episode41
時刻は午前十時頃。
ひらつく、スカートを鬱陶しそうにはたきながら旭日は席についていた。
「ねぇ、枝真。あんた」
隣の席に腰をおろした静が無遠慮な視線を送ってくる。
「なっ……、なに?」
静に凝視されて「まさか、もうバレたのか?」と旭日は内心ドキマギしながら返事をする。
「あんた、服の趣味変わった?」
「え?」
「随分ヒラヒラと色気づいちゃって。あっ、もしかして壮介と何かあったとか?」
はっはーんと顎に手をやって、間合いをつめてくる静を旭日は両手で押しやると「ない」「絶対ない」ときっぱり言い切った。
「なーんだ。あんたが壮介とくっついてくれれば、私が旭日くんと結ばれるのに」
おもしろくなさそうに言いながら、頬杖をつく静の横で旭日は「どういう理屈だよ!」と心の中でつっこみをいれ、苦笑するしかなかった。
「それにしても、枝真。あんた余裕ぶっこいてるけど、テスト大丈夫なの~? 勉強してきた?」
悪戯っぽく笑って静が肘で小突いてきたが、旭日は気にもとめていない様子で知らん顔している。
無視されたことが気に食わなかったのか「なんとか言いなさいよ」と静はしつこく絡んできた。
「してないぞ」
冷めた口調で言いながら、旭日は鞄から筆記用具を取り出した。静は、驚愕して旭日の背中に軽く平手を食らわす。
「あんた、これ落としたら留年確定なのにやばいわよ!」
目の前にいる少女(中身は旭日)が、自暴自棄になっているのだと勝手に考えた静は、自分で試験のヤマをまとめたと思われるルーズリーフの束を渡してきた。
「まっ、こういうのは毎日の積み重ねが大事だからな。一夜漬けで頭に叩き込んだところで、実力の三分の一も発揮できやしないだろ」
旭日が冷静にそう答え、受け取った紙の束を突き返すと静は白い眼差しを向けている。
「あんた積み重ねで、勉強してきたの?」
「だから、してないぞ」
「言ってることが矛盾してるわよ」
先の見えないコントを繰り広げているうちに、鐘が鳴り響きあっという間に試験の時間になってしまった。
「始めっ」
試験管の掛け声とともに、皆一斉に伏せてあったテスト様子を裏返した。
生徒たちの唸り声が微かに聞こえてくる中、旭日は問題用紙にペンを走らせた。
十五分もすると、あらかた解き終わって見直しを始める。隣で試験を受けていた静は、早くも頭を抱えて机に突っ伏していた。ヤマが外れたのであろうか。
滞りなく試験を終えた旭日は自己採点を試みたが、満点とはいかなかったもののまずまずな結果に終わった。
枝真に出来栄えの報告をするためにスマホを手に取ったときには、すでにお昼をまわっており。旭日は手早く「安心して寝てろ」とメールを打ち食堂へ向かうべく席を立ちあがった。
教室を出て食堂へ向かう道中、後ろから追いかけてきた静に呼び止められた。
「枝真、待ってよ! 酷いじゃない。いつも一緒にランチしてるのに私を置いてくなんて!」
「あっ、ごっごめん。ボーっとしてた」
枝真と静が仲が良いことをすっかり忘れていた旭日は、なんとかその場を取り繕った。
「今日は、午後の講義までかなり時間あるから外いかない? 枝真の好きそうなお店見つけたんだ! きっと気に入ると思うの」
静に背中をぐいぐいと押されて、食堂とは反対方向へ連れていかれた。
大学を出て、そう離れたところにない場所に静の見つけたという店はあった。店は、小さな喫茶店という感じで外の窓から女性客が何人が店内にいるのが見えた。
「何か、メルヘンチックで可愛いお店でしょ? さっ、入ろっ」
「あ、ああ」
静に半ば強引に引っ張られる形で入店する。カウベルの音と共に、女性店員が「いらっしゃいませ」と出迎えてくれた。席に案内される途中目に入ってきたショーケースの中には、旭日が胸やけを起こしそうな程に甘そうなケーキや焼き菓子がところせましと並べられていた。
着席すると、別の店員がすぐにテーブルへやってきて二人のグラスに水を注いでくれた。さらに、メニューをテーブルに二冊置き、軽く会釈して離れていった。
「枝真、どのケーキ食べる?」
「は? ケーキ? 昼飯だろ?」
「え? あんた、お昼時でもケーキ食べてることあるじゃない?」
「そっ、そうだっけ?」
冊子をひらいて早々に静はメニューを決めた。旭日は、昼ごはんに甘ったるいものを食べる気が起きなかったが怪しまれてはいけないので、小さなショートケーキを注文した。
「ここのケーキすっごく甘くておいしいの! 通常のケーキの二割増しで砂糖つかってるって噂」
「へっへぇ……っ」
苦笑いで返事をしながら「糖尿病まっしぐらじゃねぇか!」と心の中でつっこみを入れつつ、水の入ったグラスに口をつけた。




