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ラストエンカウント  作者: 豊つくも
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episode52








 枝真は薄暗い自室で自分の服に手を掛けた、静寂な室内からは布の擦れる音しか聞こえない。


 身に着けていた服を全て足元に脱ぎ切ると、一糸まとわぬ姿でスタンドミラーの前に立った。


 そのまま腰まで伸ばした長い髪を両手で手繰たぐり寄せ、右肩から胸の方へ流す。


 そして鏡に向かって背中を向けると、枝真の左肩甲骨の辺りに数字が浮き上がっていた。



 ――生成番号。



 枝真の頭の中でこの四文字が浮かんだ。



『クローン人間の特徴としては、見た目にはオリジナルと区別がつかないんです。ですが体の何処かに刻印として生成番号が刻まれています。それがクローンである証なんです』



 噴水広場で佐伯が言った言葉を思い出し、少女は自分がもしかしたらレプリカ=クローン人間なのではないのかと悲観的に思い悩むようになっていた。


 物心ついた時には、背中にこの番号がついていた。ずっと不思議に思っていたけれど周りに相談することもできずに隠してきたのだ。


 枝真は自分が恐ろしくなった。


 自分は誰かのコピーで、その内人体実験に使われてボロきれのように捨てられてしまうのではないのだろうか。


 そんなことを考えているうちに、おののきに似たものが体に走り膝が震えだした。


 ――怖い。


 ブルブルと震える自分の体を抱きしめて、立っていられなくなった枝真はその場にへたりこんでしまった。


 焦燥感が嘔吐のように次々と襲ってくる、 一人でいたら気がおかしくなりそうだった。


 怒涛のような不安に怯え、瞼に涙を滲ませて少女はうつむいた。


 けれど、次の瞬間ドアをノックする音が耳に入ってくる。



「――誰?」



 枝真は、ハッと息を飲むと、ドアの向こうの人物におそるおそる尋ねる。



「姉ちゃん、俺だよ。春樹。入ってもいい?」



 弟の明るい声に枝真は、緊張から解放されたように表情を緩ませた。



「春樹、ちょっと待ってて」



 いくら実の弟だといっても年頃の男の子。裸体を晒すわけにもいかず、枝真は手早く服を身に着け、ドアを開けて春樹を出迎えた。



「どうぞ、入って」



 枝真は弟を招き入れやすいようにと体をドアから少しずらした。春樹はこくりと頷いて室内に足を踏み入れる。


 ドアは開けたままの状態で弟は姉を誘うように手を取ると、二人でベッドへ腰掛けた。

 春樹が何か言いたげにこちらに視線を投げてくるので、枝真は僅かに首を傾げて彼を見つめた。



「……姉ちゃん、何か嫌な事でもあった?」



 春樹にそう問われて、枝真は返答に困った。

 顔に出てしまっていたのだろうか……、と苦笑して曖昧に頷きながら視線をそらした。



「姉ちゃん普段自分の部屋にこもる事とかあんまりしないのに、珍しいなぁと思って来てみれば……。やっぱり何か悩んでるみたいだし。どうしたの? 俺に話してよ」



 自分より一回りしか違わない、細身の春樹がゆっくりと枝真の頭に手を伸ばす。

 優しく撫でられて、枝真は何故か無性に泣きたくなった。



「俺たち姉弟なんだから、こういうときは甘えていいんだよ」



 少し照れたような顔で話す春樹に、枝真は小さく頷いてみせた。

 春樹の言葉は、とても嬉しかった。すぐに、相談したい。そして一緒に考えてほしい。答えを導き出してほしい。でも、今枝真の考えていることは、春樹との姉弟きょうだいという関係さえも、根本的に否定することになりかねない。


 私がクローンだったら弟のあなたは、何者なの? お父さんは? お母さんは? 春樹もクローンなの? それとも?


 考え出したらきりがなかった。



「春樹、私、春樹が弟じゃなかったら生きていけないよ……っ」



 たまらなくなった枝真は、吐き出すように弟に言う。



「突然何を言い出すのかと思ったら……そんなの当たり前じゃん。俺も枝真が俺の姉ちゃんじゃなかったら嫌だよ」



 枝真の頬を伝う涙を春樹が手で優しく拭ってくれる。



「それで? 何があったの? 学校で何かあったか。それか……そうだなぁ。旭日先生と何かあったとか」



 何故ここで旭日の名前が?と枝真は意味がわからないという顔を見せた。

 確かに佐伯の一件で、あれからまともに顔を合わせていないし、ろくに話もしていなかった。

 けれど、喧嘩をしたとかそういうことではない。

 ただなんとなく、気まずくて顔を合わせずらかったのだ。



「……姉ちゃん、この後さ。俺と一緒に旭日先生の家に遊び行かない? なんていうか、気分転換がてらに?」



 唐突な春樹の誘いに、面食らった枝真は「何故?」と不思議そうな顔で春樹を見つめた。



「んー。先生がね。姉ちゃんを家に呼びたいんだってさ」



 春樹はそう言うと開け放たれたドアに向かって「そうだよねー、せんせっ」と話しかけた。



 ドアの傍に誰かいるの?と枝真がそちらの方に視線をやると、旭日が両腕を組んで立っていた。



「先生。ここまで来たのなら自分で誘えばいいじゃんか」


「……先生は、シャイなんだ」



 春樹の呆れたような眼差しに、ソッポを向いて旭日はボソッと呟いた。



「素直じゃないよなぁ? 先生ずっと姉ちゃんが部屋にこもりっぱなしだからすごく心配しててさぁっ。俺に何度も様子を見に行ってくれってうるさかったんだよね。それで結局自分も来ちゃうし……。まっ、俺も姉ちゃんの事は心配だったから、どちらにしても部屋は覗こうと思ってたんだけどさ」



 耳元に口を寄せて、こそこそと春樹がしゃべる。その様子を見た旭日が「春樹! 余計な事は言うなよ!」と怒鳴ったが時すでに遅しだ。



「まっ、そういうことだからさ。姉ちゃん準備できたら来てね。俺先生と下で待ってるからさ!」



 春樹に肩を叩かれて、枝真は思うところがあったがせっかくの誘いなのでと、頷いた。










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