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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第三章】新世界より From the New World
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【三章最終話】 清廉なるHeretics

 忙しなく働く兵士たちの撤収作業を遠目から見守る……。怪我人はそこ等で落ち着いて休んで見てろとのことだ。


「大和……」


 言葉に詰まった様子の一人の兵士を装う鬼が隣に座った。


「なんだ? らしくないぞ。あれか? 先走って怪我を負った主君を諫めにでも来たのか、臣下として」

 ハリマはちらりと俺の足に目線を少しばかり逸らしてすぐさま俺に向き直った。

「あっ、ええ。そーゆ話ですね」

 どうやらそうではないらしい、それと自分で言うのもあれだが今回は先走った訳でもない、奴らが明らかに計画的に俺を殺すために動いてきただけ。

「違うな。お前それは今初めて気付いた事だろう」

 この臣下は俺に何を聞こうとしたのかは分からないが言いたいことを何処かに留めてしまっている。

「お前俺に隠し事をする気か?」

「貴方は皆に隠し事ばかりしていますがね」

「俺はいいんだよ」

「殿がそう思うなら私もそれでいいと思います。まぁ、私が聞きたかったのはあの小娘のことですよ」

 ああ、レイのことか……。

 確かにこいつとあの銀髪の姫君は昔関係があったと言っていたな。

「殺した」

「それは分かっています」

「だが奴は多分生きている」

「でしょうね」

 自分の質問を読み切り法師はこちらの言葉を制止し先に答えを言うのである。

「レイの亡骸を見ました。あれは抜け殻です、死体ですらない」

 確かに此奴は撤収作業に参加せずに一人調査したいことがあるといってどこかに消えて行っていた。

「彼奴の死体、いえあの娘の能力は利用するべきです。人類はあの能力を手に入れるべきです。例え誰かが鬼の境地に足を踏み入れることになったとしても」

「だからレイを回収しようとしたというわけか」

 あの能力は確かに優秀だ。一度死したことのあるモノなら手さえ触れずに倒せてしまう。

このような力が人類にあれば鬼との戦いも大きく変化することになるだろう。

「あれは確かにレイでした、だが本質的なものはレイではない。私が共に旅をしてきた小娘ではあるが姿形だけ、もう奴の中身はあそこにはなかった」

「つまり?」

「誰かがレイを喰らった、若しくはあいつの何かしらの能力で別の肉体を手に入れた」

 俺も法師も後者のことはほぼ全くと言っていいほど想定に入れてはいない。

「確かに彼奴は肉体を必要としていないと言っていたが……」

 一応は後者の方の意見も出しておく。

「そうは言ってもそんなことは考えてはいないんじゃないでしょうか?」

「ああ」

「レイの能力、レイの魂を奪った奪った、若しくはそれを所有している人間がここにいるんではないかと。殿はそんな人物に心当たりはありませんか?」


 分からない……。   。……るいてっか分


 多分、多分、いや絶対に彼奴だ。

 彼奴が俺に協力した理由、あの時見た眩しく目を逸らしてしまうような女神のような少女。

 ならば彼奴の目的はなんだ。


 本当にそうなのか?


 桔梗との戦いの後に聞いた声。レイの声ではないが確実にレイのものであった。俺は自らの知らないうちにレイを取り込んでしまった……。

 その可能性だってある。

 本当は決めつけている癖して……。


「殿?」

「分からん」

 実際分からないが90%それが真実だろうと思っている事に分からないといった。

「やはりそうですかぁ……。このことは私のほうから調査しておきましょうか?」

「いやいい……」

 法師は目を細めた。さっき俺が此奴にしたように此奴も俺が何か隠していることに気が付いているのだ。

「このことは誰にも言うな、莉乃にもだ」

「承知しました」

「あともう一つ、お前に別件で命令したいことがある」

 その言葉を聞いた瞬間に法師の目の色が変わった。

「まぁなんだ、用意してもらいたいものとやってもらいたいことがある」

「用意してもらいたいものとは?」

 ここは間を開けたりなんてしない、俺はもう躊躇わない。捨てられるくらいなら自分で捨てる。

 俺は俺の目指す通りの悪人になるのだ。

「織田家を、天童を、明智梨奈を土岐家に売り飛ばすために必要なもの……」

少しの間お互いに沈黙が生まれた。此奴は何を思いなんと問うてくるのか、その答えはいかに。

「はっ、では私は何をすればいいのでしょうか?」

 それでいい。



-----------------------


 今回の戦い……。

 それで俺は何を得たのか、そして何を失ったのか。

 正直に言えば今回の戦いで自分の実力の限界が見えた気がする。道満との協力がなければ森長可に勝てなかったし、美優が居なければレイに何度も殺されていただろう。


 凡人の限界。


 限界以上の力を引き出したところで勝てないものはいる。そして少しばかり今回の戦いでこの限界以上の力を引き出すことへのリスクも分かった。

 あれは多用しすぎると知らない間に体が壊れ唐突に限界が訪れることになる。痛みがないということはいいことばかりではない。

 ダメージは残る、むしろ蓄積されていっている。それに気づけないことは非常に厄介、例えば今の俺のような状態になってしまう。


 莉乃やハリマ、そして部下達に気付かれないようにしているが今の俺は立ち上がるのも困難で何かを掴めるような握力も残っていない。

 物を握ろうとすると片腕に剣が刺さったような強い衝撃が走り無意識のうちに手が物から離れてしまう。熱いやかんに手を触れたときに起こる反射のようだ。


 足も当分治りそうにないし、この手の現象も二日三日寝たところでいつも通りにとはなんとなくだが行かないと思う。

 無理をすれば多少は物を持ったり歩いたりすることだって出来る。


 そして長可に蹴られた腹も後で精密検査をしなければならないほど相当ヤバい状態らしい。

 らしいなんてものではない。

 グロテスクな色をしたお腹がズキンズキンと音を上げる。


 今回はいつも以上にあの力に頼りすぎた。限界と限界のその先の間を何度も行き来過ぎてしまった。知らない間に相当体を酷使しすぎてしまったようだ。


 レイは俺のこれをリミッターを外す行為だといい、多用しすぎると早死にすると警告してきたが確かにそうだ。

 

 痛いほどに、この痛みがそれを俺に教えた。

 多分俺みたいな凡人はこの力がないとまともに他者と渡り合っていけない……。そしてこれがないと手足が出る前に紫水に屈することになる。


 俺が切れるカードはこれしかないかなら……。


 対して奴の切れるカードは沢山、彼奴はまだ俺の知らないカードも持っているだろう。そして何より恐ろしいのがあの能力。

 彼奴の能力は繋がる力、心を無理やりに共有させられる恐ろしい力だ。少しでも迷いがあると簡単に紫水になびいてしまう


 そもそも俺はお前にすら辿り着ける者なのか……。

 

 やることなしの暇な時間に考えることは碌な事ではない。

 立ち上がるのも正直きつい状態。


 周りを見渡して見るとじっと座り込んで作業の終了を待っている伊織が視界に入ってきた。

 彼奴も何かを考えているのだろうか……。

 彼は今回確かに事を為したのだ。


 俺は奴に問わねばなるまい、奴の心境に興味がある。


 同類として。


 伊織のの果たした事の意味とはそして彼は何を思いどこを終着とするのか。


「おーい、お~い」

 自分のが呼ばれているんじゃないかと思った伊織は自らの顔に指をさし、俺は頷き、手で来い来いとサインを送った。

「なんだよ?」

「ああ、お前に聞かねばならんことがあってな」

「聞かなきゃいけないことってなんだ、大和の兄ちゃん」

 あ? なんだそれは。

 妹にも慕われて兄などとはと呼ばれたことのない俺にとってはその響きは正直気味が悪かった。

 お兄ちゃんとは呼ばれていたがそこには侮蔑となぜその名で呼ばねばならないのかという怒りが籠っていた。

 伊織の言葉は寒気さえ感じ、今まで感じていた痛みが寄りズキンズキンと痛む生理的に体も受け付けない有様だ。


「よせ、今更俺をそんな風に呼ぶな。今まで通りお前とか大和とかでいい。俺は尊敬されるような人間ではないからな」

「英雄って呼ばれてる癖して、何を今更」

「それも虚構のものだ。軍人も民間人も共に安心させるには曖昧でいいから大きなモノがいるんだ。たまたま俺はそれを押し付けられただけ」

「散々その名を利用しといてそれかよ」

「ああ、使えるうちはこの名を使っておかないとな。まぁもう使えなくなるがな」

「えっ?」


 この話は伊織には関係ないな。

 話を元に戻さんとな。


「で、お前のこの先の話だ。お前はどうしたい?」

「どうしたいとは?」

 唐突な切り出しだったのか、まったくこの先を考えていなかったのか、伊織は口ごもってしまった。

「俺たちはお前を鬼神教団の捕虜と共に名古屋に連れて帰る、そこまでは決定だ。俺が聞いたのはそこからの話だ」

「これからって……」

「お前が憎むものは何かって話だ。鬼神教団か? 鬼か? 鬼神教会の本営はここで潰された。もし何も憎むモノがないっていうなら俺や莉乃が面倒見切れる限りは裕福な暮らしを送らせてやってもいい」

 未だに伊織は黙り込んだまま。

 

「もっと簡単な話にしようか。どうだ、お前の復讐を終えた感想は?」

 俺は彼の答えを受け止めなければなるまい。

 同類として、同族として。

「分からない……。分からないってのが俺の答えだ。確かに一番憎んでいたものは消えた、いや消えていない。二番が一番になっただけ、次は鬼が憎い、この現況を作った鬼がどうしようもないくらいに憎い」

「じゃぁ、鬼が消えたら今度は何を憎む? 次はお前たちを見捨てた中の人間か?」


「分かんない、そうなってみなけれ分からない」

 そうか……。


「復讐って虚しいもんか? 今のお前はどう思う?」

「少なくとも虚しくはないと思う。でも確かに俺は生き甲斐を、生きる理由が分からなくなったかもしれない。心にぽっかり穴が開いたような感覚だ」


「お前はただ生きる理由を見出すために鬼に復讐しようとしているだけなんじゃないか?」

 生きる理由を見出すために復讐相手を勝手に決めて自己中心的な復讐をしようとしている。

 それは俺だ、これは俺にも同じことが言える。


「もう俺に普通に生きる資格なんてないんだよ。俺の手は汚れてしまったからな」

「まだチャンスはあるさ、お前はまだまだ変わることができる」

「大和だって俺とそう歳が離れてない癖して何を年寄りみたいなことを……」

「俺はお前位の頃に最後の変われるチャンスを自ら棒に振ってしまったのさ……」

 俺は親友に手を挙げてしまった。あそこでああやってしまった時点で、あそこで自ら変われるチャンスを棄てたせいでこの様だ。


「まぁよく考えろ、多分道は一つじゃない」

「いや、それは駄目だ。俺は貴方のように鬼と戦っていく、俺はそうしなきゃいけないんだ」

「止めとけ、その道は……。意味のない復讐こそ悲しいものだぞ」

 これは俺がしてやれる忠告の中で最も説得力があるモノだ。


 伊織は大きく頷いた。覚悟はできていると、これからその罪を背負っていける自信があると。

 お前はその道を選ぶんだな、俺のようには成らないで欲しいが多分此奴は別の道を行けるだろう。此奴は俺と違い勇敢だから。


「分かった、じゃぁこれはお前にやるよ」

 伊織に一本の刀を差し出した。

 この戦いで鹵獲された、俺のモノではないどこかの誰かの、名も知らぬ鬼が使っていた刀。

 命令に従わない手を無理に動員させて刀を掲げた。


 その分もう片手には全く力が入らず感覚がなかった。 

 

「これは……」

「この刀は本当に大事な時以外には使うな」

「鬼が使っていた武器なのにいいんかよ……」

「よくはない、だたあって損はない。強くなりたいなら、力が欲しいなら、死にたくないなら、戦いに勝ちたいなら選択肢は増やすべきだ」

「敵の力を使ってもか」

「ああそうだ。お前はどうかは知らんが俺は沢山のルール違反をしなければ彼らと肩さえ並べられないくらいに弱いからな。だがまだ俺のルール違反なんてものは可愛いもんだ、最後の一線を越えたくなければ持ってろ」

 此奴にあれが訪れるかは分からない。

 此奴は鬼にさえ見向きしてもらえないようなどうしようもない雑魚かもしれない。


「最後の一線?」

「お前が復讐に生きるというなら、そしてお前が最強ではないのなら、いずれお前にも分かるさ」

 その言葉を聞いた後に彼は考える素振りさえ一切見せずに刀に手をかけ、鞘を握った。

「良く分かんねぇけど、貴方がそう言うなら、大和みたいに成れるっていうなら俺はこれを受ける」

 手から刀が離れる、手に集中させていた意識が彼方に行ってしまった瞬間に力が抜けた、どうやら俺は思い違いをしていたみたいだ。

 思い想い刀はその重さがゆえに地面へと落下していく。


 俺のように……。


 それはどこを切り取っての事か、俺は決して人に尊敬されるような立ち振る舞いはしてこなかった。

 ただ思うがままにやってきた、彼奴らのように。器に見合わない人間がそれをやってもその先は流れ流れての崩壊しかないのに……。


 伊織はもう片方の手でよろめきながらも刀の落下を阻止した。 

 刀は伊織を自らの所有者と認めたのかそのままゆっくりと闇に飲み込まれ姿かたち全てがこの世から消えてしまった。

 伊織からは何か苦情のような言葉が聞こえるが全く持って頭に入ってこなかった。


「伊織、いいか……。お前は俺のようには成るんじゃないぞ。俺なんかに憧れちゃぁ駄目だ」

 まるで自分に言い聞かせるように、吐き捨てるような言いぶりだ。

 そこから伊織の言葉も痛みによる静止も聞かずに立ち上がり皆のところに向かった。

「隊長……。こっ、ここは私たちがやるので貴方は休んでください」

 いち早く俺に気づいた伊勢が俺のもとに駆け寄ってきた。

「件の人間は見つかったか?」

 本題は一番最後にさらっと付け加える。

 この言葉で伊勢の目つきが急に変わった。

「いえ……。死体まで一人一人、そして教団員にもいくらか尋問してみましたが那智をやった奴は少なくともここには居ませんでした」

「そうか……」

「件の人間は鬼神教会にいないと、多分隊長が倒したあの鬼が優遇しているのではないでしょうか?」

 それは多分奴も紫水の周りにいると……。

「それと俺が倒した鬼の近くに槍の刃が落ちてるから回収して槍が使える奴がそれを使え。かなり強力な武器だ」

 槍を回収しに行こうとした伊勢の方をポンとたたき小声で最後の指示を下す。

 ポンとではないな、そうする筈が実際のところは完全に伊勢に体重を乗っけていた。

「伊織は出来るだけ軍から遠ざけてやってくれ、金ならいくらでも出してやるか軍の息が掛かってない地域を用意してやってくれ」

 恨まれたって憎まれたって構わない。このような形で復讐を邪魔されるのが復讐者にとっては一番嫌な仕打ちであろう。

 だが平和な暮らしになれれば奴は自ら牙を棄てるかもしれない。

 少なくとも中学だけは俺が好き勝手決めさせてもらう、そこから彼奴の自由、彼奴が決断することだ。


「珍しいですね、貴方がそんなことを言うなんて……。寧ろ徹底的に軍の教育を受けてこいって言いそうなのに」

 苦笑いで伊勢大河は俺にそう言った。

「まぁ今回は俺にもいろいろと思うところがあるんだよ」

 彼奴のあんな言葉を聞いてしまってはな……。

  

-----------------------


 今回の戦いで想定されていないごく少数の強力な個体の鬼の襲撃により軍は予想よりはるかに多い犠牲を出した。

 ただしそれも鬼神教団壊滅という大々的な軍の宣伝により相殺されることになり、むしろ岐阜攻略作戦の大きな足掛かりを作ったということにより莉乃や俺の名はまた勝手に上がっていく事になった。


 羽島方面に展開していた敵の軍は瓦解し、岐阜に再展開されることとなり、その情報と共に本営は総戦力を整え岐阜に総攻撃を仕掛けるという宣言をした。

 ただしこの戦いで俺が負傷したということは皆に隠されたままであり、当分の休養という名目で治療期間が俺に与えられることとなった。

 

 ここが奴ら土岐家の狙っていた事か……。

 岐阜攻略作戦のために各家々は軍備増強を行っているか、兵隊を名古屋に結集させている。

 とてもじゃないが現在最前線に拠点を置いている土岐家に大々的に干渉出来る家はなくなった。

 


 筈だ……。

 筈だ……。


 奴らの想定ではな、にやりと口角が上がった。

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