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ラストエンカウント  作者: 豊つくも
41/68

episode40







 カーテンの隙間から射しこんできた橙色をした光に顔を歪ませる。

 それが眩しくて、枝真は布団を頭まですっぽりとかぶった。



 浅間山から帰宅後、佐伯に受けた打撲の打ちどころが思いの他悪かったのか、枝真は玄関に入るや否やその場で倒れてしまった。

 壮介や旭日には一週間は絶対安静、とベッドに押し込まれてしまい。 

 今日は学校を休んでいる。



「枝真、お薬の時間だよ」



 耳元で壮介の声がして、枝真は布団からゆっくりと顔を出した。



「ごめんね、起こしちゃったかな?」



 ベッドの端に座って、壮介は枝真の顔を覗き込んでいる。



「ううん、うとうとしてただけだから」



 枝真は、ぼんやりした様子で右目を擦ると小声で答えた。



 「そう」と壮介は優しく笑むと、目の前に横たわる少女の髪をさらりと撫でる。枝真の髪は、柔らかく壮介の指がすべるように通った。



 生あくびをひとつすると、枝真は気怠そうに体を起こし壮介に向き直る。



「今何時?」


「夕方の五時頃だよ」



 壮介は、枝真の髪を一房手にとってもてあそびながら静かに答えた。



「もう、そんな時間? 春樹と旭日くんはまだ帰ってこない?」



 時間の経過に驚いた枝真が、布団を放り出して立ち上がった。しかし足元がふらついてすぐにへたりとしゃがみこんでしまう。それを見た壮介が「無理に立ち上がったら駄目だよ」と慌てたように枝真の体を支えた。



「春樹は多分部活じゃないかな。旭日くんは、音沙汰なし。まあ、彼なりに上手くやってくれてるさ」



 うんうんと壮介は意味ありげに頷き、ベッドの傍の座椅子に置いておいた救急箱を開けて、中から包帯を取り出した。



「んー。ほんとに大丈夫かなぁ」


「大丈夫大丈夫! さあさ、包帯取り替えるからこっちを向いて」


「はーい」



 返事をして言われた通り顔を向けると壮介は「素直でいい子だね」と囁いて、上機嫌で枝真の包帯をほどいていった。



 枝真は、包帯を壮介にかえてもらいながら、不意に今朝の出来事を思い出していた。






                      *                       *






 明け方。枝真の部屋には、壮介と旭日が揃って顔を見せていたのだが、どうやらいつもと様子が違った。



 ベッドに寝そべる枝真は、壮介を横目でちらりと見つつ、その隣にいる何故か自分と同じ容姿をした旭日を盗み見た。



 この異様な光景。



 なんと、枝真が二人もこの部屋にいるのだ。



 見た目は枝真と瓜二つなのだが、態度は旭日そのものだった。腕を組み、眉根を寄せて、横で満足げな顔をしている壮介を睨みつけている。



「さて、旭日くん。物は相談なんだけどね。実は今日からうちの大学で、全学年毎年恒例の大事な試験があるんだよ。ちなみにこれ受けられないと、留年確定なんだよね」


「ほぉ」



 人差し指をくるくると回しながら壮介は、旭日に話しかけた。旭日は、不愉快そうにその動きを眺めている。



「そこで、旭日くんにお願いがあります。枝真の代わりに、試験を受けに行ってあげてください。容姿の心配はいらないから大丈夫。俺の徹夜で作った特薬でパッと見では分からないようにしてあげるから」



 言いながら鼻の先に人差し指をつきつけられ、旭日は迷惑そうにそれを片手で払いのけると重い吐息を落とした。




「お前、はなから相談なんてする気なかっただろ」



 不機嫌に旭日が言うと、しらばっくれたように壮介は首を傾げて微笑んで見せた。



「んー? 何のことかなぁ?」


「とぼけるな! さっきお前に渡された飲み物を飲んだらこの姿だ」



 勢いづいて、胸倉を掴みかかってきた旭日に壮介は「どうどう」と笑顔で対応する。



「まあまあ、落ち着いてよ。俺は自分の試験があるから代わりを頼めるのは暇人ニートの旭日くんだけなんだよ」


「ニートじゃない! フリーターだ!」



 即座に、旭日が突っ込むと、壮介は「やれやれ」と肩をすくめた。



「どっちも同じようなもんでしょ。とにかく、しっかり枝真になりすまして行ってもらうからね」


「旭日くん……ごめんね……っ」



 旭日と、壮介が火花を散らして言い合っていると、ベッドに横たわる枝真がか細い声で切れ切れに言葉を発した。



「まあ、……いいよ。枝真のためだ」



 申し訳なそうな顔でこちらを見てくる少女に、旭日は心苦しく思い「やる」と渋々呟いた。



「よく言ってくれた! 旭日くん! じゃあ、さっそくこのスカートに履き替えてもらえる?」



 どこから取り出してきたのか、普段枝真でも身に着けないようなこてこてのフリルがついたスカートを壮介は旭日に押し付けてきた。



「は?」


「いや、だって枝真は普段ジーンズなんて履かないからね。そこまでなりきってもらわないと」



 思わず受け取ってしまったスカートを旭日は一瞥すると、冗談じゃない!という顔で壮介に押し返した。



「スカートだけはごめんだぞ」


「わがまま言わないの。さあ、脱いだ脱いだ」



 にこやかな表情で壮介が旭日の背後に周ると、後ろから羽交い絞めにして動きを封じた。旭日は、じたばたと暴れたが今は少女の体なので体格差のある壮介相手では抵抗したところで無意味だった。



 壮介が枝真に目配せをすると、少女はすぐにベッドからすべり降り旭日の前までいってジーンズを脱がせにかかる。



「……旭日くん、ごめんねっ」


「謝りながら、チャックおろすんじゃねぇよ! わっ、やめろっ! 何してんだ! お前は!」


「え? 何って、着替えを手伝ってあげようと……っ」



 さっきまでの弱弱しい様子はなんだったのかと疑念を抱くほどに意気揚揚とチャックをおろす枝真。



 非難の声を上げながら旭日は一層暴れた。



「枝真、だめだめ。そこは、男の時のままだから。汚いよ」



 壮介は「ばっちぃ、ばっちぃ」と言い足して、枝真の手を旭日のチャックから剥がした。



「中途半端に女にするな! どうせやるなら全部女にしろよ!」


「旭日くんのために男の象徴は、守ってあげんたんじゃない。感謝してほしいくらいだよ」


「大きなお世話だ! お前気を使うとこ色々間違ってるんだよ!」


 「やめろー!」と叫ぶ旭日の声も虚しく、スカートを身に着けることになってしまった。十八歳男子。



 旭日の変わり果ててしまった(いろんな意味で)姿を目の当たりにして枝真は、哀れみながらも、試験頑張ってきてね、と心の中で小さく声援を送ったのであった。



 回想を終え、我に返った時には既に包帯変えは終わっていて、壮介が鼻歌を歌いながら後片付けをしている最中だった。手渡された鎮痛剤の薬を服用してベッドに潜り込むとすぐに睡魔が襲ってきた。



 旭日のことを心配しつつも、とりあえず早く怪我を直さなくてはと枝真は深い眠りについた。



 現時刻夕方の五時半頃。

 そこから時をさかのぼる事、七時間。



 かくして、枝真に扮した旭日の長い一日が始まるのであった――











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