episode51
千颯は、インカムを付けて本部と連絡を取っていた。
程なくしてかけつけた千颯の呼んだ応援によって、佐伯の亡骸はすみやかに片づけられた。枝真の腰あたりの背丈をした四足歩行をするロボットが次々に現れて広場を占領していった。配色はパトカーをイメージして施されているのか、白地に黒い線が一本太く入っている。頭には赤色の警光灯が装備されていた。サイレンは鳴らさず、赤い光が辺りを照らしていた。地面に落ちた佐伯の血痕や、めり込んだ弾丸を回収しているようだった。佐伯の家族も亡骸に寄り添うようにして死体運搬車に乗り込み、その場を後にした。
「スムーズに……とは行かなかったけど、佐伯を逮捕できた。感謝するよ」
千颯の言葉に、枝真はとてつもなく嫌悪感を募らせた。
(逮捕……? 違うでしょ? 殺したんじゃない)
のど元まで出かかった言葉だが、それを口にすることはできなかった。旭日に後ろから腕を引っ張られたからだ。
「千颯、これで枝真からは手を引けよ」
枝真を自分の傍へ引き寄せて、旭日が念を押すようにして千颯に言う。
千颯は生返事をして、インカムに命令口調で一言告げる。すると、広場に散らばって散策していたロボット達が一斉に千颯に注目した。片手を軽く上げて合図を送ると、エリア処理機材搬送車と呼ばれる大型のバスに吸い寄せられるようにしてロボット達が消えて行く。どうやら撤収の合図だったようだ。
「上にはどう報告するつもりだ?」
旭日が、問いかけると千颯はホルダーに手を伸ばす。
「僕なりに考えたシナリオなんだけど。実は枝真さんには凄腕のSPがついていて、やりあっている内に僕は左腕を負傷……」
言いながら千颯は、自分の左腕に銃口をつきつけて迷いなく引き金を引いた。
腕から血液が飛び散るも、彼は少し顔を歪ませる程度だった。
「……っ。枝真さんの捕獲は失敗に終わったが……、僕は怪我を負いながらも一人で佐伯を追い詰め、処刑に成功した……。どうだ? なかなか健気だろう? これなら冷酷非道な組織の人間も流石に僕を咎めることはできないはずだ」
多少の自嘲を込めて、そう呟く千颯に枝真は唖然とした。自分自身にでさえ何の躊躇いもなく銃弾を打ち込める。千颯にとって、人に銃を向けるという行為はきっと息をすることと同じことなのだろう。罪悪感を感じるどころか、むしろ爽快感を感じているようにも思える。
「腕一本で分かり合えるような連中じゃないと思うけどな」
旭日が冷静に突っ込みを入れ視線を地面に逸らした。千颯の足元には、目に染みるほどの鮮やかな赤い血だまりができていた。それを見た枝真が腕の止血をしようと千颯の傍まで駆け寄る。枝真が彼に触ろうとすると、彼の表情が凍りついた。そして、次の瞬間千颯は声を荒げる。
「触るな!」
怒鳴り声に、枝真は千颯に伸ばしていた手を咄嗟に引っ込め、体を強張らせる。
「……由梨と同じ顔をして……、由梨と同じ声をして……、由梨と同じ体をして……僕に触れるなっ」
由梨という名前が出た途端、その場の空気が張りつめたような気がした。気のせいではない。旭日も、壮介も、由梨という名前を聞いて思うところがあったのか目を伏せた。
山小屋で千颯と初めて会ったときも、彼は「由梨」と女性の名を呟いていた。
枝真は、ゆっくりと千颯から距離をとり後退した。
千颯は、枝真から目を逸らさずに苦虫を噛み潰したような顔をする。
「枝真さん、君の存在は僕を狂わせる……」
苦しそうに、そう吐き出した千颯。
「君を、由梨だと思って抱きしめられたらどんなに幸せだろう」
枝真が何を言えずに黙っていると、空からポツポツと滴が落ちてきた。
次第に滴は強まり、目の前にいる千颯の全身に降り注いだ。雨水が彼の顔にかかったところを見たとき、何故か枝真は千颯が泣いているように思えてならなかった。
真上で雷が轟き、枝真は思わず視線を空へとあげた、そしてすぐに元の場所へ視線を戻したが、目の前に立っていたはずの千颯の姿はどこにもなかった。
傍にいた、死体運搬車・エリア処理機材搬送車も共に忽然と消えていた。
今までの光景は全て夢だったのではないかと思うくらいに一瞬にして全てが消えたのだ。
「枝真」
壮介が、一歩足を踏み出して少女の名を呼ぶ。枝真はずぶ濡れになりながら涙が燦然と浮かぶ瞳で振り返った。
少女は放心した様子で歩き始めた。壮介が、腕を広げて迎え入れようしてくれたが、それを見向きもせずに素通りする。枝真は、旭日の傍までやってくると途端にバランスを崩して転びそうになる。そこへ、すかさず旭日が抱きとめフォローしてくれた。
抱き合っている二人の様子を見た壮介は何も言わずに、虚しく宙を切った自分の手に視線を落とした。憎悪と侮蔑に輝いた目の光、嫉視の眼差しがそこにあった。
「帰ろう」
そう呟く旭日の声に彼の胸に顔を埋めた枝真は、力なく頷いた。




