episode37
車中は恐ろしく静かだ。助手席に枝真、後部座席では壮介が寝息を立てている。
「ごめん考え事してて、旭日くん何かいった?」
「疲れたか?」
「ううん、全然。どうしたの?」
心配そうに尋ねられ、枝真はつとめて明るく振る舞った。
「無理するなよ。色々あって疲れただろう。……枝真、明日から大学は少し休むんだ」
「え? 何で?」
「掠めただけとはいえ、銃をくらったんだ。それに、佐伯から後頭部を鈍器で殴られたそうだしな。念の為安静にしていたほうがいい」
枝真は思案顔で腕を組み、うーんと唸ったあと「あれ?」と首を傾げた。
「そういえば、後ろから殴られた記憶があるけど、どうして旭日くんがそんなこと知ってるの? あの時私一人だけだったのに」
「壮介……、お前が気を失ってるうちに色々調べたそうだ。床に佐伯が使っていたと思われるお前の血がついた金槌が転がっていたみたいだしな」
「血みただけで私のだってわかるの?」
「俺もそれは確認したんだが、匂いでわかるとか意味不明なことを口にしていた」
旭日は吐息を落とし「壮介の話は真に受けない方がいい」と言って片手をヒラヒラと振った。
「へ、へぇ……っ」
少女は振り返り、後部座席を占領して気持ち良さそうに寝息を立てている男へ白い目を向ける。時折寝返りをうって何か寝言を発していたが、はっきりと聞き取れない。
「とにかく、暫くは家で寝ていろ。千颯も次どう動くか見当がつかないからな」
鬱陶しそうに前髪をかきあげ、視線をどこか遠くへなげる旭日の瞳は、もの悲しげだった。
「千颯さん、どうして私を殺そうとしているんだろう。あの佐伯って人も、なんだか様子がおかしかったし。……もう、これで諦めてくれたらいんだけど」
「千颯は、一度ターゲットをしぼると地獄の底まで追いかけていくようなしつこい男だ。何がなんでもまた、枝真と佐伯を仕留めにくる」
「……どうしよう」
容赦のない旭日の返答にこの世の終わりだとでもいうように枝真は、がっくりと肩を落とした。
「そんなことは絶対にさせないから安心しろよ。……と言いたいところだが、今回俺も枝真から目を離してしまってこのザマだ。怖い思いをさせてしまって悪かった」
「え、でも私が無理やりついてきちゃったわけだし……約束守らなかったし」
「いや、今思ったんだが常に傍にいたらこんなことにならなかったのにな。お前の弾除けくらいにはなれたはずだから」
「旭日くん……弾除けなんて恐ろしい、やめてよ」
冷や汗を流しながら困ったような顔をした枝真に、旭日は「冗談だ」と軽く笑った。
「ただ、傍にいたら絶対怪我なんてさせなかった。せっかく綺麗な肌しているのに……傷つけてしまった」
旭日が自分を責めるように呟くと、枝真は首を横に振って「旭日くんのせいじゃないから謝らないで」と笑顔を作った。
「それに、ほら。もうあんまり痛くないし! 私ピンピンしてるでしょ!」
喋りながら、怪我をしたほうの腕を軽く回して見せた。
「傷口も深くないし、すぐ治るよ!」
そう言った枝真に、少し間を置いて旭日が「でもな……」とボヤいた。
それきり旭日が黙りこんでしまったので、先を促すように「なあに?」と返事をした。
「もしも、痕が残るようなことになっても」
「ん?」
「俺がもらってやる」
旭日は真剣な顔でそう言い切ったが、枝真は車内の時間が一瞬止まったような気がした。
もらってやる?つまりそれは、嫁にということ?




