【一章第七話】 great escape
「おい聞いているのか? 」
一色の声が俺の耳元で響く。
お前の話なんて聞きたくもねえよ。
だがあの時の俺は「聞いてるよ」とか一色に目を付けられないようにするために妙に丁寧な口調で言った覚えがある。
どうやら一色は、俺に見せたいものが有るらしい。
ここから先は最悪だ……。
一色も、一色の周りの奴らも、一色とつるんでクラス中に反紫水を宣伝しまくった女子のグループも、俺も、この教室にいる紫水以外の奴皆最低だ。
非道だ。人間じゃねぇ。
一色は紫水の席の前まで俺を連れていく。
俺の目の前で親友が甚振られている姿を見せつける。
この親友はこんな状況になってもまだ俺に「大丈夫だ 何もするな」と目でサインを送って来る。
流石に堪え切れなくなった俺が「止めようよ」と一色に一言申す。
――だがこれも全て一色の作戦の一環だった。
奴は俺の耳元で囁く。恐怖の一言を。
「お前もアイツをやれ」
無理だ……。
そんなの出来ない。
一色に向かって首を縦に振ることはなかった。
「お前もアイツと同じ事されたいの? 」
足に衝撃が走る。
皆に見られないように一色が俺の足を踏み付けていた。
俺はもう竦んでしまっている、恐怖で周りが見えてすらいない。自分はとても可愛いものだ、自分はとても大切だ。こんなバカみたいな醜い自分でもこんな事が起きたら事故を犠牲にせず保身に走ってしまう。
「もう一度言う、お前もアイツらと一緒に親友をやれ」
あの時の俺にとっては酷く恐ろしい声に聞こえた。
――この言葉によって拮抗が保たれていた俺の天秤が完全に一色に傾いた。
即ちこの瞬間俺は親友を見捨てた……。
特に関わりの無い、一色の手を取ったのだ。
親友を助けるどころか親友を自分の身可愛さに文字通り親友を蹴落とした。
それからはもう頭が真っ白だった。
今までの付き合いから必死に紫水が言われて傷付きそうなことを探して罵声を浴びせた。必死に、確実に、的確に、必ず紫水を殺せる言葉を選んだ。
紫水を踏み台により高い所に飛ぶために物理的に一色の下僕達よりもっと酷い事をした。
俺は親友を裏切った、もうその時点で俺と彼奴の関係は崩れ去った。
――一度拗れたらもう元に戻すことは出来ない。
多分一色は優しいから俺のやったことを許してくれるかもしれない。
だが……。
甘えだ、そんなもの。
だから俺は中途半端な関係が戻って来ないように自身の狂気を受け入れ親友を椅子ごと倒し馬乗りになり何度も殴りつけた。
親友の襟首を掴む。嫌な感覚だが、俺は紫水の頬を本気で叩く。
地に落ちた紫水を蹴落とした
殴るたびに自分も殴られてるような気がした。
拳を親友にぶつけるたびに己のいろいろなものが乗っかっていく。
関係のない感情までもが乗せられる。あの恐怖から解放されるために、自分を抑圧し続けていた感情を手拳に乗せて俺は必死に殴り付けた……。
俺は最低だ……。
俺の右目から一筋の涙が流れ落ちる。
こいつ等の前で涙など見せてやるものかと、必死に川に堰を作り直す。
俺は最初の一粒の雫以外は何も零れ落ちる事は無かった。
あの時俺はどんな顔をしていただろう? 汚い顔だっただろうな。そりゃあ汚く醜い顔だっただろう。自己保身しか頭に無い俺は二度ともう此奴と笑うことは出来ないんだろうな、だから最後くらいは……。嫌われるためにも……。
――笑顔で。
紫水は結局なにも言葉を発しなかった。
あいつはあの時どんな気持ちだったんだろうか?
ただ今まで一色達に何をされても感情を表情に出さなかった紫水の片方の目から一筋の涙が流れていた。
彼も何かに嘆いたのだ。
きっと俺に裏切られたことだろう。
――俺は俺自身の手で紫水との関係を完全に断ったのだ。
親友を身代わりに差し出した勇者は二度とそこに帰ってくることは無かったのだ。
馬鹿みたいにクラスの至る所から話し声が聞こえる。
皆殴るのを止めて立ち上がった俺を見ながら何か話している。
ごみごみごみごみごみごみごみ。俺もゴミ、俺こそがこの世から必要とされていない廃棄物なんだろうな。
そんな奴らの中にも一人だけ違う目をした少女がいる。
悲しさが入り混じった可哀相な子を見る眼だ、ただ何故だかその眼の奥底から優しさが感じられた。
ただ表面には軽蔑と侮蔑に彩られている。
なぁ、お前ならこんな時にどんな風に声を掛けてくれるのか? この状況をお前からならどんな風に見えるのか?
――お前は今の俺をどう見ている?
それから俺は紫水との関係を完全に断ち、一色自らの手によりトップカーストのグループに比較的良い立ち位置で入る事が出来た。
あの時の過剰な攻撃を見たこのクラスの王は俺のことが気に入ったらしい。
もしかしたら少しでも俺にあんなことをさせた贖罪のつもりだったのかもしれない。
このグループでは何をやっても満ち足りていた。何をやっても賑やかだった。
でも何をやっても本当にくだらなかった。心までは満たされなかった。
すぐに一色のグループと関わらないようにした。
タガが外れた見たいに全てを。……俺を取り巻く全てを破壊したくなった。
真面目な人間を装うのはもう辞めた。もう疲れたのだ、誰にでもいい顔をするのは。
疲れたのだ。
人間関係というものに疲れた。
特別なんて無い、俺は特別なんて手にしてはいけない人間だ。
俺は学んだのだ。この世の人間関係に俺が望むホンモノなどないと。
だから人と付き合うのを止めた。
それから自分でも分る位に俺は壊れだした。
今まで装っていた物が剥がれ始めた。
何もかもを捨てた俺は何もかもが無いまま2年になった。
クラスには紫水もいなければ一色もいない、そもそも友達と呼べるような人がこの学校の何処を探してもいない。
部活には一応行ってる程度で特に何も目立つようなことはしていない。
勉強も歴史以外はダメダメ。
家庭環境も最悪。
俺には何もない。俺には何もなかった。
全ては自分で行動したことだ。失ったのも、捨てたのも、助けられなかったのも全て自分が意志をもってやったこと。
孤独だとは思ったことはない、でも……。
俺はぼっちだ。
最低な屑だ。
所詮俺は悲劇の主人公だと思いたいだけのただのモブなんだよ。
悪いのは誰でもない俺だ……。
そう俺なんだ……。
この先起こり得る光景を想像しただけで心がナイフに何度も刺突されたかのような痛みが数を増すごとに強くなる。
嫌だ……。嫌だ……。いやだ……。
訳の分からない回想とはいえ、また俺はこの世界で親友を傷付けてしまうのか。
あの時と違うことをしようとしても体が動かない。
当時の俺の記憶を、当時の俺の視点で。最悪だ……。
最も悪い事だ。
正直もう投げ出したい、何でもするから止めて下さいって神だの仏だのに祈り倒したいくらい俺の心情は限界にきている。
紫水はやはりこの世界でもこいつらに酷い事をやられている。
数分後にはこいつら以上に酷い事をしてしまうだろう。
怖い……。一色にいつ俺が「止めようよ」と馬鹿丁寧にビビりながら言い出すことが。
怖い……。一色がいつ俺に親友をやれと命令してくるかが。
怖い……。俺がまた恐ろしいあの狂気を受け入れてしまうことが。
こわい……。おれが いっしきが おれが おれが おれが おれが 何もかが
に く い
にくい
憎い
全てが……。
心の中で新たなる感情が芽生えた。小さな小さな吹けば消える火みたいな弱弱しい感情、黙殺しようと思えば簡単に無くなってしまう、これより大きくすることのほうが難しい位の感情だ。
「止めようよ」
遂に言ってしまった。
一色が俺の耳元で悪魔の命令を下す。
もうどうでもよくなってきた。
心に突如できた小さい小さい炎が自分の中で駆けまわっている感情を焼いて段々と大きくなっていく。
「お前もアイツと同じ事されたいの?」
一色の足が俺の爪先に落ちてくる。
足に衝撃が走った瞬間、俺の中の少しずつだが大きさを増していっている感情の起爆剤になった。
――世界が完全に停止した。
俺を中心にして教室中が深紅の業火に包まれた。
俺の世界が燃えていく。
俺の心が焼け落ちる、後悔も無念も、怒りも悲しみも全てを薪に変えて火焔は朱く世界を取り込み続ける。
机も椅子も黒板もパシリもぼっちも五月蝿いだけの女子もムカつくだけの男子もみんな燃えろ。
ムカつくムカつくクソ野郎の一色お前は念入りに焼いてやるよ。
目の前に轟轟と立ち上がる火柱が一色を飲み込んだ。
俺の世界が轟音とともに崩れ堕ち始める。
世界は停止したまま終息を迎え始めている。
段々と教室がクラスの奴らが燃え墜ちていく。
燃え墜ちた部分から黒々とした世界が顔を覗かせているのである。
「燃えろ消えろどんどん燃やせ」
紫水の周りの奴らも消えていく。
焼け堕ちたものの後ろから闇の世界がこちらを覗いている。
白い光の世界とは一変した暗い暗い憎悪に満ちた世界が垣間見えている。
ただ……。
俺はこの教室で燃やせない者が二つある。
どんなに俺がこの感情を受け入れようとも、どんなにこの感情により全てを破壊したい衝動に駆られようとも、こいつ等だけは燃やしたくない。
それ以外はもうどうでもいいや。
自分でさえもどうでもいい。本当は自分が真っ先に火に焼かれなければいけない。
恐怖心を燃料としてきた心の荒ぶる業火に、感情を、心を、自らを投げ入れた。
自分の持つモノ全てを炎に捧げた。
その瞬間、爆発的な暗黒の焔がこの世界を自分ごと包み込む。
燃え逝く自分、薄れゆく感情、消えゆく己……。
燃えない2つの席……。
最後にまたお前達と笑いたかった。最後にお前に謝りたかった、最後にお前に会いたかった。ごめんな、――。
許せよ、――。
知っての通り俺はこの様だった、俺は必死に足掻いてもこんな様だった。
ああくそったれな世界だった。
紅蓮の大海に沈んでゆく俺はゆっくりゆっくりと目を閉じ……。
業火の中から突然黒い腕が飛び出してきて眼球を潰され視界が奪われる。
もうこの身に執着なんて無いよ。
何も見えないことに、何も感じない。
焼却されつくした心からは何一つとして感情が一切湧いてこないのだ、痛みも恐怖心も。
「力は欲しくないか? 誰にも負けない力が、守りたいものを守れる力を、お前は欲しくないのか?」
ちから……。
欲しいに決まっている。渇望している。
「ああ、言わなくても分かってるぜ、全部見てた。もうあの時みたいに親友を失いたくないだろ? 親友を傷付けお前を狂奔に駆り立てた奴らは今お前らの事なんかとっくに忘れて楽しく生きているんだぜ。ああ憐れだな、オマエ」
いや親友を傷つけたのは俺だ……。だがアイツらは憎い激しく憎い。この世界が憎い、こんな世界など壊してやりたい。奴らがいる世界など……。
こんな俺など無くなってしまえばいい。あんな奴ら等死ねばいい。
「そんな奴らに復讐する力は欲しくないか?」
少しの間があった。
とても甘美な誘惑だ。魅力的な誘いだ。
「お前……。 世界を壊す力は欲しくないか? 欲しいだろ! なら俺の全てを受け入れろ、お前に力をくれてやる! だからお前は俺にその溢れ出す負の感情を俺に差し出せ」
このつまらない世界に不退転の災厄を!!
誰もそんな事やらない、やれるわけがないだろう……。人間などではこの世界を壊すことなど出来ない。
ならば俺がそれになってやろうぞ。人間を逸脱した、災害の一つに……。
俺は前に向かって手を伸ばした。
「そうだ。そうだぞ。俺を受け入れろ」
体中が何かに包まれ。心が妙にあつい。理性が飛びそうだ……。
だがよい。これであの糞ッタレな弱い男は死ぬ。消えなくなり灰になる。
これで俺は弱い弱い嫌いな自分を捨てる事が出来る。
「そうだ! 理性を捨てろ! お前の思うがままに動け」
「うざい むかつく まもれなかった りそう げんじつ しんゆう にくい ちから はかい ふくしゅう ほろび やみ さつい つるぎ ちから わからない せんけつ にくしみ
あわれみ ちから おろか じゃくしゃ まけ かち ちから すくい いのり かみ いっしき ちから しゅうえん しゅうまつ ぜつぼう ちから すき きらい ちから しすい ちから ちから
ちからちからちからちからちからちからちからちから」
体中から言葉という言葉が、感情という感情が溢れ出ている。
「スベテコワス スベテコロス ミナキエロ ヘッヘッヘッヘ」
笑いが止まらない、俺は力を手に入れれるんだ。
空間を裂くような炸裂音が響いた。
伸ばした手は空を切った。
「うおおおおお、なんだお前っ? 誰だ? なんだそれ?」
見えない……。どうなってんだ……。
幾たびも幾たびも炸裂音鳴り響く。
俺に力をやると囁いた誰かの叫び声が炸裂音に掻き消されていく。
「どうした俺? らしくないぞ!」
地面に何かが落ちる音がする。
「ダレダ……」
「誰だとは? 私はお前で、お前は私だ」
言ってることが分からない。
ぼやぼやとだが視界が戻ってきた。目の前の男は白銀の銃と黒鉄の銃を両手に持ち地面には玉切れなのかマガジンが二つ落ちている。
この男のことを知って―――いない。
誰だこいつ?
歪んだ視界の中で俺は目の前の赤いコートの男の顔を見ようとしたが帽子とサングラスが邪魔で顔が見れない……。
「オレノジャマヲスルナ」
「人であることを諦め、化け物の力を借りて化け物にでもなろうってか俺よ? そんなことをして人々が恐れ戦く力を持った災厄になったところで、お前は所詮あの頃の親友と助けられなかった臆病な弱い人間とこれっぽっちも変わりはしない。諦めが人を殺す……。お前もよく分かっているだろう?」
俺はこの男のことを知ってるような気がする。だが誰かまでは分からない……。
「言っただろう、お前は俺だ、俺はお前だ。お前の考えていることくらい簡単にわかる。私がだれか分からないんだろう?」
なぜ俺の心を分かったのか?
「私はもう一人のお前とでも表現しておこう。お前が捨てようとしたが心の奥底で唯一無意識に守ってしまった感情の一つだ……。そう、オタクであるお前、お前が唯一誇っていた俺だ」
やっぱり誰だか分からない……。俺は全然この姿の元の者の名前が出てこない……。記憶にすらない……。
ただその姿には何故だか懐かしく思う。
ぼやぼやしていた視界が途切れた。俺はまた闇の中に戻った。
何もかももう投げ出してしまいたい。俺はもう疲れたんだよ、とても眠い、とても眠たい。
「姿形は私にとって何の意味もない言葉通り私はお前の心なのだから、別にこの姿にも意味はない」
声が響く、頭の中にとても大きな拒絶できない声が響く。
ダレダ? DAREDA? ナンダコイツ ワカラナイ……。分かるかもしれない……。モウイイヤ、メンドウダ……。ケソウ、ムカツクオレヲ……。
「そろそろ目を覚ませよ俺」
まぶしい……。
視力が完全に回復した。
また俺はあの光の世界にいた。
さっきと違うのは、目の前の赤いコートの男が俺の唯一の嫁、オレンジ色のセーラー服を着た少女にに変わっていた。
無意識に俺は手を伸ばしてしまった。
あんまり温かくないな。
そりゃあそうだ、こいつは失ってしまった俺の心の残骸、俺の無意識で生み出している幻に過ぎないのだから。そんな人間味なんて感じるわけがないだろ。
少女は定型文染みた言葉を呟いた。毎日飽きもせずに聞いていた言葉。
俺は好きだった言葉、何度も聞いた、幾たびもそれを聞きニヤニヤしていた台詞。
目の前の少女の手から淡い光の玉が出てきて、俺の胸に向かってゆっくりゆっくりふわふわと浮遊しながら吸い込まれる。
稲妻が体中を駆け巡る。ページの一枚一枚、アニメの一コマ一コマやゲームのシーンなどそれに関連した記憶があの時のスクリーンのように周りに映し出されていく。
思い出した……。
とてもとても俺にとって大切な者達。
はじめて俺であれた。
初めて誰にも影響されない、干渉されない自分であれた。
「やっぱ、俺はお前たちに助けてもらわないとすぐダメになってしまう人間なんだな……。ありがとよ……。 俺」
嫁が、もう一人の俺が段々透けだして光に変化していく。
幾たびも俺は彼ら・彼女らに救われた。
「捨て去った感情の全てが蘇ったわけではないからね。もう私たち以外に、今まで通りの感情を抱くのは無理かもしれないよ。貴方は壊れてしまったのだから」
オタクの俺は、俺の目の前から完全に消滅した。
自分の価値観が全く別のものに変わってしまったことは自分でも分かっている。
それは自分で望んでなったことだし、後悔なんてものはさらさらない。大事な大事な感情が一つ戻ってきたことはラッキーだった。
ここの空間の本質は分かった、どうやら俺はまだ死んでないみたいだ。
鑑よ出ろ。
頭の中で鑑を連想する。
鑑を連想した直後、目の前に大きな鏡が現れた。
「やっぱりな、ここがどこだか分かった」
潰された目がどうなったか確認する為に、鑑に映る自分の姿を見てみる。
そこにはいつもと変わらないやる気の無さそうな俺が立ってる。
目が死んでんでいることを除いていつもと変わらない俺だ。
別段眼つきが悪いわけでもない俺の眼の印象が激変している……。
そうそう、瞳から光が消えてどこを見てるのかイマイチ分からないこの腐ってるというよりも虚ろって感じの眼……。
2次元でよくある虚ろ目そのものだ。
死んだ魚の目なんて生易しいもんじゃない、完全に何もない空っぽな目。
まさしくヤンデレの眼そのものだ……。
眼の虚脱感が伝染したかのように顔には生気が宿ってない、表情が全く顔に出てない。
「ニコッ!」
とある最近放送されたアニメ真似をしてどびっきりの笑顔を鏡の前でやってみた。
ちゃんと首を傾けて、口に手を当てたぞ。
そこにいた人間はなんともとびっきりの笑顔というより、悪人らしい笑顔をした人間が立っていた。
笑顔が怖い……。悪い笑顔だ……なんだか張り付いたような笑顔……。
サー、俺には貴方のような笑顔は無理みたいです……。
「もうこうなったら奥の手だ、ニッコニコ……」
うっ、もうこの時点で痛々しいというより怖い、もしくは感情が顔に出ていない。
わざとらしく明かるめの声を出してちゃんとポーズまで決めたのに……。
茶番だ……。
だがこんな事やって恥ずかしくないのと? 人に聞かれても恥ずかしくないと即答できる。
まあそんなことはどうでもいい。
そうだな、まず俺をこんなんにさせた奴に復讐しに行こう。
そして元の世界に戻ろう。
人を殺したっていい。
人でも鬼でも何でもいいから何かを出来るだけ多く殺そう。
俺は決めた、やりたい事を見つけた。とてもとても大事な事だ。
包丁の刃も通さない身体を持つ鬼が現れたあの世界なら混乱に紛れてのし上がることも出来るはずだ。
鏡の前に悪い笑顔が映し出される。
俺の思い浮かべる「「楽しい事」」はなんともサイコパス染みた事しか思い浮かばなくなってしまっていた。
あの保身に走る餓鬼は、あの特別が欲しかった少年は、あの抑圧された男はいま解放された。これからは好き勝手に生きる。
これからは成りたかった自分になる。
闇が俺の体を優しく包んでいく。
もうこの空間の事は理解している。
だから俺をこんな目に合わせた張本人には俺の痛みの数兆倍の痛みを受けて貰おう。
今なら何でもできそうな気がした。