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ラストエンカウント  作者: 豊つくも
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episode56









 エレベーターの階数を表示するランプがだんだんとあがってくる。


 そこから目線を逸らして、旭日は隣で同じくランプを眺めている枝真の横顔を見つめた。



「本当に、ここまででいいのか?」



 心配そうな顔で言葉を投げかけられて、枝真は困ったように頬を掻いた。



「静の家はここからそんなに遠くないから一人で大丈夫だよ」


「もう夜も遅いし、最後のあいさつなら、明日、日が昇ってからでも遅くはないんじゃないか?」



 「別に、今じゃなくても……」と旭日は不満そうに言い足した。



「明日じゃ駄目って思うの。すぐにでも静に会って、お礼を言いたい。普段言えなかった素直な気持ちもきっと今なら話せる。それに、さっきやっと伝えたい事まとまったのに日を跨いだら、もっと話したい事増えちゃいそう」


「そうか……なら、やっぱり静の家まで送っていく。枝真一人で夜道を歩かせたくない。一緒に行こう?」



 そう旭日が誘ってくる。けれど枝真は、ゆるく首を振って「一人で行く」ときっぱり言い切った。



「ううん、大丈夫。私が戻ってくるのを待ってて。春樹だって、家から戻って旭日くんがいなかったら困っちゃうよ?」



 少女の身を案じて、ついていくと申し出たのだが、枝真にそう切り替えされてしまい。旭日は諦めにも似た表情で小さく笑った。

 そして、短く息を吐くと枝真に向き直った。



「お前も、頑固なやつだな」


「えっ? そ、そう」



 照れ笑いをする枝真に、「ほめてないぞ」と呆れ顔で旭日が言う。

 そして何か閃いたように頷くと、枝真に提案した。



「お前が10分経っても戻ってこなければ、何か問題がおこったと見なして探しに行く」


「え? 制限時間短すぎない? 30分は帰ってこないよ。つもる話もあるし」



 嫌そうな顔をしながら枝真が返す。



「別れ際は、潔い方がいいぞ。あまり長居していると離れがたくなって自分自身も辛くなる。親友同士だから尚更な。それに、30分もかかる別れの挨拶とかどんなだよ」


「誰のせいで長引きそうになると思ってるの! とにかく10分は無理!」


「誰のせいって……、俺のせいなのか?」



 怒りに任せてつい、出てしまった言葉に枝真はハタッと我に返った。訝しげな顔で旭日がこちらに視線を向けてくる。



「えーっと。誰のせいとかではなくって……」


「さっきから一人で行くと言い張るし、何かおかしいとは思っていたが、もしかして俺に聞かれたらマズイような話でもするのか?」



 図星を刺されて、枝真は息をのむ。旭日は、じと目で枝真の顔をまじまじと見つめてきた。


 やがて、気まずい空気を打ち破るかのように、チンと音を立ててエレベーターが到着する。



「無理なもんは無理なの! あっエレベーターきた!」



 尚も、誤魔化そうとする枝真の肩に、旭日の手が伸びてきた。


 そのまま自分の方へグっと振り向かせると、旭日は枝真の唇を素早く奪った。



「間をとって15分で手を打つ」



 囁き声でそう言ったかと思うと今度は、腰を抱かれて旭日の胸に引き寄せられた。



「旭日くん……もしも誰かに見られてたらどうするの……こんなとこ」


「ん? 俺は別に気にしないから、安心しろ」


「私が気にするの! というか、ちょっとは気にしてよ!」



 枝真が、フッと笑い出すと、それを見て旭日も口元を緩めた。



「やっと笑った」


「え?」


「さっきからずっと泣きそうな顔してたから。まあ、あんな話を聞いた後だもんな……無理もない」



 その言葉に、枝真は旭日の視線から逃れるように顔を俯かせる。


 しばらくして旭日は「聞いてくれ」と切り出した。



「枝真、お前の悲しさや苦しさや寂しさをこれからは、俺にぶつけろ。何があっても俺は絶対にお前を裏切らない。お前が悲しいときは、いつでも胸を貸してやる。お前が苦しい時や悩んだ時は助言もするし枝真にとって最良の結果になるように考える。お前が寂しいときは、出来る限り傍にいる。お前が俺の拠り所であるように、俺もお前にとってそういう存在になりたいと思ってる」



 旭日が優しい手つきで髪を撫でてくる。



「最愛の親友と離れるのはつらいと思う、俺は静の代わりにはなれないけれど、静と同じぐらいに枝真を支えられるように努力する」



 一度言葉を切ると「だから……」と小さく呟いて言葉を繋いだ。



「すぐに俺の元へ帰ってきてくれ」



 旭日が優しい瞳でそう言うと、枝真は小さく頷いてみせた。



 少女が、彼の同行を拒んだのには、他にも理由があった。


 その一つに、一人になりたかったというのもあるのかもしれない。今はまだ、自分がクローン人間であるという事実に向き合うのに精一杯で、正直消化し切れていない部分も多くある。一人になって冷静になって考えたいこともあった。


 旭日は、未来に行こうと、一緒に暮らそうと真剣に言ってくれた。


 あの時は遠まわしに了承して見せたものの、枝真は内心戸惑っていた。未来に行くとはいっても具体的には何年後の未来?どうやっていくの?いつ行くの?そして、法的にクローン人間を認めさせるということ、そんなにうまくいくのだろうか。


 枝真の心は不安で押しつぶされそうだった。


 それでも、彼の真摯な瞳や、深く包み込んでくれる暖かい腕、一生懸命な言葉を聞いていると、大丈夫な気がしてくるので不思議なものだ。


 今更ながらに枝真は、旭日に対して自分が多大な信頼を寄せている事を自覚する。この胸に負った痛手を、この傷を癒す事ができるのは、おそらく目の前のこの男だと。根拠はないが、そう心が理解している。



 そしてこの感情を、きっと 恋愛 と呼ぶのだろうと枝真は思った。




「ところで旭日くん、このエレベーター……」


「どうした?」


「なんで、いつまでたってもドアが閉まらないの?」



 先程、この階にエレベーターが到着してから、かれこれ10分は経過しているであろう。

 それなのに、一向にエレベーターはドアの閉まる気配がなく、枝真たちが乗り込むのを待っているかのようにその場で制止している。



「ああ、それなら……。多分……」



 旭日は、目線を枝真から外してエレベーターのドアへと移す。枝真も同じ方向へ目を向けるとそこには小型カメラのレンズが埋め込まれていた。



「ここは、24時間有人で監視体制がついている。多分、気をきかせてくれたんじゃないか?」


「気をきかせる……?! 誰が?!」


「レンズの向こうで、警備員が」



 枝真は、顔から火が出るほど恥ずかしい気持ちでその場に居たたまれなくなった。



「わかってて、あんなことしたの! というか、ここでずっと停止してたら他の階の人が迷惑するじゃん!」


「今、何時だと思ってるんだよ。いるわけないだろ、こんな真夜中に。しかも、このマンション特にじいさんばあさんが多いからな。皆、今頃きっと夢の中だ」


「~~~! とりあえず、私もういくからね!」



 急いで、枝真がエレベーターに飛び乗ると、後ろから笑いをかみ殺した声が聞こえてくる。



「いってらっしゃい」


 憎らしい程の笑顔で手を振られて。

 扉がゆっくりと閉まった。











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