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ラストエンカウント  作者: 豊つくも
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2015年終了記念 *** 番外編 *** 今年もありがとうございました!











「突然だけど、枝真。姫始めって何の事だか分かるかな?」



 何の前触れもなく壮介が人差し指をピッと立てて真顔で発言する。



 リビングのソファでくつろいでいた枝真は、聞き覚えのない単語に首を傾げると、隣でコーヒーカップを傾けていた旭日に顔を向けた。


 旭日は、壮介の突拍子もない台詞にカップの中身を全て吹き溢してしまっている。



「一年の終わりに何の話をしてるんだお前は!」



 咳き込みながら旭日が壮介を睨みつけると、彼はそれを気にも留めずに飄々とした様子で空いた方の枝真の隣に深く腰かける。



「一年の終わりだからこそ新しい年に向けて色々行事を決めていかないとね。新年早々枝真と蜜月な夜をすごしたいじゃない? 旭日くんはしたくないの?」


「そろそろ、年齢制限なしの項目がお前の発言のせいで持ちこたえられなくなってきてるぞ。ほんといい加減にしろよ」



 拳を震わせる旭日に、壮介は「やれやれジョークが通じない」と肩をすくめる。



「まあ、姫始めは冗談として。今日は2015年最後の夜だよ。枝真の暖かい布団に一緒に入りたいなぁ~って思ってるんだけど……。枝真、だめ?」



 ごろにゃ~んとネコナデ声を上げて、壮介が枝真の膝に顔を寄せる。少女は困ったように眉尻を下げると「う~ん」と唸った。


 その様子を白い目で眺めていた旭日は、盛大なため息を吐いた後、目の前のテーブルにバンッと拳を落とした。



「だめに決まってるだろうが! この変態が! というか気持ち悪いからその奇妙な鳴き声をやめろ! そして枝真にすりよるな!」


「猫だにゃん~ごろにゃん~」


「こんなデカい猫がいるか! 離れろ、この野郎!」


「この野郎じゃないにゃん。そうにゃんって呼んでにゃん~」



 猫のような仕草で枝真にすりよる壮介を、旭日が横から手を出して押しのけようとする。


 枝真を挟んで左に壮介、右に旭日。小競り合いを始めた二人に、少女は「喧嘩しないで」と二人の仲裁に入るが、まるで聞き届けてもらえない。



「あー! わかったから、一緒の布団で寝るから喧嘩しないで!」



 痺れを切らした枝真は、諦めたように言い放った。すると、掴み合いの喧嘩をしていた二人の動きがピタリと止む。



「壮介、今の枝真の発言録音したか?」


「うん、バッチリだよ旭日くん」



 互いに顔を見合わせて意地の悪い笑みを浮かべる旭日と壮介。枝真は「やられた!」とガクリと肩を落とした。


 壮介には「じゃあ、寝室へレッツゴー!」と背中を押され、枝真も渋々と腰を上げると促されるままに寝室へと移動する。








                     *                       *







「じゃあ、電気を消すぞ」



 旭日がそう言いながら座敷の室内に敷かれた1組の布団へ目をやると、既に掛け布団をすっぽりと頭まで被った枝真と壮介が、嬉しそうに返事をした。


手早く電気を落として旭日も布団の中へ入った。

 枝真を真ん中にして川の字になって三人で寝ている。



「さっきまであんなに嫌がっていたのに、随分と楽しそうだな」



 さっきとは打って変わって上機嫌の枝真に、旭日がふと尋ねる。



「えへへ~、最初は恥ずかしい気持ちもあったけど。でも、誰かと一緒の布団に入るのって久しぶりな気がして。暖かくてなんか嬉しい」



 横目で視線を寄越し、はにかんだ少女の表情を見て、旭日は頬を染めると慌てて目を逸らした。



「流石に布団1組だと狭いな」



 照れ隠しに旭日がボソリと呟くと、枝真が気遣うように体を浮かして旭日と距離をおく。



「おい、こらどこにいくんだよ」


「だって、旭日くん狭いのかなと思って」


「全然狭くない。だからもっとこっちこい」



 言いながら腕を引っ張られて、枝真は素直にそちらに移動しようとするが、後ろから壮介に抱きしめられる。



「どこいくの? 俺から離れないでよ。寒いんだから」


「あ、ごめんね? 寒かった?」



 両隣から引っ張られて何とも世話しない。枝真はこの状況が、何だかおかしくなって笑ってしまった。

 急に笑い出した枝真に壮介は頭の上に疑問符を浮かべながら「どうしたの?」と囁く。



「あ、枝真。久しぶりにあれやらない?」



 意味ありげに切り出した壮介に、旭日は首を傾げる。



「あー! いいね! 久しぶりにやろうやろう!」


「昔はよくやったよねーっ」



 枝真と壮介の間だけで、展開されていくアレに旭日は疎外感を覚えつつも黙って見守る。

 


「じゃあ、枝真。背中に書いていくから読み当てていってね」


「うん! わかった!」



 どうやら背中に文字を書いて当てっこするゲームらしい。「ガキかよ、くだらない」と思いつつ、仲睦まじい二人の様子に、ちょっといいなぁと旭日は思ってしまって、慌てて首を左右に振った。



「もう、俺たちは大人だからね。内容も大人仕様でいくよ?」


「なんだよ、大人仕様って」



 含みを込めてしゃべる壮介に、旭日が突っ込みを入れるが「なんだろうねー?」と笑いながら軽く交わされてしまった。

 枝真が、体をずらして壮介に背中を向ける。そうなると当然、少女が旭日の方を向く形になり視線を交えた。そして、その背中に壮介の指が滑り出しゆっくりと文字を描いていく。



「……んっ……ふっ」


「ちょっと待て」



 旭日と視線を交えた状態で行き成り枝真が変な声を上げたので、焦った旭日が壮介を止めに入る。すると動きを止めた壮介から不満の声が上がった。



「旭日くん何? いいとこなのに邪魔しないでくれる?」


「いいとこってお前な! どんな触り方してるんだよ。枝真が変な声を上げてるぞ」


「可愛い声の間違えじゃない?」



 何の気ない壮介の返事が聞こえた瞬間、旭日は脱力するようにため息をついた。

 そんな二人を尻目に、枝真は真剣な顔をして背中に綴られた文字を考えていた。



「えーっと最初の文字はなにかなぁ、うーん」



 少女は少し悩んだあと、パッと表情を明るくする。



「〝ち〟?」


「正解!」


「待った」



 間髪入れずに三人の言葉が続いた。



「どうしたんだい?旭日くん」


「なんか、その出だしの文字。嫌な予感しかしないぞ」


「ん? 〝ち〟から始まる言葉は、嫌な予感なんて別にしないでしょ? チョコレートとかチンパンジーとかいろいろあるじゃないか」


「……まあ、それならいいけど」


「なにを思い浮かべたのかな、旭日くん」



 「やーらしー」と旭日をからかいながら、さらに壮介は文字を綴っていく。



「はい、枝真なんだ!」


「〝ろ〟?かな」


「正解」


「待てこら!チョコレートとチンパンジーどこいった」


「もぉ、うるさいなぁ旭日くんは。チロルチョコとかいろいろあるじゃないか」


「……っ」



 気が気でない様子でそわそわする旭日に、冷めた目で壮介が応酬する。



「はい、枝真。次もかけたよ? な~んだ」


「〝う〟」


「正解、じゃあ枝真。今までの文字を全て繋げて読み上げてみようか? はいっ」



 枝真は、旭日の瞳をじっと見つめた状態ですぅっと息を吸って、口を開いた。



「〝ち〟、〝ろ〟、〝う〟」



 可愛い少女の口から絶対出てきてはいけない単語……否、隠語が飛び出して、旭日は我慢ならずに自分の枕を掴み取り、壮介の顔面に投げつける。



「だぁあああ! 壮介お前! 本当に脳内どうなってんだよ! 枝真に何を言わせてんだ! しかも俺は別に遅くない! 断じて遅くない!」


「いったぁ……。じゃあ、早いってこと? それもまたどうなのかなぁ……。 それにしても……、えへへ〜枝真はほんとうに可愛いなぁ〜! よしよし」



 顔面で枕を受けとめつつ、目尻を下げて嬉しそうに壮介が枝真の頭を撫でる。横から旭日が「汚い手で触るな!」と怒鳴り声を上げる。



 バタバタと暴れながら、騒いでいると次の瞬間、座敷の襖が開け放たれた。



「うるさくて眠れないんですけど……っ」



 登場したのは、枝真の弟の春樹だ。目の下にはクマができており、眉を顰めて不機嫌オーラ全開だ。



「春樹! ちょうどいいところに! 旭日くん、壮介。私、今日春樹と寝るね」


「「は?!」」



 枝真の発言に旭日と壮介は同時に素っ頓狂な声を上げ、固まったまま動かない。



「姉さんも、早く寝てください。明日は初詣に行く約束をしていたでしょう?」


「ごめんごめん! 春樹の布団に入れてもらってもいい? というか、春樹なんで敬語なの? 寝ぼけてるの?」



 そんな会話をしながら襖の外へと消えていった二人を眺め、硬直していた旭日と壮介もやっと正気を取り戻す。



「壮介……、またお前のせいで……っ」


「あーあっ、せっかく枝真と一緒に寝られるチャンスだったのになぁ……残念だったね。旭日くん……ってどこに行くの?」



 軽口を叩く壮介を無視して旭日はさっさと起き上がると、襖のほうへと歩いていく。



「野郎と寝る趣味は俺にはないからな。自分の家に帰って寝る。……じゃあな」



 きっぱりとそう告げると、後ろ手を振りその場から立ち去った。



「旭日くんも冷たいなぁ……寂しいけど、俺も自宅で一人寝か」



 壮介は、残念そうに目を細めたが口元は緩んでいてどことなく楽しげな表情をしていた。



「来年も、宜しくね。枝真」



 小さく囁くと、壮介もゆっくりを体を起こし帰り支度を始めた。








                     *                       *







「ねえ、春樹。ちろうってなに?」



 春樹の部屋で、ベッドの上に二人で寝転がると枝真が突然そんな事を聞いてきた。春樹は眠気も吹っ飛ぶ勢いで目を丸くすると、すぐに眉間に皺を寄せてため息をつく。



「壮介さんですか? そんなくだらない事を姉さんに吹き込むのは……。それとも、旭日先生も一緒になって? 本当にろくな事をしない人達ですね」


「あれ? 春樹なんか怒ってない?」


「そんな言葉、姉さんは知らなくていいんですよ。さぁ、もう寝て。明日も早いんですから……っ」



 春樹に掛け布団を上から被せてもらい、枝真は小さく頷くと静かに目を閉じる。



「あ。すみません……姉さん。気になることがあるので、まだ寝ないで下さい。ひとつ変なこと聞いてもいいですか?」



 寝ろと言ったり、寝るなと言ったり。そして普段使わない敬語を連発する弟に、枝真は今日はなんだかおかしいと思いつつ春樹に向き直る。



「なあに?」


「壮介さんと旭日先生と一緒に寝ていたのに、どうして俺の方へ来てくれたのですか?」


「……うーん。それはねぇ、春樹が居心地がいいから」


「居心地がいいとはつまり……俺の事を好意的に思ってくれていると解釈していいですか?」


「えっ……、なんだか難しい返し方やめてよ。うん、春樹の事好きだからだよ? それが?」



 枝真の返答を聞いて、春樹は顔を真っ赤にすると「そうですか……」と嬉しそうに呟いた。



「いったい何なの?」


「……いえ何も。姉さん、どうぞお休み下さい」


「もうっ、分けわかんない! おやすみ」



 拗ねたように目を瞑る姉に、弟は優しげな目を向け、頭を柔く撫でてやる。

 その瞳は、恋人を見つめているかの如く穏やかなものだった。



「おやすみなさい……」



 春樹も静かに囁くと、枕に頭を乗せて目を閉じたのだった。











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