episode43
「枝真さんっ! 見てください! ゾウがいますよ! 大きいですねー!」
園内にある一際大きな織の前で上機嫌に自分の腰に手を当てて尻を振っている道久に、旭日は冷めた目を向ける。
「……どうでもいいけど、社会の窓全開だぞ。しまえよ」
「え?! あっ、すみません! 俺のゾウも大きなゾウに対抗して出てきちゃったのかもしれないですね! なーんてっ」
「お前何いってるんだ」
目を細め冷ややかに応酬すると、旭日はさっさとゾウの檻からから離れていってしまう。道久は「枝真さーん! 待ってくださいよー!」と大声を上げながら後をおってきた。
辺りを見回しながら歩いていると、園内の一角にふれあい広場という場所を発見し、旭日は少し興味をひかれて足を止めた。白や灰色をしたウサギが木の柵の中で元気に駆け回っている。旭日が、じっと熱い視線をウサギにおくっていると、飼育員らしき女性が傍によってきた。
「ウサギ、触ってみますか? 可愛いですよ」
飼育員は、一羽のウサギを抱き上げる。
そして、旭日の前に真っ白いフワフワとした毛並みに、真紅の瞳をしたウサギを差し出してきた。
迷わずウサギを抱きうけると、その柔らかさと愛らしい仕草に自然と 口元が緩んだ。優しく抱いて、頭をそっと撫でてやる。ウサギは、赤い目をきゅっと瞑って、心地よさそうに身を預けていた。
「かっ……かわいい」
ポロッと零れた言葉に、旭日はハッとなっておそるおそる飼育員に顔を向けた。
男がウサギをなでなでしながら「かわいい」なんて、きっと端から見たら気持ち悪いだろうという考えが頭にあった。 だから今まで旭日はペットショップでウサギを見かけても近寄らず、遠目に愛でていた。
前に一度だけ、枝真と夕飯の買いもに行ったとき。帰り際にペットショップへ犬の餌を買いに寄ったことがあった。
その時、女の子と一緒なら自分がウサギを抱いていてもなんら不自然ではない、と考えた旭日は枝真をウサギのコーナーへ誘った。だが枝真は、頑として首を縦には振らなかった。今思えば、枝真はウサギが嫌いだと言っていたし、あの反応にも合点がいく。
飼育員に、何を言われるのかとハラハラとしていた旭日だったが、返ってきた言葉は思っていたものと全然違った。
「このこ、ラブリーちゃんって言うんですよぉ。お姉さんに随分懐いちゃったみたいですね」
にこやかに話す飼育員に、旭日は「お姉さん?」と首を傾げたが、ああ、そうだ。今自分は枝真の姿をしているから飼育員はそう言ったのか……と、納得した。途中から女の言葉づかいもすっかり忘れて、普段のようにふるまってしまっていたことをいささか反省する。コホンと咳払いをして、身を引き締めると、声色をちょっと高めにして飼育員に笑いかける。
「ラブリーちゃんっていうんですか、女の子にしては体が大きいですね」
「ラブリーちゃんは、男の子ですよ。ちゃんとついてます」
「へっへぇ……男の子でラブリーちゃん」
顔を引きつらせながら呟いた旭日をよそに、飼育員は「良いこと思いつきました!」と言って、ポンと手を叩いた。
「お姉さん、よかったら記念に一枚お写真でもいかがですか? 良い思い出になると思うんです」
「えっ、写真ですか……」
飼育員の申し出に、答えたいのはやまやまだったが今は、枝真の姿をかりている状態なので、勝手に写真なんてとっていいわけがない。あまつさえ、枝真はウサギが嫌いだといっているのに、ツーショット写真なんかとった日には、枝真に何を言われるかわかったものじゃない。
暫く考えこんだ末に、誘惑に負けた旭日は、外には漏らさず観賞用で一枚とってもらおうとスマホを取り出すと飼育員に手渡した。
「許せ、枝真……」
「何かいいましたか?」
「いいえ。何も」
旭日はウサギを抱きかかえ、満面の笑みで写真を一枚スマホに収めたのだった。
ウサギと戯れていられたのもほんの束の間。どこにいっていたのか、道久がやっと追いついてきた。
「枝真さんっ! おいていくなんて、酷いですよー! 俺もナデナデしてくださいー!」
「お前姿が見えないと思っていたら、どこにいってた……のよ」
道久を見ていると、つい高圧的な態度になって、自分の立場を忘れてしまうが、旭日は咄嗟に語尾を濁して女言葉に変換した。
なんだかんだとやっているうちに、約束の二時間後は刻々と迫ってきていた。
「枝真さん、最後にお家まで送らせて下さい」
「はあ? 俺の運転でレンタカーを店に戻しに行って、現地解散だ……わよ」
旭日がはき捨てるように言うと、道久は真剣な顔になって近寄ってきた。
「じゃあ、店に戻しに行って、そのまま徒歩でお家まで送ります。俺、枝真さんに全然いいとこ見せられてないから、せめてこれだけはさせてください」
縋るように頼み込んでくる道久に、旭日は一度拒絶するも、しつこくせがまれて、結局は了承した。




