episode63
「まずは、これで肩慣らしといこうか」
そう言って、壮介は空いた手で壁に立てかけてある刀を取ると、旭日に放った。
旭日は無言でそれを受け取り、険しい眼光を目の前の男に向けた。それに答えるかのように、壮介も視線を交えてくる。
次の瞬間、壮介の瞳がわずかに細められた。
そして滑るように、旭日の間合い入っていき刀を振るった。旭日は、それを身をすくめて交わすとすぐに距離をとる。
しかし壮介はそれを許さず、流れるような動作で旭日を追っていくと幾度となく切りかかった。旭日は、体制を崩しながら片手で刀の柄を持ち、慣れない手つきで振り下ろされる壮介の刃を受け止めた。
「片手って……。旭日くん、刀の扱いがなってないなぁ……君、銃の腕前は中々だけど刀のセンスは皆無だね!」
そこに、追い討ちをかけるように壮介が、力いっぱい両腕を振り下ろす。それをよけようとした旭日は地面に背中をつけるように転がされた。さらに顔に切っ先が突き刺さる寸での所でなんとか刀を盾に交わす。キンッと金属音の乾いた音が広い室内に響いた。
旭日は、ギリッと唇を噛み締める。刀を握る手にも自然と力が入った。
「しぶといなぁ、君も」
壮介が、低い声で言うと刀で旭日を振り払った。
その反動に身を任せて、旭日は受身を取りながらなんとか体制を立て直す。
「それは、お互い様だろ」
息を切らしながらも、旭日はふんと鼻で笑ってみせた。
「まったく、急いでいるというのに枝真をバラす時間も……何もかも、すっかり狂ってしまったよ。君のせいだよ、旭日くん」
「俺もこの後枝真を未来に連れていかなければならないんだ。壮介、お前と遊んでいる暇はない。とっととケリをつけるぞ」
旭日と壮介は暫くの間互いを睨みあっていた。
対峙し、どちらともなく地を蹴り上げ、刃をすり合わせる。
そして何度かお互いの刀を打ち付けあうように激しく刀を振った。
「旭日くん、君とは最初から気が合わなそうだと思っていたけど、それは結局最後まで変わらなかったよ」
壮介は、時折体を回転させて、舞を踊るかのごとく優雅に刀を振る。
「奇遇だな、俺もお前とは反りが合わないと思っていたところだ……っ!」
一瞬の隙をついて旭日は壮介に足を掛ける。
壮介が怯んで、足元が崩れそうになったところを、刃で突き刺しにかかる。
旭日の刀は、壮介の肩のあたりに突き刺さり血が噴出した。壮介は、心の臓の致命傷をなんとかさけきると、その動力を利用して負けじと旭日に切り込みにかかる。その刃は旭日の調度腰あたりを貫通して、こちらも大量に血が滲んでいる。
そのまま互いに息を乱しながら、片膝をついてその場に崩れた。
地面には、ポタポタと鮮血が滴り波紋を広げながら血だまりの輪を大きくしていく。
「壮介、観念しろ。お前の負けだ」
旭日は、手にしていた刀をその場に丁重に置くと。
腰から銃を引き抜いて、壮介に照準を合わせた。
壮介も、落ち着いた様子で同じように刀を手前に置き、腰から拳銃を手に取った。
「何を持って俺の負けなのかな……。君もその傷相当な重症ではあると思うけれど」
「俺は、ヘッドショットには特に自信があるんだ。ここからの距離なら絶対に外さない」
「ふぅん、なるほど。でも……残念だけど君はここで終わりだよ」
不意に壮介は、銃ででたらめに室内の天井を打ちまくった。すると、爆発音を立てながらガスのようなものが噴出する。さらに、壮介は自分の白衣の内ポケットを弄り、小型の防毒器具を口に咥えながら膝を起こした。
ガスをまともに吸い込んでしまった旭日は、咳き込みながらその場に手をついて前のめりになる。
「くそっ……何だこれは……っ、ガス……?」
「君の手に銃が渡った時点で俺の勝率は一気に下がるからね。こういうことを予想していつでもガス室に早変わりできるようにしておいたんだよ。10分もこのガスを吸い続ければ大抵の人間は死ぬはずさ」
壮介は白衣のポケットに手を突っ込み、旭日の目の前まで歩いていくと、その場に腰を下ろした。
「……それにしたって壮介……、何故お前その怪我で身軽に動き回れる……っ」
「ああ~、それはね。君がここに到着する前に興奮剤を自分に打っておいたんだよ。だから、今俺は痛覚が麻痺してるってわけさ。残念だったね、旭日くん」
勝ち誇ったような壮介の笑みに、旭日は眉を顰める。そして、枝真の方へ目だけで視線をやると、少女も同じようにガスを吸い込んだのだろう、既に意識はないようで先ほどまで寄り添っていた弟の亡骸の上に倒れこんでいた。
「枝……真……っ」
虚ろになる意識の中で少女の名を呼ぶが、枝真は旭日の呼びかけには応えない。
「じゃあ、旭日くん。約束通り枝真は貰っていくからね?」
壮介の唇が冷酷非道な笑みを形作り、彼はゆっくりと旭日の傍から離れていった。
「やめろ……っ、枝真に触るな……っ」
枝真の傍まで移動すると、仲良く寄り添って見える姉弟に乾いた笑みを浮かべた。やがて壮介は容赦なく春樹を蹴り上げる。
一回転して姉から退けた弟には目もくれず、壮介は少女を軽々と抱き上げる。そのまま旭日を振り返る事なく、出口に向かって歩みだした。
「やめろ……っ、壮介っ、やめろーー!!」
旭日は、最後の力を振り絞って拳銃を壮介に目掛けて発砲する。霞む視界の中なんとか三発、発砲して全て壮介の足や肩等に命中したが壮介は玉を受けながらもまったく動じず室内を出ていってしまった。
重厚な音を立てて扉が閉まるのと同時に、旭日は意識を手放したのだった。




