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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第一章】終わりの始まり
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【一章第二話】 グッドバイ

「うっわわわぁぁ……」


 くっ……。もう奴らは、此処まで来ているのか

 交差点を曲がった瞬間、恐怖の光景が視界を埋め尽くす。

 悍まし気な、見るも無残な、見たくもない光景、隅々までそこは残酷が散りばめられている。


 少し先のところで若い男性が鬼に頭を断頭されていたのだ。


 籠手も陣笠も着けていない胴鎧と小刀の様に短い太刀だけを装備した鬼が一体、目の前に立ちはだかっている。

 奴は俺に背を向けているため、まだ俺に気付いていない。

 その代わり死に逝く瞬間の男の顔を間近で見なければならなかった。首が地面にポトリと落ちるところも、人が人じゃないただの死体に、物になる瞬間も間近で見なければならなかった。


 悲鳴を上げそうになった……。 

 全身が、五臓までもが震えているため声は上がらなかったが、体もすくんでいるためこの場から立ち去ることも出来ない……。

 感じた事の無い恐怖感が全身を包み込む。

 恐怖とは此処まで全てを留め、竦ませてしまうモノなのか。


 奴に気付かれたら終わりだ。


 あの青年を斬った刀で俺も斬られてしまう。


 死……。


 動け体! 動けよ! おい動け!


 死……。 


 やはり無理か、動かない。


 死……。


 嫌な音が聴こえてくる……。 生理的に無理な体中が総出で拒否する醜い音が……。


 死……。


 し?


 だが敵は一向に動く気配がない。

 いやこれは、この鬼は、この足軽は、彼を喰っているのだ。

 耳障りな雑音をまき散らし遅めのランチの最中、奴は彼の血を吸い肉を喰らっているのだ。


――我々人類は彼らの餌でしか無いのか。

 ようやく合点がいった。こいつらは、無差別に人を殺している訳ではない、奴らは狩りをしているのだ。

 我々人類を獲物として。


 奴らの餌になんてなりたくない……。


 シニタクナイ……。


 恐怖が恐怖を上回った。

 より殺されたくないという感情から足が動いたのだ。

 しかしそれはいつもよりも遥かに小さい歩幅だった。

 

 震える足でそろりそろりと音を立てないように動きながら前に来た交差点を目指した。

 震える手で口を押さえ、息をすることでさえも捨てて、歪んだ視界の中生きたいと言う感情一つに執着した。

 心臓が張り裂けそうで、息が苦しい。

 足が頬を伝いポトリポトリと落下する。

 息が破裂しそうだ。このままでは音を出してしまう……。


 交差点までかなり短い距離の筈だが倍、いや三倍くらいの距離を歩いている様な気がした。


 

 交差点を曲がると急に足が軽くなりこの場から立ち去りたいという感情が爆発したかのように、この交差点を離れ道を変え、かなり大回りをしてやっと視界の中に家が入る位置まで来ていた。

 いつもなら本屋から徒歩で二十分も掛からず帰れる場所に位置する家なのだが、この混乱の中帰るのに一時間以上掛かってしまった。

 

「あの時自転車で逃げるべきだったかな」

 ふと口からそんな言葉が漏れ出る。

 そう俺は今日本屋に自転車に乗って行っているのだ。ただ自転車の存在なんて今の今まで忘れていた、そんな事なんて気にもしていなかった。

 敵が軍勢になって突撃してくる大通りを避け、車が一台しか通れないくらいの裏道を迂回しまくったせいでこんなにも帰るのに時間がかかってしまった。


 家が間近まで迫ってくると、とてつもなく根拠のない安心を感じた。

 あんな家でも一応は俺の帰るところだから。

 んな訳ない。

 彼奴らの事はどーでもいい、でも俺の部屋で待っていてくれるモノ達がいるから。


 しかし、それはほんの一瞬の安心だった……。


 隣の家の玄関に俺がよく知った人物の死体があるのだ。そして誰かが隣の家から俺の家に入っていったかの様に、血痕がお隣から我が家の割れているガラス窓の下まで点続きとなっているのだ。

 少々浮足立っていた足がまた鉛のように重苦しくなる。

 

――いっそのこと此処から逃げようか? 


 そんなことが俺の頭を過ぎった。だが此処から逃げてどうする。極限状態の中、喉の渇きや空腹と戦いながら何処に逃げればいいのだ?

 

 ・学校などの避難スペースで軍隊の助けが来るまで待つ?

 

 ダメだ……。奴らへの対抗手段が皆無だ。奴らに発見されたらみんな揃って奴らの腹の中に行くのが見え見えだ。そもそも鬼に襲われているのは一宮だけなのか? もし名古屋とかの大都市が襲われていたら助けなんてかなり後回しになるぞ……。時間が経てば経つほど生存の可能性が少なくなってしまう。


 ・優先的に救助が来そうな都市に移動する?

 

 ここらだと優先的に救助が来そうな都市は名古屋だが、そもそもどこまで鬼の手が回っているか分からない。鬼の恐怖におびえながらよく知らない道を移動できるというのか?

 食事は無人の店から奪えばいいが睡眠はどうするのだ。

 試したことは無いが、多分通常でも徒歩で半日以上かかる距離を逃げて隠れて時には引き返して日が暮れるまでに目的に辿り着けるとは思わない。

 詳しく分からない道を逃げるのだから夜間に迂闊に道に出られない。


 そんな事を自問自答したって答えは出ない、出るはずが無いのだ……。

 なにせこんなことを経験したことがないのだから……。


 そうだ。そうだった。


 恐怖のあまり忘れていた……。 


 なんで俺はこんなにも必死に生きようとしているのだ? 俺は絶望していたはずだろ? この世界に。出来るものなら首を括りたかったんだろう。出来るのもならこの世界に別れを告げたかったんだろ。

 俺はそんなにも生への執着は無いのだ。あの美しく感じたいつもの毎日も俺にとっては必要のない毎日だ。


「やっぱ裏切り者ってのは、ロクな死に方しねぇな。やっぱ俺みたいな屑にはこんな死に方だ相応しいのかもな」


 過去の日々が……。あの忌々しい過去が俺の脳裏を過る……。

 俺が人を信じれなくなった日を、俺が人と関わるのが面倒になった切っ掛けの日を、俺から友というもの消え失せた日を、俺が俺を嫌いになった日の光景が脳内にコマ送りにされて断続的にフラッシュバックしてきた。


「そうだ、俺の命なんてはなから捨ててもいいモノだった」


 こんな世の中で生きる意味なんて無いと思いながらも醜くも生き続けてしまった。

 ならばせめてあの時出来なかった自分の意志を貫いて死のう。


 あの時守る事が出来なかつた大切なものを、今度こそ俺は守るぞ……。俺の中でいま一番大切なものを……。逃げずに、目を背けずに……。


 次こそは逃げないぞ。


――親友ともよ。お前には出来なかったが次は必ず守るた為の行動はする。例えこの身を犠牲にしたとしてもだ。


 理由なんてどうでもいい、ただ俺の思うようにやってやろう。そして殺されよう。

 最後くらい思ったようにやろうではないか。


 最期はオタクというものに殉じようではないか。

 部屋の愛すべき紙や本や円盤を守りながら好きなアニソンでも歌いながら死のうではないか。


 本を守れ、画集を守れ、円盤を守れ、嫁との記憶を守れ、やり込んだゲームの記録を守れ、歴史オタクの誇りを守れ、戦艦のプラモを守れ、城のプラモを守れ……。己の意志を、誇りを守ろうとしろ‼

 守れる守れないじゃない、死ぬ死なないじゃない、守ろうとすることで己の誠意を見せろ‼

辛かった時に助けてくれた二次元の産物を、俺をここまで形成してくれた歴史というものに命を懸けろ‼

 あの時は恐怖で出来なかったが、もうあんな思いはしたくない。

 どうせ訳の分からない所で死ぬくらいならここで死んでやろう。最後くらいは、自分の守りたいものを守りながら死んでやろう。


 

 霧が晴れたように俺の心には迷いは無かった。

 逃げも隠れもしないだがタダではおれは喰われんぞ。人間様の、オタクの力を思い知らせてやる。



「後悔させてやるぜ! 化け物が人間様に盾突いた事を」

 今のは、ちょっと厨二っぽかったな。


 不思議と体の震えが消えていっている。

 まるで軽やかで晴れやかな気分だ。

 これから死にに行くと言うのに、これから死んでしまうかもしれないと言うのに。

 それでも俺のやったことに比べれば死位なんでも無さ。

 無理に生かされていた命が今日やっと尽きるだけ、本当はもっと前にこうしてなければならなかったのに。


 俺は堂々と家の敷地に入った。


 門を開け腰の辺りからポケットに向かって伸びているコイル状のストラップを引っ張り出し、玄関のカギを左手に握った。

 その拳鍵からは金剛型一番艦のラバーキーホルダーが垂れていた。

 

 一応玄関のカギが掛かっているか確認する為玄関のドアノブに手を掛け自分に向かって二回ほど引いた。


 ガチャッ。


 ガチャッ。 


 鈍く重厚な金属音が周囲に響いた。それが「今ならまだ逃げられるぞ」とでも言っているような音だった。

 だが俺はもう逃げる気はない。もうあの時と同じ道を行く気などない。


 左手にあるカギを右手に持ち替え鍵穴にカギを差し込み右側に向かって半回転させ、鍵穴からカギを抜き取りドアノブに手を掛け引っ張る……。


 情けない音を上げながらドアは開き、だんだんと家の玄関がこちらの視界に入ってくる。

 玄関はいつもと変わらない、穏やかな毎日の光景さえ留めている。

 いつもどうりの整頓された玄関だった。

 玄関を開けた時から鼻を攻撃するような強烈な臭い以外はいたって変わらない俺の家の玄関が俺の視界に広がった。

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