episode4
その後、枝真が壮介に手伝ってもらいながら出来上がったカレーライスを、四人で平らげた。
食事が終わって春樹は旭日に少し勉強をみてもらっていたが、途中で居眠りをしだしたので結局断念。
明日から本格的に教えてもらえることになった。春樹は、制服も脱がずにそのまま自分のベッドへダイブして寝入ってしまった。
時計の針は、十一時を指していて各自帰り支度を始めた。
壮介・枝真は明日午前の講義があり。旭日もバイトを朝早くから入れているらしく、解散することにした。
枝真は、壮介と旭日を玄関先まで見送りに行く。
「旭日くん、ごめんね。春樹寝ちゃって」
「いいって、疲れてたんだろうし」
二人が靴を履き終えて、壮介が玄関ドアに手をかけたところで旭日が声を発する。
「忘れ物した。あんた先に帰っててくれ」
「言われなくても、君を待ったりなんてしないよ。じゃあね、枝真。明日の朝迎えに来るから、おやすみ」
「おやすみ、壮介も色々とありがとう」
壮介は、手をひらひらとさせながらその場を後にした。
旭日は、靴を脱ぎまた室内へ入る。先ほどまで四人でいた部屋はリビングなのだが、何故かリビングを素通りして奥へ行ってしまう。
「旭日くんリビングこっちだけど、どこいくの?」
枝真はそういって慌てて旭日のあとを追いかける。
「部屋はどこだ?」
旭日は枝真に振り返り強い口調で問いかける。
枝真が突然の問いに返答できないでいると、旭日は小さく舌打ちし、少し口調を和らげてもう一度聞いてくる。
「お前の部屋はどこだと聞いている」
「え?」
どうして、ここで私の部屋?と、疑問符を浮かべながらも旭日に急かされて、言われるがまま自室に案内する。階段を上り、向かってすぐ見えるドアが枝真の部屋。その左隣が両親の部屋、右隣りが春樹の部屋だ。
「ここが、お前の部屋?」
「うん……、そうだけど」
「入るぞ」
言葉を放ったと同時にドアを開けて室内にズカズカと入る。枝真も後を追い、電気をつける。
枝真の部屋は白で統一されており、ベットと机とクローゼットが目に付く程度で年頃の女の子にしては飾り気のない部屋だ。
「おい、常用している薬があればすぐに出せ」
「……薬?」
枝真が、なんのことかと困惑した顔をみせれば、旭日はふうっと肩で息をついて会話を続ける。
「あいつ……、壮介という男から何か薬を渡されたことは?」
「壮介から? えっと、頭痛薬なら……っ、私偏頭痛が酷くて壮介が定期的にくれるの」
幼少期から偏頭痛に悩まされていた枝真は、色々な頭痛薬を試してきたが効果はいまひとつだった。
けれど、壮介から紹介してもらった頭痛薬を服用するようになってからは、痛みが嘘のようになくなって今までそれを常用してきた。
でも、何故壮介から薬を受け取っていることを旭日が知っているのだろうか……?
「じゃあ、それを出せ」
催促するように、旭日は手のひらを突き出してくる。枝真は、仕方なく自分の机へ移動して、引き出しを開けると薬の入った、白い封筒の束を取り出して旭日へ手渡した。封筒と枝真を交互に見つめ、旭日は眉根をよせる。
「他には?」
「これで全部」
「本当か?」
「……」
黙ってその場をやり過ごそうとしていたが、旭日の眼力に圧倒され、観念したように自分のキュロットスカートのポケットをまさぐり、プラスチックで出来た錠剤ケースを手に握り締める。
「これ……」
「何の薬だ?」
「せっ、生理痛の……」
恥ずかしそうに、少女は目をギュッと瞑り頬を染めている。震える手でそれを旭日に押し付けると、背中を向けてしまう。
「これで全部だな」
「そっ、そうだよ! いきなり人の部屋に入ってきてこんなことして、何がしたいの?」
「忠告だ」
「忠告?」
背を向けていた少女は、顔だけ振り返り目を見張る。
「あいつとはこれ以上関わらないほうがいい、薬を追加でよこしてきても、捨てろ」
あいつ……とは、壮介のことだろうか。旭日は冷たい眼差しを枝真に向けてくる。先程四人で団欒していたときとは別人の様な言動だった。確かに、旭日と壮介は最初から仲が良さそうに見えなかったが……。枝真は、旭日の豹変ぶりにただただ驚いていた。
「どういうこと? 旭日くん何いってるの?」
「……あいつは、信用できない男だ」
「壮介が信用できないってこと? 今日は会ったばかりでちょっと失礼な態度とっちゃったかもしれないけど、壮介はとてもいい人だよ? 旭日くんも本当の壮介を知ったらきっと……」
台詞を言い終えないうちに旭日は、少女の細い肩を掴むと強引にベットに押し倒した。
枝真は、急いで起き上がろうと体を動かすが、上から旭日にのしかかられて、身動きがとれなくなる。
「……いい人か、本当にいい人はこんな薬を大事な人間に飲ませたりはしない」
「……な、に?」
「これは、意識が朦朧として軽いトリップをひき起こす。ダウナー系の作用のあるドラッグだ」
「……薬物? ……嘘?」
薬を服用後、記憶が飛ぶことが何度かあった。我に返ると、そこには必ず笑顔の壮介が枝真の手を握って微笑んでいてくれて、安心感からそのまま眠りに落ちることもしばしばあった。
「まあ、弱い薬だから中毒性は低いが、……こんなものを平気な顔して渡してくるなんて普通じゃない」
少女の瞳から、つうっと一筋の涙が流れた。今日会ったばかりの、いきなり押し倒してきたこの男を全て信用しきったわけではない。しかし、妙な説得力と公園での壮介の不審な言動を思い返すと、旭日の発言は信憑性が高く感じられた。
それでも壮介を信じたい自分がいて。やるせない気持ちに涙が止まらなかった。
「壮介はそんなことしない……っ、変なこと言わないで」
震える声でそう呟いた枝真をみて、旭日は拘束していた少女を解放すると、ベットからゆっくり離れる。
「乱暴な真似をして悪かった、俺はお前に危害を加えたいわけじゃないんだ」
「……旭日くん、あなた何者なの?」
旭日がドアに手をかけるのを見て、枝真は上体を起こし弱々しく問いかける。
「……今はまだ話せない。今日はすまなかった。また明日……おやすみ」
静かにしまるドアを見つめた。
今日はもう何も考えたくなかった。壮介の事も旭日の事も。
枝真はそのまま布団に潜り込んで、目を閉じた。