episode28
「違うんだ」
後ろから抱きしめてきた旭日が肩に顔を埋めてきて、枝真は動揺しながらも平静を装って返事をした。
「何が違うの……? 旭日くん私に大事なこと何も教えてくれないじゃん」
枝真が不貞腐れたように言うと、旭日が「そうだな」と枝真の言葉に同意した。
「今ここで全て打ち明けてしまえたらとも思う。 ……でも、ごめん。それは今じゃないんだ」
旭日がそう答えると、枝真は抱きしめられていた腕を振りほどき正面に向き直った。
「……今じゃない? それじゃあ、いつなら話せるの?」
枝真の問いかけに旭日は俯いて、ただ「ごめん」と謝ることしかしなかった。
枝真は、そこまで自分に対して信用がないのか!馬鹿にして!と悔しさと同時に悲しさが込み上げてきた。
旭日の事、壮介の事、自分の事
楽しくやってきたつもりだが、やはりどこかにまだしこりがあった。
自分の知りえないところできっと今何かが起きている。
もしかしたらそれは、自分が関係していることかもしれない。
想像でしかないけれど、そういう気持ちもあってついてきた。
最近なにか様子がかわってしまった幼馴染。
突然現れた、弟の家庭教師。
確かめたくて、真実を知りたくてーー
枝真は、旭日に背を向けると無言でリビングを出て行った。
* *
時間は午前三時をまわろうとしていた。
枝真は、あの後リビングを離れ、隣の部屋で休んでいた。
ベッドは、シングルだったが随分大きいと枝真は感じていた。
布団をかぶり、目を瞑って寝る体制には入ったもののなかなか寝付けずにいる。
枕が違うと眠れないとか、枝真はそんな神経質な性格はしていないが、目がらんらんとしてしまっていて眠気がこない。
恐らく、先ほど旭日と喧嘩っぽくなってしまった事が眠れない原因だ。
自分でもわかっていた。
旭日も旭日なりの理由があって何かを隠している。
今の旭日の様子を見る限り、本当に何か言いづらい事情がありそうに思えた。無理に聞き出したところで、多分口を割ってくれそうもない。
なんだかなぁ……と、枝真はまた目を閉じる。しかし眠れない。人間、寝よう寝ようと考えてるときこそわりと眠れなかったりするものだ。
薄目を開いて、閉じたり開けたりしていると、窓際からゴトリと物音が聞こえた。
枝真は一瞬目を見開いて窓際に視線を向けたが、何もおらず、音は一回こっきりだった。
暫く耳を傾けていたが、室内は元の静けさを取り戻していたので、枝真は「気のせいか」と、寝返りを打って窓に背を向ける。
しかし、少し経つとまた、ゴトリゴトリと断続的に先ほどと同じ音が耳を掠めた。
「誰かいるの……?」
恐々と窓に向かって声をかけてみたが返事はない。
窓の外に何かいる!と枝真は思い、恐ろしくなって悲鳴を上げながらすぐ寝室を出ると隣のリビング方へと走り出した。
けれど、廊下で一瞬足を止める。
さっき喧嘩っぽくリビングを飛び出してきてしまった枝真だが、物音ごときで旭日に泣きつくのか。
ただでさえ今馬鹿にされてるのに、きっともっと、今以上に馬鹿にされるに違いない。
そう思うと、リビングへ行くのが億劫になった。
しかし、背後で床の軋む音がして耐え切れずにリビングのドアを思い切り開けた。
リビングに入るなり、テーブルにパソコンを広げて作業していた旭日に抱きついた。枝真の行動に旭日は、ギョッとすると慌てて引き剥がした。
「どうしたんだ?」
「窓にっ! 音が! びっくりして! 後ろから変な音が!」
枝真は取り乱したように先ほどの件を説明するが、支離滅裂で何が言いたいのか旭日にはさっぱりだった。
「落ち着けよ、部屋で何かあったのか?」
旭日に背中を撫でられ、優しく問われると、枝真も落着きを取り戻したようだった。
「寝てたら、窓の外から変な音が聞こえてきて……っ、怖くなって。そしたら今も床が鳴るような音がして」
馬鹿にされるのを承知で素直に枝真が言うと、旭日は黙って頷き少女の手を引いて、寝室へと移動した。
室内に入り怯えた様子の枝真をドアの傍で待機させると、旭日は部屋の奥へと進んでいった。窓を開けて、外に顔を出して隈なく見たがとくに変わった様子はないようだった。
「何もいない。安心しろ」
窓を閉めて旭日が振り返ると、腑に落ちない顔をした枝真がこちらを見つめている。
「でも、音すごかったし……! 何かいたよ! 絶対」
恨めしそうにこちらを見てくる枝真。旭日は困ったように頭を掻くと、小さく息をつく。
「わかった。お前がそこまで言うなら、外を見てくる。すぐ戻るから、ここにいろよ」
旭日はそれだけ言い残して部屋を出て行こうとしたが、すれ違った際、枝真に腕を強く掴まれた。
「ん?」
「……いっ、いかないで」
枝真は震える手でしっかりと旭日の腕を掴み、離そうとしない。そして心細そうな目で旭日を見上げた。情けないが、本気で怖いので仕方がない。
「すぐ戻るから、少し待っ……」
「一緒に寝て!」
旭日が言い終わらないうちに悲痛な声で遮られた。枝真の思いがけない言葉に、旭日は目を見張る。
「お願い、怖くて一人じゃ眠れないから一緒に寝て……」
潤んだ瞳で縋るように訴えてくる枝真に、旭日は一種の目眩のようなものを覚えた。先ほどの件で自分にも負い目があった。枝真のことは信用しているし大事に思っている。
本当に可愛いと、守ってあげたいと思っている。
だけど、あの話だけはできなかった。もうちょっと自分の中で整理をして言葉を選んでから話をしたかった。きっと、枝真にとっては辛い悲しい話になってしまう。
どうしたら枝真が傷つかず、今の生活を続けながら真実と向き合うことができるか、ずっと考えてはいた。でも、今の旭日にはまだその答えを見つけ出せそうにない。
しかし、結果的に枝真に隠し事をして傷つけてしまっている。
それは、事実だ。
こんなに大事に思っているのに、本当の事を伝えられない。
こんなに……こんなに……
枝真の声や仕草や、態度。今まで幾度となく胸高鳴る時はあったが。
旭日は今、目の前にいる少女にとてつもない興奮を覚えていた。枝真が、自分を頼ってくれている。自分に触れてくれていると思うと、それだけで嬉しい気持ちになった。また同時に、自分の中で押さえきれない何かか暴れだしそうになるのを感じていた。大事にしたいと思う反面、たまにめちゃくちゃにしてやりたくなる衝動に駆られる時がある。相反するこの気持ちに正直戸惑いもあった。
もう、限界だ。と言葉に出すよりも先に旭日は、枝真を抱きかかえると、すぐそばのベッドに乱暴に寝かせた。
「いいけど、あんまり煽るなよ。……もう理性保てそうにない」
本気を窺わせる口調でそう告げると、旭日は枝真の上にのしかかる。枝真は、わけもわからずされるがままになっていた。
瞬きと共にお互いの視線が絡み合うと、それを合図に旭日が噛みつくようにキスをしてきた。
「……んぅっ……」
強引にキスをされ、枝真は息もできなくなる。
旭日は角度を変えて何度も口付けてきた。
苦しさに、枝真は顔を真っ赤にして旭日の胸を押しやった。
「旭日くんっ……、ちょっ苦しいっから……」
肩で息をしながら、自分を見上げてくる枝真に旭日は熱っぽい眼差しを向けた。だが、すぐに意地の悪い笑みを作る。
「息継ぎしろよ」
「どうやって! こんなの潜水の訓練してる人しか無理だよっ」
「もしかして、キスしたことない?」
驚いたように旭日が顔を覗き込んできて、枝真はムッとなった。
「当たり前でしょっ! 誰とこんなことするの!」
あっさりとそう答えられ旭日は、ふっと頬をゆるませた。
「光栄だな」
旭日は耳元で優しく囁くと、また熱くキスをした。




