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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第二章】The Time They Are A-Changin
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【二章外伝】 彼らの思惑は

 戦いとはそれまでにどれだけの準備を重ねたかそれが勝敗を分けるカギとなる。

 この清和軍でも鬼との戦いの準備を進めているしかし……。


 彼らは……。


 人類は……。


 このような状況に置かれていてもいまだ一枚岩には成れていなかった。

 生きるか死ぬかの瀬戸際で誰か一人でも自らの利益を優先してしまったらそれが綻びとなりその部隊は徐々に空中で分解されていく。

 

 戦いとはそれまでやって来た準備が勝敗を左右するカギとなる。

 

 戦いとは。


 たたかいとは。


 彼らは決して鬼だけと戦っている訳では無い。

 彼らは彼らを信じた幕下のものや共に手を取り合って過ごしてきた仲間以外の者全てと戦っていた。彼らの本当の敵は鬼ではない。

 見えてもいる。

 総本山は見えている。

 本陣を見据えることは出来ている。


 しかしそれ以外の、その本陣にたどり着くまでに現れる見えざる敵を観測することが出来ないのだ。

 彼らはその未知の恐怖で本陣に突撃することを渋っている。


 敵の数を全くもって予想できていないのだ。

 尻尾を掴んだだけで。頭の一部を写真に収めただけで、彼らにはその成れの果ての、あの化け物の全貌が全く見えていないのだ。


 彼らの真の敵は見えぬところに居た。


 しかし男は考えた。

 だからこそ男も考えていた。

 それ故に男たちはお互いの腹を見せ合わずに感覚だけでの連帯をしていた。

 

 彼らは彼らの仲間を信じていた。


「九十九殿今日は何故会議を招集したかお分かりで?」

 清和軍の大将、村木有義がいつもの定位置に腰かけた若造に向かって問いかけた。


「ええ、一宮奪還作戦の打ち合わせと聞いてまいりましたが」

 大して反対側に座したこれまた清和軍の大将、土岐九十九が眼鏡越しに愚物の老害に向かって冷たい視線を送った。


「ほぉ、お主にはそのように伝わっとったんか! 伝達も出来ん部下なら一度皆締め出した方がいいぞ」

 東を司る、清州の守護者として君臨している清和軍の剣となる御家、瀬戸暮人中将がハタハタと手を打ちながら答えた。


「生憎我が部下は連絡も出来ぬほどに無能ぞろいではない。逆に私の家に間違った召集の使者を送った中将の家の者が無能なのではないかな?」

 

「はっはっはっは」

 腹を抱えて清和の青龍刀とも呼ばれるお家の主が悶え始めた。

「何が可笑しいのだ」

 南を司る清和の炎帝のがその眼鏡を薄緑色に光らせながら呟いた。


「私は部下に手紙を届けさせただけですよ、伝達ミスなどは確実にない。写しだってある持ってこようか?」


「そんなもの何とだって言える」


「ああ、それは私の所にも届いた」

 扉を開けて入って来たこの部屋の決まった席に座れる者の中で二番目に若いであろう出で立ちの男が声を上げた。

「だそうじゃ、土岐大将」

 瀬戸はにやつきながら土岐の顔を眺めた。

「まぁまぁ、暮人。九十九殿も多忙な身故、きっと疲れていて見落としてしまったのじゃ」

 東と南を北の大将がとりなした。

「遅いぞ額田中将」

 土岐大将が呟いた。


「すいませぬすいませぬ。三河の方は何かと忙しくて」


 いつもながらに殺気立っているこの会議場の空気を肌で感じながら最後に入って来た者が自らに与えられた場所に腰を掛けた。


「額田中将も来たことだし始めるとしますかな」

 この会議場で誰よりも軍での地位が高い村木家の当主が開始の号令を出した。


「ではまず、九十九殿。貴殿はどうして勝手に我が家に配属されることになっていた若者や瀬戸家の配下の若者を自らの所属に組み込んだのかね?」

 手元の髪をぺらぺらとめくりながら北の玄武は格下の大将を睨みつけた。

「それは私が勝手にやった事ではなく。若者たちが志願して我が家の幕下に入ったのです」


「それでこちらが納得すると思いか?」


「ええ、納得するとお思いで。ご老人方はもっと若者たちに目を向けるべきです」


「そうだな。これからはそうする。しかしこの件は違うぞ」


「では彼らが大将の家の所属であるという証拠は? 彼らはまだ学生彼らにはまだ配属先の所属すら決められてはいない」

 

「私たちの中で話しをして学生の取り分を決めたではないか」

 ため息交じりに村木大将が呟いた。


「ええ確かに決めました。しかしあれには本人の意志の記述が全く書かれていないのだが……。それに今回のはあくまで仮。今回だけの配属先ではないですか」


「この戦いが終わったとしても九十九殿は手を引いて正式な所属に移し替えるなんてことはしないだろ?。そのまま軍隊の兵士として取り込むことが容易に目に見えている」


「いいや? そんなことは無い」

 本心からの誠心を持って土岐の大将は答えた。

「それが分ってしまうのが軍に長年仕えて来た老人なのだよ。もはや職業病だ」

 呆れつつも大将は大将相手に答えた。

 この大将はこの中の誰よりも人を見る目が有った。だから九十九の正直な心でさえも受け取ってはいた。しかしそれ故に自らに嘘を付きながら彼は答えたのだ。


 彼はあの若者たちを取り込むことはしないだろう。

 しかし譲ることも無い。


 いや取り込む取り込まない、譲る譲らないのではなくて譲れないようにするのが本当の目的なのかもしれない。

 老人は心の中でそう感じた。


 九十九は老人の眼から見ても嘘は言ってはいなかった。

 嘘は。

 


「返してはくれまいか?」


「この戦いが終わったら返しますとも。きれいさっぱり」


「それでは遅い、今ここで返せ。私が手塩にかけて育てた若者たちを」


「若者は貴方などにはついて行きはしない」


 若造も負けてはいられずと老害に向かって投げかける言葉を固めた。

「そもそも、何故貴方は彼らの意志も聞かずに後続部隊に彼らを配置しようとしたのか! 私はそもそもそこが疑問でした」



「お前は戦を分かってはいない。いきなり新人を最前線に新人を投入するモノがおるかおるかッ、馬鹿者」

 話に割って入るように瀬戸中将が大声を出した。

「そもそもお主の動員兵の布陣は何じゃぁりゃ。最前線に新兵ばかりではないか。あれでは簡単に流れが変わってしまう。勝ちに傾いていても簡単に負けの方に靡くぞ」

 瀬戸は拳を振り上げた。

「お主はあの者たちを犬死させる気カッ。お主はあの者たちの価値を分かってはおらん」

 

「戦を分かってはおらんのは貴方だ、中将。貴方は過去のやり方にとらわれ過ぎている」

 土岐家が間髪置かずに瀬戸家に切り返しを入れた。

「ならばあの学校の意味は何処にある? あの学校は軍人を育てる為の学校だ。今前線に出ている兵士よりよっぽどいい教育をして来た、そんな人間達よりも半端な教育し会受けていないあのモノ達の方が活躍できると? 馬鹿な事を」

 罵るように土岐は瀬戸を嘲た。

「聞けば中将貴方は自らの育てるべき若者にずさんな教育しか行っていないようですが? 貴方こそ彼らの価値を分かってはいないのではないか?」


「いいや違う。私はあの者たちに私の出来る最高の教育を施したつもりだ。これからの戦場で生き残る為のな」

 

「馬鹿馬鹿しい、ならば貴方のあの元たちに行った教育方法をこの場で読み上げましょうか?」

 ほぼ一度たりとも重要な局面を任された事の無い一番の若手は歴戦の猛者である中将に見せびらかすように手元の資料を叩いた。


「お二方話が反れていますよ」

 西を司る、三河方面の最高司令官である中将が呟いた。

「戦場は兵士を育てる、どんなところに居てもだ。しかしいきなり鉄火場の土壇場に兵士を送り込んでしまったら育つはずだった兵士を失うことになってしまう」

 開場の空気を喰らうように男は穏やかにそしてゆったりと言葉を発した。


「私は彼らに期待している。余すことなく彼らに期待している。それ故に私は我らの談判を蹴った。しかし九十九殿、君はどうしてあそこで彼らを引き込むような真似をしたのかね?」


「私だって彼らに期待をしています。だからこそ彼らの思い通りにやらせてみたいと思ったのです」

 

「馬鹿が」

 中将が大将に暴言を吐いた。

「まぁまぁ」

 反対側の瀬戸をとりなすように額田が声を上げた。


「今なら間に合う。部隊を変えろ」

 瀬戸がぶっきらぼうに呟いた。

「それは無理だ中将。それに私はこの布陣が一番正しいと思っている」

「私からも何とかならないか? 土岐君」

 五十六十は超えているのに今でも上質な筋肉が見え隠れしている有義大将が誠意を込めて彼に頭を下げた。

「ならばせめて私と瀬戸家の兵士を前線に投入させてはくれないだろうか。それならば貴方の家に掛かる負担も軽減される」

 三河方面の戦況を一人で切り盛りしている清和の白虎までもが揃って頭を下げた。


「嫌だ。これ以上この話をしても無駄だな。これ以上この話をするっていうなら私にも考えがあるぞ」

 この一言……。

 この一言だけでこの場に居るものは土岐への追及を止めた……。かのように思われた。


「せっかく人生の先輩が変わってやると言っているんだ。素直にはいと言ってやれ」

 清和の剣となって齢四十八を超えても前線で剣を武器にそして指揮棒代わりに振り続けている巨躯の持ち主が呟いた。

「この話は終わりだと言ったはずだが?」


「そうか。ならこちらに納入する神器の量を減らしてみろ。そうなれば我々瀬戸家は土岐家の織田家後継の件は認めない」

「中将ッ」

 村木大将がその階級を読んだ。

「もともと俺達軍とお前さんちの天童家には確約があった筈なのだが。鬼が攻めてきたら継承用の神器を毎月一定数納入すると。それなのになんだ、お前は神器を独占して」

「おい中将」

「それにお前が天童の後継ぎに指名されたって話も可笑しい。確かにもう世襲制なんてもんは残っちゃいない。俺の瀬戸家だって先々代までは加藤家だった。俺の爺さんが加藤の当主から地位や階級をそのまま譲られて跡を継いだ」

「中将」

「しかし天童家は特別なはずだ。天童家は天童家の人間でなければならない理由がある筈だ。それなのにどうして赤の他人の土岐がお……」

 バコーン。

 机を叩く音が一体に響いた。

「中将、言い過ぎだ。それ以上言うのは私が許さん」

 村木大将が肩を震わせて呟いた。

 大将は怒っている訳では無いのだ。逆に心の中ではよく言ったと思っている自分もいる。全ては暮人の身を案じての行動だ。

 瀬戸家が戦い前に再起不能にならないために。

 本当に瀬戸家に神器が行き渡らなくなってしまわないように彼はあえて怒りをあらわにしたのだ。


 実のところを言うと瀬戸としては実は神器の納入を止めて貰いたかったのだ。

 そうすれば何の文句もなく大義名分が立ち挙兵が出来る。


 しかしこれでは無理そうだと。まだ自分に怒りが来ていないと歴戦の猛者である瀬戸は判断した。

 瀬戸は目的をすぐさま変えた。


「なぁ、大将。ならお前が務めている犬山の攻略変われよ、お前の投入した部隊最近中破しかけたんだって? 次の戦いにも前線に兵を送るし、このままではお前が消耗してばっかりだ」



 暮人は皆に聞こえない位の小さな、とても小さな呆れを乗せた溜息を吐き出した。


「守りはそこそこ無能な奴でもできる。しかし攻めは戦を分かっている奴でないとできない。城攻めなんてものはなおさらだ」

 瀬戸は煽るように呟いた。


「俺は小牧山城を三ケ月で落したっていうのにお前は六か月たとうが未だに犬山城すら落せていない。お前は解任だ」

 冷たく殺意を持って一番の若手に問いかけた。

「お前は一宮奪還作戦に集中しろ。俺たちは一番犬山勢に南下されるのを恐れている。今の御前の指揮じゃ確実に犬山勢に南下されたら食い止めることは出来ない。つまりどういうことか分るよな?」


「犬山勢に南下されたらわが軍はやっとのことで押さえた小牧を敵に奪われるだけではなく一宮奪還作戦に展開している部隊でさえも補給路を断たれ挟み撃ちに合う危険性があると」

 腕を組んだまま答えない九十九に変わって額田正義ぬかたまさよし中将が答えた。


「流石は三河の司令官。つまり我々はこのような状況だけは避けねばならないのだ。分るよな大将」


「言いたいことは分かった。しかし我々はそのような失敗などはしない」


「そうかならば一宮奪還作戦に私の部隊の投入を認めてはいただけないだろうか? 犬山に手こずっている若造」

 憎らし気にそして煽るようにこの歴戦の戦人は呟いた。

 的確に敵の気に触るように。



「ならばお前は一体どれくらいの速さで犬山を落せるというんだ? たかが小牧の一本道の山城を落したくらいで調子に乗って」


「この一宮奪還作戦が終わるまでには敵の牙城の牙を圧し折ってご覧に入れましょう」

 これから瞬間移動のイリュージョンでもやるかの如く瀬戸中将は呟いた。


「それが出来なかったら?」

「中将を降りましょう」

 何の迷いもなく自身に満ち溢れた中将は返事をした。


「暮人」

「瀬戸さん」

 逆に周りに居た人間の方が慌てふためいていた。


「その言葉お忘れなきように。それならば犬山攻略の指示を全て撤回して小牧に戻らせます」

「ああ若造、お前の度肝を抜いてやるよ、ただし」   


「ただし?」

 土岐はその話を続ける事を促した。


「ただし。戦後の後始末は土岐家がやれと言う事だ?」

 土岐は瀬戸を罵るような眼で見た。


「落してもいないのにいきなり戦後処理の話ですか。笑わせる」

「ああ、勝手に笑ってくれ。しかし今聞いたぞ。撤回は許さぬからな」

 土岐はこくりと頷いた。


 それから小一時間ほど会議は行われた。しかし土岐は自分の配下にした若者を村木に返すことも無く、額田中将の兵を前線に投入することも認めなかった。

 全ての話は彼の悪魔的な一言により却下された。

 そもそも清和軍は鬼の襲撃が起こった時は表向きの指導者である村木家を物資や他社との繋がりに恵まれた天童家が補佐し、額田家が剣となり戦っていくという構想であった。


 しかし全てそれは灰燼と化した。


 両輪となる筈の天童家の当主が事故に遭ったからだ。


 今までの関係は信頼故にそれで収まっていた。神器は元の持ち主である天童家が持つものだとしてみな天童家に神器を託し続けていた。

 それも信頼故にだ。

 明治から対鬼を生業にして来たという天童家を信頼し過ぎてしまっていたのだ。

 

 行き過ぎた力が行きわたらないように天童家には隊をなせるような人員はいなかった。しかしそれだけなのだ。

 それしか天童家の枷となる点は無かったのだ。

 天童家の人間ならそれでも良かったのだ。


 しかし天童家の権力は他社の土岐家によって悪用された。事あるたびに人類が唯一鬼へ抵抗出来る手段である神器の納入を止めるぞと言って土岐九十九は自身が有利になるような状態を作り上げていた。

 今まで持っていなかった軍隊を持ち、他社との繋がりを生かして他の家に経済的な圧力などを掛けて崩壊させて残された部下を吸収して膨張続けた。

 今や土岐家を止められるものは限られてきている。


 土岐家を止めることは出来る。

 止めることは。


 しかし、それは自らの体と引き換えにだ。

 止められたとしてもその止めに動いた家の弱体化は避けられない。土岐家を止められる家の隙間を埋められ程軍には余裕が無いのだ。

 土岐家と鬼の両方と同時に戦える余裕がある者などほとんどいない。


 ほとんど。


 しかし彼は違った。前天童家当主と長年の付い合いを持った、前天童家当主と無二の親友だった瀬戸暮人だけは違った。

 天童家の一族が死亡し断絶したその瞬間から瀬戸暮人だけはこのような状況になる事を見越して行動していた。

 ある意味また彼も軍にとっては予想外の存在なのだ。


 彼の子の予想外の成長を誰も予期できなかったのだ。


 正々堂々と清和の剣のポジションを奪ったのだ。いや皆から望んで与えられたのだ、無理に奪った彼と違い。

 

-----------------------



 それは会議の後の土岐の屋敷での話

「瀬戸が犬山に軍を派遣することが決まった」


「それはそれはおめでとうございます」


「ああ、そうだ。全ては計画通り」

 九十九は不敵な笑みを浮かべた。

「何ケ月も兵を犬山に居座らせたかいがある」


「しかし兵が少ない私たちにとって彼らの欠損はかなりの痛手で」


「だからあの学生を沢山取り込んだんだよ。お前達には替えが効かんが無知な者共の変え位は沢山ある、こらから始まる計画にはどちらも欠かせないからな」


「これで清和の剣は犬山に刃を立ててこの遠く離れた名古屋に飛んででくることは無いでしょうなぁ」

 彼の家臣は呟いた。


「しかし良かったのですかね? 瀬戸家は犬山を落しかねませんぞ。もしそうなってしまったら色々と計画に支障が出ますぞ」


「その点は考えてある」

 机の上に地図を置き、彼はペンで丸を囲った。


「今の犬山兵は小牧の防衛に回ることになる。例え犬山を落したとしても疲労して帰ってくる彼らを虚から狙い皆殺しにして小牧の人間が援軍に出たことによって犬山は落とせたと瀬戸の功績を偽り奪う」

 

「ほほうそうですか」


「まぁこの作戦は奴らが城を落したらの話だ。あくまで私たちが集中しなければならないのは一宮奪還作戦」


「をどのように負けに持ってくかの話ですな」

 九十九はゆっくりと力ずよく頷いた。

「負けにさえ持ち込めればこちらの勝ちだ。お前らは軍が負けが名古屋の本部に伝えた瞬間に挙兵して要所を占領しろ」


 軍の本部、市役所、額田家事務所、土岐家事務所、村木家事務所、村木家邸宅

 彼の下に位置する地図に赤く大きな丸が囲まれていた。

「このために学生たちの軍勢で部隊を作った。額田も瀬戸も名古屋には本軍は置けまい。名古屋に本軍を置いているのは俺だけ」

「あとは学生たちが流れるままに負けてくれればいいという話ですな」

「ああ、彼奴らはあそこで全滅だ。それ故に村木も部隊の補充は出来んだろうな。軍の本部や議会を占領して村木・瀬戸・額田に敗戦の失敗を擦り付ける。勿論市長にもだ」

 土岐は、土岐家の大将は立ち上がった。


「支配も勝利も王冠クラウンもあと少しで俺のものとなる、あと少しで俺が、虐げられてきた我が一族が一国の王に成れる」


-----------------------


 それは会議直後の名古屋に置かれている瀬戸家の事務所での話。

「犬山に軍を派遣することを決めて来た」


「それはそれはおめでとうございます」


「ああそうだ。全ての物事は俺の手の中で進んでいる。勿論どうするか分かっているよな?」

 男は静かに頭を下げた。

「しかし殿も前線の将に過酷な運命を背負わせようとしてますね」


「ああ、前線の将は我が考えを理解しているものを送るが。まぁそうだな。俺の考えを分かった上であれをやると言うなら本当に大したものだ」


「以前より進めていた自衛隊との連帯の話は受けて貰いました」

 

「当たり前だ」


「それで……」

 男はおずおずと当主に尋ねた。

「何じゃ?」

「兵を出すのは何時になさいますか?」

「一宮奪還作戦の本軍が名古屋を経つ一週間前。出ないと土岐の妨害が入る」

 彼らは地図を眺めた。

「防衛に回る小牧の連中が何をしてくるか分かったもんじゃない。だから将が落ち着いてまともに指揮出来ない瞬間を狙って二手に分ける」


「となると。奪還軍が名古屋を経った後に軍を二手に分けて小牧でも攻めるおつもりですか?」

 男は首を振った。


「いいや? もう一つの軍の方はノロノロと亀の如く進軍するこれが仕事だ」

 

「小牧への牽制ですかね」


「ああ、それと準備の方は出来ているか吉良」

 男は腰を折ってお辞儀をした。

「もちろん伝えていますとも」

「それでいい。名古屋には百夜に任せる。事が起きたら学校に辞表を提出しろと伝えて置け。吉良お前は白夜の補佐だ」


「何故ご長男の深夜様ではなく次男の百夜様を?」

 瀬戸家一の忠臣である吉良は尋ねた。

「深夜には真っ当に生きて貰わねばならない。それが当主たるものの務めだ。代わりに弟が手を汚し兄を助ける。これこそが兄弟だ。今回の戦いは水面下での非公式の戦いだからな」


「承知っ……。では深夜様はどちらへ?」

「彼奴は二手に分ける軍の鈍い方だ。変に犬山攻略に参加されては困る」

 瀬戸は自分の座っている椅子の背もたれに体重を掛けた。


「事が起きたら、奴らが邸宅から武装した軍を出した瞬間に我々が掻き集めたマフィアに檄を飛ばせ。鍵はロストエデン、彼奴らが鹵獲してきた自衛隊の武器だ」


 瀬戸家当主は力を込めて呟いた。


王冠クラウンは我が手の中にある。あとはそのカードをきるタイミングだ。それですべてが決まる。絶対に奴の好きにはさせないぞ我が友よ」



-----------------------


 それは会議の余韻を味わっている額田家当主の話

「やっぱり前線に兵を置く話は飲んでもらえなかった」


「それはそれはおめでとうございます」


「ああそうだな、彼奴が俺の提案を呑むはずが無い」

 準備は出来ているか?

 額田の大将はそう呟いた。


「ええ、豊田市までの道にある市の鬼の殲滅率九十パーセントを超えました」

 男はウイスキーをあおりながらニアリと笑った。


「このことは他言無用だ」


「勿論」


「事が起きたら、村木大将と瀬戸の中将を連れて豊田・岡崎・豊川と独立して鬼と戦ってきた市に逃げ込んでそこで体勢を立て直して名古屋を急襲する」

 彼の家臣は見事なまでの敬礼を決めた。


「私としては事が起こらずこの殲滅がただの額田家の功績であることだけを祈っております」


「俺に言うなバーカー、土岐の大将に言えよ。それで彼奴らの監視もちゃんとできているか?」

 男はこくりと頷いた。


「奴らの屋敷に兵が入った時点で瀬戸に連絡を入れろ。我々三河のにわか衆と清州のにわか衆共に手を取り合えば勝てるかもしれんしな」

 瀬戸家も額田家も本軍が名古屋に居ない身。

 額田の机にある地図には大きく赤で長久手市に本軍の位置が書き示されていた。


「お前の好きにはさせんぞ九十九。新興のお前には分からない繋がりの恐ろしさってのを見せてやる。お前は支配も勝利も手にすることなんてできない」

 おじさん。天童のおじさん俺頑張るよ。

 額田正義の机の上に置かれた写真には村木有義、瀬戸暮人、額田正義、そして莉乃の父親である天童正信が集合してにこやかに笑っていた。


 俺頑張るよ、おじさん。だって俺の正義の正は天童正信の正だから。

 そう彼は心の中で思った。


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