坂と少女少年
自分オリジナルの小説を外に出すのは初めてです…!
至らない点、文才の無さ、多数お見苦しい点はあるかと思いますがどうぞ気軽に、暇なときにでもご一読くだされば幸いです。
というかただ改行などが少なくて読み辛いかもしれません…。
アドバイスなどありましたら頂けたらと思います。
舞ちゃん、おばあちゃんはね、ひこうきを見ると、泣きたくなるの。
私の祖母は飛行機が飛んでいるのを見上げるたびにそう言っていた。祖母が一体何を思って真っ青な空を背負い悠々と飛ぶひこうきを見上げていたのか、その時まだやんちゃな小学生だった私には到底理解できなかったし、今でも全部が理解できているとは言えないかもしれない。ただ最近ふと空を見上げたときに、透けるような真っ青なキャンパスにスッと水性の絵の具で線が引かれたような曇りのない雲を連れた飛行機を見るとそれだけで無性に胸のあたりがキュウッと締め付けられ、鼻の奥がツンとしてくることがあった。祖母はひこうきと言っていたが、私自身はひこうきではなくひこうき雲の方にどうも心を動かされていたらしい。
太陽が空のてっぺんからじりじりと肌を照りつける蒸し暑い気温の中、学校に行くためにリュックを背負い、じゃこじゃこと音を立てながら自転車をこいだ。夏休みだからか、自分の学校の生徒はちらほら暑さと戦いながら歩いていても、他の学校の生徒はほとんど見なかった。畑の脇のコンクリートの道はこれでもかというように上から降りかかる日の光を下からも反射して、容赦なく生徒たちを照り焼きにしていた。家を出る前に見ていたニュースで今日は今年初の猛暑日だなんて天気予報のおしゃれアナウンサーが身振り手振りとともに騒いでいた気がする。何もこんな日を登校日にしなくたっていいじゃないか。家から舞の通う桜ヶ丘高等学校までは自転車で20分、遠くはないが自転車通学の人たちの中では決して近いとは言えない距離だ。電車通学の人たちに言わせてみればラッシュに巻き込まれて汗臭いおじさんに揉みくちゃにされるよりもマシらしいが、こちらの身としては電車のように遅延なんてありえないので毎日正確な時間に家を出なければいけないし、真夏の暑い日なんかに20分間ずっと自転車をこぎ続けるだなんて、学校に着く頃には全身から汗が吹き出して止まらなくなってしまう。そしてなんといっても自転車通学の最大の難点は学校にたどり着く直前、踏切を渡って少し進んだところにある坂、通称桜坂だろう。桜坂は地元一体でも有名なほどに急な坂で、「激坂」とも言われている。桜坂の前に立つと分かることだが、これは最早ただ単に学校の前の坂を登るという話しではない、ちょっとした登山だ。坂の両脇は石垣になっており、途中の通路に一件だけまるで休憩地点のように小さいコンビニがある。もちろんそこには「登山」に疲れて休憩しようという桜ヶ丘の生徒たちが登校時にはどっと押し寄せ、各々またそこから旅立つために必要なものをコンビニで買い込んで行く。毎日、今日こそは自転車で一気にてっぺんまで、そう思い続けて早3年目。この「山」を自転車で一気に登りきるには、大学生の兄のお下がりで油もさしていないボロの自転車では駄目なのだろうか、最近ではそんな気もしてきてしまった。私はいつも意気込んで自転車にまたがり、坂道の少し手前から一気に助走をつけ行けるところまで精一杯駆け上がってはいつも大体中間地点ぐらいで坂の傾斜に粘り負け、地面に両足をついてそこからのろのろと手で自転車を押して他の徒歩の学生と同じようにして歩いていくしかないのだ。親に新しい自転車をねだるのもあと少しで卒業だという3年目の今では気がひけるし、とりあえずこの高校3年間の私の相棒はボロのおじいちゃん自転車だけだということになる。
そうして今日も桜坂に立ち向かうために、チラホラと「登山」をする電車通学の人を尻目に気合いを入れ直し、ジャコッとペダルを踏み込み助走を始め、脚に力を入れて踏ん張り、ひとこぎ、もうひとこぎと坂を上がっていく…、とやはり中間地点ぐらいでスピードもバッタリと落ち、自分の体力も限界に来たようでもう二進も三進もいかず、ばたりと両足を地面に落として落としてしまった。また負けた。一体この3年間で私はこの坂に何敗したのだろう。連敗、連敗、連敗。太陽から受けた熱をむわむわと存分に放っている地面を睨みつけながら一歩、また一歩と自転車を押しながら上って行く。
まだ、坂なんかに殺されてたまるか。残念、とうとう3年間私を倒せないんじゃないの?私もあなたを登りきることはできなかったけど、あなたも私を倒すことはできないんじゃないっ。
重い自転車を押しているのだか引きずっているのだかわからないぐらいに疲れ、坂を登りながらそんなことを考えていると後ろからぎっ、ぎっ、ぎっ、と油を注していない自転車の軋む音と共に
「おーす、舞。」という声がして自転車を乗ったクラスメートの亮平に追い越された。立ち漕ぎしている足はもうフラフラで、顔も身体も汗でびっしょりだ。「お前、もう、へばったのか、よ、俺は先、行くから、な」そう自転車のぎっ、ぎっ、ぎっ、と軋む音に合わせて力みながらこいで行った亮平はスピードこそそんなにないものの、なんとか坂をてっぺんまで登るとヘロヘロと少しこいで休憩したあとに爽快に今は咲いていない桜の木が脇に並ぶ広い校門を通り過ぎていって見えなくなった。亮平は毎日こうだ。大体私が諦めてトボトボと歩いているときに後ろから自転車の軋む音と共に現れ、私に声をかけ、追い越して坂を登りきっていく。毎日汗だくで、リュックは乱雑に前かごに入れられ、シミのないワイシャツがズボンからだらしなくはみ出ていて、とてもスマートとはお世辞にだって言えないが、必ず坂を登りきる。以前坂は登ることができたのだから、登りきったところで止まって休憩すればいいのではないかと言ったら、それは男のメンツが立たない。登り切っても駐輪場までこぎ続けることで坂への挑戦に完全勝利をおさめる。それで自分はプライドを保っている、と言われ却下された。男の子がいつプライドだか何だかと言うのは私には理解できなかったが、亮平が大事だというのならそれはきっと大事なものなのだろうとそれ以上でも何も言わなかった。亮平に追い越されると、いつもそれまで地面をにらんでいた私は汗がべっとりと重くなった頭を上げ亮平の背中とうなじを見つめる。ワイシャツは汗でペッタリと身体に張り付いて、サッカー部の練習のせいでだいぶ焼けた肌色が透けている。うなじも亮平の黒髪で癖っ毛の襟足がチラチラと見えるのが、どうにも毎日気になって目を離すことができない。教室でもたまに亮平の背中とうなじに目をやることはあるが、その時はすでに汗も引いてペタッとくっついたワイシャツも乾いて白く戻っており、亮平の焼けた肌色を移すこともないし、襟足も汗のせいか少しおとなしくなってしまったように見える。見ているものは同じなのにこうも見え方が違うものなのかとこの間は授業時間いっぱいに考えを巡らせていた。
亮平は、お姉さんのお下がりの、あまり手入れの行き届いていない真っ赤な自転車を毎日これでもかと軋ませながらしっかり坂を登りきる。登れない私を追い抜いていく。そして私は毎日亮平の背中が見えなくなるまで亮平を見守る。亮平が見えなくなると私の胸がきゅうっと苦しくなる。これはきっと、坂を登る辛さのせいだ。酸素が足りていないんだ、と毎日自分に言い聞かせ今日も自転車と自分の足を押し上げる。
ふと空を見上げると、ひこうきがもくもくとひこうき雲を連れて飛んでいた。