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ラストエンカウント  作者: 豊つくも
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episode53











 自室を出て階段を降りたところで、壮介に出くわした。



「枝真、どこに行くの?」



 まるで待ち伏せしていたかのように、タイミングが良かったので枝真は驚きから一瞬口をもごつかせる。



「……ちょっと、春樹と一緒に旭日くんの家に行ってくるね」



 すぐにいつもの調子で「俺も行こうかな~」なんて言葉が返ってくると思っていたのだが、壮介は神妙な面持ちで「……そう」とだけ呟いた。



 何だかいつもと別人のような壮介の様子に、心配になった枝真は彼の顔を覗き込む。


 「何かあったの?」と声を掛けようと口を開いたが、突然壮介に体を反転させられて壁に押し付けられた。


 

「……背中の番号が気になる?」


「……なっ、なに……?」



 壁に頬を押し付けられて、圧迫されて上手く呼吸ができない。壮介は背後に周って、逃げられないように枝真の両腕を掴むと壁に縫いとめた。

 壮介が後ろから覆いかぶさってくる形をとっていて、距離がこれでもかという程に近い。



「旭日くんの所へ行くのをやめるなら、教えてあげてもいいんだけどなぁ?」


「壮介、やめてよ。……離してっ」



 枝真は、体を捩ってもがいたが壮介が後ろから抱きしめるように腰に腕をまわしてきた。



「離してほしいなら、大人しく言うことを聞いてよ……」



 何故か悲痛な声で壮介が枝真の耳にそう囁いた。



「壮介、あんまりふざけてると本当に怒るよ!」



 枝真が、声を荒げて壮介の手から乱暴に逃れる。しかし、すぐにまた捕まって今度は背中を壁に押し付けられてしまった。

 長身の壮介に壁ドンされて見下ろされている状況。

 目が笑っていないのに、口元には薄らと笑みを浮かべている幼馴染に恐怖しか湧かない。



「旭日くんは良くて俺はだめなわけ? なんで?」


「……え?」


「とぼけても無駄だよ、全部知ってるんだから。俺に隠れて旭日くんとあんなことしてたなんて……ね?」



 壮介は、枝真の顎に手を添えてクイッと自分の方へ向かせた。



「今のうちだったら、弁解の余地もあるけど……何か言いたい事は?」



 幼馴染の言っている事が理解不能で、枝真は黙ったまま固まってしまった。返事をするどころか微動だにしない少女に、壮介は苦笑を漏らすとゆっくり顔を近づけていき唇を合わせた。


 幼馴染の突然の行動に枝真は、目を白黒とさせた。壮介は逃げ腰になる枝真の舌を執拗に追廻し、捉え、貪った。


 何度も口づけてくる壮介に、枝真は胸板を押しやり離れようと抵抗したが度重なる激しいキスに溺れ、腕に力が入らなくてそれも叶わなかった。


 壮介の唇が離れた際に絞りだすような声で、なんとか「やめて」と声を出したが、すぐにそれも塞がれてしまう。



「どうしたの? 立っていられない?」



 足元がガクガクと震えだした枝真の姿を嬉しそうに眺めながら壮介が抱きしめる。


 「ベッド……行く?」そう呟いて、また枝真に唇を合わせようとした時、少女がそこへ歯を立てた。


 鋭い痛みに途端に壮介は枝真から離れると、唇にぷつりと湧いた血を舌でペロリと舐めとった。

 


「いったぁ……何するの」


「それはこっちの台詞……何で急にこんな事するの? 壮介」


「お仕置きだよ。俺というものがありながら、旭日くんのキスを喜んで受け入れていたよね? それとも……、旭日くんのキスがそんなによかった? 俺としてるこの行為が霞んじゃうくらいに?」


「え? もしかして、浅間山での事……? ……というか私たち、ただの幼馴染じゃん……。私がどこで誰と何をしようが壮介には関係ないじゃん!」



 吐き捨てるように言うと、枝真は壮介を押しのけてリビングの方へ走っていった。


 壮介は枝真を目で追うようにして見つめていたが、追いかけることはしなかった。


 ふと、先ほどまで温もりのあった自分の手に視線を落とす。


 その手を鼻先に持っていき、思い切り息を吸い込む。



「……枝真の良い香りがする……」



 一言それだけ呟くと、何がおかしいのか急にくつくつと笑い出した。



「何を言ってるんだろうね……俺は」








                     *                       *








 旭日は自宅のテーブルの上に工具を広げて、象のオブジェがついたキーチェーンのネックレスにペンチを挟んで手直しをしていた。



「よし、こんなもんだな」


「旭日先生それは?」


「お前の姉ちゃんのネックレスだ。落とした時にチェーンが切れたみたいだが、これなら買い換えなくても大丈夫そうだな」



 旭日が手に持っていたネックレスを、テーブルを挟み対面して座っている春樹に手渡す。ネックレスの持ち主の弟は、それを受け取ると先についているヘンテコなオブジェを見て「何これ」と眉を顰めた。



「姉ちゃんの言う可愛いの趣味は相変わらず謎だなぁ」



 んーっと腕を天井に伸ばしてのびをすると、開け放した窓の白いカーテンが風にはためいているベランダへと視線を移した。



「ねえねえ、先生。姉ちゃんずっと元気ないんだけどさ」


「ああ」


「先生の家に来てからずっとベランダでボーッとしてるけど」


「……そうだな」



 旭日も春樹の見ている方向へ目を向けると小さく息を落とした。


 旭日がリビングで春樹と一緒に枝真を待っていると、少女が血相を変えて飛び込んできた。何かあったのかと問いかけても「何もない」の一点張りで話そうとはしなかったので、気にはなったがとりあえず自宅へ連れて帰った。


 入るや否や「ひとりになりたい」と言い、ベランダに出たきり戻ってこない。かれこれ30分はあそこでボーッと突っ立ているだろうか。


 春樹は、ベランダから旭日へ視線を戻すとその場を立ち上がった。



「先生、俺ゲームやりたいから取りに一旦家帰るよ。すぐ戻ってくるからさ」


「送っていくか?」


「いいよ、それより姉ちゃんの事宜しくね」



 リュックを肩にかけて、意味深にっと笑うと春樹は旭日の家を後にした。








                     *                       *









 春樹は、マンションを出るとそっと空を見上げた。

 星空が見たかったわけではない。


 何かを探すようにして先ほど自分がいた階層に目を向けた。遠い目をして夜景を眺めている自分の姉の姿が目に入る。



「……ごめんなさい」



 春樹は微かに声を漏らし、目を伏せた。



「春樹」



 突如名前を呼ばれて、春樹はその声の主へと顔を向ける。



「お帰り」


「……壮介さん」



 少し離れた場所で壮介がこちらに微笑んでいた。旭日のマンションまで赴いてくるなんて……春樹は、何かを察して壮介を真剣な目で見据えた。



「春樹、その時がきたよ」


「……そうですか。今日決行するんですね?」


「枝真が帰り次第ね」



 壮介の傍へと歩み寄り、春樹は肩を並べて歩き出した。不意に壮介の顔へ目線を向けると口端に小さな傷を発見する。



「……その唇の端……どうしたんです?」


「ああ、これ? 子猫を可愛がっていたら噛みつかれてしまってね……」


「……子猫? ですか」



 小さくため息をついて、思いつめたような顔をした春樹は意を決したように口を開く。



「壮介さん……やっぱり俺っ」


「できない……なんて言わせないよ」


「……でも」



 壮介に言葉を遮られて、春樹は言葉を詰まらせた。うつむき加減で唇をギュッとかみしめる。



「お前だって、これを望んでいたはずだよ? その為に今まで演技をしてきたんじゃないか。そうだろう?」



 そう話す壮介の表情は、どこか狂っているように思えた。狂気に満ちた眼差しに春樹は何を言っても無駄なのだと考え、ただただ頷くことしかできなかった。












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