勉強家『手習修』の自由研究
今作は、作者が思いついたキャラクターについての物語を勢いで書いたものです。
もしかしたら、また同じように世界観を共有した短編を書くかもしれません。
『何でも一つ願いが叶うとすれば、何を願う?』
たくさんの人が考えたことがあると思うけど、これは実際かなり難解な問題で、すぐには答えられない。『願いを無限に叶えられるようにして』とかって答えもあるけど、そういう頓知を抜きにしてみると、これはきっと『あなたが世界で何よりも優先したいものはなんですか?』って意味の問いかけになるんだと思う。
例えば、目の前で自分の大切な誰かが死んじゃった直後とかなら、大体の人はその人を甦らせようと願っちゃうだろうし、借金で首が回らない人はきっとそれを何とかするために願い事をすると思う。
困ったときの神頼みなんていうけど、それは困っている人が一番はっきりと神様に頼みたいことがわかってるからであって、困ってない人はむしろその状態が続いてほしいって意味で願い事に困ることになる。
それはそれで良いことだけど、神様としては困ったものだと思う。願いを叶えてあげるにしても、願いとして受け付けるときには大抵大問題になってるんだから。ありとあらゆる願いを力業で同時にかなえられる西洋系の全知全能の神様なら困らないのかもしれないけど、神道の人間的な神様だと何でも叶えるのにも限度はあるし、そもそも全部の願いを聞き届ける余裕はない。大問題になってから、もう神頼みしかなくなってから相談されるより、もっと小さな問題の段階から手を打てればコスト的にも楽になるけど、強い願いから聞き届けようとしたらどうしてももうどうにもならない人の悲痛な叫びが邪魔をする。
いろいろ屁理屈をこねたけど、要するに僕が言いたいのは『神様が願いを何でも叶える』なんて前提は、日本の風土に合わないってことだ。
小乗仏教みたいな『自分の問題は自分でなんとかする』って考えの強い日本では、そんな全部を人任せにするような考え方で願いを考えるのが難しい。
日本の神様は、願いを『叶える』んじゃなくて、『叶う』ようにちょっとだけ『手伝う』くらいが相応しい。自分の手で問題に立ち向かって、自分で責任をとって、成功の栄誉も自分のもの。それが、日本人にはピッタリのスタンスだ。
そう考えた上で、道行く人に訊いてみた。
「もし、どんなことでも一つだけ、今すぐ『できる』ようになるとしたら、何ができるようになりたいですか?」
CASE1『とある学生のおにいさん』
「なんでも? あ、超能力とかは抜きで? そうだな……学業は程々だし、体が弱いとかってこともないし……強いていうなら、もうちょっと女子にモテたいな。独身のままで青春終えたくはないしな……」
『モテたい』……つまり、『女の子に好かれる技術』が欲しいってことですか?
「ん? まあ、そうなるかな。でも、俺イケメンじゃないし、整形とかする金もないしな……」
でも、マンガのラブコメ主人公とかには憧れますよね?
モテる秘訣は、顔なんて変えなくても細かな行動とかで十分叶えられると思いますよ?
「まあ、そりゃあな……できるなら一度くらい、そういう経験してみたいな。ま、もしもの話だけど。ところで、アンケートってもう終わりか?」
はい、ありがとうございました。
とっても参考になるご意見でした。
「そりゃどうも。冬休みの自由研究だっけ? 頑張りなよ」
はい。
あ、そうだ。これ、ご協力いただいたお礼です。どうぞ、受け取ってください。
「ん? お礼? そんなもん、まあ、くれるっていうならもらうけど……」
では、良い青春を。
CASE2『とある中学生のおねえちゃん』
「もしもの話? もしも本当に何かできるようになれるなら……友達を助けてあげられるようになりたい。私には、なんにもできないけど……」
『友達を助けてあげたい』……ですか?
もしかしてあなたのお友達、学校でいじめられたりしてるんですか?
「いじめ……って言えば、いじめなのかな。でも、学校じゃないんだ。学校ではみんな、仲良しだよ。でも……あの子のおとうさんが、ひどいことしてるの。体育のとき、こっそり隅っこで着替えてるからきいたら背中にタバコの痕が……あ、ごめんね。こんな話、聞きたくないよね」
いいえ、話してください。
先生は、それを知ってるんですか?
「うん。でも、家庭のことだから手を出せないんだって。それに、お母さんもいないからお父さんに逆らったら行くところがないの」
だから、警察に相談してお友達のお父さんが逮捕されると、離れ離れになっちゃうんですね?
「うん。今の唯一の居場所が学校だから、転校したくないんだ。でも、このままじゃきっと……あの子死んじゃうよ……」
わ、わ、泣かないで!
わかりました、要するに『お友達を助けたい』っていうことは、『お父さんから助けた上で、一緒にいられるようにしたい』ってことですね?
「でも……子供が何を言っても、大人は聞いてくれないもん。先生も、警察の人も、誰も助けてくれないの……」
そうですか……だったら、『法律』はどうですか?
「ほう……りつ? 裁判とかの、あれ?」
はい、虐待は犯罪です。
それに、本人が強く望めば、その意思を無視してどこかへ行く必要はないはずです。
「でも……警察の人も動いてくれないのに、法律なんて……」
警察や弁護士でなくても、法律は使えますよ。
わかりました、あなたの『友達を助けたい』という願いは『法律を使いこなす技術』として受託します。法律は、無力な者の身を護るためにあるんですから。
「え……受託?」
はい。
真剣な悩みをお聞かせいただき、ありがとうございました。
CASE3『フリーターのおにいさん』
「そうだな……死にてえな……苦しまずに、らくーに」
えっと……質問の答えは、『○○する技術』とかって答えて下さると助かるんですが……
「今更なんか出来るようになろうがどうにもならねえよ。俺さあ、ヤバいところに借金しちまってさ……首回んねんだよ。今から真面目に働こうとしてももうダメだ……もう、金を工面すればどうとかって話じゃなくなってんのさ……」
は、はあ……それで『死にたい』と。
つまり、『苦しまずに死ぬ技術』とか『確実に死ねる技術』ですか?
うーん……こういうのは下手に叶えると変な噂が……
「何悩んでのか知らねえけど、俺だって別に好き好んで死にたいわけじゃねんだよ。ただもう、それ以外どうしようもねえ……」
現実が厳しすぎて夢も見られないってことですか……それならむしろ、何としてでもあなたにはその危機を脱して欲しいですね。そうすれば、こちらとしても箔が付きますし。
「はっ、何考えてるか知らねえけど、ほっとけほっとけ。相手は堂々と阿漕なことやってるこわーい刺青者のオッサン達だぜ? てめえみたいなのが興味本位で首突っ込んだら、そのまんまポロって落としちまうぜ」
もちろん、この手で干渉するつもりなんて微塵もありません。そもそもこれはあなたの問題であり、それを解決するのはあなたの意志であるべきです。僕は何も強要しないし、何も強制しません。あなた自身の選択で、願いで、そしてあなただけの結論だからこそ、心から答えを聞きたいのです。
「おい、何言って……」
想像してください。
あなたは今、何ができれば助かるのかを。
「……っ」
はい、想像できましたね?
それでは、言外の意思を元に受託しましょう。
人の心の中の願いを聞き届けることも、重要なお仕事ですからね。
CASE1 after
これは、事後報告というより一つの結末。
客観的な事実としての、記録の結論。
学生のおにいさんは、あれからモテモテになった。
日々の細かい仕草や身だしなみの意識、それに心構えが変わったみたいで、ただの見た目がいいだけじゃない、女の心を真の意味で奪う紳士的なイケメンになった。
それには彼自身が一番驚いたようだけど、『これがモテ期か……』とかって納得してた。まあ、悪いことは起きてないんだし無理にその原因まで深く考えることはなかったし、実際その必要もなかった。
彼は、モテ始めてから一ヶ月足らずで……死んだのだから。
「あの人、私を庇って……」
彼に告白し、付き合い始めたばかりだったというお姉さんは涙ながらにテレビのインタビューに答えていた。
どうやら、彼は他にも何人かの同級生と交友を持ち、告白を受けていたらしかった。しかし、同時に何人も付き合うような不誠実はできないと言って悩みに悩んだ末一人を選び、他の同級生にははっきりと丁重に、しかし誠実に頭を下げ、交際を断ったそうだ。
ふられた同級生のほとんどは、そのあまりに真っ直ぐな返答に否応なく納得し、涙やケジメの平手打ちを交えながらも大人しく引き下がった。でも、一人だけそれに納得できずにいた女の子がいたらしい。
そして、その女の子の『想い』は『殺意』に変わった。しかも、それは誠実に彼女を拒絶したおにいさんには向かわず、彼に選ばれた恋人へと向けられた。
その結果、恋人を守ろうと間に入った彼には、恋人へと向けられた殺意のこもった出刃包丁が突き刺さった。彼を刺した女の子はその事実に呆然としている内に包丁を取り落とし、周りの一般人に取り押さえられ逮捕された。彼が身を犠牲にしたことで、恋人は助かったのだった。
彼は最期に言ったそうだ。
「好かれるより……好きになる方が、簡単だったかもな……」
うん……今度からは、そういう願いも視野に入れておくよ。
CASE2 after
これは一つの結末。
主観的な話の入り混じる、ある種の物語。
おねえちゃんは、自分で報告しに来てくれた。
「ありがとうございます! 友達と一緒に、家で暮らせることになりました!」
……へえ。
なるほど、友達のお父さんから守って、しかも一緒にいられるようにしたんだね。でも、友達のお父さんはよく承諾してくれたね?
「えへへ、実は……あの人、文句言える立場じゃなくなっちゃったので」
立場じゃなくなった?
もしかして、その人に何か不幸なことでもあったの?
「不幸なことっていうか……自業自得ですね。電車の中で痴漢として捕まって、今は留置場です。だからその間に、友達を説得していろいろと証拠も集めて……」
なるほどね。
『法律の技術』で、正式に縁を切ってもらったんだね。痴漢の容疑がかかって逃げられないところにいる間に虐待で告発されるなんて、お父さんとしてはもう踏んだり蹴ったり所じゃなかっただろうね。心証悪いし。
「はい! あの子にあれだけのことをしたんだから、このくらいの『おしおき』は当然です!」
そうだね……まあ、そこら辺については干渉の領分じゃないけど、一つ確認していいかな?
「なんですか?」
こうもタイミング良く、その人が『痴漢』で捕まるなんて、幸運なのか不幸なのかはともかく、なかなかないことだと思うけどさ……その被害者の人って……
「だーめ。あんまり変なこと言ってると、名誉毀損で訴えちゃいますよ?」
ヤレヤレ、別にとやかく言うつもりはないけど、『技術』の乱用には気をつけてね。
「はい。あなたのくれたこの『法律の技術』は、あの子を護るために使います。これからは、私があの子を……うふふ……」
……これが俗に言う『ヤンデレの波動』なのかな?
もしかしたら僕は、とんでもないものを生み出してしまったのかもしれない。
次からはちょっとそこら辺の素質も見て願いの叶え方を考えようかな。
CASE3 After
とりあえず、これが最後の検証例。
フリーターのおにいさんも、夜遅くに直接報告しに来てくれたけど、なんかすごく焦った顔をしていた。
「おい、あんたが俺にへんなことしたせいだぞ! 責任とりやがれ!」
報告っていうよりクレームかな?
どうしたの?
「どうしたのじゃねえよ! あんたのせいで俺は、俺は……」
ふーん……言っておくけど、僕からは何も強要はしてないよ?
おにいさんが望んだ願いを叶えて、恩恵を与えたわけだけど、使うことを強要はしてない。だから、全部自己責任だよ……その『技術』を使って借用書を奪い取って、相手の身内から命を狙われるようになっても。
「うっせえ! だって、借金まみれで苦しいときにこんなもんもらったら使いたくなっちまうだろ! 俺が悪いんじゃない! 悪いのは……あんただ! ゆるさねえ、死ね! いや、殺してやる!」
ちょっとちょっと、逆恨みはやめてくださいよ。
それに、面と向かって『死ね』とか『殺してやる』とかやめてください。言霊って知ってます? そういうのって、相手の魂を傷つける刃なんですから。
僕を傷つけても、何も解決しません。
いいことなんて、何にもありませんよ?
「うっせえ! こうなったら、あんたが俺に押しつけたこれで……『暗殺の技術』で殺してやる! 思い知れ!」
あーあ……そんなふうにしか使えませんか。
やっぱり、危険な『技術』を与える相手はある程度選んだ方がいいみたいですね……まあ、これはこれでいい教訓になりました。
ところで、あなたの『暗殺の技術』は簡単に言えば人をこっそり殺す技術なんですが……ちょっと知り合いと待ち合わせをしてるので、その後にしてもらえますか?
僕を殺してる所を目撃されてもあれでしょう?
もうすぐ来ちゃうらしいので。確実にスキルを活かしたいなら、その後の方がいいですよ?
「知り合い? あんたまさか仲間がいんのか!? 上等だ! この無敵の『暗殺の技術』で、あんたの仲間が何人いようと……」
「えーと……お取り込み中すみません。そちらの方にお話があるのですが……」
あ、うん。
新しい願い事の人かな? 今ちょっとこっちのおにいさんの方が忙しいから……いや、違うね。
「なんだ!? こいつがあんたの仲間か!? 丁度いい、あんたの目の前でやってやるよ! 人生メチャクチャにされた俺の気持ちを思い知れ!」
「あ、ちょ、いきなり何ですか!」
あーあー、やめた方がいいよ。
その手のものに迂闊に手を出すと……
「ぎゃ、なんだこいつ! 口が、化け物が……」
「ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ、ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ……
うわー。
だから言ったのに。
あの人の『 』、食べられちゃって。
『その手のものに迂闊に手を出すと食べられちゃうよ』って言おうと思ったのに。
うわ、もう『 』も、『 』も、『 』まで食べられちゃって……
「やれやれ、なっちゃんはこれだから一人で仕事任せられないんさね。『掃除屋』が町汚してどうするんだか。で、待ち合わせの時間さ。さっさと用件を済まそうかね、『手習修』くん……いや、『神様』?」
さてさて、ここまでよくわからない物語にお付き合いしてくれた物好きに自己紹介だ。
私は『野分鏡花』……『シュミレーティッドリアリティー』というのを患う頭のおかしな女さ。私が誰かわからない読者は、同じ作者の書いた作品の〖変人『野分鏡花』の処世術〗を読んでくれるとよくわかるよ。ていうか、ここからはそっちから読まないと意味不明だろうね。
まあさて……では、ここからは私の視点で物語を語らせてもらうとするかね。
「野分さん。誰に話してるの?」
「なあに、ちょっと第四の壁の向こう側と電波のやり取りしてんさね。で、今うちの後輩に食べられてるこの男は何なのさ? 見た感じ正当防衛っぽいけど、一応事情とかは把握して上に報告しないといけないからね」
ありゃりゃ、もう『 』まで食べられちゃってるよ。もう後は最後まで食われるだけさね。
ま、でも苦しくはないはずだよ。
あの子は『地の文を添削する』っていう能力を持ってるから、あの子に食べられたら世界から『なかったこと』にされちゃうんだよねえ。
死体の後片付けの『掃除屋』のバイトとしては便利な能力なんだけど。
「いや? 別に特別なことは何にもないよ。ただ、願い事を叶えてあげたのに逆恨みされたってだけの話。そこの後輩さんだかなっちゃんだかを僕の仲間だと勘違いして、かってに突っかかって勝手に食べられちゃったんだよ」
「全く……今日はこの前死んだハーレムくんについて一応事情を聞きに来たのに、全然反省してないんだね……この子供は」
私の目の前にいるのは、10歳くらいの男の子さ。
小さな祠を椅子にして、偉そうに座ってる。普通にやったら罰当たり極まりないんだけど、こいつに……『手習修』に限っては特に問題はないんだよねえ。
何せ、この子供こそがここの『神様』なんだから。
「ああ、あのお兄さんに関しては気の毒だったと思うよ。でも、僕は『技術』を分けてあげただけで、あとの成り行きは彼次第に任せてた」
「そうかい。ま、そうだろうとは思ってたけど、一応確認さね。小さな神格とはいえ、『神様』が権能で一個人を狙って殺したんだったらちょっと後処理で問題があったからね。ま、あんたの権能はそういうタイプじゃないのはわかってたけど」
こいつは、簡単に言ってしまえば『勉学の神様』の一種さ。ほら、菅原道真とか、あれらへんの親類。強いて言うなら、こいつはとにかく『技術の修得』に特化した権能しか持ってない、融通の利かない神様さ。
なっちゃんが来なかったらどうするつもりだったんだか……まあ、神様の領域に踏み込んだら肉体や命の一つ二つくらいどうでもよくなるのかもしれないけどね。
神様ってやつらは、大体が情報生命体みたいなもの。人が何かを願い、叶えるという過程の中に後付けの『原理』として生まれて、共通認識、あるいは信仰と呼ばれるものを栄養にして生きてるんだ。だから、単純に考えればより強く、より多くの人に信じられるほど、より強い権能を持って、より世界に干渉しやすくなる。
そして、その中でもこいつはかなりの変わり種……こいつの見た目は小学生くらいだが、それは別に姿を偽ってるとか、弱って縮んでるとかじゃあない。こいつは、小中学生くらいの『信者』から集めた信仰で存在してるんだ。
ほら、子供の頃は『勉強って書いた消しゴムを頭のいいやつに使ってもらうと成績が上がる』とか、そういうおまじないあっただろ? まあ、忘れてるかもしれないけど。
手習は、そういうジンクスみたいなものへの信仰を吸って、小さくても神様と呼ばれるようなものになったんだ。ここの祠も、もう長らく神様がいなかったところに、ここで勉強してた子供たちがテストの点がよかったときに感謝してお菓子とかをお供えしたとか……まあ、鰯の頭もなんとやらだ。
そんな、子供のおまじないから神様が生まれるなんてあり得ないと思うかい?
子供をバカにしちゃいけないよ。
何せ、子供の信仰……『信じる心』は、常識で薄汚れた大人よりずっと純粋で強いんだから。神様は、そういうのも差別せず拾うんだ。もちろん、大人ほど強い意思力はないけど、その分小さくても純粋さ。だから、小さな神格でも権能の対象を絞れば絶大な力を発揮する。
「で、今回は一体何事だったんだい? なんで急に三人の人間に権能で『技術』なんて与えたんだい? 暇すぎて気まぐれ起こすほど老いてもいないだろう。あんたは神様としてもまだまだ子供なんだから」
どこぞの世界には世界の大掃除がめんどくて40日の大洪水とかってとんでもないことやる神様もいる。人格を持つタイプの神様ってのは、強力で長生きなほどそういう気まぐれを起こして人間に傍迷惑なことをやりだすことが多いんだけど、手習はまだまだ若い。ていうか、精神的にも子供のはずだし、そんな溢れて浪費するほど権能があるわけでもないはずなんだけどねえ。
「だからこそだよ。僕は、これでも一応『神様』の端くれだからね。人の願いを上手く叶えるにはどうやったらいいか、まだまだ勉強しなきゃいけない。だから、ちょっと実験してみたんだ」
「なるほどねえ……今回願い事に対してあげた『技術』は無料の試供品ってわけだ。で、どうだい? 実験結果は」
「うん、ハーレムのお兄さんは願い自体は叶ったけど、死んじゃったら元も子もない。恋愛関係の願い事はちょっと抑え目に叶えることにするよ。二人目のおねえちゃんは、概ねよし。まあ、経過観察して乱用しないかどうかは確認していきたいけどね」
「最後は……なんだったかね?」
確かに三人分願いを叶えたって会話をしてたはずだったんだけど、三人目が思い出せないねえ。私もとうとうボケたかねえ、まだ花の女子高生なのに。
ん? なっちゃんがこっち見てるけど……ああ、なっちゃんに喰われたんだねえ。良かったよ、私がボケたんじゃなくて。
「……よく考えたらこんな魑魅魍魎が跋扈する世界で素人に付け焼き刃の戦闘技術をあげても寿命が縮むだけかも。人を傷つけるタイプの技術は無闇にばらまないのがいいかな」
お、さすがは神様。
さすがに自分が願いを叶えた人間のことは忘れないんだねえ。
でも、今の口振りだと……
「ありゃりゃ、『地雷』踏んじゃったんだねえ。ま、それがいいんじゃないかい? そういうのは、軍神とか武神みたいなタイプに任せておけばいいんだよ」
「うん、そうする。これでまた一つ、僕は神様として成長した」
ほんと……何年かかるのか知らないけど、早く大人になってほしいものさね。
そうでなきゃ、こいつの『教材』として使われた三人の人間が浮かばれない。出自的にえらく勉強熱心な神様なんだけど、やっぱりどっか普通の人間とずれるんだろうねえ。
「あの、先輩……さっき、その……」
「あーあー、わかってるよ。なっちゃん、またやっちゃったんだろう? この私にはお見通しさね。ほんと、暴漢に襲われたからっていきなり食っちまうなんて、食いしん坊な娘さね」
「う……」
ま、なっちゃんを連れてきてなかったら襲われてたのは私の方かもしれないし、そしたら危なかったかねえ。コツコツ生存率を上げておいて良かったよ。
「で、えっと……この子は、ルール違反はしてなかったんですか?」
「ああ、『デザート』はなしだ。ほら、帰るよ。先に車行って待ってな。ついでに報告も」
「はい、了解しました」
「あと、車のプレーヤーに『本当にマジで怖い話』の録画したやつが入ってるから、それを見て待ってるといい、対幽霊の勉強のためにね。帰りはそれについて語り合いながら帰ろうか。真夜中の道路をね」
「……早めに来てくださいね?」
いやあ、楽しみだよ。
私が選び抜いたホラー特集の傑作選を一人で見ながら待たされた後、どんな顔して私を出迎えてくれるか……先輩としての甲斐性を見せるためにも、ちょっとコンビニ行ってじっくり選んだお菓子でも買っていってあげることにしようかね。
あの子がいるとホント助かるし、そのお礼もかねて。
ま、あの子がうっかり世界をリセットしないように見張ってないといけないのは大変だけどね。
「じゃ、私達は失礼するよ。願いを叶えること自体は神様としての存在意義だから今回は問題にしないけど、あんまやりすぎると他の神様に疎まれるし……『人間』も、怒ると怖いからねえ?」
「はいはい、僕も立て続けに願いを叶えて疲れたし、そろそろ帰ることにするよ。それに……明後日から、宿題の復習テストがあるんだ。ちゃんと確認しておかないと」
手習修は、祠から腰を上げ、私達に背を向けた。
ほんと……小さな背中だよ。
「ところで野分さん? おにいさんから守ってくれたお礼に、欲しい『技術』があったらサービスするけど、なにかある?」
やれやれ、本当に変に真面目な神様だ。
だけどねえ……
「いらないよ、そんなもの。技術なんてものは、ちょっと苦労しながら生きていけるくらいが丁度いいもんさね。精々神様らしく見守ってておくれよ」
願いを叶えるのも神様の仕事なら、叶えないのも神様の仕事さね。
困ったときの神頼み。
さして困ってもないときにしゃしゃり出てくる神様ほど、迷惑なものもない。
「なるほど、勉強になったよ」
いやはや、神様だって勉強するんだ。
私も帰ったら、宿題しないとね。
登場人物紹介(ネタバレ含みます)
『手習修』。
……勉学の神様。
小中学生の間で流行する『勉強が出来るようになるおまじない』への信仰を糧にする小さな神。現役の小学生でもあり、クラスメイトからは勉強でわからないことをわかりやすく教えてくれる『頭のいい男子』として認識されている。
よく文房具を貸したり貸されたりするので、予備のペンや消しゴムを大量に常備している。
ちなみに、お供え物として置かれたものは菓子類なら自分で食べてしまうが、金品や小銭なら世界の恵まれない子供たちにノートを送る募金に寄付している。
『なっちゃん』。
……転生者。
怪異や裏社会の出す死体を片付ける『掃除屋』の新人アルバイト。厳密には『転生』ではないらしいが、別の世界で生まれてから死ぬまでの記憶があり、世界から事象や存在を削り取る『リセット』という能力を持っている。(この世界では転生者は多くはないがいないわけではない)
元いた世界と似て非なる世界の常識がわからないため、それを習うために野分鏡花に師事しているが、いいように便利なパシりとして使われてしまっている。
ちなみに、能力を使うと全身に口が出来るので野分からは『妖怪早喰い』と言われからかわれている。