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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第二章】The Time They Are A-Changin
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【二章外伝】 もう一人の主人公

 世界は崩壊した。

 常識も、日常も全てが瓦解した。明日も変わらぬ明日として暮らしていける余裕なんてものはもう何処にも残ってなかった。


 鬼の襲来は人々を大きく変えた。


 恐怖に怯えて暮らすモノ、成す術のないままに暮らしを送るモノ、人々の平和と安寧の為に戦う者、復讐を誓い剣を取り精進を重ねる者。

 自ら窮地に追いやって無理にでも自分も変えた者……。


 これは草薙大和が知る由も、知りたくもない人々の救いの為に戦ったとある英雄の話。

 鬼たちに終末の黙示を告げようとしたとある集団の結成秘話。

それは草薙大和が美浜銀雪と出会った頃と同じくらいに起きていた出来事。


 草薙大和は恵まれていた。

 ほとんどの人間は自力に名古屋までたどり着いてなどいない。あの騒動の最中、避難所に逃げ込んでそこが運よく鬼たちの標的にならず自衛隊に救出されたのだ。


 そんな大和を見込みのある人間だとして、軍は設備や教育のと整った学校に通わせた。


 しかし彼らはどうする? ある程度テストで成績の良い者なら大和たちの通った最上位の学校に行けずともそれなりの所には通わせてもらえる。


 ならば見込みのないという烙印を押された彼らはどうなってしまうのだ? 



 そんな彼らを軍の殆どが見捨てた。

 精々囮や突撃兵としての教育を行おうとした。


 しかし一人の男はその点に目を付けたのだ。


 彼らは非常に優秀な人材に、戦場を一変させてしまう戦力になると皆の前で解いた者が居た。

 ただし誰も彼の提案に首を縦に振るモノはいなかった。


 しかし彼は先日の騒動の中でとある大きな功績を残していた。それは奇跡によるものだった。世界は既に偶然という歯車が見事に嚙み合って運命という時計が音を刻み始めていた。

 彼は、彼の一族は地位や階級をを上げられるだけ上げた。


 その一族、その男の名こそ、今や清和軍の四大派閥の一角を担っている御家、瀬戸家の現当主……。

 瀬戸暮人中将。


 彼は清州の統治を任されてからすぐさま清州に存在していた学校を立て直し、環境を整えて彼らを周りに住まわせて学校に通わせた。


 実のところを言うとその学校の教育の質は名古屋の一番水準が低いと言われている学校よりも低かった、彼らに特別な教育を施したわけでもない。

 瀬戸は自らに考え体感させ学ばせた、戦場という魔女の窯の底を。


 入学式の日に瀬戸は皆の前でこう言ったのだ。

「この学校を作り上げていくのは皆さん学生です。私達大人は貴方たちが作り上げようとする学校に口出しする気はありません。此処は自由の学校です。貴方たちが、貴方がこの学校の生徒を率い引っ張っていくのです」


 ほとんどの人間はこの言葉に困惑していた。

 しかし勘のいい、鋭い者ならこの言葉の真意を掴んでいた。


「勿論正当な理由であれば大人を頼って下さい。では皆さん、そしてこの学校を率いていく貴方、ぜひ頑張ってください。応援しております」


 この言葉の真意を大勢のものは分からなかった。 

 この話の主人公である男もまたイマイチ真意を掴めてはいなかった。

 

 しかし彼らはすぐさま体感することになる。この言葉の意味を。

 

 入学式の直後に校内で喧嘩が起こった。理由は些細なものだ。生徒たちは大人に仲裁を求めた。しかし教師はこう言い放った。


「お前らで解決しろ」


 大和の学校で貴族との繋がりを作らせ、ドロドロした裏の世界に慣れさせるために恋愛を認めた。

 彼らの学校ではそう暴力を認めたのだ。


 強い者は生き、身勝手が振る舞えて、弱い者は死に、虐げられ、理不尽な目に遭う弱肉強食の世界を無理にでも作らせたのだ。

 勿論だからと言って急に戦乱が蠢く訳でもない。


 事の発端は中間テスト後……。

 彼らの学校では成績優秀者数名に次のテスト終了までとある部屋への出入りが出来るチケットとを5人分渡された。


 それがこの学校を三分する騒動の火種となった。


 彼らに渡されたチケットは食堂の一室のチケットだ。

 この学校は中間テストが終わるまでは皆に一律して味気ない食事ばかりを振る舞った。

 しかしそこに成績優秀者だけにほかの学校の食堂と比べても少し豪華な食事を、しかも見せびらかすように出した。


 そして羨まし気に見つめる彼らに向かって食堂の人間はこういった。

「それならチケットを持ってきなさい。そうしたら貴方たちにもこの料理を出してあげるから」

 つまり成績云々は形だけなのだ。どう奪うか、どうその券を手にするのか、どうそれを守り抜くのか、本質はそこにあった。


 騙し騙され奪い守り取り返し。

 その券を守るために力を付けたり、その券を守って貰う為に力の強い人間の傘下に入ったり、その券を奪う為に徒党を組んだり。


 統合、合併、同盟、解体、見せしめ、壊滅、破壊、奇襲、だまし討ち、情報工作、色仕掛け、人質、お飾り。


 ありとあらゆる手が使われた。

 いつしかその一室は権力者の象徴となっていた。


 戦いは熾烈を極め、小競り合いから大規模な戦いへと移り変わっていた。

 券を取れる頭脳を持った者の取り合い、券の取り合い。


 それはいつしか権力の奪い合いへと変化していた。

 戦いに特化した武闘派と、券を取るためだけに勉強に励む頭脳派、など様々な役割が与えられバラバラだったもの達が集団となった。


 戦いに戦いを重ね、生徒たちの間では三つの大きな勢力が現れた。

 

 一つは少数だが教師などの大人の力などを使い、退学や休学などの手段も平気で使ってくる生徒会。


 一つは校内で一番の人の数を誇る弥冨やとみ一派。


 一つは現段階で券を一番所持しており、文武の分離を一番に始めた精鋭ぞろいの田原派。


 彼は田原派に居た。


 田原派の長である田原誠と同じクラスであり田原派と呼ばれる前の一勢力の時代から参謀として彼は田原を支え続けた。


 本来彼の性格的には支配する方なのだ。

 彼は不満に不満が溜まっていた。

 それでも彼は人々が羨ましがるような地位に居た。しかし彼は今まで下っ端をやったことが無いのだ。彼は傘下の軍団の小勢だとしてもリーダーというモノをやることに憧れ、自分の今の地位を心の奥底で呪っていた。

 

 彼は下の人間の気持ちを始めて理解した。


 一色は、一色祐樹は決意した。

「この学校はおかしい。俺はこの学校を統一して、元の生活を取り戻す。支配者と虐げられたもの達の立場を皆同じにする」

 

「遂にその気になったか裕樹」

 田原派の一員であり一色の相談役的ポジションである吉良武蔵は嬉しそうに拳を上げた。


「ああ、俺はこの学校を変える。皆を救う。何か策はないか?」


「と言いましてもねぇ……」

 吉良は腕を組んだ。一色は今や田原の五本の指にも入る位の信頼の厚い部下、しかし今の発言は田原を裏切ると言っているようなものだった。

 一色を慕っているものも少なくはない。


 彼が田原派を見限り、新たなる勢力を作り上げると宣言したら彼の下に集う者も出てきはするだろう。一時的な反乱なら。他の勢力に在籍を移すだけの反乱ならきっと成功するだろう。

 しかし、あくまで一色の目的は統一だ。



 今旗を上げたところで集まる人数じゃ、やれることは限られている。


「本当はもう思いついているんだろ」

 

「ええ、勿論」

 吉良は彼の本気度が見たかったのだ。すでに吉良は一色を王にする道を見出していた。

 そもそも常々一色に反旗を翻すことを説いていたのは吉良だ。

 吉良は心底一色に心酔し、この愛知を救うのは一色だとさえ思っていた。


「まずは、反乱を起こすには兵力が必要です。しかし今の俺達にはそんなものは有りません。となるとどうすればよいかお分かりで?」


「協力者を募る?」


「いいえ、そんな流暢な事をしている時間などありません。協力者を募るのではなく。彼らに協力させたいと、貴方の様に自らの主を裏切ってまでも貴方に付こうとする人を出しやすくする軍勢を作り上げるのです」


「それをどうやって?」


「そんなものは簡単ですよ。一つの軍勢を丸ごと乗っ取り、それを基盤に物事を進めて行くのです」

 それが出来たらこんな三国志まがいの状態にはなってないよと一色は心の中で思った。

 しかし、吉良は自身と笑顔に溢れていた。


 吉良からしてみたら嬉しかってのだ。自分が王と定めた人物が本気で王になろうとしようとしたことが。

「っとその前に一つ協力者が必要ですね。募っては絶対に味方になってくれない、大きな後ろ盾がねぇ」

 吉良はニヤリと笑った。


「まぁ一色よ、俺も俺で準備がある1週間待ってくれ。その前にお前にもやってもらいたい事がある」


「なんだ?」


「田原の大殿に、弥冨派御用達のマフィア、ロストエデンの調略の許可を貰ってこい」


「それはいいが……」

 ロストエデンとは清州の一部の地域を島に持つマフィア。

 闇での物流や賭博場・風俗経営、闇金、違法薬物の売買で財を成し身を立てた集団だ。


 暴力団とどこが違うのか言われるとあまり違った点はない、というか彼ら自身も名古屋の暴力団から独立して出来た組織なのだ。ただ彼ら自身がマフィアと名乗っているためにみなマフィアと呼ぶようにしている。


 そして何故か彼らは弥冨派に協力して度々校外で要人を襲うなどの事をしてきているのだ。

 勿論田原派にだって協力的なマフィアはいる。どちらかと言うと清州ではこちらの方が大きな組織なのに、どうしてそいつ等への協力を依頼するんだと吉良に問いかけた。


「理由は二つ。もしやつらが田原に忠誠心だか、利害関係だかで繋がっていてばらされたら即終了だ。そしてもう一つ、このロストエデンはあの日の襲来で態々名古屋に居たのに何名か部下を外に派遣して死んだ自衛隊の残骸から銃火器を奪ってきている」


 ロストエデンが名古屋の組織から独立できたのもその銃火器の所持が大きかったんだろうなぁと思った。

しかし一色の中でとある疑問が生まれた。


「どうしてお前がそんな事を知っているんだ?」


 マフィアにしか伝わっていないだろう話をどうして一般人の吉良が知っているのか、一色はそこが引っ掛かった。


 しかし吉良は返事をはぐらかしたまま答えを返すことは無かった。


-----------------------------

 それから一週間が経過した。

「よお坊ちゃんたち、敵勢力の癖して俺達に何か用か?」

 サングラスを掛けた西尾翔と名乗ったこのロストエデンの長である交渉相手が声を上げた。


「仲間になって欲しい」

 何の躊躇もなく一色は呟いた。


「俺に弥冨を裏切れと」


 それを静かに首肯した。


「はぁぁん、嫌だね。腐っても彼奴らとのビジネスはまだ終わっちゃいない。彼奴らは俺らに金を出したんだ。ならその分働くってのが筋だろ?」

 西尾も西尾なりに独自の美学を持って動いていた。

 勿論西尾部下たちもそれを認めて西尾の下に居た。


「いくらで弥冨に買われた?」


「ほぅっ、お前らロストエデンを買おうってか。俺たちは高いぞ。俺が定めた道理に反しさせた分もきっちり払ってくれるってならお前ら田原派についてやるよ」

 男は知っていた。プライドや道理、自分に定めた掟じゃ部下を養っていけないことを。だから利益が見込めるなら平気でその掟を破り続けた。

 掟よりも金の方が男にが重かったのだ。


「一つ、俺たちは田原派じゃない」


「ならどこだ」


「これから一色をリーダーにあの学校を統一する」

 男は高々と笑った。


 彼には愉快でたまらなかったのだ。ほぼ自分たちの世界を縮小したようなあの学校を統一するとぬかす輩が本当にいたことに。



「面白い。で? いくら払う」


 西尾の前に書類が送られた。


「こりゃ何だ?」

 男は紙をぺらぺらとめくった。



 そして男は固まった。



 男の中でだけ時間が停止したように男はピクリとも動かなかった。


「吉良あれはなんだ?」

 一色にはあの男を凍結させたプリントなど知らなかった。恐らく吉良の秘策だろうかと一色は考えた。

「前金だ」


 吉良の言葉によって西尾は現世に戻って来た。

「ああ、これは道理に反して行動する分にしといてやるよ」

 西尾は内心慌てていたこんな学生などに付き合ってられる暇など無かった。


「それと名古屋の中級貴族三人と難民の上玉をさらってきた。貴族は身代金の要求、そいつらは風俗に出すだのなんだのの教育は其方がやってくれ」


「弥冨んときは中級貴族五人だったぞ、それに一人は貴族の令嬢なのにそっちの店でもかなり稼げるような上玉だ」

 吉良は頭を抱えた。しかしそれも吉良の演技だ。


 瞬時に一色は理解した相手に一瞬でもこれだけかと思わせる為にこいつはそれをやっている。


「うーん、貴族様たちはお顔や体形が余り宜しくない人たちを狙いましたからねぇ……」

 吉良は肥満体質の貴族の令嬢を攫うことを得意としていた。この特技があって吉良は田原派でそれなりの地位を手にしたのだ。

 

「狙いやすい貴族令嬢の一日の行動パターンの情報で手を打とう」

 マフィアの一番の収入源は人攫い、それを彼らは知っていた。それ故に学生は貴族の行動パターンを疑われもせずに調べ上げられたり、あるいは同じ学生と言うことでその人の心を開かせ指定した場所に連れて行かせることも出来る為に無視できる存在では無かった。


「足りない。せめてあと一人連れて来い」

 彼の提示した条件も十分に魅力的だった。


 しかし彼らには腐っても美学や道理がある。弥冨より多く出さないとそれに乗る気などは無かった。

 例え、今お金が必要な状態であるとしても。


「やはり断って来たか。しかしいいのかね? このロストエデン潰れるぞ」


「ああ、この紙を見る限りはそうみたいだな。軍に出て来られたら流石に俺達もただじゃすまない。あの軍何やって来るか分かったもんじゃないしな」


「それならばどうしてだ。どうして飲まない。御布施で軍は許すのだぞ」

 吉良は西尾に訴えかけた。


「それでも同じさ。部下を養ってはいけない。どのみち滅びるのなら俺は俺の望んだ道を貫いて滅びたい」

 一色は何がなんだか分からなかった。

 あの紙束に何が書かれていたのか吉良は教えてくれなかった。


 いや吉良はあえて教えなかったのだ。この状況に持ってきたいが為に。かわいそうに思った一色がほかの作戦などを上げてしまわないためにも。


「一つ、それを回避する方法があるぞ」

 満を持して吉良が鯉口を切った。


「はぁーん、お前らが軍を説得してやるとでもいうのか。馬鹿馬鹿しい」

 すでに西尾は諦めぶっきらぼうになっていた。


「俺たちに協力しろ」


「どうしてそうなるんだ」


「そもそもお前らの取り締まりを進言したのは生徒会だ。生徒会が弥冨一派を潰すために秘密裏に進めていたのがこの作戦だ」


「どうしてお前がそれを知っているんだ?」

 つい一色は声を上げてしまった。


「俺は田原派の交渉役だからだよ。対弥冨同盟の」

 一色は知らなかったのだ。

 五本の指にも入る一色でさえ教えられていなかった弥冨殲滅作戦の話、本当に彼らは秘密裏に弥冨の力を奪っていくつもりだったのだ。



 ただしそこにイレギュラーな存在がいた。

 計画をご破算させる者が居た。



 それこそが今や一色の参謀の吉良武蔵だ。


「それで?」

 西尾は興味なさそうに続きを促した。


「俺は会長の行動パターンなどを知っている。だからロストエデンに会長を誘拐させて、会長を取り返そうと交渉に来た生徒も攫って生徒会を内部から崩す」

 吉良はほくそ笑んだ。


「そこで生徒会を救う救世主の一色さんの登場だ。一度ばらした生徒会を吸収して新たなる組織を立ち上げ戦うのだ。前に一色が言っていたように、立場の弱い者に救いを与えるというのを大義名分にして戦っていく」


 ガンッ。

 何者かが机を叩いた。音は重く怒りに満ちていた。


「俺はお前らの作戦なんて聞きたかねぇんだよ。そんな作戦には乗らない以上だ帰ってくれ」

 男は心底呆れていたのだ。この状況になって回避する手段がない事に、たかが一学生の助言によって組織が壊滅するのを黙って見ていなければならないことに。


「人の話は最後まで聞くべきだ。まぁさっきの話は割愛して……。俺たちの味方をすればお前たちは助かる。確実にな」

「生徒会を解体したから助かるとか言うなよ。多分この書類は提出されているだろうし」

 首を横に振った。


「いいや。ロストエデンが助かる方法はただ一つだ。活動はそのままに瀬戸家の軍門に下る。その手引きを全部おれがやってやる。意味は分かっただろ、どうだ? これで協力する気になったか」

 西尾はサングラスを外し身を乗り出した。

 それは西尾にとっては空虚な妄想に等しかった、しかしそれでも、それにしか縋りつけないほどにロストエデンは切迫していた。


「馬鹿か、お前達のこんなヤクザな集団を助けてくれって話なんて聞きゃしねぇよ軍は」


「俺は瀬戸家の忠臣吉良家の四男だ。それくらい容易い」

 この場にいるすべての人間は驚きを隠せずに固まった。

 一色も今までの付き合いの中でそれを打ち明けられたことすら無かった。


「それでも何故軍が俺達を? よりにもよって瀬戸家が」

 

「父の言葉を借りるとするならば。瀬戸家はヤクザの手だって借りたいのだよ。いずれ起きるであろう政変を防ぐクーデーターの為に」


 この話について西尾には心当たりがあった。一か月くらい前あたりにとある軍閥の一家がロストエデンを吸収しようと迫って来たのだ。

 

 軍がならず者を雇おうとするのはおかしな話だ。それを何かの罠と見たロストエデンはその提案を蹴った。

 それ故にさっきの書類を見た西尾はこれが大元の理由で軍に消されるのだと睨んでいた。


「その話本当なんだな」

 西尾は遂に腹を固めた。

 部下にはちゃんと話して納得した者だけについてきて貰うつもりだ。

 彼は部下を守るために軍のイヌとなる決意をしたのだ。


「証明する方法ならいくらでもありますが……」


「いい必要ない、その話乗った。初めの仕事は生徒会長の誘拐でいいんだな。手引きはお前たちがしろよ」

 西尾はすぐさま言い切った。


「やはり貴方方は見込んだ通りの組織だ。ヤクザはヤクザでも八と九が出たら勝負を止めるそんなヤクザだ」


「はは、その代わりお前が提示したもん全部の甘い汁を吸ってから軍に下るぜ。これで悪い事も仕納めだ」

 部屋中に溜息が発しられた。


「いいえ、私たちが欲しいのは貴方たちの力です。その貴方たちの悪事が力の源だと言うなら逆にむしろ悪い事をし続けて下さい。その代わり瀬戸家が号令を発したら、鹵獲武器をもって名古屋に来て下さいね」

 西尾は驚いた顔をした。

「政変って言ってたが……。戦うのは人なのか?鬼ではないのか?」


「ええ、貴方たちの目から見ても分るでしょう、とあるお家が明らかに傍若無人な振る舞いをしているでしょ。あそこを放置してるといずれ全ての覇権を掴み取る為に兵を起こしてきますよ。まぁその時になったらそれを止めるのが瀬戸家の役目です」


「ああ、あの家か。あそこだけは良い噂を聞かないからな……。本人は正当性を主張しているけど明らかに乗っ取りだろうあれ」


「ええ、つまり受けてくれると捉えていいんですね」


 西尾は立ち上がり吉良の前に立った。

「いいや、それをやるのは私じゃない」

 吉良はすぐさま一色の後ろに隠れてた。



 あくまで吉良は一色を王にしようとしているのだ。


「どうしてこいつなんだ? お前だってやろうと思えばこれくらいの事なら一人でできただろうに」

 西尾は何気なく呟いた。


「それは私が人を率いる器じゃないからですね。私が反乱を起こしたところで味方は集まりやしない」

 吉良家は代々瀬戸家の重臣として働いている。幼い頃から武蔵も家臣としての教育を受け続けて来たのだ。だから武蔵にはそのような考えに行き当たるようなことは決してなかったし、何より一色に将器を見出していた。


 彼からしてみれば一色は曜変天目茶碗の様な存在だったのだ。奥深く、煌びやかで、七色に光り輝く、そして彼の器に宇宙を見出していたのだ。

 

「まーそうかならばこれから宜しくよ。御大将さん」

 一色の下に手が差し伸べられた。


 一色は立ち上がりすぐさまその手を掴んだ。


「これで契約完了。一色様とロストエデンの同盟結成だ」


-----------------------


「悪かったな隠し事してて」

 ロストエデンの長、西尾に協力の確約を得た後に一色の部屋で飲み会をしていた。

 一色は吉良が自分の正体を明かしたことに触れないように気を配ていた。

 しかし酒の力もあってか吉良はポロリと口からそれを漏れ出した。


「なぁに人には言えないことくらい十や二十はあるよ」

 彼にも勿論人に言えないことはあった。

 身勝手な理由で、その当時自分の好きだった女の言葉にくらんでしまって中学の頃にとあるクラスの人間を傷つけてしまったことだ。

 彼は下の身になって初めてあの頃のとある天才の気持ちが痛いほどに分かってしまったのだ。


「なぁ、一色」

 吉良が一言呟いた。


「俺が手を汚すからお前は何時までも綺麗な存在でいてくれよ」


「まーた誘拐をする気か。あれ実を言うとあんまり得意じゃないんだよな俺は」

 一色は嘲るように呟いた。それに同調するように吉良は口角を上げた。


「お前はそれでいい。ひずみやゆがみは全部おれの仕事だ。その代わり表に出るのはお前だからな」


「ああ、分かっている」


「ならよかった」

 安堵するかのように穏やかな顔になっていた。


「俺は何があってもお前を信じる。何があってもだ。だから……」

 彼の椀にカップの酒が注がれた。

 白く白く透き通ったその液体は碗の中で大きく波打っていた。


「お前も碗に酒を注げ」


 吉良に自分の杯に酒を注ぐことを進めた。


「俺はこれから何があってもお前の理解者だ。絶対に迷うことは無い。戦場でもお前になら信じて背中を預けられる。99パーお前を信じている」


「それじゃぁ、あと1パーセントは……」

 酒に映る自分の顔を見つめながら吉良は呟いた。


「これからそれを100パーセントにする。俺たちは生まれや立場も違う、いわば他人だ。ただしこれでもうお前と他人でなくする。立場も何もかも全てが同じになる。吉良お前を義兄弟の契りを……。盃を交わそう」

 高く高く掲げられた陶器の碗は軽くお互いを撫で合って綺麗な音を上げた。


「おう兄者」

「よろしくな弟よ」

 彼らは何の迷いもなくその酒を一気に飲み干した。


「虐げられたもの達は俺が助ける」


「そうだな兄者」


「それ学校でもいうの止めてくれよ」

 照れながら兄は笑った。


「さっ、明日から世界を救おうじゃないか。まずは生徒会を乗っ取る」


「それをしたらさぞかし兄者の下に人が集うようになるでしょうね、それで集団の名前なんて考えてたりするんですか? 流石に一色派は嫌でしょうし、何よりそれじゃ今までと変わらないと思われてしまう」



 男は立ち上がり叫んだ。


 慟哭した。



「俺は取り返す、俺は絶対にあの日常を取り返して見せるぞ、武蔵よ。こんなくそったれの世界なんていらない、そう俺たちはこのくそったれの世界に黙示を告げる者『アポカリプス Apocalypse 』だ」


 

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