【一章第十二話】 明日でいいから
ありがとうございました
ドアが開くとともに、間の抜けた音が周りに響く。周囲は無人の街の如く静かでコンビニのドアの開閉の音はとてもよく響く。
時刻は午後八時過ぎ、俺達は清州の辺りまで足を進めていた。
ここに来る途中沢山の人を見た。
鬼に喰われる人を見捨て、何食わぬ顔で逃げている俺に涙ながらに助けを求めてくる人を殺めた。
喰われた人も殺した人にも別に可哀相なんて感情を抱くこともない。ただ彼らは運が無かっただけ、ただ彼らには能が無かっただけ。
そして清州まで来た、ここからはあまり土地勘が無いのでスマホの地図を頼りに動かなければならない。
周囲の地形が分からないいまま、闇夜に紛れながら鬼から逃げ回るのは危険と判断し、夜風を凌げそうなところを探している途中、従業員も客もいない無人のコンビニを見つけたので、そこで食料を拝借した。
レジから金を借りようとしたがレジにはカギが掛かっていた。壊すのも音が響くので、仕方なくATMから親の通帳を使い下せる限界の額までお金を下した。
コンビニで一夜を明かそうと提案したが道満曰く、入り口が一つしかないというのを理由に却下された。
「ならどこがいいんだよ」
「私に考えがあります」
仕方なく道摩法師に付いて行くと、一つも明かりが灯ってなく二カ所に階段のある大きな六階建ての団地のようなところに来ていた。
法師はこの物件を見て良しと呟くと何の躊躇もなく、階段を登って行った。
四階で法師は足を止めると一番真ん中のエレベーターホールに荷物を下した。
「寒さは我慢なされませ」
しょうがねぇなあと思いながら腰をつき、道摩法師にコンビニで拝借した飯を渡す。
「てか、お前ら人肉以外の飯食えるの? 不味く感じたりしないのか?」
道摩は袋の袋の破り方が分からないのか、困惑した様子で渡された食料を持っていたので、道摩の手から食料をひったくり、袋を開けて返した。
「鬼は食べ物を食べずに生きることだって出来ますが、やはりご飯があった方が気分が高揚するというか、何というか」
普通に飯は食えるんだな、よくある食人ものの設定とは違うな。
「何で飯も食えるのにわざわざ人を喰うんだ?」
「人が非常に美味しく、それに人の血を食せば、自身の身体機能や、能力を上げる事が出来るからです。まぁ頭の悪い鬼は何より心の中から湧き上がる食人衝動を抑えられないってのもありますが」
お前らは吸血鬼かよと思いながらおにぎりを頬張る。
医療用の血はどうなんだろうな。
「じゃあ心の中に鬼を宿した人間も人を喰らうのか?」
「随分と鬼に興味があるようで、もしや殿は……」
「その先は言うな、敵の情報は知っておいて損はないだろ」
「失礼しました。鬼と契約した人間は、まだ鬼の意志が全面的に出る事はないので人を喰らうことは滅多ににありません。ただ鬼に体を乗ったられたり、自ら望んで鬼になったりした人間は人を喰らうようになります」
パンを齧りながら法師は言った。
この法師はコンビニ食品の予想外のおいしさに顔をほころばせてもいる。
「お前も人を喰うのか?」
「いえ、私は心は人間のつもりです。ですから、そのようなことは決してないと思います」
パンを一口咀嚼する、口の中に卵の味が広がる。
法師はこちらをまじまじと見つめてくる。
「殿は食べられるんですね……」
「なんでそんなこと聞くんだ? 当たり前だろう」
「いえ……。普通の人は初めて数多くの死体を見た日に、飯なんて食べる気にすらなりませんよ。たとえ無理に食べたとしても吐き出してしまうでしょう」
今日見た死体、法師を拷問したときに見た血、肉、内臓、俺が法師の刀で殺した人間の最後の顔……。全部思い返しても何とも思わない、吐き気なんてものは全くない。
「俺は狂っているのか……」
「正直今の殿は何かが欠落しています……。喜び悲しみ以前の何かが……。その底のない目がそれを語っています」
法師は俺の眼を覗きこむように話をする。
「やっぱ目が死んでいるのか……」
多分そんな単純なものでは無いと思うが。
小さくなったパンを口の中に放り込む。
「はい……。目だけでなく表情の方も硬いというか変化がないというか……」
「はぁ~、もういいよ」
袋からサンドウッチを取り出し食べ始める。
「しかし、私と戦っていた時の殿は表情も豊かでしたし、片目は光がちゃんと宿っていましたよ」
体があの拷問を覚えているのか、あからさまに顔を歪め、震えながらもフォローをしてくれたみたいだ。ただ此奴、本当にフォローする気で言っているのか。
豊かねぇ、もともと俺は感情が表情に出やすいって言われてきたからねぇ。
「もうこの話は辞めだ」
法師もこくりとうなずくと袋からおにぎりを取り出した。
「これどうやって開けるのですか」
「甘えるな、袋に書いてある説明見ろよ」
飯を食べ終わり、微かに温かい珈琲を片手に外の景色を眺めた、街灯以外の明かりが街々から消えている。
砲撃音がうっすらと聴こえ、遠くの空が真昼のように明るくなっているところがある。もしかしたら自衛隊が助けに来てくれたのかもしれない。
「自衛隊は鬼たちに勝てるかなぁ」
「自衛隊とは現在の日ノ本の正式な軍隊ですか……。鬼たちは全く敵戦力として見てませんでしたね」
「鬼の目的はなんの為に日本に攻め込んで来たんだよ。政府でも潰す気か?」
「七十年ぶりの食事の為」
法師は呟いた。七十年前……。紫電改、ソ連、大東亜、大和、武蔵、……。
おいおい、何で頭の中に中に娘の方が出てくる。これは真面目な話だ、写真の方を連想しろ。
「私たちは七十年前までは日ノ本の政府と友好関係を築いていました。政府は戦争に勝つために鬼は捕食の為共に戦場で戦い、鬼は通常の武器が効かないのでその体質を生かし国外で行われた数々の戦を勝利に導いてきました」
ん? 鬼ってそもそも大日本帝国と協力してたの?
「しかし人類の利点である技術というものは我々の予想を遥かに超え、人類はついには我々を掴んだのです。我々を断つ破壊兵器を作り、敵はこの国の二カ所でそれを使いました……」
「破壊兵器、それに二カ所って」
「それが落された地で人も、木も、家も、鬼も全てが焼き尽くされ、都市は一瞬で灼熱の荒野へと姿を変えたと聞いています。それから日本政府は海外の人間の傀儡化となり我々をこの地から追い出したのです。この地から追い出された鬼たちは七十年間食事もまともに取れず、不完全な鬼が増えてきたため、遂に上がこの地を取り返すために、不完全な鬼を減らすために、この地に出兵を決意したのです」
戦後の政府はどうやってこんな化け物をこの地から追い出したんだよと少し疑問に思った。
でもねそれ以上にショックの方が大きいよ、歴史好きとして。
「そうか俺の知ってる歴史とは大きくかけ離れているな……」
俺の調べて来た歴史とはいったい何だったのか……。あの歴史は本当に意味が有るものだったのか。
想像の世界で軍服を纏った鬼たちが二〇三高地に突撃する姿が映し出される……。というかいつから政府とは鬼と協力関係を結んでたのか? 北清事変か? 日清戦争のときか? 西南戦争? いやもっと前……。幕末からか……。
圧倒的な数の幕府軍を僅かな数で相手取れたのは、列強の兵器の活躍以外にも、鬼の協力があったからなのか?
ただ政府は何か隠しているな、確実に鬼への対抗手段を持っているはずだ。ただ自衛隊は戦力として見られていないんだろう、じゃあ一体……。
小銃や機銃、機関銃、ましてや擲弾砲、戦車やの弾幕の嵐を越えて来られるのか? ヘリコプターがニーベルングの指環を轟かせながらガトリング砲で鬼を一掃する姿……。
いやそれはアメリカ軍でした……。まぁ兎に角、頑張ってくれよ『緑の人』。
何だか鬼は自衛隊に勝てないような気がして来た。だがそれは困る……。それでは困る。俺が望むのは完全なる今の秩序の崩壊だ。
あれだけの望んだんだ、世界の崩壊を、だから壊れてくれよ。
まぁ俺がどうこう出来る訳でもないけど。
「どうされましたか、殿?」
自分の思っていたより長い時間考えていたようだ。
コーヒを啜り、空き缶を外に投げ捨てた。数秒後に缶が地面に激突する音がし、転がっていく音もしっかりと耳に聞こえて来た。
静かだな。
世界が崩壊しての初めての夜……。今日どれだけ人が死に、生き残った人々は何処で何をしているのだろうか。
まぁいいや。
「俺はもう寝る。」
地面に寝転がるがコンクリートが冷えてて冷たかった。
「二時間後、この機械が音を上げたら起こしてくれ、そこで交代だ」
そういって、法師にスマホを見せながら目覚ましをセットする。
「いえ、私は一晩位起きていても何も問題ありません」
「これは命令だ。あとそんな慢心が身を亡ぼすんだぞ、自分よりも弱い人間にやられた今のお前ならよく分かるだろ。刀身よりも遠くの敵を斬れる能力を持っているのに仕留め損ねたお前ならな」
「あの時は鬼の意志が体を動かしていましたが……。確かに私は殺せると思い込み油断していましたね」
「じゃあそーゆことだ」
目を閉じた……。正直眠気は無いが寝た真似だけはしておこう。
いつ法師が本性を現すか、本当に眠っている者を前にして何もしないのか。
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耳元に電話なんて一回も掛かってきた事の無いスマホの着メロの『きっと青春が聞こえる』が聞こえる。
「殿起きて下さい」
体を揺さぶられると共に法師の声が響く。
――ああ結局眠れなかった。そりゃあ身元不明の自称、蘆屋道満なんて信用できるか。いつ寝首を掻かれるか分からないからな。
まぁ理由は違うがな。
そんなことを思考の奥底に追いやり立ち上がる。
「なんだもう交代の時間なのか」
今日あったことを思い返していたら予想以上に早く時が流れていたみたいだ。
「では、殿の寛大さに甘えて、私も休ませて頂きます」
そういいながら法師は俺の寝ていたところで横になろうとする。
「まて、刀を置いていけ」
法師は刀を取り出し俺に渡した。
刀を受け取った俺は外の景色を眺めることにした。
手元の時計は一時を回っている、街灯が光を宿しているから電機はまだ通っているみたいだな。
寝る前に光っていた閃光弾はもう何処にも見当たらなく、代わりに闇夜に照らされ街の各所では、焔が渦巻いている。
「寒いな……」
何も感じないのにそんな事を言ってみる。
「ああ、珈琲でも買ってくるか」
刀を手に取り、俺は団地の傍らにあった自動販売機を目指して階段を下りていく。




