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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【前日譚】国偲びの歌
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前日譚 その2

 古来から未来の吉凶を占い、様々な現象を解き明かし、星を眺め、人ならざるモノと戯れ、それらを体に宿し、人類の天敵となる、怪異、人外、鬼などと日々戦いに明け暮れるモノ達がいた。


 陰陽師……。


 いつの時代も彼らは時代の各所で権力者から特別な扱いを受けた。


 それは一族の繁栄の為、高度な占いの技術を持っている為、暦を編纂する為、都造営の為、邪を祓えるが為、彼らの用途は様々だ。

 

 しかし、権力者たちはそんな為に彼らを手厚く用いたのではなかった。


 そう、彼らの一番の能力は並みの人間では全くといっていいほど太刀打ちできない鬼と互角に戦う術を持っているということだ。

 鬼は度々歴史の表舞台に立って、人を襲っている。


 最近では遥か彼方東の地で平将門と名乗る者が【新皇】と名乗りを挙げ、朝廷に刃向かったが、化け物殺しで名高い藤原秀郷に敗れ首が京に晒された。


 将門が討ち取られたことで悪夢終わらなかった、むしろこれこそが始まりであった……。

 ある夜の話だ。

 晒された将門の首から立派な角が生え、みるみるうちに体が再生し、どこかへ去っていった。

 浮遊して去っていったという話もあるが、それだけ当事者が驚いていたのであろう。


 この一件があってからもう数十年は過ぎているが都の人々は将門の襲来に怯え、身を固くしている。


 それ以来益々陰陽師は権力者に用いられるようになった。



 ただ彼らには自分の忠誠を誓った主君にしか打ち明けてはならない秘密があった。

 彼らもまた人なのだ、何の代償も払わずに鬼と対峙できるほど完璧などではない。


 彼らは皆鬼を倒すために、式神と称した鬼を体の中で飼っている。化け物を打倒すには自分も人外の境地に足を踏み入れなければならない。

 度々、鬼に体を乗っ取られ暴走し、仲間の陰陽師に殺されたものもいる。


 人として人外の力を手にしたいのならば、その力を飼い殺さねばならない……。

 いくら対鬼のエキスパートな彼らでも心の内のそれに打ち勝てる者は少なかった。

 人間自らの心の闇こそが一番の敵なのだ。

 そんな弱さに鬼は付け込み、段々体を我が物としていく。


「やぁやぁ、はるあきら。来ないかと思ったぜ」


 男が戦うのにはいろいろと理由がある。

 晴明の長年の宿敵と言われてきたこの男、蘆屋道満にも十分すぎるほど晴明を倒さなければならない理由があった。


 それは、自分よりも歳をとっている癖して鬼の力を使い体を若いままに保ち、宮中の女共にあろうことなかろうことを吹き込んだこと。

 彼は自分が野蛮だの極悪陰陽師だのと呼ばれることは許せた。しかし彼の主君藤原顕光ふじわらのあきみつまでもが悪く言われていることがどうしても我慢できなかった。


 彼をこの決闘に走らせたのはそれが原因ではない。


 晴明の主君、藤原道長に彼の主君が呪祖を命じたと大々的に法螺を吹き始め、周りの奴者や道長までもが本気にし始め主君を潰そうと動き始めたからである。

 そして道摩法師は決意を固めた。

 藤原顕光の陰陽師を辞め、ただの陰陽師として晴明に自身の生誕地播磨で勝負を挑んだ。


「おやおや、都で極悪陰陽師だと話題の蘆屋道満殿、今日は何用で?」


 道満の反対側の谷にいる晴明は揶揄うように惚けて見せた。

 刹那、道満は刀に宿る鬼の力を開放し間合い外の晴明に斬りかかった。


 黒く濁った墨のような何かが晴明に向かって突進する。


「冗談の通じぬ男よ」

 言葉と共に敵方の陰陽師の手に闇がチラつき……。

 晴明は何処からともなく刀を取り出し、道満の一撃を防いでいた。

 

 術や護符で陰陽師は怪異と戦うと思われているが、実はそれはパフォーマンスであり大してあの呪文やお札に効果は無い。

 まれに護符や数珠に鬼が宿ることもある。

 本当に効果のある武器は神の力が授けられた武器か、鬼が宿った武器のみである。


 そして彼らの振るって刀には一体の鬼が宿っている。

 鬼を宿した刀には2つの使うことが出来る。

 

 ・一つ、刀が自分に憑依し、いつでもそれを取り出すことが出来る。

 ・一つ、宿った鬼の個体差にもよるが刀身が届かぬ、自らの間合いの外にも影となって剣戟を飛ばすことが出来る。

 

「俺は昔からお前の事が嫌いなんじゃ、蜜柑を不死の薬だのどうだのと言って一儲けしたり」

 道摩法師が晴明の前に迫り刀を繰り出す。

 力の籠った、怒りを載せた一撃。

 

「フッフ、騙された方が悪いんじゃ」

 晴明は道満の刀を難なく受け止める。


 かかったな!

 彼の口元がニヤリと、シメたと少しばかり釣上った。

 

 空いている方の片腕で短刀を取り出し、晴明の横っ腹に突き当てる。

 いとも簡単に空すら遮ることも無く小刀は晴明の腹を引き裂いた。


 腹が熱い……。焼けるように熱い……。

 

 あまりにも唐突な、予想だにしない痛みと驚き。見ると自分の横っ腹にも短刀が突き刺さり、腹が朱く染まっている。


 お互いがお互いに、好敵手が好敵手同士考えることは全くもって同じ。

 驚きと痛みに二人は顔を歪ませる。


 お互い間合いの外に出ると、腹に突き刺さった短刀を抜いた。

 晴明が投げた短刀を法師は自身に突き刺さった短刀で迎撃する。


 鋼と鋼の衝突音は戦の再開を告げる法螺貝にも火蓋にもなった。

 

 退け合う剣と刀。


 気付くと晴明は若々しさを失い年老いた老人の姿で刀を振るっている。

 蘆屋道満もお世辞にも若いと言えないが、ただ目の前の陰陽師はそれ以上の年老いた姿であった。


 一歩で敵の間合いに入り込み肉薄した一撃を放っていく。お互い日々怪異と化した鬼を相手しているだけあって高度な、高次な所へと昇華された剣技の応酬となっている。


 もっと強く…… もっと強く…… もっと強く……

 もっと鋭く…… もっと高く…… もっと激しく……


 モットチカラヲ…… アイツヲタオセルチカラヲ……

 

 お互いに血だらけになり死んでもおかしくないくらい出血している。 

 ただ彼らは死んではいないのだ、どちらかが死ぬまで止まることも終わることも無い。


 ワレニ


(よかろう、お前に力を授けよう。その代わりお前の体は頂くぞ)



-----------------------


 その昔、播磨の国で二人の陰陽師の対決があった。

 そこに勝者などいなかった。


 そして二人は歴史の表舞台から姿を消した。

 

 二人とも力を望み過ぎたのだ……。法外な力を得る為、自分の身に存在する化け物に払いきれない位の借金をしてしまった。

 もはや彼らの体は彼らの元の意志で動かすことなど出来なくなってしまった、彼らは彼らで全く別の意志を自らの意志として擦り込まれ生きている。

 本人が望まずとも彼らは正真正銘の化け物となったのだ。


 ただし彼らは、彼らの望んだ通りの力を得た。




「ほう……。やっと人間世界を滅ぼす気になったか、我らが王よ」

「そう焦るな陰陽師。今まで取られた分はしっかり人間に返させてもらう」

「異国の鬼どもの準備は万全ですよ」

 彼の世界で日本と外国の結びつきが強くなるに連れ彼らの世界と異国も繋がった。

 バラバラでもなく紛うことなく彼らは彼らの一塊の世界を成している。


「蝦夷将軍、お主は指揮官としての能力はあまりない。しかし行動力は鬼一倍だ彼の地の強者と連帯してことに当たるように」

 鬼の世界では着てるモノの少ない洋服を着ている鬼が頭を下げた。


 【誠】

 彼の眼は勝ちに、勝者であることを渇望していた。



「北方将軍、お主は彼の者の傍らで見て来たものをそそままぶつけろ」

 裏頭を巻き、鎧で武装した大柄で筋肉質な男が頭を縦に振る。

 彼の脳裏に過る自らの最期。

 彼だけが聞いた、そして彼だけが見た最期の光景。彼は彼の者を逃がす為だけに鬼となったのだ、無数の矢を受けながらも。



あづま将軍、お主は個に頼り過ぎているところがある。もっと周りの鬼と、周りの軍と連帯してことに当たれ、よいな?」


「俺としては都攻めの大将が良かったんだけど、またこの地で戦をしなければならないとは」


「よいな」


「はい、はい分かりました」

 霊のように体を透かせ浮遊している武士が、渋々返事を返した。

 

【新皇】

 神である男は、日ノ本で唯一異国の軍隊を退けた男は過去の野望に再び火を灯した。


「海道将軍、お主はヒトに甘すぎる。出し惜しみせずとも鬼随一の剣術の腕前、しかと戦場で披露してまいれ」


「はっ」

 見た目を操作できる鬼の中で珍しい老人の姿をした鬼が神妙な面持ちで頭を下げた。

 彼の時代、名を馳せた剣聖、剣豪の全てと対面してきた老人はとある旗を思い、自らの刀を撫でた。

 次こそは斬ると。


「畿道将軍、お主には一番大変な、都攻略に当たって貰う。しかと畿内の全てを平らげてから京に攻め込め。そして御所の件だが、お前に任せる。壊すなり、残すなり好きにしろ」


「分かり申した、この南洲翁、全力でことに当たる次第でごわす」

 軍服に身を包み縦も横も大きな仁王の如き身体を持った鬼が力のこもった声で返事を返した。


 ――晋どん、晋どん、もう、ここらでよか。

 自らの腹に突き立った短剣、刹那の事だ。

 反転する視界。


 ――ここはどこでごわすか。


 それでも彼は、そこまでしても彼は一人生き残ってしまっていた。異国人に拾われてまでも。


「南方将軍、やはりお主は自分の力で全てを解決させようとするところがある。敵を侮らず全力でことに当たってくれ」


 手に弓を持ち、背中に矢筒をしょった大男が大きく頷いた。

 彼は負けた、それは彼が王では無かったから、彼の進言を一蹴する者が居たから。だから彼はこの中で唯一の王となった。

 自らが王になることを求めたから。


「先の戦争で人間に裏切られて以降、我々と人間は協力関係に無い。これは神との戦の前哨戦じゃ。ただ戦争経験の皆無な軍隊だろうと、戦無き時代の人間だろうと決して侮るなよ、その慢心が無くなってしまった命をまた奪う羽目になるぞ。ヒトは強いぞ。それ故我らの敵に十分に値する」


 鬼の将軍たちは一斉に忠誠の姿勢をとった。

 千年も万年も戦っていける敗北者である忠臣たちが一所に集った。



「神々との戦の前に先の戦争より増え続けている未発達な餓鬼共に血肉を喰らわせ、まともにしてこい。さぁ出陣ぞ」


 幾百、幾千年と彼の心に燻り続けている、どれだけ経とうと消える事の無いそれがいま燃え広がろうとしている。

 彼の願いが遂に成就するのだ。

 願いの為に、望みの為に敗北者たちは立ち上がる。

 歴史に忘れられたとしても、彼らはまた歴史書に文字を刻まんと旗の下に集ったのだ。


 彼の復讐が始まる……。


 


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