episode34
壮介は、旭日の物言いに心外だと言わんばかりに、不満そうな顔をする。
「これは、ただのおもちゃじゃないよ」
「……まさかとは思うが、その犬のおもちゃに俺のジャケットの匂いを嗅がせて、枝真を探すとか言い出すんじゃないだろうな」
「旭日くん、大正解。さっきまで一緒にいた旭日くんになら枝真の移り香が残っててもおかしくはないからね。ほら、エドワードこれを嗅いでごらん」
エドワードと呼ばれた、犬のロボットの鼻に旭日のジャケットを持っていくと、エドワードは喜んでクンクンと匂いを嗅ぎだした。
「ちなみに、そのジャケット。当然のことだが俺の匂いもついてる。移り香でついた程度の枝真のものと嗅ぎ分けられるのか?」
犬を顎でしゃくりながら疑問を投げかけると、壮介はうーんと悩むような仕草をして「無理かもね」と、ジャケットをエドワードから取り上げて、旭日へ返した。
「無理かもねって……。お前、枝真を助ける気あるのか?」
旭日は絶句すると呆れた様子で「一人で探しに行く」と言い残し、ジャケットに腕を通してドアの方へ歩き出した。
「旭日くん待って。枝真の匂いが強くついているものならここにあるよ」
後ろから聞こえてきた壮介の声に、嫌そうに旭日が振り返る。もう、お前には何も期待していないという目を向ける。
そんなことはお構いなしに、壮介は後ろポケットからティッシュを丸めたようなものを握って取り出した。旭日が「なんだそれは」と首を傾げる。
「枝真が壊されちゃったみたいだから、持ってきてあげたんだよね。まさかここで役に立つとは」
微笑みながら、壮介が丸まったそれをビラッと広げる。それはまぎれもなく枝真の下着だった。
旭日は無言で、汚物でも見るかのような目を壮介に向けた。
「旭日くん、そんな目で見ないでよ」
「お前もしかして下着を枝真に届ける為だけに来たのか?」
「きっかけはね。まあ、事件っぽくなってきちゃったから、どちらにしても来て正解だったよ」
「お前が来るとろくな事にならない」
旭日の野次を無視して、壮介は再度下着をエドワードに嗅がせる。匂いを嗅いだエドワードは、直ぐに反応を示した。ククククッと鳴き声ともとれる声を発している。
「何だ?! 居場所がわかったのか?」
旭日は身を乗り出して、犬の様子を窺う。
「今、検索中。ちょっと静かにしてて」
壮介は、人差し指を口の前に持っていきそれだけ言うと、静かにエドワードを見守った。
そのうちエドワードは、くるくるとまわり出した。そして、ワンッ!と一声吠えると、勢い良くリビングを飛び出した。それを目で追っていた二人も一緒に走り出す。
「旭日くん、エドワードが枝真の居場所を掴んだみたいだ」
壮介の言葉に、旭日は黙って頷く。
玄関先では、エドワードが閉じられたドアに爪を立てている。追いついた壮介と旭日が、ドアを開け放つとものすごい勢いでエドワードがまた走り出した。
二人も、エドワードを追ってペンションを後にした。
外へ出たエドワードは、タガが外れたように森の中へ突進して行く。旭日と壮介も全速力でついていくが少し気を抜くと見失ってしまう程だ。
「おい、あの犬ちゃんと目的地わかってるんだろうな? 壊れてるんじゃないのか?」
息せき切って、旭日がなんとか言葉を口にすると「何が?」と同じく息も絶え絶えの壮介が顔を向けてくる。
「走る速度尋常じゃないぞ。設定間違えたんじゃないのか? このままじゃ見失う」
「あー、それなら。旭日くんが、早くしろってうるさいから、エドワードの疾走速度を限界まであげといたよ」
「いちいち、極端なんだよお前は!」
お互いに顔をつき合わせて、小競り合いをしているうちに目の前を走っていたエドワードがフッと姿を消した。
二人は息を乱しながら足を止め、辺りを見回す。
「くそっ、見失ったじゃねぇか」
恨めしそうな目を旭日は壮介に投げる。
「ねぇ旭日くん。今、俺の方が0.2秒くらい速かったよね?」
膝を少し曲げて前かがみになり、嬉々として旭日に尋ねてきた壮介に「リレーしてるんじゃねぇんだよ」と、冷ややかな態度で応酬する。
壮介が「ジョークが通じないなぁ」と肩をすくめた。旭日は、ソッポを向いて壮介を視界から外す。
そんな時、犬の鳴き声が旭日の耳を掠める。注意して聞いていないと、聞き漏らしてしまいそうな音量だったが、確かに犬が鳴いている。
旭日と壮介は、目配せをして鳴き声のする方へ歩を進めた。
だんだんと声が大きく聞こえてきて、足をとめる。
やがて、古びた山小屋が見えてきた。エドワードが、山小屋の前で遠吠えの如く鳴いている。目の前までくると、壮介がエドワードを抱き上げて首の後ろを優しく撫でてやる。すると、エドワードは鳴くのをやめて、クゥンと声を上げて壮介の腕の中で大人しくなった。
「ここか?」
「間違いないよ。エドワードは優秀な子だからね」
「わかった。中に入ろう」
旭日は、拳銃に手を掛けると山小屋の入り口を蹴り飛ばした。木製のドアが腐っていたこともあって造作なく中へ入ることができた。




