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ラストエンカウント  作者: 豊つくも
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episode42







「実はね。今日あんたをここへ連れてきたのは、ただケーキを食べさせることが目的じゃなかったのよ」



 喋りながら静は、傍でテーブルを拭いていた男性店員を手招きして呼びつけた。店員は、もじもじとしながら静の陰に隠れて旭日の方をチラチラとみている。常盤色ときわいろといったような、濃く鮮やかな緑色をした短めの髪の毛に、女の子のようにパッチリとした鈍色の大きな瞳が印象的な男だった。



「枝真、この男性店員どう思う?」


「はぁ?」



 静が店員の横腹を突きながら「さっさと自己紹介しなさいよ!」と促している。旭日は「何なんだ」と眉根を寄せながら店員の次の動向を待った。



「あっ、あの。俺ここでバイトしてる、道久っていいます。前から枝真さんの事がずっと気になってて、えっと……、つき合ってください!」



 話を聞きながらグラスを傾け、水を口に含んでいた旭日は、突然の事に吹き出してしまった。咳き込みながらもなんとか乱れた息を整える。



「ばっかねぇ! いきなり告白するなんて! 順序踏みなさいよ! 最初は試しにデートしませんか? くらいから入るものなのよ!」


「えっ、そうなんですか……っ? あっあの、じゃあデートしてください!」



 静にバシバシと背中を叩かれながら、道久と名乗った男性店員はもう一度旭日に向き直りアタックしてきた。



 旭日は、テーブルに吹き零した水を布巾ふきんでふきつつ「これは、きっと悪い夢だ」と自分に言い聞かせるようにして何とか気を落ち着かせていた。 

 返事のない旭日に「聞こえなかったのかな?」と道久は小首を傾げると、深呼吸して大声でもう一度話しかけた。



「枝真さんっ、俺はずっと枝真さんの事が好きで! 愛してて! 見てると興奮するんです!」


「公共の場で何を言ってるんだお前は! わかったから、聞こえてるから! 大声で妙な事いうな!」



 周囲の目が突き刺さり居た堪れなくなった旭日は、身を乗り出して道久の口を手で塞いだ。枝真の手が自分の唇に触れたことが嬉しかったのか、道久は感激したように目を潤ませている。



「まあ、簡単に説明するとね。この喫茶店でアルバイトをしている道久くんは、枝真の大学の帰りによく出くわして、前から気になってたんだって。それで、いつも枝真と一緒に行動してた私がこの間この店に来たもんだから、あんたとの仲をとりもってほしいって頼まれたわけ」


「ほぉ、ケーキで買収されたわけだな」



 眉尻を上げた旭日に「心外だわ!」と静は怒ったような顔になる。



「これは、等価交換よ。ウインウインなのよ!」



 ケーキを無料タダにするから、枝真と引き合わせてほしいと道久に頼まれた静だったが、ケーキにつられたわけではないと言い張った。



「ケーキ一個で友達売るなよな……」


「食べ放題だったのよ!」


「……」



 ハンカチを取り出してすそを噛む仕草をする静に、旭日は呆れて言葉を失った。そして目を細めて道久を眺める。もじもじと両手を擦り合わせて、やはり道久も旭日を見つめていた。



「じゃあこの後、講義が終わったら二時間だけお前とデートしてやる。そしたらすっぱり枝真のことは諦めな」


「え?! デートしてくれるんですか?!」


「二時間だけな。延長はなしだ。それから、このデートを最後に今後一切枝真には近づかないと約束しろ。できるか?」


「いいですよ! 俺が気に入らないようなら、デートの最後で振ってください! でも、このデートで枝真さんを俺のものにしてみせます!」



 意気込んだ様子でガッツポーズをする道久に、やれやれと旭日は肩をすくめた。






                       *                       *


    






「枝真さーんっ! こっちです!」



 弾んだ声を上げながら、校門前で大きく手を振っている道久に旭日は「静かにしろよ!」と目で示した。



「どうしたんですか? 怖い顔しちゃって! さあさあ、車へどうぞ」



 旭日は「お前がうるさいからだよっ」と突っ込みを小声で入れながら、道久の車へと乗りこんだ。



「じゃあ、さっそく発進しますね」



 目尻を下げながら何度も助手席に視線を向ける道久に鬱陶しそうに舌打ちしながら、旭日はこくりと頷いた。


 道久は、アクセルペダルに足を置いて何度も踏み込んだが、グオングオンという音を立ててなかなか車は発進しない。チェンジレバーを確認するとドライブになっている。


 半笑いになりながら「あれ? おかしいな」と独り言を言いながら足元に視線を落とす。



「……サイドブレーキ」


「あっ、そうだ! サイドブレーキですね」



 見かねた旭日にそう指摘されて、思い出したように手をポンと叩くと、道久はサイドブレーキを落とした。



「お前。これ、レンタカーだよな」


「え? 何でわかったんですか? さっきレンタルしてきたんですよ」


「ナンバープレートを見ればわかる。普段から運転するのか?」


「いえ、俺ペーパーなんですよ。久しぶりに乗るから勘が戻るまでに少し時間かかるかもしれないですけど、勘弁してくださいね」


「……ちなみにペーパー歴何年だ?」


「俺今、二十二歳なんですけど、十九歳の時に免許とって以来一度も運転していないので、ペーパー歴三年ぐらいですかね!」


「まったくのド素人じゃねぇか! 降りる! デートは終わりだ!」



 冗談じゃない!と旭日は、早々に車から降りようとするが、デート開始五分もたたないうちに終わりを告げられ「話が違うじゃないですか!」と道久が泣きついてきた。


 旭日は、一刻も早く帰りたいと思いつつも、二時間と約束してしまった手前後戻りできずに、仕方なく留まった。



「運転変われ。三年もブランクがあるのにいきなり乗れるようになるわけない」


「とほほ……」



 言われた通り、席を入れ替えて車はやっと発進した。


 車を暫く走らせて、道久の希望で辿り着いたのは、動物園だった。









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