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ラストエンカウント  作者: 豊つくも
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episode44







 店に車を戻しに行ってからの帰り道、旭日は警戒心を募らせて道久の一歩後ろを歩いていた。今自分は枝真の姿で、女の子になっている。もしも、道久が変な気を起こして襲ってきても対抗できる自信がなかったのだ。



「枝真さん」


「……ん?」



 不意に前を歩いていた道久に名前を呼ばれて、旭日は足を止めた。

 道久も歩みを止めると、ゆっくりと振り返る。旭日は、自然と「なんだよ」と身構えた。



「今日は、つきあって頂いてありがとうございました。もうとっくに約束の二時間は過ぎているのに、わがままばかり言ってすみませんでした」



 旭日が目を見張ると、道久はどことなく寂しそうに笑んで、右腕を上げると人差し指で指差した。



「枝真さんのお家に着きました。ここですよね?」



 道久の示した方へ顔を向けると、そこは確かに枝真の家だった。いつの間にか、もう目的地に辿り着いていたのだ。


 これ幸いと旭日は道久に近づき、肩を軽く叩くと満面の笑みで礼を言う。やっと、道久とのデートから開放されるのだ。それから、壮介にとっとと元の姿に戻してもらわなければ。



「そうそうここだ! お前の気持ちには答えることはできないけれど、なかなか楽しかったぞ。それじゃあ、元気でな」



 旭日は、心の中で「まあ、もう二度と会うことはないだろうが」と一言付け足すと、道久に背を向け玄関ドアに向かって歩き出した。自由になったと思うとがらにもなく、ついつい足が弾んでスキップしてしまう。


 しかし、あと数センチでドアノブ……というところで、足を崩してしまう。

 実は今日、壮介の策略により、スカートに加えてヒールの高いパンプスを履いてきていた。

 履きなれないヒールにやりなれていないスキップが重なって、旭日は玄関前で豪快に転びそうになったのであった。


 けれど、それを即座に察知した道久が「枝真さん!」と声を上げて走ってくると、後ろから抱きかかえる形で旭日をかばって転倒した。


 旭日を抱えて仰向けに転げた道久は、後ろ頭に衝撃が走るも、腕の中の少女のことが気にかかりすぐに上体を起こして声をかける。


 道久の声に薄っすらと瞳を開けた旭日は、がばってもらったことに対して礼を言おうと口を開いたが、次の瞬間、顔を強張らせて固まってしまう。


 硬直した少女の視線を、道久は訝しげに辿ると、自分の手が少女のスカートの中に入り、局部を触っていることに気づいた。


 すぐに、謝って手を離そうと思ったのだが、股間の感触に道久は疑念を抱いた。


 このフォルムは……突出したものは……女性には無いはず。

 いや、絶対にあってはならないものだ、と。



「枝真さん……これは?」



 道久は枝真に男性器がついていることに気づくと、悲鳴を上げて後ずさりする。



「え……っ、枝真さんもしかして男性だったんですか!?」


「いや、違うんだ。俺は……っ」


「通りで言葉遣いや態度が男性的だと思っていたんです……。酷いです。最初からちゃんと性別を教えてくれていたら俺はっ……俺はっ」



 道久が今まで淡い恋心を抱いていた相手は女性ではなく、男性だったのだ。

 そう解釈して、彼は目を潤まるとその場を走り去った。



「うわあああーん! 酷いですうぅうううう!」



 去り際にそう叫ばれ、旭日は眉間の皴を指で揉んだ。


 最初から、道久にはこのデートを最後に諦めてもらうつもりでいたので、結果はどうであれ、道久は間違いなく枝真のことを諦める気になってくれるだろう。


 旭日は、ポジティブに考えてこのエピソードは自分の胸の奥底にしまっておこうと心に決めたのであった。



「ちょっと可哀想なことしちゃったかもな……」



 旭日は、後味の悪さに少し落胆した様子を見せる。そして誰もいない玄関先でひとりそう呟くと空を仰いだ。


 こうして、旭日の枝真になりすます長い一日は幕を閉じたのだった。






                       *                       *







「はー、よく寝た」



 枝真は、背筋を伸ばして大きく伸びをしながら階段をトントンと降りてきた。喉が渇いたので、何か飲もうとリビングまでやってきたのだ。


 リビングを覗くと、ソファの上で旭日が寝息を立てているのが目に入った。


 枝真は、足音を立てないようにソファの前まで行き、腰を折って旭日の寝顔をこっそり盗み見る。


 今日の疲れもあっただろうが、死んだように眠っている。

 普段は、結構キツい印象を受ける旭日の鋭い目も、寝ている時は穏やかで綺麗というよりは、可愛いという言葉が適していると思えた。


 「そんな所で寝ていたら風邪ひちゃうよ?」と小さく肩を揺すって声を掛けたが、旭日はまったく反応を示さない。


 枝真は、フッと笑って手近にあったタオルケットを手に取り上から優しくかけてやった。



「旭日くん、今日はありがとうね……」



 本人は夢の中なので聞こえていないのは分かっていたが、枝真は小声でそう囁き、旭日の頭をやんわりと撫でてやった。

 何度か撫でてやっていると寝ぼけているのか、旭日がもっとやってくれといわんばかりに、枝真の手に顔を擦り付けてくる。


 その拍子に、床にゴトリと何かが落ちる音がした。


 撫でる手はそのままで枝真は視線を足元に落とし、床からそれを拾い上げる。手に取ったのは旭日のスマホだった。



「あれ、画面がついちゃってる」



 落ちた時に電源部分が床に触れてホーム画面が開いていたのだ。


 枝真は「あれ……これ前にもどこかで同じ光景が」と一瞬思案したが「気のせいかな?」と、すぐに目の前のスマホに視線を落とした。

 スマホ画面には、枝真が幸せそうにうさぎを抱きかかえて笑っている画像がデカデカと表示されていて、枝真はハトが豆鉄砲を食らったような表情になる。


 そして、旭日の頭を優しく撫でていた手を一度止めると、何の前触れもなく旭日の前髪をギュッと掴んだ。



「旭日くん……? これは何?」



 旭日に話しかけながら、掴んだ前髪をぐいぐい引っ張っていると旭日が眉を顰めてうなされたように声を上げる。



「うっ……。やっやめ」


「これは、何?」



 枝真は、にこりと笑っているのだが、ドス黒いオーラに包まれている。いつもの優しさは微塵も感じられない。



「みっ……」


「み?」



 旭日の途切れ途切れに発せられる寝言に、聞き返すようにオウム返しする。



「道久やめろ、そっそんなところまさぐるな……っ」


「……道久?」



 何かに抵抗するように、身を捩って呻いている旭日を見て、枝真は盛大にため息を吐くと彼の両肩を掴んで押さえつける。



「旭日くん……、今日一日私の体で一体何をしてきたの!!!」



 掛け声と共に、枝真は旭日に頭突きを食らわした。


 脳天に衝撃が走り旭日は飛び起きると、目の前で仁王立ちして自分を見つめている枝真の姿に視線を向ける。



「あ……れ? 枝真、もう起きて大丈夫なのか? と言うか、何か怒ってないか?」



 おそるおそる旭日が尋ねると、枝真は旭日のスマホを目の前にチラつかせて微笑む。



「この写真と、……寝言で言ってた道久って誰の事?」



 旭日は滝汗を流して苦笑いしながら、さりげなく枝真から顔を逸らしたが、顎を捕えられてまた枝真の方へ向かされてしまう。



「えっ、枝真さん……?」


「道久って誰のこと?」



 あまりの恐ろしさに、旭日はゴクリと喉を鳴らした。

 そしてこの後、恐怖の拷問が1時間も続いたのであった。


 さらに数日後、枝真のもとに一通の手紙が届いた。送り主は、なんと道久からだったのだ。


 手紙の内容は、家に帰って落ち着いて考えてみたけれど、やはり枝真を忘れられないので性別は気にしません。なので、もう一度今度はお互い男性として包み隠さず全てをさらけ出してデートをしましょうとの誘いだった。


 これについても、旭日は枝真からの問い詰めに応対しなければならない。


 この日を境に旭日は、もう二度と壮介の策略には乗るまいと心に誓ったのであった。







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