episode2
「顧問に気に入られちゃって、半強制的に参加させられてる。どうも、そっちのけがある人みたいで……だけど今回の件でさすがに見放されたかな?」
「ゲイだったの?」
「顧問がね」
一呼吸おいて、壮介は話を続ける。
「無理やり参加していたとはいえサークルのメンバーとも少しずつ打ち解けてきた所だったんだ。だけど、動物たちのことを考えると……そんな気持ちが相まって複雑な気分なんだ。なんか自分でも何言いたいのかわからないや。ごめん、忘れて」
枝真は、いつも何かと世話を焼いてくれて、自分の悩みや弱音を吐いてくれることが少ない目の前の幼馴染が、頼って悩みを打ち明けてくれている事がちょっぴり嬉しかった。
少し不謹慎だが、口元の緩みを抑えきれず、両手で覆ってさりげなく隠した。
「うーん。壮介は、サークルの友達も動物もどっちも大事にしたいってことなんだよね? だったら、両方大事にしたらいいんじゃないかな?」
「どうやって?」
「例えば、今のサークルをやめて新しく動物を助けるサークルを立ち上げて、そのゲイの顧問のサークルを潰して、マウスたちを救出して、そこで新たな交友関係を……っ」
「ストップストップ!」
「何?」
「お前たまに恐ろしいこと言い出すよね……潰すとか」
女の子がそんな言葉使っちゃいけません!と、壮介は、枝真を軽く小突く。
「最近よく考えることなんだけど。モノを言わない弱い存在だからこそ守ってやらなきゃって思うんだよね。悪くないかも、動物を助けるサークル」
「うん!」
壮介は、両膝の上に肘をおくと、顔の前で両手を組んだ。
「さて、俺の話はこのくらいにして……。枝真さん、俺に言わなきゃいけないことあるよね?」
「え?」
キョトンとした顔をして少女は、幼馴染の顔に視線を投げる。
「ストーカーにあってるんだって? 静から聞いたんだけど」
「……静、内緒にしてねっていったのに」
その瞬間枝真の脳裏には、真紅の長い髪を震わせながら、大口をあけて笑っている親友の静が浮かび上がった。「おしゃべり女め……。明日、覚えてなさいよ」と拳をギュッと握り締める。
「どうして俺に一番初めに相談しないかな……?」
壮介の鋭い眼光に押されつつ、枝真も必死で応戦する。
「だって、壮介最近サークル活動忙しかったし。余計な心配かけたくなかったから」
「人づてに聞かされるほうがよっぽど心配するんだけど。帰りにお前の行きそうな場所片っ端から探し回ってやっと見つけたと思ったら本人は呑気にお買い物楽しんでたみたいだし」
「今日はつけられてる気配感じなかったから。夕飯の買い物もしたかったし」
「油断するなよ、何かあってからじゃ遅いんだから。明日から登下校俺と行動するんだ」
先程までのしおらしさはどこへやら、壮介はいつもの調子を取り戻して、またおせっかいを焼いてくる。本当に心配性だなぁ、なんて表面では口にしてみるけど、こうやって気にかけてくれることが枝真は実は嬉しかった。
わかった、と返事をしようとした瞬間、ザッと音を立てて突風が吹いた。
枝真の長くて柔い髪は、いとも簡単に宙を舞う。風がおさまった時には、髪は乱れてボサボサ。急いで手ぐしで直そうと少女は自分の長い髪に手を伸ばす。
「髪の毛伸びたね」
「うん、鬱陶しくて。そろそろ切ろうかなって思ってる」
「長いほうが枝真は似合うよ」
「……そうかな?」
向き直ってじぃっと見つめてくる壮介に、なんだか気恥ずかしさを感じてしまい。枝真は腕につけていたシュシュを外して自分の髪をまとめようとするが、壮介にシュシュを奪われ制止されてしまった。
「髪結わいてあげる、後ろ向いて?」
「……うん」
せっかく好意でやってくれるといっているし、ここは大人しく甘えておこう……と、少女は素直に壮介に背を向けた。
「……へぇ、柔らかいな」
「え?! 何が?!」
「何って……髪が」
自分の頭に優しく触れる手の感触がわかる。髪の毛を手で梳いているのか、壮介の手が触れるたびに心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
「……」
「……壮介?」
後ろで、幼馴染の声がしなくなり動きがピタリと止まったので、枝真は不思議に思い呼びかける。
だけど、返事はない。
「壮介なに? してくれないのなら自分で……っ」
そう言いかけて振り返ろうと枝真は体を動かすが、突然壮介に後ろから抱きしめられる。
驚いて、身を捩り(よじり)その腕から逃れようとするが、逃がさないと言わんばかりにグッと抱き込まれて身動きがとれない。
「バカだなぁ……。お前は本当に」
「壮介?」
クックッと楽しそうな笑い声が耳元をかすめる。
今まで長い間壮介と一緒に行動を共にしてきたが、こんなに低い声は初めて聞く。いつもと様子の違う幼馴染の声色に恐ろしさまで覚える。
「男に簡単に背を向けて、俺がストーカーだったらどうするの? このまま何をされても文句言えないよね?」
「……急にどうしたの?」
「お前は俺の一生をかけた素晴らしい作品になる……。頼むからあまり手を煩わせないでくれよ」
「作品……? 何の話?」
先程の胸の高鳴りとは違う、恐怖や緊張による心臓の鼓動。枝真が目をギュっと瞑り震えだすと、壮介がパッと離れる。
「……なーんてね」
「はっ……?」
「枝真があまりに無防備だったから、ちょっとからかってみただけ」
「からかったって……っ、驚かさないでよ! 壮介おかしくなったのかと思った」
「おかしくなったとは、失礼だな。さあ、馬鹿やってないでさっさと家に帰ろう。弟もお腹をすかせて拗ねている頃だよ」
壮介は枝真に背を向けると、さっさとベンチから立ち上がり、買い物袋を両手で軽々持ち上げる。
「う、うん……。あ、髪」
「もう終わった」
自分の頭に手をやると、ポニーテールが綺麗に結わかれているようだった。
(いつの間に……)
「あ、ありがとう」
枝真はお礼を言うと、足元の空になった缶ジュースを手に取り、少し離れた場所で自分を待つ壮介のもとへ小走りに向かった。
壮介の様子が突然おかしくなったのもきっと気のせい。今日はサークルのことで色々疲れていただろうし……、忘れよう。
枝真はそう自分に言い聞かせた。




