【一章第十四話】 Disaster of Youth
「前方槍持ち騎馬二機、後方歩兵三機、此処に居たら囲まれるのも時間の問題だぞ」
あれからはや数時間、予想以上に前に進めてない。夜が明け、太陽が闇の世界から支配率を取り戻していくごとに鬼との遭遇率が高くなってきている。
というかこの頃鬼しか見てない、人はどうした。みんな殺されたのか? それとも集団で立て籠もってるのか?
昨日の本屋で見たような隊列を組んだ鬼たちはあれから見ないが、2~5人で構成された鬼の部隊が餌となる人を探しているのか不規則的に辺りを巡回している。
そして彼是二時間近く鬼との戦闘を避けるため身を隠しなが動いき回っているためか、スタート地点から殆ど前に進めていない。
このままではいずれは発見されて取り囲まれるのが眼に見えてもいる。
もしかしたら知らないうちに敵の中核に迷い込んでいるかもしれない……。
今日一人も人間と合わないのもその為かもしれない。
「このまま逃げ回ってもらちが開かない。何より戦う力を持っているのに逃げるってのは全く持って面白くない」
今日の朝から事あるごとに戦闘の回避を進言してくる道摩法師に問いかけた。
確かに居たい事は分かる、でもとてもつまらない事だ。発見される前にいっそ打って出て活路を開いた方が良いと思う。
「しかし……、それで多数の敵が敵を呼び囲まれたら終わりですよ」
「このまま逃げていても取り囲まれるわ、それにどっちにしても退路が塞がれたこの状況じゃ戦わなきゃいけないがな」
そもそもこんな状況になったのは法師の進言に従い発見され追ってくる3人組の足軽姿の鬼から逃れていたところ、距離があるが巡回途中である騎馬兵と鉢合わせてしまった。
後ろに引こうにも後ろからは3人編成の鬼の部隊が迫ってきている。
大火に如雨露で水をかけても無駄、だから今のうちに消火しておく必要があると思うのだ。
「法師荷物を置け、戦うぞ。お前は前の騎馬をどうにかしろ」
「でっでは殿は……」
荷物を置き終わり俺の言っていることの本質に気付いたのか、焦った口調で聞き返してくる。
「そんなの決まってるさ」
背負っていたリュックを冷え切ったアスファルトの上に置く。
「俺は後方の鬼を殺す。主君の背中お前に預けるぞ」
腰のベルトを利用して差し落していた刀を鞘ごと引き抜き、後方の殺すと宣言した鬼を視界に捉る。
明確な殺意を持って敵を睨む。
法師の大鎧に包まれた背中に、科学的に染め上げられた赤を下地に人や鬼の返り血が混じり合ったコートの背中を重ね合う。
「主殿が戦おうとしているのは鬼でも頭も悪く最弱の部類に属する餓鬼と呼ばれる不完全な鬼です……。が鬼の軍の7割を占めており、血肉を喰らうごとに知能を含め全能力が上がっていく種です。そして此奴らが血肉を喰らい尽くし完全に能力を限界まで高めると、穂先を交わらせ私に向かって突撃してきている此奴らの様な羅刹と呼ばれる別種に変わります」
背を向け合った以上法師の方を見る訳にはいかないが、馬の唸り声と馬蹄が直ぐ傍まで聞こえてくる。
ある意味恐怖を感じさせる音でもある。
「御武運を……。即急に片づけて救援に向かいます故、それまで御辛抱を」
背中の硬い感覚が消えていく。眼前の敵が刃毀れしているのかボロボロになった刀を抜きながら迫って来る。
紅く、朱く、赤く。
とても恐ろしい光景だ、とても悍ましい光景だ。生きるも死ぬもこの数秒で全てが決まってしまう、この腕だけが唯一の味方。
敵が迫る。
俺の間合いに入る前に鞘を地面に捨て置き刀を構え左翼へ狙いを定め突撃する。
バチッ。
何かが弾ける音が体中に響く。
死が目の前に現れる、弱い弱い能無しの死神。
鬼一体に狙いを定め、自分の剣の間合いが足軽に届いたとき一瞬足を留め鬼の顔目掛け浅い角度だが斬り上げる。
とっさに鬼が対応しようするが、時すでに遅く顔面にまで白刃が迫った。
甲高い金属音が音を上げる。
鬼は最後の足掻きなのか、首を振って陣笠で刀を受け止めたのだ。
陣笠では衝撃が吸収できなかったらしく、餓鬼は後ろに尻もちを搗く。だが命のやり取りをするには十分すぎるくらいに敵はまだ無傷。
追い打ちを……。
回避……。
片側の鬼が繰り出した剣戟を俺は身を捩らせて躱す。
危ない、危ない。あと少しズレてたら死んでた。
追撃しようにも数で上回る鬼はそれをさせてくれないし、俺はあんな薄い鉄も通すことができないのか……。
中央の鬼の薙ぎが迫るが落ち着いて冷静に剣の軌道を予測すれば簡単に避けられた。
「楽しくなってきた」
こんな状況になっても恐怖すら感じない。向こうの世界で法師と戦った時ほどではないが心の奥底から高揚感のようなものが滲み出て来る。
左手の親指で人差し指を鳴らす。
アスファルトを後ろに蹴り上げ後退し、足が地面に付いた瞬間に勢いを残したまま、前方に低い姿勢で飛翔する。
狙いは陣笠と胴鎧の間、首。もしくは脇から心臓を一気に突く。
中央にいた鬼は刀を振り下ろす。
大丈夫だ、きっと大丈夫。確かなる手の感触、確実に命を絶った手応え、そして首の間近から感じられる危機。何とかボロボロの刀が肌に触れる前に首が飛んだのだ。
地面に着地しながら後ろに回り込んでいた右翼の鬼を攻撃するため、体を捻り遠心力に任せた一撃喰らわす。
右翼の鬼は背後で剣を振るっていたらしく、刀と刀が触れ合い火花を上げ互いに磁石の如く弾き合う。
空中で即座に体制を立て直し、着地と同時に弧を描くように旋回し陣笠で一太刀目を防いだ鬼の背後に回り込み、突きを繰り出す。
鉄の鎧を貫いたが致命傷には至ってなかったようなので、背中を蹴りつけ刺さった刀を抜き取り首に向かてもう一太刀浴びせ、絶命させる。
残りはあと一体、刀を構えじりじりと距離を詰めてきている。
どうする……。
俺は剣術の知識が皆無だ。今までは奇襲や油断に付け込んだ攻撃をしてきたが、こんな一対一には滅法弱い……。
そして此奴はほかの鬼より強い、そして何より知性があるように思える。
剣を交わらせただけでそんな事が分かった分かる。
奴には明確な型というものが存在している。
俺にはそんなものは全く存在して居ない。
刀を中段の位置で構える。
先に動いたのは俺だ。刀を横に薙いだ。
刀が空を切る感覚がある……。鬼はほんの数センチばかり体を後ろに反らしている。頭上には血糊を付けた刀が今にも振り下ろされんという状態になっている。
鬼の武器は刀身よりも遠い物を斬れる、確かそうだったな……。
刀に念の様なものを送ってみると、刀身が突如影に包まれ、薙ぎの勢いもあったのか影は餓鬼の臍の辺りから腹を抉る。
少しばかり刀身が伸びていた。
鬼は胴鎧の上から腹を押さえ、よろよろ後退していく。
俺と鬼との距離がかなり開いた時だった。
突然鬼の体から血が噴き出し、切先状の影が完全に鬼の胸を貫いている。敵味方ともに完全に想定外の終焉だ。
敵が地面に声も無く崩れる。
「御怪我は在りませんか? と言うより良くぞ此処までやったものですなぁ」
法師の戦っていた方を見てみると、さっきまで動いていた騎馬武者が皆死体になっており中には胴と腰が完全に離れているものもあった。
よくあの重厚な鎧を真っ二つに出来たな……。
刀にこびり付いた血を払うため刀を一振りしてから鞘に納めようとするが、あることに気付く。
「道満俺の鞘どこ行ったか知らないか?」
鞘がどれだけ探しても見つからない……。確かに餓鬼と戦う前に鞘をコンクリに投げ捨てた筈なのだが……。
「ほう、鞘を無意識にしまっておいでで。殿はその刀に主として認められたのですな」
「それって刀が憑依するとかなんとかのか? でどうやって鞘を出せるんだ」
こんな白刃を晒しながら動き回るなんて危険極まりない。早いとこ鞘に納めてこの場から去りたい。
「出そうって気持ちで何とかなる筈ですが……。使い始めたモノによくある事ですが刀との連帯や刀の像を上手く連想出来ない。武器を半年近く取り出せないという例も過去に有りましたしね」
それは困る。俺の鞘はどんな感じだったかなぁ。
確か装飾が無く木目が浮き出ているシンプルな作りの鞘だな。俗にいう聖柄の太刀や白鞘って感じだったよな……。
法師がやっている様に手に鞘が入るだけの丸みを作ってみると、突如手の中が黒くなり鞘が現れた。
不思議な感覚だな。
「今のを応用しますと刀だけを取り出したりすることも出来るようになります」
そうか、鞘に納刀して念のようなものを送ってみる。
突如として刀が俺の手の内から消る。刀の出し入れはこんな感じでやるんだな。
刀の出し入れを教わった所で、俺たちの殺した鬼から何か使えそうなものを探そうと死体を見るが、死体の至る所からシャボン玉状の光が空に向かって飛んでいっている。
「なんだこれ」
「器とともに中の鬼の魂も肉体から離れ死に逝き、朽ち果てているんです。」
刀以外ロクなもん無いな、しかも刀は刃毀れしてるし。法師の話に適当な合図地を打ちながら散乱した物を漁る。
法師の殺した騎馬の方も見てみるが真新しそうな槍以外は良いものがない。
槍は専門外だ……。
宝蔵院で修行したら使えるようになるかもしれないな。
光を上げている死体の中に光を上げていない死体を見つける。光が出てないってことは馬は鬼が憑依してないみたいだ。
「なぁ道満よ。どうしてこんなにも鬼によって装備が違うんだ? 昨日殺した餓鬼は刀だけはこれよりは良かったぞ」
ふと気になった事を聞いてみる。鬼に関しての情報はより多くある方がいいに決まっている。
「それは鬼になったときの時代差、身に付けていた装備の違い、何より武器に関しては此奴らの指揮官の考え方の違いが大きいですね」
荷物を背負い歩きながら話の続きを聞いた。
「餓鬼というものは頭は悪いが数は多い、血を吸うごとに優秀な兵士になっていくが、そうなるまでの道のりも長いでのす。それ故戦力として重大視し鬼が憑いた武器を渡す指揮官もいれば、囮りや突撃兵にして、羅刹の様な優秀な鬼に良い装備を回し戦力を増強しようという指揮官もいます。そもそもこれは餓鬼の為に始めた戦ですが人間なら通常の武器でも倒せますのであんなボロボロの鈍らでも十分戦力になるんです」
鬼の軍事情報を知れたところで本題を切り出す。
「これから進路を塞だ鬼が少数でいる場合は鬼とは戦うことにする。そして法師俺に剣術を教えてくれ。無論剣を教えている時は厳しく接して貰って構わない」
法師は戸惑ったような反応をする。そうか此奴の元主君は貴族だからな、こんな事言われたのも初めてなのであろう。
俺は少しでも早く強くなりたい、俺は誰より元は言わないが多少は強くありたい。
「言い直す、これは命令だ。悪いところが有ったら遠慮なく言え。でないと……。うん、如何しようかな?」
歩きながら思考を巡らせる。
「そうだな、俺が素振り千回とかどうだ? 中途半端な剣術は覚えたくないからな」
こーゆ場合の命令というのは自分が罰せられた方が従いやすいと、なんかの王国ものの漫画で見た。
此奴が本物の忠臣ならばな。
「御意……」
不安な顔をしながらだが一応法師の同意を得る事が出来た。
死体を背に俺はまた名古屋に向かって歩き始めた。