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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第二章】The Time They Are A-Changin
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【二章第二話】 掴めやしない歓喜

 ああ癒される、やっぱりこうでなくちゃな。

 ベットに背を預け、一冊の普通の漫画よりは少しサイズの大きい漫画を手に取り読み返していた

 あの騒動の時、家から持ち出した一品。


 仮設住宅街で流行っていた、おかしな図書排斥ブームの時は部屋にそっと隠し、立ち話やご近所付き合いなどで急に押しかけて来る近隣の住民の監視の網を乗り越え、やっと一軒家という安全地帯に移され自分の読みたいときに好きに読めるようになった本だ。


 ああ、懐かしい。これを見るたびに俺は喫茶店でバイトするんだって思ってたな。流石にその喫茶店にマスターの孫や三姉妹や美少女がいて、そこにいつも常連の小説家さんが来てるみたいな期待はしてないけど。


 喫茶店のマスターが種を喰らう者って可能もあるけど……。


 まぁ笑えないな、非現実の事だと思っていたのに今や世の中食人鬼で溢れてんだから、安全圏より外に出てしまったら笹竜胆や二頭波を掲げたおっかなーい連中の勢力下だからな。

 それに犬山は島左近に落されたらしいし。

 あの島左近だよぉ。


「殿、着替えは終わりましたか? 早くしないと入学式に遅れますよ」


 ノックと共にドアの向こうから法師の声が聞こえてくる。

 あれから三週間、俺たちは新しい家での暮らしを始めていた。未だに全く情報が公開されていない三人目の居住者が来ないんだが、出来ればこのまま来ないでほしい。


 基本的には俺が家事をしている……。親から離れるためにそれなりに家事炊事は出来るようにしていたが正直なところ面倒くさい。


 だがまだ平安時代生まれのどの時代までの技術に触れて来たのか分かったもんじゃない法師に任せられないので俺の傍で皮むきや皿洗いなどの見習いをさせている。

 飯に関しては避難所で毎日三食炊き出しが行われ、それに俺達はそれなりに豪華な食事が特別に配給されていたのでもう少し避難所にいた方が良かったのかもしれない。

 ちょっと後悔しているとこもある。


「大体さぁ何で一時間前に付くように家を出ようとしてるわけ、こんなん十分前に付くように出ればいいだろ。ここ最近必要以上に外出るの俺嫌いなんだよ」

 ドア越しに法師の話に返答をする。

 町は猫や犬の拾ってくださいの段ボールならまだしも、人間が拾ってくださいの看板を持って町に佇んでいるのだ。

 彼奴らに絡まれると無性に殺意が湧いてくる……。彼奴ら何処で知ったのか学生が二人(一人は学生と呼べたもんじゃないが)だけで住んでいることを突き止めて家に拾ってくださいと押しかけて来るのだ。

 家の前ならまだしも帰宅時を狙って押しかけて来る頭のおかしい人もいた。勿論俺の体術の練習相手件サンドバックになってもらい、警察に突き出したがな。


「そんな引き籠り的思想ではいけませんぞ。ニート一直線ではないですか」

 この平安時代出身の自称陰陽師、何処でニートなんて言葉覚えて来たんだよ。


「いいだろ鍛錬や剣術の稽古の時は外に出てるんだから」

 あの日から毎日俺は腕立て伏せ百回、上体起こし百回、スクワット百回、ランニング十キロ、に加え木刀での素振り百回を日課として行っていた。


 ここに越してきてからはランニングコースの途中にある末森城址で法師に剣術の稽古をつけて貰っている。

 末森城といっても我が一宮出身の前田家家臣 奥村永福おくむらながとみが彼のアルプス越えの名将佐々成正さっさなりまさ相手に善戦した能登末森城ではなく、織田信長の弟が拠点にした方の末森城だ。

 前に尋ねたときは神社でもあったのだが、今は何故か誰もいない無人の地となっていたので周りの木を巻きわら代わりにしたりと割と好きに使わせてもらっている。


 ただ師匠の道摩の教えは絶対という制約を付けているので稽古中は主従も何もかもを捨てて道摩の言うことに全て従っている。なので神社の掃除や末森城名物の空堀の落ち葉拾いなどをやるときもある。夏になったら草むしりになりそうで少し億劫なのだが。

「ならば末森の城に行きましょう。私が……。いえ俺が久しぶりに相手をしてやろう」

 一応ハリマに自分の事を私ではなく俺といえと言っていたのだったな。


「分かった今行く」

 読んでいた漫画を本棚に戻し、クローゼットの中のハンガーに掛かっている軍服を羽織った。

 軍服は某どこかの軍隊を思わせるような黒を基調とし、袖や肩には階級を表す銀の様な光沢をもった薄白の線が入っている。


 この色は下士官は金に近い黄、准士官は濃赤、尉官は瑠璃色、それ以上の将校は濃紫となっている。

 一応俺たちは入学と同時に清和軍の一番下っ端の扱いになるため、三月という少し早い入学式兼創立式だが上の都合上軍の式典ということになっているので制服ではなく軍服で行かねばならないのだ。

 採寸会以来の軍服だがこうしてみると中々動きやすいように作られているのが分る。


「大和終わったか? 遅いぞ」

 此奴も割と普通の学生っぽく喋れるようになってきたな。

 此奴に現代の一般常識や知識を教えるのにどれだけ苦労したことか。


「貴族と比べたらこんな着替え早い方じゃないのか? あしやのハリマさんよ」

「それと比べますかね、確かに貴族の方々の着替えは一時間、二時間が普通でしたが」

 呆れたようなハリマの声を聴き流しながらあれから何故か返却され私物と化した自衛隊のヘルメットの横にポツリと置いてある軍帽を被り、ハリマと共に末森城に向かった。


 外は三月の割には思いのほか寒かった、今現在五時四十分である。

 街灯などは節電の為もうその光を放つことはない。

 薄靄と、吐き出す白い白い霧のような息が混じり合う中で暁の出撃が始まろうとしていた。

 軍服での外出は少しクオリティーの高いコスプレイヤーになった気分だ。

 

 末森城址は徒歩で数十分、俺が行くことなる学校とは真逆の方向にある。近くにあった私立の大学も鬼の襲来騒動以降愛知県の廃校ラッシュに耐えきれずかいつの間にか廃校となっていた。

 今現在名古屋で真面に機能している学校は一部の有力な私立と軍の傘下にある学校くらいだ。

 公立高校の殆どは避難場として使われているか軍が買い取っている為機能を停止している。ただ軍は正式な政府の軍隊になったのだから軍が買い取った高校はいずれ公立化されるのかもしれない。


 神主も人も寄り付かない無人の物件を練習場所として雨の日以外毎日ここに通い、そこら空堀などにちょこちょこと生えている木に木刀を幾百と打ち付け、薩摩示現流染みた鍛錬を道満監修の下、欠かさずに行っているのだ。

 フォームが安定してきたら週に一度くらいの実戦的練習以外、自己鍛錬にする積りだがまだまだこの話を切り出すのは先になると思う。


 荷物を置き、本殿への参拝を行い、神社に置いてきてある木刀を手に取る。この木刀は学校に行くことを表明したとき、中尉が「学校の授業の予習の為に素振りでもしてろ」と木刀を一本渡してきたのを、ハリマが中尉に無理言って学生に配って余った木刀を全部貰って来たそれの内の一つを使っている。


 ハリマも木刀を手に取ると俺から少し距離を取り正眼の位置で刀を構えた。


「さぁどこからでも掛かって来い、遠慮はいらん私の体には木刀など効かない、だから殺す気で打ち込んで来い」

 城山八幡宮の拝殿を背に刀を構え、一本道の中心で構えているハリマに向かい斬りかかる。

 スピードを生かした上半身への連続攻撃……。

 見事にハリマに全部を捌かれ、体重を乗せた剣戟を片足に重心を移動させひらりと躱され、体制を崩した俺を後ろから木刀の尻で背中を軽くつつき腹から地面に激突させる。


「まだ上手い刀の振り方が出来てない。重心を底に置き、身体がそれぞれ別の動きを取っていると今みたいに少しの力だけで転んでしまいますよ」

 ハリマの話を聞き終わるや否や低い体勢のまま足に向かって木刀を薙ぐ、ハリマの足が離れたところ、足に力を入れて組み討たんと胸に飛びかかる。

 気付いた時背骨が地面に打ち付けられ立場が逆転し、玉砂利の上で自分が組み討たれていた。

 ハリマは俺が飛びかかったところ俺の肩を空中で押し、バランスを崩した俺が先に地面に落ちたのだ。


「全身隙だらけです。指定した場所だけしか狙わない、そんなやり方でも十分勝機はこちらにありますよ」

 組み討った俺から離れ、真剣な顔をこちらに向ける。


 いまだ……。


 周りに海のように広がる玉砂利の一部を手に持ち目潰しをするべく投げつける。


「殿は根っからの剣法家ですね」

 木刀一振りの勢いだけで玉砂利の軌道を変えられる。

「それはどうも、刀槍鎌から公園まで周りの地形全てを武器にするのが実戦型柔術の教えなんで」

 驚いたような視線をこちらに向けてくる。


「殿は武の心得があったのですか?」

 今まで数々の漫画や小説で武というものの思想には触れて来たフィクションの……。だが問答など此処でする気はない。


 立ち上がってすぐさま法師に向かって力一杯大振りで刀を振るう……。


 ――のを目の前で止め、迎撃に向かってきた木刀の逆方向の手を放し、隠し持っていた少量の玉砂利の礫を顔面に投げつける。

 透かさずハリマに向かって斬りかかる。

 それはあたかも実戦のように、それは真剣での立ち合いのように、俺は確実に殺意と狂気をそこに乗せて剣を振り上げた。

 今まで最低限しか動かなかったハリマの足が遂に動き始めた。

 

 問 圧倒的な力に対抗するには? 

 一 手数

 視界が遮られたというのに法師は俺の連撃を完全に捌ききっている。


 否、二 スピード

 狙いを本能に任せ速さに特化した連撃を放つ。


 否、否、三 パワー

 完全に対応されてしまった連撃を止め、大振りの一撃を振り下ろす。

 木刀の刀身と刀身が競り合う。法師の体は岩のように重く力で勝てる気がしない。


 もっと、もっとあれだ。 四 技

 刀を自分の側に寄ながら倒れ込んでくる法師の背中を左手で強く押す。最初に俺がやられた技だ。

 地に背を付けそうになっている敵は倒れる直前に刀を上空に投げ、腕だけで地面を掴み、空中で見事な宙返りを決め、背中に落ちて来た木刀を軸足を支店に百八十度回って柄を掴み取り向き直る。

 まだ届かないか……。法師はやっと目を開く。もっと早く目を開ける事が出来たものを、正しくそれは今更だった。


 俺は法師に完全に手玉に取られていた、体はもう既に敗亡という警鐘を鳴らし続けていた。


 俺だって今までの動作をただ見ていただけではない。


 五 工夫

 空中で回っている間に装填した玉砂利を向き直った瞬間に法師に投げつける。

 刀の薙ぎだけで軌道は変えられるであろう……。だが、法師が刀を振ったその時こそ俺の好機。

 刀を振り切った隙に渾身の、全身全霊を込めた突きを放つ。

 

 体の中心目掛けて放った突きは法師に吸い込まれて行き、腕と脇腹の間、即ち虚空を貫いた。紙一重で躱された。

 まだだ、刀を脇腹目掛けて薙ごうとした刹那……。俺の首を木刀が撫でるように二回軽く叩かれる。

 地面に汗が落ちる。そして脳裏に二文字の言葉が浮かび上がる。


 俺は少しの間息をすることすら出来なかった。しかしそれは歓喜によるものだ、どうしても詰められない距離、これを詰めた時に俺はどうなっているのか。俺が望んでいる存在はこんなにも身近にいたのか。


 強さ、身勝手を振舞える強さ、親友をも屠った強さ。俺が欲していたもの。


 頭の中で表現できない、そして他人に理解など決してしてもらえない喜びの文字が俺を埋め尽くしている。

 きっと俺はいま笑っているだろ。醜い顔をして、何かに媚びるように、卑しく口角を上げているだろう。

 そうだ、そうだ、これが実戦だったならきっと俺は死んでいた。


 そう死んでいたのだ。


「実際なら腕を断たれて、首を断ったと、そんな感じですな」

 首を撫で上げていた木刀は俺から段々と遠ざかり使用者の鞘代わりの手の内へと帰っていく。

「今日はもう終わりにしましょうか」

 法師は息一つ汗一つ流さずに何事もなかったかのようにのんのんと朗らかに終わりを告げるのだ。

 全く歯が立たなかった、立てた歯すら砕いてくるくらいに敵は強い。


「理不尽なくらい強いな……。まだ足元にすら及んでないことを改めて実感したよ」

 上がっていた息を整え、木刀を片づけに行く。

「否、殿はあの一刀を躱したときから私の足元を掴んでいましたよ。このまま鍛錬を続ければ鬼の大軍とでも真面に戦えるようになるでしょう」

 竹箒で玉砂利を元の場所に返し、神社を使わせて貰ったお礼とこれから始まる学校生活が、どうかどうか平穏なものであるようにと八幡神にお祈りをしておいた。


 ある程度の身支度を整えて俺は歩みを進めた。 

「よしじゃあ行くか、また明日からも構えや打ち込み方について教えてくれよ」

「承知」

 荷物をもって学校に向かって、来た道を引き返していく。


「大和、それはなんだ?」

 ハリマが不思議そうに俺の顔を覗いてい来る。


「それはこの物の効力が分からないのか、それとも眼鏡をかけている俺に言っているのか」

「流石に眼鏡くらいは知ってますよ。ただ大和が付けているところが珍しくて」

「お前俺の一番思い出したくない過去の事を知っているだろう?」

 ハリマはこくりと頷く。


「あれから俺は人との人間関係というものがとことん嫌になった。だが今までの俺はつい心のどこかで独りになることを恐れていた自分も確かにそこにいた。学校の奴に話しかけられれば少しは嬉しい気持ちが湧いてきたりもするし、つくづく自分の事が嫌いだった」

 何か話そうとしているハリマを手で遮り話を続ける。


「今から行くところは怖いところだ。世の中の理不尽がまかり通り、上に立つ気の無い中途半端なモノはその上の気分次第で簡単に蹴落とされる。俺はそんなところが怖かった、恐怖したし怯えてもいた。だが今は違う、あの頃とは俺も社会も大きく違う。だから俺は俺のやり方を今度こそ貫くつもりだ。過去の俺ではあの日常では怖気づいてしまって出来なかった事を……」

 一つ、息継ぎをとる。

 あまりにも俺の心に色々な気持ちが込み上げていているためだ。それは怒りであり、悲しみであり、苦しみであり、嘆きであり、恨みである。そこに嬉しい楽しいなんてものは全くといっていいほど存在して居ない。

 なにより、それは俺ではないどこかの誰かが俺に発しているような気さえした。

 力も、心に一本の芯もなにも通ってない俺が悪かったことだ。


 ——すべては俺が悪かったことが。一色の件についても甚だ迷惑な八つ当たりだという奴も出てくるだろう。それでも俺は声を大にして言わせてもらうと、八つ当たりと分かっていても復讐に身を染めさせてもらう、今や俺にそれにか残っていないのだから。 

 俺は二度とあの中学でのことは繰り返さない。

 周りの評価も知ったこっちゃないし、何人死のうが関係ない。

 

「ハリマ、お前はあそこで上を目指すといい、そしてこれから行くところで何があっても絶対に俺を庇ったり、変に気を使ったりするな」 

 急な話について行けずハリマは困惑しながら口を開く。

「つまりその話と眼鏡にどんな関係があるのですか?」


「お約束ってやつだ日本の……。印象を変える為のな。あとこれがあると落ち着く」

 この黒縁眼鏡は印象を変える為に使っている。特に視力は悪くないがなんちゃって受験生だった中三の時から学校や電子機器を触るときに付けている。ブルーライトカットも施されていて機能性にも優れた眼鏡だ。

 派手過ぎず、ダサイで悪目立ちもしなく割と長年使っている品。


「はは、やはりそうでしたか。大丈夫です、それがあることによって沼のように深い殿の眼が作り出している独特の雰囲気もそれなりに隠すことが出来ています」

 俺はあれからこの目のせいで見知らぬ人たちかあまりにもショックな事が起きて感情を失った可哀相な子扱いされたりと、ロクな事が起きてないのだ。まぁ感性は昔と大きく変わった自覚はあるが感情までも失ったつもりはない。


 あれからどれだけ時が経ったとしてもこの目に光が宿る事はなかった。

 俺のように親兄弟を鬼に殺され復讐に身を染めている者にもあったことはあるが、そいつは俺のような覇気のない目ではないく、平時でも心の底に渦巻いている何かがその眼越しに覗けるような目をした奴だった。


 にしてもこいつフォローするつもりで言ってるんだろうが、ほんとにフォローする気あるのか疑いたくなる。

 どうせなるならオッドアイが良かったな、俺別に怒ってないし可哀相でもない、感情も全て失った訳でもない、ただ表情が硬いだけなんですよ。

 そうそう、表情が硬いだけなんですよ。

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