episode62
銃弾を掠めた腕を庇うようにして、壮介が傷口に手を重ねた。
「遅かったね……」
険しい顔をしながら室内に足を踏み入れてきたのは、旭日だ。息を整えながら、硝煙をまとってあらわれた。
彼が来ることを予期していたのか、その姿を見ても壮介の表情は穏やかなものだった。
「すごい数のコレクションだが、刀マニアだったとは知らなかったな」
「俺は飽き性な方なんだけど、刀と枝真にだけはいつまでも魅了されているよ」
「後者には俺も同感だ」
軽く受け答えをする壮介を視界から外して、旭日は枝真の姿を探した。視線を辺りに巡らせ、まず目に入ってきたのは弟の春樹だった。
「……っ、壮介。お前は……」
旭日が愕然として呟いた。
倒れている春樹は、無残なものだった。それに寄り添う枝真は、嗚咽を漏らしながらうわ言のように弟の名前を呼んでいる。
凄惨な現場を目の前にして旭日は、口を噤んだ。後に言葉が続かない。
「旭日くんは、最初からわかっていたんだよね? 春樹がアンドロイドだってこと。妙に君に懐くようになってさ、おかしいな、とは前から思ってたんだ。君、何か小細工をしただろう?」
「俺は研究員ではない。そんなことができるはずがないだろ」
「アンドロイドに自我が芽生えたとでも? ……まあ、そんなことはどうでもいい」
旭日の返答を待たずに壮介は気を取り直すと枝真に目を向けた。旭日は、標的が枝真に変わるのを恐れ一歩前に踏み出す。
「枝真、こっちへくるんだ」
少女に向かって声をかけたが、壮介が目の前を横切り旭日と枝真の間に割って入る。
「悪いけど、枝真は渡さないよ? もともとこの子は俺の作った個体だからね。所有権は俺にある。つまりどうしようが俺の勝手さ」
「どうしようが勝手だと?! ふざけるのも大概にしろ。枝真を物扱いするな!」
壮介の物言いに、旭日が憤怒の形相で睨み付ける。
「物扱いなんてしていないさ、じゃなきゃ今まであんなに丁重に扱う必要がないじゃないか。今から俺は研究の成果を研究所へ届けにいかないといけないんだ。邪魔しないでくれよ?」
激昂する旭日とは裏腹に、壮介は冷静に言い放った。
「……壮介、臓器提供を目的としたクローン人間作製はその個体の尊厳を侵す。無性生殖は自然に反するんだよ。人はどんな知識や技術を身につけようが、神にはなれない」
「人間の尊厳……神への冒涜……旭日くん、世界初のクローン羊の話を君は知っているかな? 羊の〝ドリー〟は、300個近い卵細胞を加工してようやく誕生したと言われている。ヒト遺伝子を組み込んだ〝ポリー〟のクローン赤ちゃんは、14匹のうち9匹まで死んだ。人はあらゆる動物で散々実験をして、生み出しては殺しを繰り返す。けれど、同じ動物でも人間だけ随分特別な扱いだ。なんて不平等で理不尽な世界なのだろうね」
「羊と人間を天秤にかけてるのか? どちらも尊い命だ、と俺は思う。だけど、世間一般はそうは見ない。なぜなら最も高い知能を持つ生き物が人間だからだ。多種多様な動物達の中で唯一脳が発達していて、象形的な能力に長けていると各々が思っている」
「だから、人間が一番偉いと? ……だれがそんな事を決めたの? 神か? はたまた動物たちがそう言ったのか……違うね。それは人間が勝手に決めた事だ。こんな事を言っているけど俺は、決して人間が嫌いなわけではないんだよ。動物も人間も……それ以上に枝真が大好きだ」
壮介は、ふわりと笑んで旭日を見つめると、さらに距離を縮めてくる。そして尚も話を続けた。
「俺が言いたいのはね、これはクローン技術に限ったことではないという事さ。非日常的な未来への憧れから、欲深く愚かな人間たちはパンドラの箱を開けてしまう。有名な統計家が言った台詞を引用すると”超知的マシンを、いかなる賢い人もはるかに凌ぐ知的なマシンであるとする。超知的マシンはさらに知的なマシンを設計できるだろう。それによって間違いなく知能の爆発的発展があり、人類は置いていかれるだろう。”つまり、科学技術の今後を支配するのは人類ではなく強い人工知能やポストヒューマンってことさ。それらの進歩を止めることは、もはや現実的じゃない」
「どういう意味だ」
鼻先まで顔を近づけてきた壮介に、旭日はひとときも目をそらさずじっと見つめ返した。
「だからさ、何も変わらないと言う事だよ。人間も動物もクローンも、全て。いずれ人工知能に追い抜かれてしまう人類が決して偉いわけでも賢いわけでもない。そんな人類だからこそ何においても等しく平等であり、公平に扱われるべきだと俺は思うんだ。……その理論でいくと、羊でクローンを作る世の中なんだから、由梨のクローンがいたってさほど不思議なことではないさ。ごく当たり前で、自然な事なんだよ」
息の掛かりそうな距離で壮介は小さく笑うとそれだけ言って、くるりと身を翻した。そのまま枝真たちの方へ足を向ける。
「もう、お前には何を言っても無駄なようだな。壮介」
咄嗟に旭日が後ろから声をかけると、壮介は顔だけをこちらに向けるようにして振り返る。憎らしいほどに余裕の表情だ。
「大人しく投降しろと言った所でお前は俺の命令になど従いはしない」
「よく分かってるね。どうするの? 俺を止めるなら死ぬ気でこないと無理だよ、旭日くん」
「刺し違えてでも枝真は、俺が守る。今までの俺なら多分こういっていただろうな。だけど、約束したんだ。必ず未来に連れていくと、傍にいると。だから俺は死ねないんだよ」
旭日は、一度言葉を切ると壮介に挑むような目を向ける。
「壮介、お前をこの手で始末する」
「望むところだよ」




