか?」
「敵の大将を見た。正しく彼奴が俺の仇だ。俺は奴を討ち取らねばならない自分の為にも家族の弔いの為にも。絶対に確実に」
切実に訴えかけるようにそして自身の感情に正直に男は膨大な殺意をみなぎらせてそう答えた。
「駄目だ。お前の取った行動はお前の信じた道であったのだろう? 臆病風を吹かせた人間に従ってどうする?」
過去の自信と勇気に満ち溢れた守山の言葉が浮かび上がる。
「諦めろ。悔やむなら過去の自分を悔やめ……。それともさっきの彼奴みたいに暴力で俺を従わせるか?」
体中を駆け巡る違和感……。
ああそうか。そうか、そんなことか。
これだけ目に見える殺気を放ちながらもこの男は俺の事を敵をしても邪魔者としても捉え手はいないのだ。
守山から全くと言っていいほど敵意が感じられない。というかそれ以上の半ば友情が混じったような眼で俺を見据えている。こんな俺をだ。
多分此奴は優しいんだろうな。それとも復讐する相手を鬼だけに絞っていて人間なんて眼中にないか。
「強敵を前にしているのに些細な方針の違いで人間同士が戦うこと程無様なことは無い」
籠った熱を引かせながらも力強く守山は訴えた。
「いがみ合いでの多少の取っ組み合いはしょうがないと思うし、俺も人に力を振りかざす。だがなぁ、俺は人は殺さないって決めてんだ大和。ここで刀を抜いたら確実に殺し合うまでの戦いになるだろ」
こんな救いようのない、救いがたき俺にまでも此奴は、守山はただの人間として、同胞として扱っている。
「俺とやり合う気などないと?」
「ああ、俺はお前とやり合う気などない」
守山は踵を返し戸惑う部下たちを置いてさっきの俺の如く歩き始めた。
「明智、お前が善意で用意する交渉はいつもろくなことにならないな。村木大将の件も今回も」
守山は振り返りもせずにそう呟いた。
「ハハハ、すいませんね村木大将の時と言い今回の時と言い」
「まぁ怨んじゃいないしあの時お前の誘いが無ければとも思うことは無い」
振り返りもせず一人の強者は此方に手を軽く振った。
「大和、草薙大和……。俺はここで脱落だ。その代わり敵の大将はお前が討ち取って来いよ」
「なぁ守山。此処で諦めるのか? 俺と剣を交えれば多少なりとも此方の意見が変わるかもしれないのだぞ」
男は背を向けたまま立ち止まった。
「大和、俺はお前の気持ちが少しわかるような気がする。ああ、そうだな。多分その気持ちはここでは俺しか理解できないと思う。ただなぁ、そうだからってなりふり構わず人間にそんなことするのは間違っていると思う」
お・ま・え・に・な・に・が・わ・か・る。分りもしないくせに分かったフリなどしやがって。
身勝手を振る舞える者こそが強者、身勝手な人間のこそが強い人間。
俺は強くなくてはだめなのだ。強くなければ、強いと言う事しか能がない俺は強くなければまた捨てられてしまう。
正しき復讐者、お前には分からんだろう。
お前は俺の気持ちが分るのだろう? ならば斬りかかって来てくれよ。
俺を間違っているとその力で否定してくれよ。
どうか、どうか。神でも鬼でもない人間であるお前たちがこんな悪夢の中から、恒久に終わる事の無い現実から俺を救ってくれよ。
「俺はもちろん諦める気などないさ。お前がだめでもこの作戦に参加する部隊はまだ存在する。これが駄目でも次の部隊に掛け合うつもりだ」
彼は笑っていた。守山は此方に振り返りにこりと笑った。
「黄平……」
守山の下に駆け寄ろうとする同志の動きを制止した。
「少し一人にしてくれまたすぐ戻って来るから。お前らは彼奴らを弔ってやってくれ」
合わせられる掌と掌。
落される瞼。俯いた顔。
守山は何を思って祈っているのだろうか? こんな物に。
――死んだ四人には、先の戦いで死んだもの達には本当に申し訳ないな、このまま収穫無しじゃ。
別れ際に放たれた男の言葉が何度もリフレインして消えなかった。
一人の復讐者がこの場を後にすると共に俺達も反対側へ歩みを進め、彼らを置き去りにした。
「お前ら何時から見ていたのだ」
「私は殿が斬りかかられた時からです」
それ最初からだよね。
「大和君が高君を刺したとこ当たりからです」
「それ彼奴らも見てたってことだよね……。で? お前飯は」
「混でたから諦めました。てへ」
わざとらしい……。つまりは並ぶのが面倒だったってことだろ、これだから元貴族のお嬢様は。
そんなんで莉乃チャンカワイー(棒)ユルシチャウー。とかそんな風に思うと思ってんのか此奴。
「あー、大体分かった、分かった。法師お前が呼ばれた相手って言うのも彼奴らだろ」
「そうですが……。」
「で飯を取りに行くのを諦めたお前が帰る途中に偶然俺を訪ねようとしていた彼奴らと出会ったと」
莉乃がうんうんと頷いた。
「そーして戻ってきたはいいモノの。大和君が桔梗に襲われていたと」
「で? 彼奴らは何者なんだ? 多分お前絡みだし」
突如として莉乃は足を止めた。
先程までの取り繕ったような底抜けない、底の見えない明るさはいずこへ消え去っていた。
「あれは……。土岐家の最高傑作の暗殺者。幼き時から土岐家の命令をこなす為だけに、土岐家の命に従う為だけに作られ改良されて来た人の心を持ったようなふりをしているだけの悪魔」
悲しみを纏った彼女は、影を纏ったお嬢様はそう意味あり気に呟いた。
「彼奴らは零番隊隊の人たちの到達点にして、完成系です。命令されれば何も思わずに、何事もなくすんなりと人を殺します。そして何より彼らには無い、行き場のない幼子の彼らを拾い、彼らに居場所を与えた主君への異常なまでの、信仰心染みた忠誠心まで持ち合わせています」
やはりか。やはりあいつらは彼らと同様に人を殺せるように、人を殺すための教育を受けて来た連中だったのか。
しかし彼ら以上に根が深く、情も糞もない、親の情も倫理の問題も介入することが許されない生きるか死ぬかの二択を突き詰めたような教育を受けて来たのであろう。
だから殺す以外にも行き場も生き場もあった彼らとはずいぶんと違う、違って当たり前だ。
「で? 何で桔梗だったっけ? 彼奴が俺に因縁を吹っかけて来るんだ? 主君の命令というよりかはあちら個人の感情で俺を殺そうとしていた感じだったぞ? それに人質を取った時も躊躇はしてたし案外人間らしい感情はあるんだな」
「仲間内だけですよ。それも家族と呼べるような」
宗教染みた異常な主君への忠誠心と命を投げ出せるまでの絶対的な家族への信頼か……。
家族ってなんだよ。家族って、家族は守るもの? ナニソレ。
俺なら仮に奴らに莉乃や法師が人質に取られていたとしても俺は何の躊躇もなく殺せていた。なんだって俺は友を売った極悪人だからな。
なんだか半端者の彼奴らの方が人間らしいじゃないか。
「で? お前もその家族だったと? いや言い直そう、梨奈ちゃんもその仲良しこよしの家族の一員だったってことだな」
それはそれは一瞬だった。
地雷なんてものではない、彼女の奥底に存在するなんたらの箱を開いてしまったのだ。
呼吸すらもままならない位に彼女は取り乱し、絶望に歪んだ。
そんな状態になってまで伝えたい言葉があるらしい。空気を漏らしながらも彼女は必死に声にならない言葉を訴え続ける。
「莉奈大丈夫か?」
隣に居た鬼でさえも普段はそんな事を言わないのに彼女の異常なまでの急変を心配した。
「もう止めろ。人は簡単には言えないことくらい百や二百はある。だから止めろ、もう何も言うな、お前が言いたくなったときに言えるようになったときに言えばいい」
その潤んだ眼は宵に照らされたせいかはたまた絶望が溢れ出しているせいか輝くことは無かった。
それでも、それでも彼女は俺に何かを伝えたいのだ。息を漏らしてまで、体を止められぬほど震わせてまで。
「怖かった、怖かった、暗くて暗くて、動けなくて、でも、なんで、いや、また、怖い、怖い、助けて」
座り込んでいる彼女に目線を合わせ肩を掴んだ。
彼女の震えが消えるまで、彼女の涙が収まるまで俺は彼女の肩に手を当てた。
「大和君にもあるんですか?」
おずおずとそして衰弱してしまったかのようなか細い声が聞こえた。
「ああ、俺にだって言えないことくらいあるさ。思い出したくないことも、思い出せなくなってしまったこともたくさんあるさ。まぁ無理にしようとするな」
震えが随分と緩やかになった所で彼女の肩から手を放し立ち上がった。
「まぁ飯でも食いに行こうぜ。腹が減っては戦は出来ぬってな。三木城や鳥取城の兵士気分を味わいたいなら別だけど」
ごめんなさい、ごめんなさい。今直りますと言うばかりで彼女は一向にもとに戻る気配はない。
「隊長殿~。探しましたよ」
肩を震わせながら幾らかの人間が此方を目掛けて走ってくる。
その声を聞いた瞬間に莉乃の中の何かのスイッチが入ったのかさっきまでの事が無かったかのように急に元の莉乃に戻った。
あー怖い怖い。これだから公の場で生きて来たお嬢様は。
「何か用か?」
一人の男が直ぐぞ場に辿り着き方を上下に震わせた。
「勝手にうろちょろしないで下さいよ。英雄と持て囃されている隊長の事をよく思わない人も多いのですから。何気なく道を歩いてたら一般人に化けた敵が急に襲ってきたりするんですよ」
「それがお前らの常套手段なのか?」
ゴホゴホと男は噎せ返った。
「まぁそんなことはいいとして。食事の時間ですよ。私たちは元裏の軍隊なのでそーゆーのは全部並ばなくても勝手に運ばれてくるので。それに自衛隊の方も隊長殿を訪ねてきていますので」
「分かった今すぐ戻ろう」
「了解でありますぅ」
この俺と同い年位の男此奴随分と軽いノリだな……。
まぁいいけど。
「で、もういいのか梨奈よ」
「何のことですか?」
そういって莉乃は俺の肩を叩き追い越していった。
悲しい目をしながら。
まぁいつか俺ではない誰かが彼女を救ってくれるだろう。
彼女も俺も救われないモノ同士大変だな、周りに願いを理解してくれる者が居なくて。




