【四章第一話】 嵐の前のシュガーステップ
皆が振り返りもせず少年から離れていく、皆が楽しそうに笑っている。
一人の少年は必死に彼らを追いかけた、一人の少年は死ぬ気で彼らをその場に留めようとした。
でも彼らはどこかに行ってしまう。
どうやったって彼らはその少年を待ってくれることはない。
少年はついに歩みを止めた。手には黒く淀んだ刀のようなものを握って……。彼は自らを追い越していく人間を何の躊躇もせず斬った。
嗤っていた人間から笑顔というものを奪った。
彼は人として人であることを辞めた、人間の皮をかぶった化け物は思うままに、思い通りに全てを回した。
「お前は俺だ、そこで見ている殺人鬼」
死肉の丘で化け物は独り。
「お前は主人公なんかじゃないんだ、ただのモブだ。お前はいい役が欲しくて悪人になったんだろ?」
たった一人の丘に誰かが現れる、まるで女神様みたいな美しい少女だ。
「私はたとえあなたがどんな化け物になろうとも貴方を理解し続けますよ」
どこかの誰かに似ている声だ。
「悪人のやることなんて一つだ、分かるだろ? 草薙大和」
化け物は少女を抱き寄せ……。
強き者は棄てる事が出来るもの、強い人間とは好き勝手出来る人間の事を言う。
少女は彼の中で幸せそうな顔をして闇に貫かれ鮮血を噴出した。
「悪人には悪を打倒せんと躍起になる正義の味方が必要だ。必要なのは理解者なんてものではない」
化け物の前に一人の男が立ちはだかる。化け物は嬉しそうに自らの理想の悪役を一通り演じ正義と悪は刀を構え共に向かい合った。
勝負は一瞬……。
化け物は黒く澄み切った空を見上げた。
「死に時を見失うということはとても虚しいことだ……」
微かに聞こえる目覚まし時計の音、そろそろ起きなければなぁと朧げに思う自分とまだ寝てていいと囁く自分。
もう少しだけ寝ていようかぁ……。
存在を確認できない目覚まし時計に手を伸ばす。また何か嫌な夢を見た気がする、良くは覚えていないが。
「イタッ……」
目覚まし代わりと言わんばかりに体に重く鋭い痛みが駆け巡った。これでもだいぶマシになってきたほうだが、未だに意識していない時に来るこの痛みはきついものだ。
「さぁ、大和君。今日も今日とてゆっくりじっくり私に看病されな」
バァンっという音と共に誰かが部屋の中に入ってくるのである。まぁ大体誰かは想像は出来る、寧ろ彼奴しかいない。
「あと3時間」
「もう10時だよ大和君、いったいいつまで寝てる気なんですか? お寝坊なんてレベルじゃないですよ」
「ウルトラスーパーめちゃくちゃ眠い」
莉乃が何かに察したようにすっと駆け寄ってきた。
「もしかして大和君起きれなんじゃないんでしょうか」
最近しなくなった笑みを久しぶりに浮かべている莉乃。
「起きれるわい」
多少の痛みはあるものの何の問題もなくベットから降りて見せた。
「まぁ数日前よりは良くなったみたいですね」
莉乃の前でぶっ倒れてしまったらもうこの様だ。確かコップを取りに行こうとしてコップを掴んだ瞬間の激痛によって倒れてしまったような気がする。
そしたらこの様だ。
元々お互いの部屋には入らないようにしていたルールが、眼を覚ましたその瞬間かから特別ルールというものが出来上がり毎日此奴は押しかけてくるようになった。
あの戦い以来どこかしゅんとしていた莉乃だが、心なしかこの日を境にとっても機嫌が良くなった気がする。
「大和君何か言うことはありませんかぁ?」
アハハっと笑い服をおっぴらげに褒めろ褒めろと見せびらかしてくる莉乃。
「お前の部下が泣くぞ、それに何でもミニスカートにすればいいってわけじゃない。いいか、それをやるならせめてスカートを長くしてこい」
どうゆうわけか莉乃はミニスカメイドをノリノリでやっていらっしゃる。昨日までは服装だけはまともだったのになぁ……。
「全否定ではなかったですね、予想外。大和君大丈夫です、これは楓に用意させたものですから、楓は泣いていませんでしたよ」
莉乃の命令に渋々従っている楓の様子が目に浮かぶ……。
「さぁ、朝ご飯を食べるのです大和君」
そういいながら妙に体を密着させようとしてくる莉乃をスッと躱しドアの方に向かう。
「莉乃もっと現実を見ようぜ……」
「や・ま・と君? 一体今何を思ったんですか? 聡明な莉乃ちゃんは今大和君が思ったこと分かりましたよ」
肩に手が伸びてきた。
「察しが良くて何よりだ」
「おい草薙大和いったい誰と比べてそう言った。私だって無くは無いんだぞ、貧相ではないんだぞ。標準だぞ、標準なんだからね、うんデータ的には標準より少し上をいっているはずよ」
美優・レイ・銀雪・楓……。多分これを口に出したら、また面倒なことになりそう。
ミニスカメイドさんはおこなようだ。
「それのデータに詳しくて何よりだ」
「調べてないんだから、そう、響が、響が最近そう言っていたんだから、ホントですよ、ほんとにホント」
「気にしているとこを突いてしまってこれはこれは申し訳ない」
「気にしてなんかいませんよ。いいもん別に鬼になれば姿を好きにいじれるんですから、いいもん、いいもん」
ちらりと振り返り莉乃を見た。
上目使いで目から光を消しながらも顔を若干赤らめ莉乃は楽しそうであった。
薄茶色に染まった髪の毛がきらりとひらりと揺れる。
「そういえば初めて会った時より随分と髪を伸ばしたな」
「髪の毛は女の命ですから、それにどこかの誰かも長い髪の娘が好きなんでしょ?」
お嬢様らしく髪をひらりと捲りこのメイドさんは答えた。
「さぁなそのどこかの誰かが誰か知らないからな」
分かってる癖に、そんな声を無視してこの無駄なおしゃべりを止める。
「そんな馬鹿な恰好してずに、ちゃんと着替えて来いよ」
「え、何でですか?」
こういう時は察しの悪いお嬢様だ、じれったい。
「外に行くんだ」
「私とデートでもしたいっていうんですかねぇ? 大和君」
先ほどやられた分からかいたいのであろう。だが今回ばかりはこう言ってやろうか。
「ああ、デートだ。デートのお誘いをしているんだ」
「えっ……」
「別に行きたくないっていうならハリマと散歩に出も行くが」
「いやいや、前々から何でそういう大事なお誘いをしといてくれないんですか? こっちには用意があるんですよ。3時間待ってください、3時間だけ、ほんとに本当にそれだけ待って」
「まぁ飯食ってゲームして待ってるから楓でも響でも呼んで服を選んでもらいな」
「うるさい黙っていて下さい」
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「おはようございます」
リビングで新聞を読んでいたハリマはわざわざ立ち上がり俺に一礼してきた。
「なんかお前の事を久しぶりに見た気がする」
「えぇ、ちゃんと毎日一度は顔見せていたんですけどね」
食卓のいつものところに椅子に座り用意されてあったフレンチトーストにフォークを伸ばした。
「前よりは大分怪我の具合も良くなってきたんじゃないでしょうか?」
「まぁな」
「あくまで前よりはですが」
「美優みたいに入院コースじゃないからじきなるだろう」
まぁ彼奴に至ってはどこまでが治せない怪我でどこまでが治せる怪我かわかったもんではないが。
世の中俺の知らないことばかりである。
コーヒーを啜りながら物思いに耽った。
「いいんですね、それで」
今ならまだ間に合うとそう言いたげな法師が神妙な面持ちでそう問いかけてきた。
「ああ、いいんだ、これで」
甘ったるい口内をコーヒーの苦みが上書きしていく。
「多分殿が思っているほど莉乃は……。貴方の思い通りにはならない可能性もあるかもしれませんよ」
甘いものを先に食べたせいか、はたまた別のことが要因なのか今日のコーヒーは一段と苦く感じた。
「なるさ」
次回デート回?
もちろん期待は裏切らんぜよ
次の話は割と早めに投稿します