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ラストエンカウント  作者: 豊つくも
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episode48






 旭日がそう言い放つと、枝真は言葉を失った。


 長い沈黙を破ったのは、佐伯の落ち着いた声だった。



「いんですよ、もう」



 この展開を予期していたのだろうか。佐伯は穏やかな顔で笑っていた。



「ありがとう。話を聞いてもらえてとても嬉しかったです」



 言いながら佐伯は、枝真に向き直ると深々と頭を下げて一礼した。



「枝真さん、あなたのことは忘れません。私の娘もあなたのような優しい女性に育ってくれたらいいのにっ」



 そう言って顔を上げると、優しげに目を細めた。



「待って、ちゃんと家族に会って最後に話を……っ」



 枝真がそう言いかけた時、旭日の背後から勢いよく銃が転がってきた。銃は回転しながら枝真の足元までくると、ピタリとその動きを止めた。


 枝真はおぼつかない手でそれを拾い上げると、旭日と千颯に銃口を向ける。黒光りした銃は重く、とても片手では持つことができないので両手でしっかりと銃身を支えた。旭日や、千颯はこんなに重たい物を片手で操作していたのかと枝真は内心驚いていた。



「……壮介」



 旭日が舌打ちして、銃の飛んできた方向へ目をやった。名前を呼ばれた壮介は、飄々と姿を現すと悪びれた様子もなく「手がすべっちゃった」とおどけて見せた。



「旭日くん、千颯さん。お願いだから銃を収めて! 佐伯さんを家族に会わせてあげて! きっと家族の人達も佐伯さんに会いたがってる! ほんのひと時でいいの!」



 枝真は、震える手で銃を構えながら二人に訴えた。


 しかし、旭日と千颯はそれを受け入れてはくれなかった。



「枝真、銃を捨ててこちらへ来い!」



 眉間に皺を寄せて旭日が、低く怒鳴った。一瞬枝真は、体をびくつかせたが、ここで引き下がるわけにはいかないと自分を奮い立たせて首を横に振った。


 枝真にとっては、佐伯は家族でもなければ友人でもない。関係ないと言ってしまえばそれまでだ。けれど、こうやって再開したのも何かの縁だと思う。上手く言葉では言い表せないが、先ほど見せてもらった写真が枝真にとって決定的だった。幸せを絵に描いたような家族。あの小さな女の子は、ここで佐伯が殺されれてしまえば二度とお父さんに会えなくなってしまう。残された家族のことを考えると庇わずにはいられなかった。


 佐伯は罪人かもしれないが、罪を認めて更正しようとしている。償おうとしている。それなのに家族との最後の面会さえも許されないなんてあんまりだ。



「旭日くんこそ、銃を捨てて話をきいて!」



 強気に言う枝真に、千颯は「やってられない」と肩をすくめた。



「あのさぁ。これじゃあ、いつまでたっても死刑執行できないんだけど。この子もいっそのこと殺す?」


「ふざけるな。何の為にお前のヤマを手伝っていると思ってる」


「あーはいはい。この子を見逃す為だったっけ。旭日も、随分と面倒くさい子に惚れ込んだもんだ。で? どうする、この状況。逃げようとしてるけど、犯人」



 旭日と千颯が会話をしているのを見計らって、枝真は佐伯の腕をひっぱり部屋から駆け出した。それに気づいた、旭日と千颯が枝真達を追おうとする。



 部屋から出ると、枝真は振り返り「来ないで!」と声を荒げた。



 その声に、旭日達は足を止める。



「枝真さん、犯人の逃走を手助けするのは、犯人隠避罪に当たる行為だよ。速やかに犯人の身柄をこちらに引き渡してほしいな」



 千颯は話しながら、枝真に照準を合わせる。枝真は、旭日に視線を向けると悲しそうな顔をした。



「犯人をかくまった私も、罪人として殺すの?」



 旭日にそれだけを言い残して、枝真は佐伯と共に足早に家から出て行った。旭日は暫く呆然と枝真のいた場所を見つめていた。


 枝真は持っていた銃を、結局一度も使用することなくその場に置いていった。








                      *                       *








 佐伯の腕をひっぱり枝真は、人通りの少ない路地を走っていた。



「枝真さん、待ってください!」


「……わっ?!」



 先頭を切って走っていた枝真は、足を躓かせて顔面からすっころんだ。腕をひかれていた佐伯も一緒になって転んでしまう。



「いたた……っ。擦り剝けちゃった……」


「大丈夫ですか? だから待ってといったのに」



 佐伯は怒った風でも呆れた様子でもなく、やれやれと胸ポケットからハンカチを取り出して、擦り剝けた枝真の膝小僧を包んでやった。 



「ありがとうございます」


「……娘も、よく転ぶ子でしてね」


「娘さん?」



 枝真の問いに、懐かしそうに顔を綻ばせて佐伯が頷いた。



「よく、転んで。そのたびにこうやって私が手当てをしてあげました。おてんばなやんちゃ娘でしてねぇ……」


「……」


「枝真さん、どうしてここまでして私を助けてくれようとするんですか?」


「私にも、大事な家族がいるんです。あんまり家に帰ってこないけど、両親と。生意気ばっかり言うけど可愛い弟が……。もしも突然家族が犯罪者になって二度と会えなくなったとしたら。そうやって自分を重ねた時、すごく辛くなって悲しくなって……」



 枝真は佐伯の手を借りて立ち上がり、今度はしっかりとそれを繋いだ。



「絶対娘さんと奥さんに会いましょう!」



 枝真が力強く言うと、佐伯は驚いたように頷く。



「それにしても、さっきの話ですが……人を殺すとか簡単に言えちゃう事……頭おかしいですよね、あの人達。さも当然の事のように、銃を見せつけて、脅して。見損ないました。絶対におかしい、間違ってますよ」



 歩きながら、枝真が愚痴を漏らす。



「……おかしいですか、そうですね。この時代を生きる人間からすればおかしな話なのかもしれない」



 佐伯がフッと笑んで、空を仰ぎ見ると二羽の雀が仲良く飛んでいる。



「この時代?」



 枝真が疑問符を飛ばしながら尋ねた。すると佐伯が「ええ」と少し寂しげに目を細める。



「……あなたは良い時代に生まれましたね。本当に」



 意味ありげに呟く佐伯の横顔を眺めながら、その言葉の意味を枝真は考えたていたが、とうとう答えを探し出すことは出来なかった。







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