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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第二章】The Time They Are A-Changin
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【二章第十一話】 踏み荒らされた花園

「やぁまぁとく~ん」

 退屈な授業を終えて家に帰ろうと校門を潜りちょっと行ったところで後ろから此奴はいつもこんな感じで近づいてくる。

 後ろからパタパタと走ってきた莉乃は不思議そうに俺の顔を覗きこんでくる。


「何かいい事があったのですか?」

 莉乃は俺にそう問いかけた。

「別に」

 思い返しても別段良い事というのが記憶の中から掘り起こされない。良い事ではなく、面白い事はあったのだが。


「やっぱり、大和君絶対なんか良い事があったんでしょう」

 莉乃の声が一段と弾んだ声になっていっている。


「どうしてそんな風に思うんだよ」

「いやいや、大和君のいつもの学校での感じ、どんな風か分かってますか? 正しくあれは心ここに非ずって感じですよ」

 まぁ否定はしない……。

「はぁ、それで」


「何か良い事有りましたかって話です。何なら当ててみましょうか?」

 弄ぶような眼をした莉乃の口元が怪しく揺れる。しかし目が笑っていないように感じられた。

 

「ちょ、どうして歩みを早めるんですか」

 もうこんな話し合いも不毛に思えて来た。足早にさっさと家に帰ろうと路地を曲がったその時だった。

 足を止める、急に止まったせいか莉乃が背中に激突してくる。


「どうしたのですか?」

 目の前で何があったのかと莉乃が前を覗き込もうとしていたので……。

「いいから静かにしろ」

 俺はクルッとと体を回転させ、交差点を曲がろうとしていた莉乃を捕まえて元の道に引っ張りだした。


「いきなり何を……」

 まぁいいから見てみろと言わんばかりに莉乃に角の向こう側の光景を見させた。


「あの人達、また……」

 隣の莉乃から呆れたような溜息が零れる、そして彼女はその先を明確な怒りを持って睨み付ける。

 

 そうだ、そんなことは既に予想していた。

 こんなことになることくらい容易に予想できていた。

 莉乃が見ている景色はそう、昼間莉乃が助けた少女が莉乃の監視が行き届かないであろう校外で集団に虐められているところだった。


 勿論莉乃はそれを止めに出ていこうとするが……。

「止めろ」

 俺は莉乃の手首を掴みそれを制止した。

「今お前が出て行ったところでその場でしか彼奴は助からん。きっとお前の知らないどこかで確実にそのしわ寄せが来るだろうな」

 莉乃に働いていた力が弱まった。

 多分これを止める事なら簡単に簡単出来る、実際に前の争いも見事に止めていた。

 だからこそこんな陰湿なやり方に相手のやり方が変わってしまった。

 もうこうなってしまえば莉乃だけで止めることはほぼ不可能だろう。莉乃と彼女はクラスが違う、いつ何時でも莉乃が彼女を守れるわけじゃない、共にいて守ってくれる護衛を付けない限りは彼女はきっとどこかで苦しむことになるだろう。


「それに彼女の意志はちゃんと聞いたのか? どうだ、彼女はお前に間接的にでも助けてと言ったのか?」

「それでも……」

「それでもなんだ? 中途半端な事をするからこんな風になるんだ。彼女の気持ちも考えずにずけずけと彼女がやっとのことで作り上げた自分なりの均衡をお前は壊したんだ」

 見捨てることも……。見逃してやることも……。人として大事な事なんだ、という言葉が喉の所まで込み上げてきた。

 しかし俺にはそんなことまで言う資格はないと思う。

 そんなことを言ってはいけないと思う。

 あれだけ他者の介入を期待していたのに。


「今のお前じゃぁ、彼女からあの集団を追い払う力を持っているふりは出来ても実際にそれを行うことは出来ないな。どうだ、人一人も救えない自分の無力さは」

 同情的に莉乃に問いかけた。


「悔しい……」

 莉乃は俯きながらそう一言呟いた。

「ならば考えるんだな。自分がどうすれば彼女を守ることが出来るか。自分が何をすれば彼女を虐げる彼奴らにそれを辞めさせることが出来るか」

 この道を通るのあれなので他の道から家に帰る為に学校へと引き返そうと影から様子を窺っている莉乃に背を向ける。


「まぁ家にでも帰って冷静になって考えろよ」

「無理です……。私には友達を見捨てる事なんて」


 そうか……。


「待って下さい。確かにここで私が介入しても良い方向に進めないかもしれません、それでも私はここでの事を無かったことにして立ち去る訳にはいきません。だからせめて……」

 莉乃は俺の服の裾を掴んでか細い声で呟いた。

 それはそれは今にも泣きそうな弱い弱い声だった。


「最後まで見るのに付き合って下さい」

 ここで立ち去るのも、何もせずにただ見ているだけというのもどちらも同じ事の様にしか思えないんだが莉乃の中ではそれは違うことみたいだ。



 髪を引っ張ったり、体を蹴飛ばしたり、鞄の中身を道にぶちまけたりと……。

 ただ今の彼女たちは昼と違うところがあった。

 この集団は彼女の顔や肌を露出させている部位は狙っていなかったのだ。

 彼女へのいじめを発見してから十数分、その集団は彼女の持ち物を道中に放り投げ、空になったバッグを踏み付けて、脚で地面に擦り付けて何事もなかったように、何か面白い事でもしていたかのようにガハガハと陽気に笑いながら帰っていった。

 彼女はその集団が去ったのを見ると散らかった荷物を鞄にしまい、服を何度か叩いた後に何事もなかったかのように去った。


 莉乃はその一部始終を拳に力を込めて陰からずっと見守っていた。

 正直莉乃は途中で何度もあの集団の中へ割って入ろうとしていた、しかし結局はそれを行わなかった。


「どうだ? これで分かっただろ。彼女がどうしてああなっているか」

 俺は莉乃に問いかけが彼女はただただ首を横に振った。


「それが理由だとしても、絶対にこんなことあってはいけない」

 あってはいけないのは自分の友達だからだろ。

 別に他人だったらそんなことはしないだろうし、思わないだろう。


「それでも面白いのさ。反抗する気も無いのに態度だけ反抗してる奴って、いじめがいがあるのさ」

 俺はあたかも知っているような口ぶりで呟いた。


「あーあっ、私は無力だ」

 莉乃は手入れの行き届いている髪を掻き毟り行き場のない感情を声に乗せて発散しようとしている。

「大和君、今日はとことん飲みますよ」

 莉乃はそう呟いて俺の方を見た。

「あーあおっさん臭い事言って、明日も学校があるんだからな。飲まんし付き合わん」

 莉乃は此方をみてニヤリと笑った。

「そーゆことろだけ何で真面目なんですかね大和君は……。飲みすぎたらサボりますよ学校なんて」

 あーあ、遂に言っちゃったよ、このお嬢様は。一応学校では気さくで、優しくて、真面目で通ってるみたいだが。まぁ、ソースは近くの席の御貴族様が昔言ってたことだ、多分。


「俺は学校に行くんでいつも通りハリマとやってくれ」

 莉乃はぷくーっと頬を膨らませた。


「そもそもお酒は二十歳になってからだ、誰だよ十六歳から飲めるように法律を変えた奴は」

 あの鬼の襲来以来名古屋では憲法無視の集団が大企業と連帯して力を急速に付け爵位なんて古臭いものを復活させた。軍への協力の見返りとして軍は好き勝手に人を取り立て今現在名古屋の議会はほぼその爵位を持った軍人や企業の社長が乗っ取っているような状態である。

 企業が政治に牛耳れるようになったらやることは一つだ。

 自分の会社の利益獲得のために自分らに有利な立場に身を置かせ、都合のいいように物事を進め、それをなす為に法律を作り出す。


 この飲酒年齢の引き下げだってそうだ。鬼の襲来以降度重なる大きな経営上の津波を切り抜けて、生き残った清酒企業を吸収し肥大化したどこぞの大きなお酒のメーカーが自社の利益を増やすために軍に根回しをして議会に口を出して、皆が鬼から受けたキズを癒している最中にどさくさ紛れ込ませ施行し始めたのだ。


 そして見事なまでに人々は酒に走った、鬼の事を、家族を殺された悲しみを、今置かれている現状を皆酒で忘れようとした。皆が全ての悲しみをお酒で忘れようとした、子供も大人も。


「俺の尊敬している戦国武将は禁酒令を出した人なんだ。だから俺も飲まないって決めたんだ」

 まぁ失敗していたが莉乃には分からないだろう。


 口を手で押さえて莉乃は小悪魔のような笑みと眼つきをする。此奴特有の誰かを軽く貶めようとするときにする癖だ。


「うふふ、大和君は舌がお子ちゃまだからお酒が飲めませんからねぇ。一緒にお酒を飲んでくれる友達も、飲みに誘ってくれる友達もいない。それにあの時は面白かったですよ、大和君が調子に乗ってお酒を飲んだ時は」

 別に友達がいないのはどうってことない。莉乃やハリマはクラス会的なものに月に一度くらいの頻度で誘われて夜遅くに帰ってきたりすることもある。勿論俺も最初の方についでで誘われていた。

 まぁ行かなかったが。

 だがもう一つの方は……。


「覚えがないんだが、やっぱりあの時に何かあったのか……」

 多分莉乃の言っているのはあの時の事なんだろう。 

 七月の後半あたりに、自分で買ってきた高い酒をハリマと飲んでほろ酔いになっていた莉乃に揶揄われて、だったら飲んでやろうじゃないかとグラスに酒をギリギリまで注いで一気に体に流し込んだ。


 それはそれはなんとも言えない変な味、その変な味と共に体中に広がるおかしな熱。


 そして気が付いたらリビングのソファーで俺は寝ていた。

 頭は痛かったし、なんだか記憶が朧気にしか残っていなかった。心なしか酒を沢山飲んだ気もするし、全然飲んでない気もする。

 莉乃やハリマに昨日のことを聞いてみたがハリマは苦笑い、莉乃はなんだか意味ありげに微笑んだだけで何も教えてくれなかった。



 その日を境に俺は決意した。もう酒は飲まないと。



「さぁて、忘れてしまいましたよ。うふふ」

「そうか……」

 まぁそんなことはどうでもいいとして。


「お前友達いたんだな」

「ええ、多分あのは私の一番の友達。ユキは美浜銀雪みはまかなゆは上辺だけでなく紛れもないホンモノの友達ですよ。私はそう思っています」

 ホンモノがあるってことはニセモノもマガイモノもあるってことだな。

 お互いの間で言葉が出てこない。何も言わない、何も言われない静寂の時が流れる。


「なんです大和君、私が誰かと仲良くしていることに対して嫉妬しているのですか?」

 はぁ……。


「今日の昼の時のあれを見た」

 莉乃は静かに頷いた。


「知ってますよ、もちろん気が付いていました。どうでしたか? あの時は大和君の真似をして喋っつたつもりなんですが」

莉乃は顔を上げてそのどこまでの黒くて深い目で俺を覗く。

「楽しかったですか、あんな光景を見て。無様でしたか、ちゃんと守れないのに出過ぎた真似をした私は。醜かったですか、憎いと思っているあの土岐の権力を勝手に使った私は」

 此奴は一つ間違っている。


「俺は何も出来なかった。いやする気になれなかつた。お前は偉いと思うよ、どこかの少年はきっと梨奈を称賛している。それでもお前は一つ勘違いしているところがある」

 それは……。いやいうのは止めておこう、これは友である莉乃が気付いてそうさせるべきだ。それに違う手段だってあるかも知れない。

 俺はきっと最低な男だ紫水。俺はあの時のお前のような奴を見かけても特に何も思わなかった。手を差し伸べようとも、助けてやろうとも。


 そして今もだ。


 だが俺は間違っているとは思えない。あの時俺が一色に殴りかかったとしても結局はお前が傷ついていたであろう。

 ならば、それはもう。


 あの時俺が一心に望んだことだ。虐めを止めさせるにはこれしかない。

 あの時学んだことだ。

 だが俺は莉乃の友達の為にどうこうしてやるようなお人好しでも人格者でもない。

 俺は俺だ。

 何の利益も価値も面白みも無い人間の為に動く気は毛頭ない。

 ただし、彼奴が……。


 もしもの話だもしも……。いや、そもそも俺と彼奴は他人だ。そんな事を考えた俺が馬鹿だった。


「まぁ帰ろうか。酒でも何でも流し込んで忘れろ。俺は飲まんが、ハリマはきっと付き合ってくれる」



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 寝不足だ。

 結局昨日は遅くまで莉乃に付き合わされた。

 莉乃が愚痴を聞くだけでもいいからリビングに残っていてと言われたので、これ以上放置してもめんどくさくてしょうもない事になりそうなんで俺は部屋からゲームを持ってきて、育て屋をグルグル回りながら莉乃の愚痴に空返事を返していた。


 髪ををぐしゃぐしゃと弄りながらリビングに下りてくると、そこに神妙な面持ちをした莉乃がいた。

 まぁ此奴が朝ご飯を作れなさそうな状態だったので俺が早く起きて朝ご飯を作ろうと思っていたのだが、存外ぴんぴんした莉乃が其処に座っていた。

 そしてテーブルにはそこに座れと言わんばかりに俺の使っているカップにコーヒーが注がれ香ばしい匂と共に湯気を上げていた。

 椅子に座り、コーヒーに口を付け莉乃の方を見た。

 はぁ……。


「それでなんだ。こんな朝っぱらから」

 莉乃に話を切り出すタイミングを与える。

「昨日一日どうすればいいかを考えました、けれども全然解決策が思いつきませんでした。私はユキと相談することにします、これからどうするかを。だから今日大和君も来てください」


 俺は間髪入れずに、何の間も作らず口を開いた。

「やだ」


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