【二章第三話】 そこは昔から変わらない
「今日から本校は清和学園高等学校という名前でこれから御国の未来の為に命を懸けて戦う諸君らの為に全力でサポートを行っていく所存であります」
入学式の時間より随分現地に到着した俺たちはグラウンドでかなり待たされ教職員の指示通り体育館の椅子に座り、そこから意識がないな……。まぁ寝る気満々だったけど。
話長いのいくない。
理事長兼校長の言葉と共に後ろに掛かっていた垂れ幕が下される。
学校の名前が書かれたプレートと校章が顔を覗かせる。
軍の稲妻の走った奴とは少し違うが笹竜胆と剣家紋が合わさったような形をしているのが校章だ。この笹竜胆と剣家紋を合わせたような方は見ようによってはフランスのフルール・ド・リスのようにも見える。
何やら記憶が飛んでしまったせいで今どこをやっているのかイマイチ分からない。それに周りの用意されている椅子を見るに空きがちょこちょことあるので別に今日はスルーしてもいい日だったっぽい気もする。
校名発表ってことは軍のお偉いさんや政治家の方々の話の後か、校門で貰った式のスケジュールが書かれたパンフレットを眺める。
てことは俺一時間も寝てたのか、予定ではあと二時間、帰りたくなってきた。
というか非常に帰りたい。
前で何やら語っている校長兼理事長の話は全くもって頭にも耳にも入っていない、というか周りを見渡しても壇上で熱弁を振るっている者の話などいざ知らずですっかり安らぎの国に行っている人や、陰でこそこそと別のことをやっている人々ばかりだ。
しかし俺たちの周りにも信者が神の使いである司祭の言葉を聞くように、半ば狂信的に話を聞き込んでいる者たちもいる。
視野を広くして全体の様子を見てみると空の席などほぼなく、真面目に話を聞いている人達ばかりだ。
何故か俺の周りがちょっと特殊な感じになっているのだ。まぁ大体理由は察せるが。それに、ああ考えるのも面倒になってきた。
腕を組んで再度平和路線にある睡眠を司る魔の到来を待つが一向にそれは現れようとしない。
耳にはBGM程度に誰かの話が響いているが、あやふやな形でそれを全く掴むことも捉えることも出来ない。
ここで寝るのもあれだし、軽く話を聞き流して今日帰ったら何を厳選するかでも考えておこうかな。
ネット環境もないのに毎日毎日同じ場所をグルグルグルグルと、よくやるよな俺。まっ好きだからしょうがないか。
そこに戦う相手も、競い合う相手もいない、考察が書かれたサイトすら今は見ることが出来ずに毎日机の上で頭を捻り、思い浮かんだことをノートに構築を書き込んでいく日々。
ただそれを無意味などと一度も思ったことはない。
ただただ俺は好きなんだよ、もし急に未だ見ぬ対戦相手が俺の眼の前に現れるかもしれない。だから俺は今も磨き続けるのだ、その人と出会うその時まで。そんなときに恥ずべきプレーをしないために。
——ムウマは図太いA抜け5Vの奇跡持ちで技の構成は……。
「この学校の教育方針は文武両道はもちろん、未来の担い手となる貴方たち学生には今までの日常を可能な限り取り戻して貰うため……」
考える事も考えたので一端ゲームの事を隅に追いやりどこまで式が進んだかを確認する為にスケジュール表に目を通してみる
えーっと、式は校長、教頭の話を終え、教育方針についての説明の所だな。
この話も長くなりそうな予感がしたので腕を組んで背もたれに倒れ掛かろうとしたその瞬間……。
「恋愛を奨励します」
この言葉を切っ掛けに周囲の空気が凍り付いた。どこからも声の一つも上がってこない、まるで時間が停止してしまったかのように皆壇上の何かの役職を持った某の方向に顔を固定したまま固まっていた。
俺も隣のハリマも皆も今の高度な冗談を理解するにはちとその冗談のレベルが高すぎたのだ。
男はうんうんと頷きながら口を開けた。
「君たちが混乱するのは無理もないでしょう。先の事件で鬼により、はたまたミサイルにより世界の人類は大きく激減しました。勿論この名古屋も今や二方を完全に鬼に囲まれていつ鬼が攻めてきて、我々が滅亡してもおかしくない状態です。最悪の結末を防ぐためにも、一人でも多く戦う覚悟のある者が必要なのです」
会場の誰もがこの某のの演説を食い入るように聞いている。
いや恋愛推奨ってねぇ、うん。
「君たちはいずれ軍人となり幾度となく死ぬ思いをすることになるでしょう。だからっ、君たちにはこの学校だけでも幸せに包まれた生活をしてもらいたい。恋人がいる人は恋人とこれまで以上に仲良く、出会いがない少年少女には当校が月に一度他校の生徒との交流会などを開いたりと全力でサポートしますので是非とも今までのようにとはいきませんが、今までのような生活を送れるよう頑張ってください」
俺の軍服の袖を軽くハリマが引っ張ってきた。
「おい大和、学校とはどんなところなのだ、学びの場ではなかったのか? 今の言葉で俺はより学校の事が分からなくなった」
次第に周りの所々から囁きが聞こえる、やがてそれが広域に伝播して騒めきへと変わる。
知ってる展開だ……。この展開。これ「軍には童貞はいらねー」とか、「童貞は悪だ」とか、「ビバ、不順異性交遊」とか言い出す奴だろ。
あー知ってる知ってる。
というか名古屋ってキャパに色々と問題があるのにこれ以上人増やしていいの?
「どうせ、政府かどっかの人口増加計画とかなんだのの建前だろ。だがこれから行くクラスは世間知らずの金持ち、いや今は貴族か、まぁ貴族のお嬢様やお坊ちゃの巣窟だぞ。気まぐれな奴らが我々問題を抱えている避難民なんかと親密な関係になれるわけないだろう」
俺はなるべく注目されず、空気と化してひっそり生きていたいんだよね。だから今の推測もそうなってほしいという願望も込めてそれを言葉にした。
あの時失敗してしまったから、友をあんな風に蹴落としておいて俺一人がいい思いをして言い訳がない。それに一色達と仲良くしていたあの時間こそ本当に退屈で、屈辱で、退廃的で、無意味で、無価値で……。
とことん俺は間違えたと思ったよ。自分のしたことを散々呪った。
「物事そうも簡単に進みませんよ。しかも金持ちの事ですから、変じ……。物好きもたくさんいると思いますよ」
ハリマは何故だか憐みの目で俺をみてきたので、どうかした? と問いかけてみたがハリマは一向に口を開けず前に向き直ってしまった。
「どうか殿の望み通りの生活が送れますように……」
隣からそんな声が聞こえてきた気がした。うん気のせいだそう俺は心の中の何かに向かって言い聞かせた。
それは決してハリマの言葉に対しての言い聞かせではなかった。
何かおぞましい予感を感じ取っている自分に対しての言い聞かせであり、反芻であった。
これからの話もいろいろと酷かった。校内もしくは同系列の学校の生徒なら届けえさえすれば同じ屋根の下で住むことが出来たり、女性と同棲している者や恋人がいるものは軍から補助金が出たり。国、数、英、理、社に加え、社会の科目として戦術学が増えたり、理系科目と英語が殆ど消えていたり、保健・体育以外の副教科がすべて消えた代わりに武術という謎の教科まで加わったりしていた。
技術科や医学科の話もしていたが寝てたので聞いていたことの方が少ない。
講師紹介とかもあったらしいがそんなものは記憶にすらない。
式が終わったところでハリマに起こされ、先導の職員に言われるがままに俺達の行くクラスがある階に連れていかれ、それから特に何もなく俺は俺の座るべき椅子に腰を下ろしていた。
後ろの席のハリマとの軽いやり取りのあと、机の上に紐で一つにまとめられていたいた教科書やジャージ二着を新しく買ったスクールバックに押し込んだ。
胴着や竹刀、木刀も無償で支給されるが、それは次の武術の授業での着付けを終えてからだそうだ。
教室の一部ではもうすで女子たちが御友達作りとやらが始まっていたが、そんなものにわざわざ参加する気もない。
ただそれは何か様子がおかしく、ここにいる皆の殆どが共通の話題を持っているのか、はたまた顔見知りで今日話すことを事前に決めているのか見事なまでに限られた一部の話しか俺の耳元に入ってこなかった。
残念なことに周りの男どもは荷物を片付ける作業をしているのか、はたまた話しかけられるのを待っているのか、話かけるタイミングを窺っているのか、全然席から動こうとしない。
ただそわそわして作業もあまり手が付いていない様に見えた。
話しかけられるのも面倒なんで俺はそのままぼーっと時が過ぎるのを待つことにした。
それにしても、なんだろうなぁこの複雑な気持ちは。
お嬢様かぁ……。
どこからともなく視線を感じる、なんだか寒気を感じる。うん、これは勘違い、大和君たら自意識過剰なんだからぁ。
うん、そうだ。そうだ、そうだ、そうだ……。
「おーい席に付けよ」
俺教室の扉が開く音と共に軍服を着た筋肉質で若めの男が入ってきた。
たくし上げられた髪に全身から発せられる気だるげな雰囲気、そして何よりこれまた女子の中では人気になりそうな顔をしてますなぁ。
実際に女子共はもう仲良くなったのか周りのものとヒソヒソと何か話をしている。
「よし、みな席に着いたな。式の時に聞いたとは思うが一応自己紹介をさせてもらう、今日からA組の担任をすることになった、武術担当の瀬戸百夜だ。軍では中佐の階級を持っている。何もなければクラス替えの無いこのクラスを二年間担任をやることになるからよろしく」
正直なんちゃってかもしれないが軍の役職を持った人間が出てきたことに驚いた。
「ということで、必要あるかどうかは分からないが上の指示なんで、席替えを行う。出席番号の一番から前にあるクジを取りに来い」
右は窓、後ろはハリマと、前と左しか相手にしなくて済むこの地理条件を気に入っていたのにもういきなりこの席を追われることとなってしまいそうだ。
願わくば、我に前から7番、横6番目の校庭側の窓際を……。
七難八苦はいらんからね。
「大和、あの教師、清州奪還時の一番手柄を思いのままに使い、一族の階級を上げに上げた瀬戸家の者ではないのか?」
清州奪還作戦時、最高指揮官であった瀬戸暮人少将は自ら対鬼用の武器を取り敵本陣を奇襲し、敵を大混乱に陥れ各地に敗走させ僅か一日で清州から鬼をほぼ撃退した。
その功績により中将への昇進、市で爵位が認められてからは公爵の位を賜り家を興し一族の地位を上げるに上げ、今や軍の四大派閥の一角にまで数えられている家が瀬戸家だ。
俺とハリマが清州でやったことはこの家の出世の手助けをしてしまった様だ。
「今や市民の要請で清州の市長替わりまで勤めているこの名古屋の救世主とも名高い瀬戸中将との関係が気になるところだが、やはりこのクラス何か裏がありそうだな」
軍は貴族と、キープしている出世候補をくっつけたいのか?
此奴に取り入れば今や大勢力である瀬戸家とのコネが出来て出世街道まっしぐらとか?
「おい草薙お前の番だぞ、話してないで早くクジを引きに来い」
嫌な予感しかしないが、仕方がないからくじを引いてやった……。
運が良い事に俺は横6番目。即ち窓際の後ろの方とは言わないが中間らへんを引くことが出来た。
ついでに後ろにいたハリマも斜め右前に来て、完全に周りがあの呑気な御貴族連中などになることは避けられた。
前で瀬戸家の教師が話しているが面倒なので腕を組み目を閉じた。
瞼の裏には夢の世界が広がっているのさ。
後ろの席の人に肩を叩かれた気がするが勿論無視だ。てかなんだよ俺はそーゆーイベントは御断りなんだ、他の人とやって下さいまし。
「ねぇねぇ、大和君ってば」
てか何故こいつ俺の名前知ってるんだよ。
この透き通った声の主は明らかに女だ。いつもなら女子に話しかけられただけでも多少なりとも喜びというものが感じられたのに今は全く持って感じない……。
あるとするならば変わってしまった自分に対しての悲しみ、そして喜び。人と関わることに対して恐怖を抱いているわけでもないし、拒絶することに対しての躊躇もない。
俺は変われたんだ。あの誰も彼もの顔色を窺い、拒絶したふりをして話しかけられれば心のどこかで喜んでいた俺はもういない。
俺は誰かからの言葉を言葉とさえ受け取らなかった。
それから彼女はまだ俺に構ってほしいのかちょっかいを続けていたが見事なまでのガン無視に折れたのか何もしてこなくなった。
と思ったら手紙が投下された。寝ていて気付かなかったという設定にしておこう。
逆効果だったかもしれない……。あれからどんどん手紙の数が増えていく。
よし破り捨てよう。
手紙を手に取り一思いに破り捨てようと抑える手に力を籠める。
わら半紙ばかりのこのご時世、割といい紙使ってるな、多分どっかのお嬢様だな。わざと後ろの席に見えるように手紙を手に持ち開くふりして、一気に切断する。
手紙はびりびりと大きな音を上げながら二つに分かれていく。
もう流石に心が折れただろう、というか折れてくれ。これ以上俺のやっと手に入れた平穏を乱さないでくれ。
好き勝手思ったように、気ままに日々を送らせて欲しい。
「これであらかた明日からの授業についての説明は終わったから、次は校内の見回りをしてもらう」
前から校内の地図が書いてあるプリントが送られてきたが流れるような作業でプリントを渡す。
勿論後は見ない。
「こっち向いてくれてもいいじゃん……」
これ見たら負けだな。そもそもこんな脳内独り語りしている目の死んだ、ぼっち志願の俺の何がいいんだよ。某千葉のぼっちみたいな自己犠牲なんて絶対しないぞ。
「私は特別な貴方の特別な人に成りたいの」
思い出される、文字となって言葉が浮かび上がる。
欲しいものは望んだように手に入らないのに、それを望むのを辞めれば、無価値なモノと見なした瞬間から当てつけのようにそれは手に入るようになる。
俺は人と関わりたくないのだ。もっと早くにそうして欲しかったよ、どうして諦めてからそれは落ちてくるのか。
誰かの特別でありたかった。
一人でも多くの特別になりたかった。
誰でもいいから俺を俺として認知して欲しかった。
褒められたかった、認められたかった、誰からも忘れられたくなかった。
——愛されたかった、愛してもらいたかった。
俺はどっちつかずな半端な物など欲しくなかった、俺は完成されたモノを望みすぎていた。
ホンモノを望めるような努力もしていない、決して誇れるような人間性も優れた特技も技能も何もない、それなのに傲慢に望みすぎてしまった。
ホンモノをホンモノと見なさず、当時の俺の中でのその限りなくホンモノに近いモノは彼方へとなげうってしまった。
正しく、投げ売ってしまったのだ、身の安全を買うために。
そして気が付いた、今投げ入れたモノが、今捧げたモノが真に自分が探し欲していたものだと。
それを知ってしまった瞬間から俺は全てを諦めた。
だからもうそんなものはいらない。そんな気持ちは害でしかない。俺はそんな気持ちを抱いていたが故に本当に大切な事を見落としていた。
だから俺は捨てられた。
だから俺は親にも――にも見放された。
捨てられるくらいならもういらない、あんな思いをするくらいなら、誰かに捨てられてしまうような俺なら。
俺は確かに見落としていた、俺は確かに気が付いて見落としたふりをしていた、俺は彼奴の事を勝手に信じてしまっていた。
築いていた関係がああも容易く途切れてしまうくらいなら。もうそれは人と関わることを辞めてしまった方がいい。
分かる、分かってしまう。
——次誰かに心を開いて、もし心を開いたそいつに捨てられたら……。
俺は一生立ち直れなく、立ち上がることも、倒れることも出来ない、あの弱いに人間に戻ってしまう。
だからもう人と関わりたくなんてない。
それに友を棄てた俺にそんなことしていい資格なんてない。もう疲れたんだ、人と関わっていくのが。
俺は……。
俺は……。
また人と関わってしまうと、また醜く望んでしまいそうだから。
「それでは一時間後に教室に戻ってくるように、解散」
手を叩く音と共に人々は椅子から立ち上がり、これからの高校生活をより良いものにするために男共の宣伝活動が始まった。




