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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【前日譚】国偲びの歌
3/104

前日譚 その3

「ああ、何をやっても詰まんねぇな……」

 今日は珍しく遅くに起きた。目が覚めた時にはもう昼ご飯が作られていた。

いつも通りの自分といつもと変わらぬ食事、変わっていくのは月日だけ。

 ただ世界のほんの一部が微妙に変わっているだけ。


 起きていても何もやる事がない、でも起きなければ家族の五月蝿いお小言を聞かなければならない。

 

 世の中何故ありもしないのに完璧な人間というのを求め、それをさせようとするのか……。何故皆天才に、何事も、万事を出来る人に執着するのだろうか。


 葛城紫水かつらぎしすいは物思いに耽っていた。


 いやそうするしかなかったのだ。

 なんとなく家には居づらい空気、かと言って外に行く用事も行く所もない。それでも彼は外に何かあるんじゃないかと冷め切った心で、体感的にも心情的にも『冷め切った』世界に出ることにした。

 彼は期待しているのだ、道を歩いていたのならばふらりと誰かと出会えるんじゃないかと。


 紫水には誰も友と言える人間がいない。彼もその件に関しては全く興味を無くしてしまっている。

 別に彼は孤高に憧れている訳でもない。

 それでも彼の中でそのことは触れてはいけない暗黙の領域に置かれている。

 

 他人の人生のエキストラに成れるように。

 他人の、そして自分までもの人生の脇役に成れるように。


 彼がいつも心がけていることだ。紫水がこんな考えを持つようになってしまったのには原因がある。それもその件に関しては紫水は全く悪くない……。


 全くもってだ彼は被害者なのだ。

 それでも彼は自らが加害者だと自らに烙印を押し。自分が関わっていたせいで一人の人間を無理にでも変わらせてしまったと思い込み信じてしまっている。


 彼は紫水は悪くないのだ。

 ただ、周りの人間が嫉妬深く、欲深く、妬み易く、僻み易く、傲慢でひ弱であったばかりに彼はこのような人間になってしまったのだ。

 いや違う、彼はそんなものに耐えれるくらいの精神力と、そんな事を問題として捉えない、鈍感さがあった。

 

 俺にも昔親友と呼べる男がいた。 みんなに良く思われようと、皆の『都合のいい』人間になろうと、救いきれない位のものを抱え、その掌から溢れ出してもなおそれをすくい上げようとする奴だった。

 そんな奴のお陰で少しばかり浮いていた紫水は皆と何の諍いもなく、楽しく笑って小学時代を過ごして来られたんだと、成長してから気付くことが出来た。

 

 ただ気付くのが遅すぎたのだ。


――そんな紫水の友達が壊れ始めたのは小学六年生の時であった。突然彼は大切にしていたゲームの一切合切を封印し勉学に打ち込むようになった。


 学校では彼は極力友達たちといつも通りに過ごそうとした。

 しかし段々と歯車は食い違っていってしまう。

 それはそうだ、テレビもゲームも一切やめてしまった彼が話についていける筈も無い……。彼がクラスの空気になるまで、それはそれは一瞬であった。

 

 皆が彼から距離を置き、彼に背を向け始めた。

 それでも紫水はこの風変わりな彼の親友として彼から去ることは無かった。


 彼は友の前で強気に振る舞っていたが、紫水は彼の心の内の寂しさを見抜いていた。

 見抜くことは、直感的でも感じることは出来てはいたのだ。

 そして長年の親友である彼の胸の内を探り真実を聞くことが出来た……。

 

 この時は皆が皆幼かった。

 紫水は友の苦しみや寂しさに少しでも寄り添うことが出来たと思い込んでいたのだ、ただこの友は全くもって核心の部分を、自らの本当の悲しみを紫水に打ち明けはしなかった。


 この友は一貫して自らの負の部分を語らない人間だったのだ。


 この話はこれで終わりだ、結局紫水は何もすることが出来なかった。自分がされたように彼を支え、救ってやることが出来なかった……。 

 

 そう紫水には彼の根本的なの悩みが分からなかったのである。


――どうしてその問題が分からないのか、どうしてそんな問題で間違えるのか、どうして校内写生大会で金賞がもらえないのか、どうして夏の作文コンクールで賞状が貰えないのか、どうしてバスケットボールのドリブルで足がもつれるのか、どうしてそんなこともできないのか……。 


 何事もある程度は簡単にできてしまう紫水には分からなかった。

  

 紫水に出来たことは彼を慰め、励ましてやることぐらいだった。その当時の紫水はそれをやるだけでも、もう達成感を得てしまっていた。

 

――それから時は過ぎ中学一年生の二月の中旬。紫水が周りに、彼の周囲に、交友というものに全くと言っていいほど心を閉ざしてしまう大きな事件が起こった。


 これだけは今でも確実に言える事がある、それでも紫水にとって彼紛れもない親友だった……。 

 


 いいや、だったなどでは断じて無い。


 本当は紫水は皆を許している。


 あの時の彼の涙を堪えている顔……。それでも堪え切れず漏れ出てしまった一筋の涙。

 

 それを見た時点で紫水は全てを許してしまった。 

 

 幾たびも紫水は友の元に戻ろうとした。

 幾たびも、幾たびも、しかしそこにいた彼は変わってしまっていた。見た目は変わっていない、それでも親友である紫水は瞬時に分かってしまった。


 彼は彼の何処かが豹変していた。


 それからというもの、誰と遊んでも、誰と付き合っても全く楽しくなかった。

 楽しめていない自分がどこかに存在していた。

 中学生として普通な振る舞いや付き合いをしても彼は全くもって心が踊らない。何者かの期待にいつも答え、そして何者かまでにも気を使い周りを見渡し流れや空気雰囲気を読む。

 彼にとってはむしろ苦痛ですらあった。


――紫水は自分に嘘を付くのを止めた。彼は自らが望んで独りになったのだ。


 

-----------------------



 本屋にも行く気になれない、だからと言ってこの年で独りで公園になんてもっと行く気になれない。

 何処にも行く気になれない……。いっそ引き籠ってしまおうか。

 する気もないもに唐突に紫水はそんな事を考えてみる。


 気がついたら駅のロータリーまで足を運んでいた。

 世界は彼無しにでも今日も明日も進んでいくであろう、いや進んでいかなければならないのだ。

 流れに沿ってしまえば此処にいる人など紫水を気に留めることも無いだろう。


 ふと彼は思った。

 

――もし此処にいる人間全てに強烈的に自らの存在証明をするなら何をすればよいかと。


 それは……。

 ここにいる人を一人殺さなければならないと思い紫水は脳内で殺さなければならない人間の選別を始めた。

 ああ、気がついたら道行く人すべてがそのリストにのっていた。


「本当にそれが出来たら、きっと楽しいんだろうな」

 紫水はそんな事を口走っていた。

 ああ詰まらない、なんと詰まらない世界だ、そんな世界に生きる俺も人間もきっと詰まらないモノなんだろうな。


 ハッとは我に返り、そんな思考を完全放棄し軽く頬を叩いた。

 紫水は急に馬鹿らしくなったのだ。


「帰ったら勉強でもするか」

 駅前の信号待ちをしている人混みに背を向け、紫水は家に向かって歩き出す。

 紫水は知っている。

 彼と会えるはずが無い、会えたところで自分はきっと声なんて掛けられるはずないだろう。


 紫水は馬鹿らしく、馬鹿馬鹿しく、詰まらなく、気だるく、めんどくさくなったのだ。

 この世界に、この世界に生きてしまっている自分に。


「こんな世界滅びてしまえばいいのに」


 二〇一六年 一月 十七日 日曜日 そんな日付が書いてある中日新聞の日刊が誰かの手元から離れ宙を舞った。


 駅ビルのデジタル式の大きな大きな時計は一時十八分に切り替わる。


 天空に位置する太陽が身を隠し、人々が身を震わせる凍てった風が吹き抜ける。

 人混みから離れ家に帰る為に裏路地に向かおうと足を一歩、二歩、三歩、四歩、五歩……。


 始まりは唐突だ。

 誰も本気にもしないような願い叶わないと知っている祈り、叶って欲しくないとすら思っている渇望。

 彼らの願いは聞き届けられてしまったのだ。


 紫水の後ろに大きな闇の柱が天空へと突き立った。

 闇は徐々に形を形成していき大きな歪が生まれ、そこに大きな和の面影を残した黒鉄の門が突き立った。




 ~始まりがあれば確実に終わりも存在する、またその逆も然りである。 終わりをもたらすの人か? 神か? はたまたそれ以外のモノなのか。終わりを迎えるのは人か、神か、また別のモノなのか……。

 彼らが本気でこの世界を終わりに導こうとしたとき……。

 黙示録曰く~~~


 彼らの世界と彼の世界が繋がった。

 ただ誰も気づかない、誰も知る由もない。

 知っていたとしてもどうこうできるはずが無い。

 

 

 二〇一六年 一月 十七日 日曜日 十二時〇〇分





 

 二〇一六年 一月 十七日 日曜日 十二時〇一分


 二〇一六年 一月 十七日 日曜日 十二時〇〇分


 彼らは、時計の針は、世界の時は、二度同じ刻を刻んだ。

 

 時計は音を奏でる、終焉に向かって。

 噛み合ってはならない歯車が噛み合ってしまった。

 揺るぎなく、止まることなく変える事の出来ない律を刻む針。


 人はそれを運命と呼ぶ。


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