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ラストエンカウント  作者: 豊つくも
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episode36






 千颯の去った後をしばらく呆然と眺めていた旭日を、目を覚ました枝真が悲しそうに見つめた。壮介に肩を借りてなんとか立ち上がり「旭日くん」と小さく名を呼ぶ。



 体を支えてくれている壮介に「大丈夫」と言って離れると、千颯につけられた腕の傷をかばうようにして旭日にゆっくりと近づいた。



 旭日のもとへ辿り着くと、放心状態でその場にしゃがみ込んでいる彼へ手を伸ばした。



 自分の髪に優しく触れる手に気づいた旭日が、枝真を見上げると顔を歪ませた。



 そのまま枝真が黙って旭日の髪をいていると、強い力で腕を掴まれる。



「……怪我は?」



 旭日の声は、酷く掠れていた。



「少し痛むけど。平気」



「待ってろっていったのに、どうして出てきた?」



「……ごめんなさい」



 千颯を旭日と間違えて追いかけてきてしまった話をここでしたところで、言い訳がましくなってしまう。枝真は、そう思いあえて口には出さずに謝罪した。どんな理由であれ、最初にした旭日との約束を破ってしまったことに変わりはない。



 詫びる枝真の腕を引いて旭日は、自分の胸に少女を抱きとめた。「やっぱり、連れてくるんじゃなかった」とボヤき枝真の肩に顔を埋めた。枝真は、接近した際に見えた旭日の頬の傷に目を止める。



「旭日くん、ほっぺた傷ができてるよ」



「掠り傷だ。気にするな」



 旭日はそこまで言って一度言葉を切ってから「そんなことより……」と再び口を開く。



「お前が無事で良かった」



「……」



「生きていて良かった」



 旭日は、そう呟くといっそう強く枝真を抱きしめた。






                      *                       *






 帰宅途中の車の中で、枝真は不意に先ほどの事を思い返していた。



 自分が佐伯に人質にとられ、千颯に銃口を向けられた時の事だ。



 千颯が頭部目掛けて引き金を引いた時、枝真は佐伯の足を蹴ってとらわれていた腕の中から抜け出しなんとか弾を交わしていた。佐伯は肩に弾を食らって倒れこみ、その場でもがき苦しんでいた。あの時大量の血が地面に散らばったのだ。枝真は咄嗟に大声で「もう、やめて!」と叫んでいた。




 千颯は、枝真の訴えなどどこ吹く風で「外したか」と悔しそうに、再度銃を構えた。佐伯にとどめをさそうとしていたのだ。



「千颯さん、やめて! どうして銃なんて持っているの?! こんなのおかしいよ!」



 枝真は、千颯の前にいくと両手を広げて立ちはだかった。千颯は「そんなに急がなくても、すぐにあの世に送ってあげるのに」とせせら笑う。

 佐伯は浅い呼吸の中、自分を庇う枝真に、どうして?という目を向けた。



「やめて! その銃をおろして!」



「できない相談だな。その男を殺すのが僕の仕事なんだ」



 鋭い目が枝真に突き刺さる。千颯は、本気でこの男を殺そうとしている……と、枝真は手に汗握った。



「あなた、殺し屋なの?」



「……ご想像におまかせするよ。さあ、とっととそこをどいてくれ。そいつは、犯罪者なんだ。生かしておく価値はない。もっとも君がどうしても死に急ぐというのなら、先にほうむってあげても構わないけど」



「どかない! この人が何をしたのかはわからないけど、殺すなんて絶対にダメ! 罰するなら他にいくらでもやり方があるはずだよ!」



「……本当に、甘ちゃんだなぁ。それじゃあ質問してもいいかな。もしもの話だけど、君は自分の家族が殺されても同じことを言える? きっと君は思うだろうね。家族と同じ苦しみを味わって死んでしまえって」



「この人……人を殺したの?」



「仮にの話だよ。こいつは、人殺しはしちゃいない。でもね。程度は違えど、犯罪をおかした事には変わりはない。刑務所に一時的にぶちこんだところで更正なんかしやしない。犯罪者は、性根が腐っているからな。また同じあやまちを繰り返すんだよ」



「そんな……酷い。殺すなんてそんな」



「震えているの?可哀想に。でも安心してよ。佐伯を殺したらすぐに君も同じ場所へ送ってあげるから」



 言いながら千颯は、引き金に指をかけた。

 

 枝真は、自分に発砲されたらと思うと足がすくんだ。だが、ここで佐伯が殺される瞬間を黙って見ているのも寝覚めが悪い。殺して何もかも解決をするという千颯の考えは、どうしても理解ができなかった。佐伯から自分の方へ千颯の気を逸らさせようと枝真は思いおよぶ。



「お願い! やめて! 撃つなら私を撃って! この人は殺さないで!」



 そんな事は露程つゆほども思ってはいなかったが、致し方ない。枝真は、千颯をじっと睨みつける。内心本当に撃たれたらどうしようと、気が気でなかった。


 千颯が、冷やかすように口笛を吹いた。



「君……、相当死に急いでるみたいだね? その台詞、旭日が聞いたら悲しむよ」



 皮肉ったように言うと、千颯はくつくつと笑い出した。



「人間誰だって間違いはするし、中には取り返しのつかない大きな過ちもあるとおもう。それは許されない事だって、許されたらダメなことだってわかるよ。でも、間違えたことがわかったならまたその失敗をバネに生まれ変わったらいいと思う。千颯さんは、今まで一度も間違えを起こしたことがないの? そして、これから先絶対に起こさないって断言できるの?」



「……」



「この人を撃たないであげて! もう一度人生をやり直すチャンスをあげて!」



 押し黙った千颯に、懇願するように何度も「殺さないで」と枝真は叫んだ。だが、無情にも千颯は銃の引き金を再度引く。乾いた銃声が聞こえたのを最後に枝真は、意識を失った。



 わざと外したのか、センスがないのか千颯に食らった二発の銃弾は、枝真の片腕を掠っただけだった。佐伯がどのタイミングで逃げ出したのかは枝真には分からなかった。



 そして枝真は、誰かに呼ばれてハッと我に返る。回想から引き戻されたのだ。声の主に顔を向けると、運転中の旭日の横顔があった。







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