【三章第十話】 愛の点滅
「殺す、コロス、コロス、コロス。でも高君が」
「さぁて、取り敢えず怪しい動きをした瞬間に此奴の喉に刃が通ると思っておけよ」
理性と衝動の間に彼女は揺れ動いていた。
「桔梗俺の……」
大声でわめき散らかそうとした男に向かって法師の拳が飛んだ。
「黙れ、喋るな」
思うように衝撃を流しきれず無意識に男がバタバタと暴れる。
「ゴッ、コウノクンヲ。よくも。よくもやってくれたなぁ」
「おい桔梗ちゃん。この男を助けてほしいなら後ろに下がれ」
少女は大鎌を下げて数歩後ろに後退した。
「もっとだ。もっと下がれよ」
男を無理矢理前に押しだし彼女と一定の距離を保ちつつ前進する。
「余計な事を喋るなよ。大声出しても殺す。俺ごとやれとか言っても殺す」
男の耳元で彼女に聞こえないようにそっと囁いた。
「おら下がれよ」
見せつけるように男の喉元の刀を動かす。
これを見るや否や彼女の後退の歩幅が広く、早くなった。
あと少し、あと少しッ。
目印としていた暗がりに足が付くまでもう半歩。
だが……。
「桔梗、俺ごとやれっ」
彼の願いを聞き入れ一瞬にして彼女は抑え込んでいた殺意を此方に向けた。
それはそれは切なく、悲し気にそして何の躊躇もなく彼女は一瞬で思いの人を捨てた。
音を上げて加速する理を捨てし武器。迫り来る悪魔の大鎌。
鬼は二人の人間を断たんと笑っていた。それはそれは正気も狂気もないただの機械的な笑いだった。
ただし……。
俺は男の背中を思いっきり蹴りつけてどうもご丁寧に彼女の元へと返してあげた。
案外大和君って優しいとこあるでしょ?
無力化された高とかいう男の本人の意思をくみ取って俺とこの男諸共殺さんと迫っていた刃は男が戦線に復帰したことにより止まってしまった。
桔梗よ、俺がお前に与えた完全なる勝機お前は無駄にしてしまったな。
地面に突き立った山城を掴み、弾除けとして投げた男に隠されながら薄紫色がかった彼女を狙う。
これでは桔梗ちゃんのアイデンティティーである鎌は振るえませんねぇ。このまま振るってしまえば持ち手の部分が確実に男をこつくこととなる。
そして何より迎撃するにはちと威力不足だ。
あーあ、しかし彼女は思いもよらないタイミングで戻って来た事に片目だけは此方が分る位に輝かせ、鎌を持たぬ空いた片手で受け止めようとしていた。
「おー感動の再会おめでとさん。しかしなぁ俺言っただろ? 大声出したら殺すって、言ったじゃろ?」
影は彼女を貫かんと……。
「俺ごとやれと言っただろうが」
男は押し出された衝撃と持ち前の腕力を使って彼女を押し倒した。
そして……。
闇夜に朱の飛沫は舞い踊る。
紅い赤い命を燃やし男は紅葉した。体を朱にそめた朱装備のふへんものの体に意図も容易く刀は通った。
「何だよ、ちゃんと急所からは反らしてんじゃねーか」
男を貫いた闇は赤く輝く大気へと溶け込んだ。
「オマエ、オマエ。何をした。オイ、オイオイオイオイなにやっテクレテンダヨ」
彼女の闇は膨れ上がり自らを包み込んでいく。
「おい、ドウナルカワカッテンダロウナ。クサナギヤマト、私はオマエをタダジャァコロサンゾ。ソウダ、梨奈ニオマエヲキラセヨウ。なぁイケドリダ。カンタンニシネルトハオモウナヨ、クソミタイナ、エイ雄」
ゆらりゆらりと彼女は狂気に顔を歪ませ、そしてこれ以上この狂気に飲まれないと言わんばかりに顔の歪んだ部分を押さえながら立ち上がった。
「きぃきょぉう、止めよ。コレイジョウは戻れんくなるぞ。イイカラココハヒケ」
男の切り口も底の見えない暗黒がブクブクと泡立ちながら肉を塞いでいた。
「お前も鬼かぁぁ。なぁ一般人も言ってたぞ。鬼に人権はないと鬼がいっちょ前に人のような感情を持ってんじゃねーよ」
痛そうな男を介錯してあげる大和君やさしー、なんてね。
男の首筋に向かって整った刀身は滑り落ちる。
「サセヌサネヌよ」
彼女は高速で鎌を振りかざし、此方の善意を止めた。
だが。
後方からの法師の一撃。
暗がりに咲く数多の線香花火。
鋼と鋼は擦れ合ってぎちぎちと音を上げた。
「うずるぁあああ」
ったく。こいつはまだ立ち向かってくる気かよ。
刀の持ち方を変えて頭で男の溝を撃った。
そしてそのまま姿勢を低く保ち、前へと踏み出す。
法師が止めている隙に彼女の攻撃範囲の内側に入り込んで刀を振りかざしたが、桔梗はそれをひらりと躱していとも簡単に次弾を放ってきた。
ガード。法師からの一撃、百八十度対応可能な大振りの薙ぎ、回避。
俺と法師は同タイミングで揃うようにあの厄介な大鎌から距離を取った。
「高君、高君、高君、高君、高君」
この半端な混ざりモノは腹を抱えて痛みに耐えている男を優しく包み込んで敵とも痛みとも戦うのを止めさせた。
男を優しく地面に寝かせてこの半端モノははたまた二人を相手に立ちはだかった。
「コレデ、やれ、こで、やでる。コレデヤレル。クサナギ、クサナギ、シネシネシネシネシネシネ。お前のような人間はイキテイルベキデハナイ」
「てかさぁ、お前のそれ本当に反応に困るんだが……。どう反応すれば言い訳?」
虚ろな彼女はその虚ろな目に虚ろな男が映し出された。
「あれはなんなんだ道摩」
囲むように刀を構えている法師に質問を飛ばす。
「彼女は彼女の中に鬼を宿しています。そしてあれは鬼と人の境目。自身の求めに呼応したのでしょうね、契約を果たした鬼が。まだ完全に屈服させきれていない鬼が。しかし強いですよあれは、人として鬼の力を使ってきますから」
法師は刀を下段で構えた。
「ただこの状態はかなり不味いです。あのまま放置しておくと確実に彼女は返しきれないほどの膨大な量の理を外した力を鬼に求め破綻し、鬼に成って果ててしまいますよ。鬼に成ってしまった私が言うのだから間違えはありません」
「シネヨ。唯シネヨ。いいから死ねよ。返せ梨奈を。カエセヨ、私の梨奈をカエセよ。なぁお前はナンデ梨奈をカエタ。なぁなぜ梨奈をコロシタ」
何のことだよ。
「語るに及ばず」
鎌に向かって刀を斜めに薙ぐ。
二対一だ。引き付け訳は俺がやる。
「ユルサン、クサナギ。ユルサン。コロス」
鎌の攻撃を捌いて、法師が彼女に向かって一刀様に斬りかかる。
「モット、モット。もっとみんなを、コウノクンを守れる力を。コレイジョウお前にはウバワセナイ」
俺達の刀から逃れるように彼女は飛翔し……。
彼女の鎌から影が現れた。
そして……。
彼女の体中の靄はが気に吸い取られて目の前には大きな黒き虚空が生み出された。
彼女は顔を笑顔で歪ませる。
「わたしは、ワタシハ、ワタシハ、わたしは。 高君、高君、高君、高君、高君、 高君、高君、高君、高君、高君ヲマモル」
それは正しく弓の動作だ。退きも絞りも狙いも頬付けも手の内も整った彼女の鎌は矢の放たれるその瞬間のように静寂に包まれていた。
「わたしはモウダレモお前にウバワセヤシナイ」
引きに引かれた弦のように、溜めに溜められた大鎌の一撃は彼女の殺すべき怨敵であろう俺に向かって放たれた。
「させぬぞ」
法師の一撃が影に向かって放たれた。
影は意図も容易く敵対する影を音もなく飲み込み消し去った。
ならば此方も大上段からの溜めに溜めた一撃を落雷の如く振り下ろす。
「うらぁぁぁぁ」
刀身が闇を捉えたが……。
闇の攻勢は止まった、ただし稲葉山城は占拠され、山城守は息子によって討ち果たされた。
手の内からそれが無くなっていることに気付くまでほんの少しだけ時が過ぎた。
「わたしの、ワタシタチノ勝ちだ」
地を蹴り間合いを一気に彼女は詰めてくる。
どうやら法師も此方の救援に来てくれることは無さそうだな。
手の内が怪しく光り刀の様な形の影が形成されるが……。
時すでに遅しと言ったところ。
ああ、ここで俺は死ぬのか。
ここで、ここで、ここで。
ここで、ここで。
ここで。
―――俺はゆっくりと目を閉じた。
こ・こ・で。
故郷で。
やっと。おれは……。
ああ、ここまで長かった。
エンディング後からこんなにも長いアフターストリーが待っているとは。
「させませんよ」
辺り一帯に響き甲高い音。
「リナァッァ、お前何したか分かってんのか? オイ、お会え立派な反逆行為だぞソレ」
「梨奈って誰ですか? 私は天童莉乃」
声が聞こえる……。なぁ莉乃何で。なんで……。なんで―――した。
「りなぁ、オマエ。また教育が必要だなぁ。マタあの部屋に閉じ込めて、拘束して目隠ししてマタ何度でもお前の耳元でナガシテヤルサ。リナニ届くように大音量で。オマエトハ何かを」
「何度でも言ってあげましょう。私は明智梨奈などではない。私は天童莉乃。そこの大和君に失いかけていた私を取り戻し救ってもらった者」
俺の前に立った莉乃はそう答えた。
「大和君は早く武器を」
「応」
莉乃の言葉通り飛んでいった山城を回収する。
一帯で少女たちが、そして割って入るように法師がぶつかり合う。
「まだぁだぁ、コレデハタリナイ。コレデハ、モット力を、モット力を」
先頭に舞い戻った俺は莉乃のただの神剣が鎌を止めたのを見るや横合いから影を放った。
勿論彼女もそれに気が付いて回避を取ろうとするが……。
刀の切っ先は彼女の頬を擦っていた。
「コレジャァ、弱いと、ヤクニタタナイトステラレル。ツヨクナラナイト、チャントチャントコノオトコヲヤラナイト。ツヨクナイト、マタステラレル。イヤダ、ワタシハマダアソコニイタイ。イヤダワタシハマダリナヲテバナシテクナイ」
彼女のもう片方の眼の灯りももう風前の灯となっていた。
彼女の言葉の一つが胸に突き刺さった。
弱いとステラレル……。
ああ俺もだったよ。
能無しの俺はいとも簡単に皆から捨てられたよ。
勇気も無い弱い俺は容易く幼馴染に捨てられてしまったよ。
「ソウダ……。モウイッパツアレガハナテタラ。アアチカラガハイラナイ。チガニクガダリナイ、肉を喰えば、チヲススレバワタシハコイツラニカツチカラヲエルコトガ……。アアニクダ、ニクダ」
彼女の片目は完全に見開き闇を迸らせながら大鎌をぶんぶんと振るった。
「もう貴方の思い通りにはさせませんよ。佐々木桔梗」
莉乃が隣で指を鳴らした。
鳴らすと同時に数多の学生が彼女の周りを取り囲んだ。
「我らが英雄を守れぇ」
周囲を囲んが学生が声を上げた。
「コレジャァマダタリナイ、チカラヲ、チカラヲ、チカラヲ、チカラヲ」
「止めろ……これ以上は止めろ」
世界に一人の男の慟哭が響いた。
彼女の眼から涙かおぼれ墜ち、目には正気が舞い戻った……。
そして一人の男は見覚えのある学生を袈裟懸けに斬った。
そこに活路を見出した彼女は周囲に鎌を薙いで何人かの学生を撃滅した。
「梨奈、我が主には伝えますよ、貴方の反逆の件について」
一人の男が梨奈の眼を見据えてそう呟いた。
「英雄さん、またいずれ。今度こそは貴方を殺しますから、ちゃんと今度は油断してて下さいね。梨奈もまた教育してあげるからね。待ってて」
そうして彼らは闇の中に消え去った。
「終わりましたね大和君」
「ああ、そうだな」
しかし俺はまだ刀を置くことが出来ない。どこからこいつ等に見られたんだ。場合によってはどさくさに紛れて口封じを……。
「なぁ何の用だ、守山?」
俺は彼らのリーダー格であろう男に声を掛けた。
「英雄殿にどうしてお頼みしたいことがございまして……」
守山は槍を宵に向けて口を開いた。




