episode24
車に乗り込むと、旭日は何とか正気を取り戻してハンドルを握った。マンションの駐車場を出て、道なりに走っていき途中、路肩に車を止めた。
辺りが真っ暗なせいか、ハザードランプの点滅がサイドミラーに反射して少し眩しく感じる。
枝真は先ほどの騒動に乗じて、このまま連れて行ってもらおうと考えていたのだが「失敗か」と脳内で軽く舌打ちをする。
「虫唾が走る」
「え?」
旭日は、隣で大人しく座っていた少女に向き直ると一言呟く。
「毒されそうだ」
「なんの話……?」
首を傾げた枝真は、旭日の言葉を頭の中で整理しようと試みたがまったく意味不明だ。
ただ、一つ心当たりがあるとすれば――
「もしかして、壮介との写真のことまだ気にしてる?」
「それ以外に何があるんだよ! というか、お前もあいつとグルになってアホなことをするな!」
少女に「落ち着いて」と宥められても、旭日は不機嫌な顔を崩さない。
頬を掻きながら「やっぱりその事かぁ」と枝真は困ったような顔を見せたが、すぐに言葉を続けた。
「だって、キスすることで仲が深まるって壮介が言っていたから。二人とも、もっと仲良くなれるかなって思って。それに壮介がね……っ」
「さっきから壮介がっ壮介がって……! 何でも言うこと聞きやがって、お前は壮介の回し者か!」
火に油を注ぐとはまさにこの事かもしれない。〝壮介〟と枝真が連呼するたびに、旭日の眉間の皺が濃く刻まれていくように思えた。
旭日は鋭い突っ込みを入れ、勢いあまって、ぜいぜいと乱れた呼吸を整えた。それから一呼吸置いて、旭何かを考え込むように一瞬黙り込む。
その間枝真は、固唾を呑んで旭日の言葉を待っていた。
やがて、旭日はピンと何か思いついたように意地悪な笑みになった。
「……キスをすれば仲良くなれるんだな」
前触れなく、いきなり旭日は助手席のシートをガタンと後ろに倒した。当然そこに座っている枝真も、後ろに倒れる形になる。
「え?! なに?!」
「俺はお前と仲良くなりたいんだ」
シートから起き上がろうともがく枝真を、旭日は上からのしかかり抑え込んだ。
「ちょっと! 待って待って!」
「待たない」
そのまま抱きすくめられると、枝真は目を丸くさせてジタバタと抗った。
「大人しくしろよ、さもないと……っ」
語尾につれて、声が低くなる旭日に枝真は恐れをなして抵抗をやめる。
「……さもないと?」
おそるおそる尋ねる枝真に、旭日はニヤリと不敵に笑い、少女の体に指を立ててくすぐりだした。
「こうだ」
こちょこちょとくすぐられて、枝真は目に涙を溜めて笑いだす。ギブアップと旭日の背中をバンバンと叩いた。
「降参するか?」
「するする!」
枝真の笑った声に、しかけた旭日もつられて笑ってしまう。
わちゃわちゃとくすぐっていた手を止め、旭日は少女にまわした腕は離さずに少し距離をとって顔を覗き込んだ。
「じゃ、キスさせて」
旭日の澄んだ青色の瞳がわずかに細められた。
「……え」
少女は、目を見開く。
ああ、また流されてしまう。と枝真は心の中で呟いた。
旭日の考えていることがよくわからない。
もっと仲良くなりたいということは自分に好感をもってくれているということだろうけど……。それは、恋愛感情の好きという気持ちから〝こういうこと〟をしたいという事なのだろうか?
だとしたら、順序が違うんじゃない?告白してお互いの気持ちを確かめ合って、始めてこういう行為に及ぶべきじゃない?
自宅のバルコニーでの出来事からずっとひっかかっていたこの気持ち。
それに、自分は何故旭日を拒むことができないのだろうか……。少なからず枝真は今、旭日にこう問われて嫌な気持ちは一切ない。むしろ、好意的に思ってくれているのかと思うと少し嬉しささえもあった。
(もしかして私、旭日くんのことが好きなのかな?)
でもいつから?
先ほどから渋っていた枝真も、ついにこくんと頷いてしまった。
疑問も多少残ってはいるが、細かいことを気にしていても仕方がない。
キスをしてからわかることだってあるかもしれないし、とりあえずやってしまおうと枝真は覚悟を決める。
その様子に満足気な表情をした旭日の指が、枝真の顎をとらえる。そうしてどちらともなく、目を閉じて顔を寄せた。
しかし突如、枝真のスマホがけたたましく鳴り出し、二人は動きを止める。枝真は、スマホを即座に取り出し着信者の名前に目を通す。
そこには〝壮介〟の文字が浮かび上がっていた。




